59、握手
バルジニア領は王都区と隣接していることもあって、王都に住まう上流階級の貴族の子弟が多く暮らす土地でもある。王国にある八領の中で最大の領地面積を誇り、領地の殆どが豊かな平地とあって王国区の台所を支える食料を育む土地となっている。
バルジニアの街に着いたのは三日目の夕焼け前で、王国で王都の次に大きな街となっていた。街の中には多くの娯楽施設などもあり、歓楽の店が集まった地区もある。そんな場所に来たのはピークトリクトの街も含めて大きな歓楽街があるのは初めてだったので興味が湧いたのもあるのだが、王国の文化を知りたかったのが本音だ。宿で優雨美に菓子を与えて留めさせ、カウタを用心棒にして、楓を背負っての現地調査である。
歓楽街に入って周りからジロジロと見られていることもあって、自分が場違いであるのは直ぐわかった。明らかに堅気でなさそうな柄の悪い人達に睨まれている。楓の手にする新しいおもちゃが、更に周りの注意を集めていた。落ち着きのないアキちゃんと楓にと、二日目の街で買ってあげた、握ると音の鳴るおもちゃで、アキちゃんにはディフォルメされた馬のぬいぐるみ、楓には人型の動物で大きな耳がある、僕の観点から行くとキモいぬいぐるみだった。この世界でもキモ可愛いものを愛でる文化があるのだろうかと楓を見つめる。
ピプゥ~♪
間抜けな音が鳴るのがいただけない。
歓楽街にいる人間からの視線を気にしないようにして、歓楽街店の観察をする。外観から得られる情報をじっくり観察して、怒号や歓喜の声が入り混じる店は賭け事が行われているであろう場所と判断。色声が聞こえて艶かしい服装の女性が見え隠れするのは、女性がサービスをしてくれる場所なのだろう。まあ、こちらには興味がないが、この世界にも女性との行為でお金稼ぐ店があることがわかったのも新しい情報だ。さて興味があるのはやはり、賭け事の方になる。賭け事を行ってそうな店は二通りあって、いかにもお金を持ってそうな人達が出入りしている店とガラの悪そうな人達が出入りしている店だ。浮いているのは分かっているが、折角ここまで来たので、やはり入ってみたかった。
お金持ちが出入りしている豪華な建物の方は見た目から貴族も出入りしてそうなので、トラブルになったら面倒そうなので選択肢から外す。僕は少しボロっちい建物の方に足を向けた。店の前に立って店の外観を眺めていると声を掛けられる。
「よう!坊主!ママのお使いか?」
まだ日が暮れていないのに、酔っ払っていそうな男だった。上着がはだけていてだらしないし、少し酸味が臭う。近付いて欲しくない。楓の衛生上に良くない。
「あー聞いてるのか?坊主?ここじゃママのおっぱいは飲めねぇから帰って飲みやがれ!」
確かにお使いも頼まれているし、帰ったらおっぱいも飲むので彼の言っていることは間違ってはいない。絡まれているのは分かっているのだが、あまりにも当たっているので驚いてしまった。
「なんだその顔は!?あー!てめぇ舐めてんのか!?」
酔っ払いの叫び声に、似たような連中が集まってきて囲まれてしまった。騒がしい。唾を飛ばすな楓に変な病気が移ったらどうする。
「おい!なんの騒ぎだ!店前で騒ぐんじゃねー!」
筋肉の塊みたいな親父が出てきた。言いようからいって店の関係者のようだ。囲まれていた輪が割れて、筋肉のおっさんに見下ろされる。
「なんだ、騒ぎはお前の仕業か?」
「いや、リーさん。このガキがなま言いやがって」
「ここはガキが来る場所じゃねぇぞ?さっさと帰れ」
「ここってお金を賭けて遊ぶお店ですよね?」
「そうだが、なんだってんだお前は?」
「店の中を見学させてもらえませんか?」
「おまえは周りの状況わかってて言ってるのか?」
「はい、ダメですか?一応お金も持ってることは持ってるんです。使うかどうかは、やっぱり中を見てみないと」
「おまえ馬鹿だろ?金持ってるならそりゃ構わねけどなぁ~悪いこと言わねぇから、帰りな」
「リーさん、いいじゃないですか。遊ばせてやりましょうよ?」
「おまえなぁ、ガキを鴨る気か?」
「いい、社会勉強ですよ」
「そうですね、社会勉強がしたいです」
「ほら、ガキもこう言ってますし」
「ガキ、おまえ本当にわかってんのか?」
「ええ、リーさんって見た目よりも全然良い人みたいですね。僕なら大丈夫ですから、ご心配なく」
「仕方ねぇな。おまえらも分かってるだろうな?程々にしろよな」
「勿論ですよ。この店でリーさんに逆らう馬鹿はいませんって」
「坊主、ほら入ろうぜ」
衛生面でこの人にエスコートされるのは御免被りたいのだが、折角入れるようなので我慢する。
店内ではテーブルに二~四人座って木札のようなものを並べて、コインを賭けているようだ。
コインは、お金ではないようで店で交換して賭けに使用するシステムのようだ。コインの交換で手数料をとって店の売上を得ているのだろう。店内は薄暗くタバコと酒臭いので、あまり長居はしない方が良い気がする。楓の体には間違いなく悪影響だ。とても堅気に見えないような荒くれ者達が昂じているのは、木札を使ったゲームのようだ。木札には剣や盾、火や風などの属性などが描かれていた。絵柄の種類はそんなに多くなさそうだ。簡単に偽造出来そうに見えるが、果たしてゲームは成り立つのだろうか。木札の片面は同じ絵柄で、同じ絵柄の方に何かの細工がされているのかもしれない。
「おいガキ!ここのテーブルだ!」
テーブルには既に二人座っていた。イヤらしい笑みを浮かべている。お仲間のようだ。
「ん~どうしようかな~」
「あ~!何言ってんだ今更!」
「だって、僕やり方知らないんですよ?鴨る気満々でしょ?見学するだけでいいので、皆さんだけでやって下さい」
「ここまで来て、ビビったのかガキ!教えてやるから座れ!」
「嫌ですよ、イカサマとかしそうじゃないですか」
「バカか、おまえ!札には、死神様の紋様が描かれているんだ。札の偽物なんか作ったら死ぬだろうが」
「え?何それ怖い」
「そうだ、怖ぇ~んだぞ!ママが恋しくなったか?グヘヘへ」
雑魚丸出しの笑い方している人を初めて見た。それにしても、<複製能力>を使って木札複製しまくれば、イカサマし放題とか思ってだけど駄目みたいだ。本当に命まで取られるのか分からないが、流石に試して見ようとは思わない。本当にこの世界での神に対する絶対的な信仰心は、気持ちが悪いくらいだ。いっそのこと、犯罪に対しても神の力を借りて抑制してしまえば、とても平和な世界になるのではないだろうか。少しはこの世界のことが分かったので、収穫もあったし店を出るかと考える。楓もずっとしかめっ面だし、店内の匂いに僕も気持ち悪くなってきた。それに死神の神様がいるような所にも長居をしたくない。
「そうですね、あなたの言う通り恋しくなったんで帰ります。もう十分見学できました。ありがとうございました」
「てめぇ、帰すわけねぇ~だろうが!」
「帰ろうな~楓」
ピプゥ~♪
「おい!無視すんな!おまえ初めから喧嘩売ってたんだろ!?」
「僕は自分に値札を付けたつもりはなかったんですけど」
「何言ってやがる!やっぱり初めからバカにしてやがったな!」
テーブルの二人も立ち上がって威圧してくる。さてどうしよう。叩きのめすのは簡単だけど、思ったより騒ぎが大きくなりそうだ。騒動を起こしたら怒られるだろうか。
「おい!やめろ!」
リーが、声を荒げて近付いてきた。場を収めてくれそうだ。
「いくらリーさんでも!ここまでバカにされちゃ止めらんねぇーんだよ!」
ピプゥ~♪
こら楓くん、更に煽っちゃいけません。
「マジク様、これ以上の騒ぎは困ります」
リーに耳元で囁かれ、襟元を掴まれて持ち上げられる。そのまま担がれてしまった。
「クソガキは俺がシバいておくから、お前らは大人しくしていろ!」
「そりゃねぇ~ぜ!リーさんよ!?」
リーに担がれてたまま店の奥に向かい、二階に上がっていく。 まさか名前を呼ばれるとは思わなかったので、びっくりした。 楓がリーの頭をペシペシしているが、楓が装備しているのは、ぬいぐるみだし見て見ぬふりして大人しく担がれたままになる。
二階に上がって一室に連れて行かれ降ろされると、思い掛けない人物がいた。
「まさか、君が来るとは思わなかったよ」
………トライセル殿下
平民と変わらない服に身を包んだトライセルは、呆れた顔をしていた。
「騒ぎになると困るのでね。リーに君を連れきて貰った。竜殺し殿がもし大暴れたら、大騒ぎどころじゃ済まないからね。あ~そうだ、お忍びだから気兼ねなく話してくれて良いよ」
「いえ流石に、大暴れはしませんが、でも何でトライセル殿下がこんな所に」
「それも踏まえて、騒ぎを起こされては困ったんだよ」
「リーには、このバルジニアの情報を集めて貰っていてね」
「殿下!」
「いや、良いんだ。信じられんかもしれんが、先ほど話した竜殺し殿だ」
ピプゥ~♪
楓君、変な効果音いらないからね?
「まさか、こんな子供が?先ほどもご冗談だとばかり……どちらかのご子息様かと」
「私なんかでは、子供のように扱われてしまうほどの実力者だよ」
「まさか、殿下ほどの武をお持ちの方が?」
「だから刺激しないでね?刺激しないということは王子として王国に準ずる者の公式的な警告だからね?それぐらい、竜殺し殿を怒らせるようなことをしてはいけないよ」
「そこまで………」
酷い言いように聞こえる。これじゃただのキレたらヤバい奴みたいだ。
「と言うわけで、竜殺し殿が聞きたいと本気で思ったら、無理やり聞き出せるほどの力があるんだ。隠し立てしても仕方がないだろ?」
トライセルがお道化て見せた。
「それにね、私の内情を見せることで、竜殺し殿を味方に付けたいという思惑もあるのだよ」
トライセルは指先を組んで、含みのある笑みで笑いかけてくる。
懐柔を試みられているようだ。どうしよう?
「これから王都に向かうんだ。折角最初に私が出会えた幸運を逃したくないのでね。他の者に取られる前に唾を付けておきたいのが本音さ」
ぶっちゃけて来た。継承権争いに僕の協力を得たいという事か?やめて!そんな大きな面倒ごとに巻き込まないで欲しい。
「この場で話す機会が持てたのも、きっと勝利の神の思し召しさ。逃す手はないからね」
イケメンだからってウインクされても懐柔されませから!
「そうだな………君は乗る気じゃないみたいだし、こんなのはどうだい?嘘でも僕の陣営に入っている事にしておくんだ。それだけでも継承権を持つ他の人達からの誘いの煩わしさからは逃れるよ。竜殺し殿の一番の望みはそこだろう?」
トライセルがこう言ってくるという事は、これから行く王都で他の王子からそういうお誘いがあるということだ。確かに隠れ蓑としては、もってこいのものとなる。だが上手く抱きかかえるとこで、いいように使われてしまう状況に追い込まれる危険性もある。トライセルはタヌキなのだろう。それでも、いままでの僕への対応は紳士的であったし、今のところ嫌な感じはしていない。
「どうだろう?いま返事が貰えると僕も動きやすい。工作の準備の時間はあればある程、得られる効果が高いからね」
「良いのですか?僕がトライセル殿下を利用するという形になるんですよ」
「私も利用させて貰うんだ。おあいこだろ?僕は与えられた立場の王子であるかも知れないが、竜を倒された英傑様とは将来の活躍を持って対等で在りたいと思っているのだよ」
随分と高く買われている気がするが、既に起きる可能性が高い問題を回避できるというのは、魅力的だ。
「………そこまで言われて断っては、竜殺しの名折れになりそうですね。宜しくお願いします」
もしかしたらトライセルは竜族と僕の間に起きたことを知った上で、今まで僕のことを竜殺しと呼び続けて焚き付けて来たのかも知れない。その策略に乗ってもいいと思うのは、そこまでしてくるトライセルの僕への評価を嬉しく思ったのもあるが、逆に知らない人間に言いように使われるよりは良いと思ったからだった。
それに、これはフリだ。フリならば、思いが違った時別れるのも容易いだろう。それすらも見据えている可能性があるトライセルならばその能力は信じるに足るものとなるかも知れない。
トライセルと交わした握手は固いものだったが、永遠に繋がっているものでないないことを僕は頭の中に刻み込んだ。
次話 「散歩」




