70、消えた温もり
トライセルが示す王国の勢力図は、王都に睨みを利かすことが出来る王族と王族に忠誠を誓う大部分の貴族、武の神を信仰する武神十四信仰宗家、属性の神を信仰する魔法使い集団の全属性信仰、王国が成り立ちと経済の礎にある母なるダンジョンの神を信仰するダンジョンの神の信徒信仰、王国中に高い能力を身に付けさた学徒を輩出し続ける王国学院、王国を王都以外の大地を八つに分ける八領主、古くから伝統と格式を重んじる保守的な大貴族、平民に大きな影響力を持つ商人が集る商会連合の八勢力だそうだ。
表立って争うことはないが水面下では鬩ぎ合いを何百年も続けられており、そんな勢力の上に王国は存在している。
現在この勢力の中で広大な領地と采配を与えられている八領主は、王国の礎となっていることもあって影響力こそ高いが、王族との関係もおおむね良好ということで穏健派に位置付けられている。それでも八領主は私兵を持っていた過去の時代に一度王国に戦乱を巻き起こしており、結果破れたことで私兵を奪われて実行支配が出来ない戦闘力を失った組織となり替わっていた。
商会連合は共存することで力を拡大していることもあって、混乱は安定的な利を損なうために自ら争い事を企てるには至らない。
大貴族はその歴史を持つ家柄が他の大貴族との確執も育てて来たので、まとまりに欠るぶん影響力は小さい。
学院はまだ勢力としては小さいが、今後最も勢力を伸ばす可能性が高いと注意を向けられている勢力の一つだ。秀でた能力のある者達が王国の各方面で活躍すればするほど王国は豊かになるのだが、その反面影響力が増していく厄介な存在として位置づけられている。
王国の平安と王族の権威を守るにあたって一番の懸念は、神を信仰する民とそれぞれの信仰を代表する集団の実質的な人数だった。古くから多種多様の神が存在が確認されており、信仰する者もバラけていることで一極的な信仰が集まらないバランスが自然に取れていた。それがここ百数十年でダンジョンの神の信仰が目覚ましく信徒を増やし、将来的なバランスを乱す恐れが注視されている。この信徒増大の加速には、ここ数十年のペラム家の活躍があり、いま僕と楓が爆弾になり得るとトライセルは口にした。そこで著しくダンジョンの神に信徒を奪われている武の神に僕を近づかせることで武神十四信仰宗家に恩を売り、一極化しないように先手を打とうとしたのがトライセルの思惑だったようだ。
そこに安定して勢力を一定に保ち続けている、現王族に媚も売る必要がない全属性信仰が茶々を入れて来たのである。
「この人気者めが」
トライセルが呟いた言葉が耳から離れない。知らぬ間に次期国王の継承権争いから、王国全土の勢力争いに巻き込まれていたことを知る。
「白状するが君を王都に連れ出すために、ペラム家丸ごと引っ張り出したのだよ」
王都に来るに至ったのが、僕を引っ張り出すための大掛かりな仕掛けだったとことに、結果巻き込んだ人数のスケール大きさに唖然とした。オリヴァーとライオネスが知らないわけなく、全て裏で結託していたに違いないのだ。
「それだけの価値があるのだよ君は。盲点だったのはその価値に気付いていたのが、私達だけではなかったことだね。まだダンジョンの神の神殿が接触して来ることは予想の範囲内だった。だが全属性信仰まで大々的に動いて来たのは予想外だったよ」
神の信仰する様々な団体の人気者になってもあまり嬉しくない。この世界に実際に神が存在することは知っているが、僕が思い描く神様とは違って親しみ易くてフレンドリーな感じだ。前世の記憶でいうと決して会えないからこそ、想像上の最上位に位置する場所にいるのが神様であって、この世界の神は僕にとっての神との認識のズレが生じていると考えている。この辺りの認識の違いが、この世界に住む人間との温度差になっていて僕自身が人々から酷く浮いてる気がするのだ。
王都滞在五日目となる今日は予定では最終日のはずだったのだが、朝からトライセルに呼び出されてディナスへの対応を協議中だ。王都滞在は延長が余儀なくされており、明日以降の予定の変更もされる。五日目の今日の昼過ぎには、バーナデットとダンジョンの神の神殿に祝福を受けに行くことになっていて、滞在延長六日目には王都のレイモンド卿の屋敷への招待に応じ、七日目にディナスの招待に応じねばならないことになってしまった。
「君のネックが、タンドーラ家にあることまで全属性信仰に知られていた。ディナスが頭の斬れる男だというのは今回の事ではっきりとした。君は君が保護する人達を巻き込むのは敵に回すと断言していた。その意思表示はディナスにも確実に伝えるべきなのはわかっているね?」
「そうですね。はっきりと伝えます」
「ここで厄介なのは君が保護する者達を弱みと考える大局が見えない馬鹿な連中だ。一部の大貴族が曲解した情報を買って動き出している気配がある。オリヴァーを含めて既に君が保護する者達への安全を最優先にするようには、昨日の内に私の近辺には伝えてはある。君の方からも王都にいる間は注意をしてくれ」
家族に危害を加えると言うのなら、どうしてくれよう?
「やはり君の保護する人達には手を出すのは最大のタブーだと、いま改めて思ったよ。君の今の眼光を見て初めて恐ろしさを感じた。私も抑止に最大限の力を割くが、君にも今度こそ節度のある対応をお願いするよ。関係ないものまでは巻き込まないようにして欲しい」
「僕を災害が何かと勘違いしてませんか?」
「なるほど災害か………言い得てるな。防ぎ切れない所が災害そのものだな」
余計なことを言ってしまったかもしれない。
「大局が見えないと思われる大貴族の中で要注意なのが君が助けた学院の少女の家となる。昨日の事で君の事が多くの有力者達に伝わったからね。行き着くのは造作もないだろう」
「その大貴族はトライセル殿下が全て見越していることを知った上で行動するというのですか?」
「本来は私の目が光っているとわかっていれば危険な賭けになど出ないのだが、ディナスのこともあって、自分も流れに乗っかろうと思う可能性は捨てきれない」
「僕個人が振り払うには、角が立つ相手ですよね?」
「そうではあるが、私はあの男が嫌いなのでな、痛い目を見せるには絶好の機会でもある。どうせ君は王都の住民ではないのだ。ピークトリクトにまで手を伸ばせるほどの力はない。無視するのが一番良いだろう」
「わかりました。もしも接触してきたときは無視をして、僕の家族に危害を加えようとしたときは痛い目を見せればいいのですね」
「先ほども言ったがほどほどにな」
「本日のダンジョンの神の神殿の方は特に問題はないのでしょうか?」
「赤子を攫った過激派も、いまはまだ大人しいだろう。神殿の方は君が余計なことをしなければ問題ないはずだ。それとも何か心配事があるのかい?」
「………」
常に心配事だらけなのだが、ユキエが僕と楓を神殿に招待にしたがっていたのは気になっている。ダンジョンの神の信徒を集める団体は信仰者の数を見ても最大の集団だ。だが過激な考えと行動をする者も以外は、特に積極的な信徒の勧誘を行なっているわけでもなく、王国の長い歴史に共存して来た。それだけ王国の歴史の中でダンジョンの存在が大きいことも表している。
「黙られると私の方が心配になる。これ以上の大きな問題は起こさないでくれよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「帰るのはもう少し先になったそうなのよ?」
流石に裏事情は知らないバーナデットが教えてくれる。僕のために巻き込んでしまっているのだが、バーナデットは家族と一緒にいられる楽しい時間が伸びると嬉しそうなのだから結果的には良かったのかも知れない。バーナデットはこれほど長い時間を家族と一緒に過ごしたことがなかったようで、年相応の子供の笑顔を沢山観れたことにライオネスから礼を言われた程だ。
僕が王都で色々あった間にバーナデットは、家族の誰かと交代で王都の観光をめい一杯楽しんだようだ。
ぷっぷぅ~♪
「楓ちゃんが喜んでくれたみたいで良かったのよ?」
バーナデットが買ってきたのは音の鳴るおしゃぶりで、たまにラッパの様な音が鳴る。まだ楓は上手く吹けないようで難しい顔をしていることが多くなったが、音が鳴った時の嬉しそうな顔がまた可愛い。音の鳴るおしゃぶりは三つあってユウキの分まであった。その事で昨晩は一騒動が起きている。昼間はマジクとして色々と行動をしているぶん夜はユウキとして母の相手をするのが王都に来ても日常だった。バーナデットが購入した音の鳴るおしゃぶりを持って僕達の部屋に来た時、僕はおっぱいの最中でバーナデットにその姿を見られてしまった。ユウキはマジクの変身した姿と思われているので少し気まずかった。バーナデットは僕達一人一人におしゃぶりを配った後で部屋を後にしたのだが、直ぐにもやって来たスカーレットに格好のネタにされたのだ。
「バーナデット様、あまりその変態に近付いてはなりません」
リリアの僕への変態扱いが再燃したのもスカーレットが面白おかしく周囲に言いふらしたからだ。確かに成人した男が赤ん坊に変身して、女性のおっぱいを飲んでいたのならば変態に違いない。だが本来の姿が赤ん坊なのだから問題ないはずなのだが、この事実は言えないので変態の汚名に耐えるしかないのだった。
今日の神拝に参加するのはダンジョンの探求でのバーナデットのパーティーメンバーとなる僕とリリア、ガルドー、それとも後継人となるライオネスとスカーレットだ。バーナデットはダンジョンデビューをして間もないので、タイミング的には丁度良いらしい。
「おっぱい美味しいかったでちゅか~?」
後ろからスカーレットの声が聞こえてくる。イラっとするが我慢した。反応をすると面白がってエスカレートしてくるのだ。
「マジク?変態さんはダメなのよ?」
バーナデットが心配そうに言ってくる。ライオネスが嫁を甘やかすからこうなるのだ。
神殿は先日朝に訪れた時とは違って人の波が途絶える事もなく出入りが非常に多かった。大きな階段の上に大きく門扉を開いた真っ白い巨大な神殿が鎮座している。白で統一された装飾に周辺の風景から浮き立つ荘厳な様子は世界が切り離されているような厳格さを醸し出していた。神殿には僕達と一緒で子供を連れた親子も数組見かけて厳格な雰囲気と一緒に身近な雰囲気を混在させている。
そんな神殿の様子に見とれていると門の入口に立つ白い装束の若者が頭を下げて足早に去っていった。神殿へと至る二十一段あった階段を登りきって、バーナデットとリリアと一緒に清めとなる水を撒く儀式をすると丁度ユキエがやって来る。
「どうぞいらっしゃいました!」
「あのユキエ様。本日は個人的な神拝でなのですが」
「はい。勿論分かっておりますとも」
「ユキエ様ご無沙汰しております」
ライオネスとスカーレットが挨拶をした。この三人は顔なじみだったようだ。
「リリアも王都の神殿は初めてなんだよね?」
「そうだ。バーナデット様が生まれてからこの日を迎えるのを待ち望んでいた」
ペラム家の血筋ではないリリアは、世間一般と同じくダンジョンのデビューが十四歳で、バーナデットが生まれてからずっと遣い役としてバーナデットの面倒を見て来た。生まれてから大人しく少々のことでは物怖じしない、手間のかからない子だったバーナデットは、歩き出す頃には目が離せないほど活発になって、未だに目を離すと一人で何処かに行ってしまうことがある。ハムスターに変身していた僕と出会っときも、ダンジョンの領域には入ってはいけないと言われていたにも関わらず、バーナデットは<秘宝狂い>に翻弄されて僕の元までやって来てしまったそうだ。
そんなバーナデットの成長を見守って来たリリアは共に王都でのダンジョンの神の神拝を待ち望んでいたそうだ。あまり僕には見せない嬉しそうな笑みを隠すことなく見せていた。
「本日はとても混み合っておりますので、別の場所をご用意しております」
「いや気遣いは結構。待たせてもらう」
ライオネスがユキエの申し出を断ってくれた。とても助かる。ユキエが今日とは別に僕と楓を神殿に招待したがっていたこともあって嫌な予感しかしないのだ。
「いえ、ペラム家のご令嬢の初礼拝ですので、一般の方々への混乱も予想されますので」
ユキエの声は、ペラム家のくだりで強調されていた。
「ペラム家?」
「まさかペラム家のご令嬢って………」
周りが騒がしくなって来た。ユキエのやつ、やってくれたな。
「ペラム家と言えば隠し通せるものではありませんので、他の信徒の皆様のためにも、さあこちらへ」
「仕方ありませんわね。アナタ参りましょう」
バーナデットの掴む手がきゅっと強くなる。
「どうしたの?バーナデット」
「ママが悪い顔したのよ?」
嫌な予感が予感で済まずに、それも味方だと思っていた方から感じられて泣きたくなってきた。
ユキエに案内された特別な場所は大聖堂と呼ばれる大きな儀式に使用される場だそうで、流石のスカーレットも驚いた様子を見せていた。両側の壁にダンジョンの神を模したものなのか、巨大な像が一体づつ立っていている。僕が見た美丈夫とは似ても似つかない慈しみある女性の風貌で聖母のようなイメージが思い浮かんだ。
そして聖堂の正面中央に建物の白一色の色合いとは全く違って灰色がかった崩れかけの壁がある。辺りから浮いた存在の壁には、天窓から自然光が降り注いで神聖な雰囲気を醸し出し特別なものだと一目でわかった。
その前に跪いて祈りを捧げている巫女姫メイがいる。メイが立ち上がりこちらを向くと、ユキエと何かを確認しあうように小さく拳を握りしめて頷きあっている。
「嫌な予感がします」
「儂も、そう思わないでもない」
ガルドーが共感してくれた。
「あれは、初めて見るが神壁のようじゃ、この場は信徒以外の出入りを禁じられているはずじゃ」
「では僕達が入ってはまずいのでは?」
「そうなのじゃが………」
「こちらにお座り頂いてお待ち下さいませ」
考える暇もなくメイが僕達に椅子を勧めるとユキエは退出していった。メイが僕を見て笑みを抑えきれずに、にまにましている。ユキエが数分ほどで戻ってくると、年配の女性を一人導引していた。ユキエが着ている修道服より刺繍が豪華な様に見える。役職的に上なのかもしれない。
「ペラム家の皆様、ようこそお出で下さいました」
「これはレーテル様。お久し振りでございます」
ライオネスとスカーレットが立ち上がり頭を下げるのを見て、バーナデットを始め僕達も慌てて立ち上がり頭を下げる。
「貴方様方の子が、今日いう日を迎えられたのも運命でしょう」
この年配の女性とライオネスとスカーレットの間に、何かしらのことがあったことがわかる会話だった。
「レーテル様が自ら立会をなさって頂けるのですか?」
「はい。これもダンジョンの神のお導きでしょう」
レーテルの目が僕に注がられる。
「それではこちらへ」
「スカーレット様。楓を………」
「マジク様。折角ですので楓様もそのままこの場にお連れ下さい」
抱いていた楓をスカーレットに預けようとしたら、ユキエが止めに入った。僕は半眼で疑いの目をユキエに向けるが知らん顔だ。
「そう言って貰えるなんて光栄です。マジク。楓ちゃんも洗礼を受けさせてもらいなさい」
スカーレットが真面目な顔で言ってくる。スカーレットの真面目な顔は鬼気迫った時しか見たことがない。いまは鬼気迫るような場面ではないので明らかにこの人は、この状況を楽しんでいる。
ユキエがバーナデット中心に僕達を壁の正面に並び跪くように促す。僕は楓を抱えたまま跪いた。楓は僕の顔を見つめながら、おしゃぶりに息を吹きかけている。昨日から音の鳴るおしゃぶりに夢中で大人しいのだが、こんな時に場違いな音が出ないで欲しいと本気で思った。
歌声が響き出した。大聖堂に高く響く聴こえてくるのは、幼いが綺麗なソプラノ。残念シスターと思っていたメイを見直すほどの美しい声が反響して心に染み渡る。
美しい声に呼応してキラキラした粒子が落ちて来た。大聖堂全体がキラキラした粒子で一杯になると幻想的な雰囲気となる。
音の鳴るおしゃぶりにご執心だった楓が小さな掌を伸ばして、光る粒子掴もうとしていた。目線だけ上に向けると壁から粒子が発生しているように見えた。綺麗な光景に目を奪われる。
「母なるダンジョンの神よ 新しき信徒に 祝福と恵みと 言葉を」
粒子が視界を埋め尽くしてきて暖かい。不思議と恐怖は感じず、心が満たされる感じがした。
ぷっぷぅ~♪
楓のおしゃぶりがラッパの音を鳴らすとそこは真っ白な世界だった。風も無いのに長い黒髪がフワフワと揺れる女性が楓を抱いている。楓が笑って掌をにぎにぎしていた。女性の表情は深い愛しみに満ちたもので目が合うと頭を下げられた。楓が僕以外の胸元で笑顔を向けている姿に不安を感じる。次第に風景が薄れて行く中で、楓の名を叫んだが声にならなかった。
不安は現実のものとなる。
元の大聖堂に戻って来た時、僕の腕の中に楓はいなかった。
次話 「楓の気持ち」




