69、勇者=魔王?
王都滞在四日目の貴重な朝の時間を、またユキエに奪われていた。ユキエは部屋に通すなり頭を下げてくる。
「マジク様と楓様を改めて神殿にご招待させて頂きたく思います。先日は要件を伝えぬまま、お暇してしまい恥ずかしい限りです」
ユキエが羞恥に頬を染める。僕が楓をダシにして誘導していたことを告白したら、怒るだろうなと口にチャックをする。
「招待という形でなくとも、近いうちにお伺いすることになりますよ?」
「ペラム家の方々とは別にご招待をしたいく思います」
「どういった理由ですか?」
「マジク様と楓様のお二人は、ダンジョンの神を信奉する我々にとって、どれだけ尊きお方なのかおわかりになりましょうか?」
「僕達は、そういった扱いをされたくないのですが」
「マジク様は、ピークトリクトのダンジョンにて、我等が信仰せしダンジョンの神の招待を受けたと聞いてもおります」
「情報源はどこからですか?」
ユキエの所属するダンジョンの神の神殿組織の情報収集力から、組織の王国に対する影響力を読み取ろうと試みる。ピークトリクトから王都に上がった報告書などが筒抜けになっているのならば、神殿の力は王都の中枢にまで達していることがわかるだろう。報告されている情報の一部であったとしてっも、王都で及んでいる力は相当なものではないかと推測は出来る。もう一度は訪れることが決まっている場所だけに、次は相手の力を読み取っておきたいと思うのは自己防衛として当然だった。
ユキエは僕の顔を見て一度瞼を長く閉じた。次に開いたま瞼の奥には決意のこもった眼光が見受けられる。
「初めは商人がもたらした噂でした。その時は数多くもたらせれる根もない噂だと誰も気にも止めていません。年に数度はそういった噂が王国のどこかしらで流れますから。ですが今回は違っていました。王城にピークトリクト領主様から報告が上り、直ぐにも神殿に情報がもたらされるのは、その重要度が高いからです。そのもたされた情報は神殿の上層部が大騒ぎになるのも無理のない、誰もが受け入れるのに時間がかかるものでした。百年以上ぶりとなるダンジョンの神に招待されし者の出現と試練部屋から発見された神子の報は、一千年以上続くダンジョン神殿の歴史の中で、並ぶことのない大きな出来事となるでしょう」
言葉の抑揚から興奮しているのがわかるユキエの話を、他人事のように流して楓を抱き直す。楓にも大きく関わってくる話だ。ここは断固拒絶の姿勢は崩さない。
「ともかくですが、楓共々お断り致します」
「そっ!そんなことを仰らずに!」
「そんなことを言われても、そんな仰々しくされたら関わりたくなくなるでしょう?」
「では!あまり仰々しくならないようにしますので、どうかお願い致します!」
「僕は本当に静かに暮らしたいんです。ユキエ様とは楓を通して良き理解者となってくれると思っていたのですが残念です」
この話は続けたくない。宗教の勧誘はお断りだと拒絶の意思を示す。
「うぅ~、そんな言い方ズルイと思います!私だって上に言われて仕方なく何ですよ!」
楓をダシにしたら簡単に弱音を吐いた。きのう楓をアピールしておいて正解だったようだ。
「楓様に会えなくなるの嫌ですぅ~」
僕ごと楓を半泣きで抱きしめて来た。籠絡するなら今だろう。
「良い手がありますよ?」
「それは、何ですか!」
「ユキエさんは勧誘する理由で僕を訪ね続ける。僕は実際勧誘はされずに、されているフリをする。どうです?」
「私に上の者を欺けと?」
「ものは考えようです。ダンジョンの神と実際に邂逅した僕と、ダンジョンの神に会ったこともないユキエ様の上の者の、どちらの意向を受け入れるかです」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まぁ~楓様!良くお似合いです!」
楓が着せ替え人形にされている。着せ替えているのはユキエで、何枚ものヘビードレスを抱えて来たユキエの勢いに負けて、楓のヘビードレスファッションショーが開催中だ。結果を言えば楓の魅力にユキエは負けた。色様々なヒラヒラのフリフリドレスが楓に着せ替えられている。可愛いのだが楓は機嫌が悪くいつもの仏頂面だ。
「これも良くお似合いです~楓様は何を着せても可愛くらっしゃります!」
時折、楓がユキエに向かって掌をぐるりと回している。楓がまた変なことを覚えてしまった。
昨日の旧王城での大騒ぎは思い出したくない。一つ言えるのは、トライセルに大きな貸しを作ってしまったことだ。何か面倒なことを頼まれても嫌とは言えないレベルの貸しである。
そんな貸しを僕も掌を回して消してしまいたくなるが、冗談では済まなくなるので自重する。本当に怪我人が出なくて良かったと心底思う。
「マジク様、楓様がおててを回して喜んでらっしゃいます!」
いいえ、楓様は貴女を亡き者にしようとしていらっしゃいます。
そんなことは言えないので、ユキエと楓の様子を見守っていると背中がゾクゾクした。振り向くと接客間の扉が少し開いていて、アキちゃんを抱く母が恨めしそうにこっちを見ていた。声を掛けようとした途端に扉が閉まる。
うん。面倒臭い。
「マジクちゃんは~最近楓ちゃんばかり~」
扉越しに母の声が聞こえて来た。明らかに聞かせようと言葉にしているのが分かる。
「アキちゃんが~可哀想です~」
「あ~!あぅー!」
「ね~、アキちゃんシクシク」
「マジク様!聞いてますか!?」
ユキエがヘッドドレスを着けた楓を僕の前に突き出してくるフリフリに包まれちゃってる感じだ。
パシャリ
「あ~!」
楓が両手を伸ばして来たので抱いてあげると、また後ろから視線を感じる。扉の隙間から偽ユウキとアキちゃんと母の顔が覗いていた。ユウキ自身を引き合いに出されても、どう反応したら良いのか分からない。
母に頭の先から足の先までフリフリまみれになった楓を突き出して全身を見せてあげる。母は愕然とした表情をして拒絶するように扉を閉めた。
これ以上は後の母のご機嫌取りが本当に面倒だと追いかけて部屋を出ると、廊下に偽ユウキとアキちゃんを座らせて項垂れる母がいた。
「諦めては~駄目なのよ~」
偽ユウキとアキちゃんの前にフリフリ楓を下ろして並べる。フリフリの楓を目の前に置かれて、母が凝視する。
「可愛い過ぎます~負けでもいいのです~」
「あぅあー!」
アキちゃんが楓のヘッドドレスをむしり取って振り回す。楓はもぞもぞしてドレスを脱ごうとしているが脱げないでいる。楓が本気で嫌がっているので流石に脱がせて、代わりにアキちゃんに着せて見た。
うん可愛い。 パシャリ
「何をやっている?」
そんな我が家族の団欒の場にライオネスが通りかかって怪訝な表情を浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
四日目は王城にある宮殿でパーティが開催される。本来は四日目も聴取に一日が当てられる予定だったのだが、学院側の不手際が原因ということで全ての学院側の聴取予定の中止が決定された。トライセル曰く、僕がとても怒っていて二度と学院側の聴取は受けないと言っていることになっているらしい。まあ実際のところ二度と学院の聴取は受けたくないのだから、トライセルの思惑と一致していることもあって問い詰めはしないが、トライセルに良いように使われていると思わないでもない。元々は学院側が僕に関する聴取をするに至った経緯も、学院による主張と圧力があったからなんだそうだ。
現在の王国では学院の権力が肥大化しており、王族の王国運営にも口を出すようになって来ているらしい。それも学院で教育を受けた者の多くが、王国の経済を運営する役職に参加するようになって結果を出して来たことにある。
ダンジョンだけでなく、幾つかの新しい事例を出してしまった僕は格好の研究材料で、王国も学院側の強い要請に拒否することが出来なかったそうだ。そこで学院のミスを逆手に取って僕の聴取に割く時間を全て奪うことに成功した。トライセルが主軸となって裏で動いているのは、空いた僕の時間が常にトライセル王子関連に使われているのを見ても一目瞭然だ。
今日のパーティーは昼過ぎから夜まで続く長丁場だ。王都の有力貴族とその子弟を始め、八領の領主または代理と三百人近い人が集まるそうだ。宮殿の広間では、煌びやかな衣装に身を包んだご婦人方と紳士に帯剣を許された聖騎士の老若男女がそれぞれ談笑している。僕は目立たないように会場の隅にいた。本来は参加するはずのないパーティーで、有無を言わさずトライセルに参加を命じられたので場違い甚だしく居心地が悪い。
「してやられましたわ。魔王」
目立たないようにしていたにも関わらず、アルテミシアに話しかけられた。真っ白なドレスに、たわわな胸の谷間を強調したようなドレスとハーフアップした髪に一国の王女として相応しいティアラが輝いている。
「アルテミシア王女様。ご機嫌麗しく」
「硬い挨拶など要りませんわ。魔王」
「あの、その魔王って何でしょうか?」
「ディナスが言っておりましたわ。私が魔人なら、ヤツは魔王だと」
あの、魔法狂い余計なことを
不名誉極まりない言葉だ。まさか二日間で勇者と魔王呼ばわりされるとは思わなかった。
「貴方は無害そうな顔をしておいて恐ろしいまで狂暴。まさに魔の王ですわね」
差別的な意味で魔王と呼ばれているようだ。勇者の方はどうだろうか心配になる。旧王城とは言え、大穴を開けてしまったことが原因なので強くも言えない。三王女の隠れた企てと言うことにもなっているので、僕の大失敗ごと揉み消された形になったのだが、それでも漏れ出た噂や真実を四方に上手く取り計らってくれたのはトライセルとなる。
という訳あって全く反論が出来ない立場に、いまの僕は立たされていた。
「やあ勇者殿、アルテミシア」
後ろから話しかけて来たトライセルにお辞儀をしつつ、勇者と呼ばれたことに対する反論を飲み込む。
僕はトライセルとアルテミシアが話しかけている相手として、浴びたくもない注目を浴びて周りの参加者の目線が集めることとなる。
「勇者ってお噂の?」
「あれが勇者魔王なのか?」
勇者で魔王とか意味がわからない。混ぜるとやばいぞ。
「注目の的じゃないか」
トライセルの含み笑いが、また何か仕込んでいそうな素振りに思えて気が気でない。そもそもパーティーに参加させた理由も何かあるはずだ。
「トライセル殿下、そろそろご紹介して貰えますかな?」
「これは失礼した。レイモンド卿。こちらがペラム家バーナデットが遣い役マジクだ。マジク。こちらは武神十四信仰家の纏め役バッグレイガー=サルス=レイモンド卿だ」
品定めするような深い眼光はガルドーと対峙する時のものに近い。赤い髪のオールバックで撫で付け長身の隙のない姿勢は、華やかなパーティーというの場にも関わらず今にも戦闘を仕掛けて来そうな緊張感を隠すことなく出していた。そんなレイモンドはガルドーと似た雰囲気を持つ初老の男性だった。
「トライセル殿下と剣王から、貴殿のことは聞いている。その若さで<剣術能力><刀術能力>の最高位まで上り詰め、<格闘術能力>もかなりの高位と聞く。楽しみにしていたが、会って見てより興味が湧いた」
剣王の名が出たことで、ガルドーと面識があり、色々と吹き込まれていることがわかる。
「その腕輪にも興味がある。どうだ我が屋敷に来ないか?幾つか高位の武器が揃っておるぞ。お主も興味があるのではないか?」
ガルドーの入れ知恵だろう。確かに興味がある。扱うことがどこまで出来るかで自分の能力を知る切っ掛けとなるが、この注目を浴びている場では答えることを躊躇した。
いま多くの参加者に注目されていることを見てもトライセルが僕をパーティーに参加させたことは、僕と言う存在を多くの目に晒すことが目的なのはわかった。
「ピークトリクトが十四信仰宗家の幾つかの宗家に、調査の手を差し伸べていることは知っている」
僕の知らないところで僕の素性を能力から探られていたようだ。確かに素性を明かしていないし、明かすことも出来ない。只でさえ若過ぎると言われているのだ。まだ一歳にも至ってないなどと言った後の反応が怖くて言えるわけがなかった。言ってしまった後の影響が家族である母達にまで及ぶのは分かりきっている。信じられるかは別の話にしていまは繋がりが、他人として成り立つレベルであるから母達への影響が最小限に済んでいるのである。これ以上の家族へのリスクを避けるためにも、マジクの本当の素性は隠し続ける必要があった。
「剣術宗家のレクスタ家………刀術宗家の曹賀家」
レイモンド卿の鋭い眼光が、僕の心を見透かそうとしているように見えた。
「違うのか? タンドーラ家の令嬢はレクスタ家に………」
「レイモンド様……是非ともご招待を受けたく……」
注目されている中で淡々と僕の個人情報だけでなく、母の情報までが晒されるのは避けたかった。してやられたことに悔しく思いながらも、レイモンド卿を黙らせるのに招待を受けてこの場はやり過ごす。トライセルの思惑が僕と武神十四宗家との繋がりを付けることにあり、その場を多くの有力者の目の前で行うことにあったのならば、大成功なのだろう。
「おお魔王よ!ここにおったか!」
魔王の名付け親がこの輪に参加して来たことは、トライセルの思惑とは別にあるとわかったのは、トライセルの驚いた表情を見ても明らかだった。
「何だ!?レイモンド卿の招待を受けるならば私の招待も受けろ!全属性信仰の代表として魔王を招待するぞ!」
「魔人ディナス。いつ貴方が全属性信仰の代表に就かれた?」
レイモンド卿が声を上げる。
「王都に来る前だ。言っていなかったか?」
ディナスの顔はしてやったり顔だ。トライセルも知らなかったようだ。
「ディナス、君がアルテミシアの要請を受けた本来の目的はマジクか?」
「情報を常に自分が有利に手にしていると思ったら、それは自惚れ過ぎですぞトライセル殿下」
「さあ招待を受けるな?魔王!それとも、私の口が滑るのを待つか?」
王都で他の継承権候補を手玉に取り、僕を良いように使うトライセルがしてやられたディナスに僕が抵抗する術を持つわけもなく。頷く事しか出来なかった。
次話 「消えた温もり」




