58、告白
愛海凛が優雨美にお菓子を買い与えていた。いまのチビ優雨美からは想像つかないが救出に失敗していたら、どうなっていたかわからない相手なのに、愛海凛はお菓子で優雨美を餌付けしているような図となっている。天神海領では神と崇められている者がこんなことで良いのだろうか?
愛海凛も分かった上で、優雨美を手懐けようとしているなら、かなりの狸かも知れない。時期天神海領の領主だけのことはあるということなのだろう。ちゃっかりと名前で呼ぶことも、お菓子の誘惑を上手く使って引き出していた。
「マジク様、あそこからだと夕焼けがよく見えそうです。降りてみませんか?」
「はあ、そうですね………」
「優雨美様、まだお菓子はこちらに一杯ありますので、ゆっくりお食べ下さいね。美海?足らなくなったら、これもお願いね」
愛海凛がやたらと買っていた菓子の袋を優雨美の横に置いた。
「参りましょう、マジク様」
「………はい」
馬車から降りて愛海凛姫が示した場所に行くと、確かに沈む夕焼けが綺麗に見渡せた。菓子屋を探して馬車を走らせていたうちに、タバレルの街の外周を走行していたらしい。街の端から見渡せる西側の風景は隣の領地へと続く夕焼けの景色だ。
「バルジニア領の大地も見えているんでしょうか?」
「さあ、どうでしょう?でも綺麗な景色に領地の違いは関係でしょう」
「確かにそうですね」
愛海凛は風に揺れる髪を押さえながら、夕焼けを見ている瞳が揺れていた。
「折角、ピークトリクトまで来ましたのに、マジク様と二人でお話しする機会が持てなくて」
「愛海凛は他領からのお客様ですので仕方のないことでしょう」
「そうですね。天神海領の者としてではなく、一人の女の子としてマジク様の元に来たかったです」
これはまずい。告白でもされそうな流れだ。どう誤魔化して逃げよう………
「愛海凛姫様」
「愛海凛とお呼び下さい」
「いいえ、それは受け入れられません。僕は平民です。立場が違います」
「マジク様は優雨美様に認められしお方。それに東神の竜族に認められ、ダンジョンの神にも招待を受けたと聞き及んでおります。マジク様は英雄であり、平民という人間が作る枠に収めるのは間違っているものと思っております。これはわたしの考えでも有りますし、天神海の考えでもあるのです」
「ですが愛海凛姫様は、僕がペラム家のバーナデットに《名奪い》をされていることもご存知なのでしょう?」
「はい、それでも例え叶わぬ願いだとしても、わたしは貫き通してたいのです」
愛海凛が真直ぐに見つめてくる。その瞳は夕焼けの中に揺れていてとても綺麗だった。
「愛海凛姫様がそう仰られても、僕は天神海領の者では無いのです。やはり天神海領のお姫様の想いを受けることは出来ません」
愛海凛は決して瞳を反らさずに見つめてくるが、僕は突き返すように強く見つめ返した。この場でけりを付けなければ、こじれる案件なのは分かっている。
「愛海凛とは呼んでくださらないのですね」
「はい、愛海凛姫様」
愛海凛が折れるように目を瞑り顔を反らした。しばらくして拳を強く握りしめ決意を固めるように夕焼けを見つめなおす。
「マジク様?マジク様はまだ天神海のことがよくお分かりになっていないようなので申しておきます。天神海の女は一度決めたことを簡単に諦めたりはしませんのですよ?」
愛海凛が楽しそうに笑みを浮かべ、そう言い残して馬車に戻っていく。天神海の男達の勇猛さを、想いを通そうとする愛海凛の中に見た決意のこもった笑みだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
愛海凛と別れ宿に戻ると、愛海凛とのこともあって店主に母のことを聞くのをすっかり忘れて朝を迎えてしまった。
次の街に着くまでの馬車での移動の中では、愛海凛と顔をあわせることもないので、街に着くまでに次の対処を考えなければならなかった。
出発前に店主から今日の分のお乳を受け取り、母のことを聞く。
「何のことでしょうか?」
「昨日、マイリオリーヌさんのことを知っていて話しかけたのでは?」
「はて、記憶に有りませんが」
「あの僕は怪しいものではないのです。マイリオリーヌさんのお役に立ちたいと」
「よくわかりかねますが、貴方様はおの方とどのようなお関係で?」
「それは………」
思わず言い及んでしまった。店主に完全に惚けられてしまっている。確かにこんなことを聞いて怪しまれているのかも知れない。言い及んだことで自分で見ても母の過去を調べようとしている怪しい奴だ。生まれてしまった誤解を解くには、もう出発の時刻が迫っているので時間が足りない。帰りに誤解を説くしかないかと諦めるしかなかった。
「無事のお帰りをお待ちしております」
店主にそう言われ、馬車が二日目の行程に向けて出発する。新しい宿題を抱えてしまった。
二日目の行程でピークトリクトの領地からバルジニア領の領地に移ることとなる。王族や領主には領界の審査が発生しないが、貴族や馬車の御者、僕達平民は一人一人審査が発生する。それでも王族や領主と共に行動していることもあって、幾分が審査も軽減されるそうだ。審査は王国の定めた規則なので、いかなる場合でも免除になる事はない。それでも、前もって審査を受けることを告げてあるので、専用の審査官が準備されているのは、流石王族と領主が同行する面々ならではだそうだ。
審査の時間も考慮に入れると次の街に着くのは、夜になってしまうらしい。一般的には審査を受けるために領境の宿場町に泊まるのが当たり前の事だという。
「かえではほんとうに、ぶきがすきでちゅね」
僕は審査の間だけマジクに変身して、残りの移動はユウキで過ごしていた。僕がどうのと言うより母がユウキとしての僕の世話を焼きたがるのだ。ピークトリクトでは家を空けていることが多い事を考えると、これも親孝行になるのかと、母の言う通りにユウキの姿で甲斐甲斐しく世話を受けている。
楓は母に新しく作ってもらった槍の形をしたぬいぐるみと布剣の変則二刀流で、頭に花の髪飾り、お気に入りのおしゃぶりは離さない。対するアキちゃんはハンマーのぬいぐるみを二つに、頭に獣耳の帽子だ。赤ん坊でもずっと馬車の中で同じ風景だとストレスが溜まるのかも知れないと好きにさせているが、エスカレートしたら止めるために僕も対峙している。
「ふぁいと!」
これじゃ完全にレフリーだ。二人が、がむしゃらにそれぞれの武器を振り回す。ただ振り回すだけで、避けたり受けたりはない。それもそうだ、二人はオムツも取れない赤ん坊だ。楓は普通の赤ん坊と違うが、アキちゃんも最近ちょっと変わっとてるなとは思ってきている。それも楓や僕の影響が大きいのだろうが、この世界での赤ん坊はこんなものなのかは、よく分かっていない。街で赤ん坊を見かけたことは何度もあるが、流石に見かけただけで、我が家の赤ん坊との差異までは知らない。我が家の赤ん坊達を見たことも世話したこともある人達が何も言っていないのを見ると、この世界の赤ん坊はこんなものなのかも知れないが。
「うあぎゃー!」
アキちゃんが泣き出した。楓はむっすり顏だが少しうるうるしていて、花の髪飾りが取れかけている。こうなることは分かっていたが、それでもやらせたのでアフターケアも僕の仕事だ。
「はいはい、あきちゃん。だいじょぶでちゅからね~」
帽子が取れたアキちゃんの頭を撫で撫でしてあげると、僕に倒れ掛かってきて押し倒される。すると楓も泣き出した。
「びえぇ~ん!」
かまって欲しくて、泣くのを我慢するのを止めたのだろう。うん、面倒臭い。この二人は共に起きていると、とても面倒臭くなってきた。可愛いのだが、ずっと繰り返してくると流石にお腹一杯である。
「かあさん、へんしんするのでいすにすわらせてくだちゃい」
「チッチッチッチ。ユウキちゃん~ママですよ~」
この人もちょっと面倒臭い。
「ままおねがしまちゅ」
マジクに変身して服を着ると、アキちゃんと楓を抱っこして泣き止むようにあやす。優雨美は基本的に食べるか寝てるかのどちらかで、いまは寝ていた。カウタは馬車の中では腕を組み目を瞑っているが、寝ているのではなく意識を停滞させて生体の活動も殆ど止めているという。長い年月を生きる竜族ならではの生態なのかも知れない。
いつも先に楓が泣き止むので、ベビーベッドに戻して指先でこちょこちょしてあげてかまい続ける。次第にアキちゃんも大人しくなってきて、暴れて名一杯泣いたのでうとうとしだす。今日はまだお昼寝していないのでこのまま、寝てしまうはずだ。完全に目を瞑ってから暫く抱いていて、ベッドに戻す。
「ふう、ひと段落。カウタ?」
「……何でしょうか?」
「聞きたいことがあったんだ。僕の魔法見たよね?優雨美様には歪と言われて、使うなと言われていたんだよ。神々の塔で、あまり使っていなかったのはそれが理由なんだ。一歩間違えば空間ごと所滅すると言われて、よっぽどの事がない限り僕も使いたくなかったんだ」
「なるほど、理解しました。確かにマジク様が魔法を使うときは空気が震えてピリピリしていました。そういった理由があったのですね」
「うん、そうなんだけど、カウタは空気がピリピリしている感じだけ?魔法構成は見えるんだよね?」
「見えますが、我々竜族とは魔法を使う工程が違いますので、人間達の魔法の行使は理解していません。人間は魔法を行使するのにその場で魔法構成を描きますが、我々は既に魔法構成を編んでおいて、貯めておき使うときに取り出して使う感じなのです」
「へ~便利そうだな。とっさの戦闘で構成を編むのを間違える可能性がなくなるよね。覚えたいな」
「そうですね、ただ頭の中に編んだ魔法構成を留めておくスペースを作らなければ行けません。意識をしてずっと留めておくのです。そうでなければ咄嗟に使わねばならないときに使えませんから」
「ん~と、頭の中で意識を分けて、生活し続けるということかな?」
「少し違いますかね。あくまで意思は一つに統合されているのですが、幾つもの事に同時に意識を向けている状態を常に続けるのです」
並列して幾つもの考えを思考するようなものかな?しかも二の次じゃなくどれもちゃんと意識してだ。ともかく、カウタは分かりやすく教えようとしてくれているのだろうが、いまいち理解出来ていない時点で僕には無理そうだ。
「成る程、人間にはちょっと、無理そうだね」
「ただ、マジク様ならあるいは可能であるかも知れません」
「どういうこと?」
「人間の身で神の領域まで上り詰めた事を考えれば、辿り着くには容易いかと」
「あーそういうこと。いや無理です。ごめんなさい」
幾つもの偶然が重なって得られたものと、狙って得ようとするのでは、労力もアクセスの仕方も全然違う。まあ勉強にはなったので良かったと思う。色んな出会いをして、色んな考え方ややり方を聞いてそれが自分のものにうまく変換出来れば御の字だ。僕は違ったアクセスの仕方で魔法の使い方を覚えてしまった。僕なりのやり方で、歪でない魔法の行使が出来るようになればという別の道もある事を頭に思い浮かべる。いまある人間が行っている魔法の行使の仕方だけが、やり方ではないということだ。竜族も違うのだから、僕が違っても良いのである。
「ありがとう、カウタ。なんか少し掴めたかも知れない」
「お役に立てて何よりです」
カウタはまた目を閉じ腕組みをして身動きしなくなる。
「好敵手よ、いいぞ!いいぞ!どんどん強くなれ!俺をもっと楽しませろよ!」
「………いつから、起きていたんですか?」
「竜族かやっていることが、俺に出来ないと思ったのか?」
「いや、その見た目ですし」
「この姿で削がれておるのは戦闘力が殆どで、それ以外は殆ど元のまんまだぞ!少し性格も変わってはいるがな!強くなって行くオマエと戦えるが楽しみだ!はっはっは!」
この時、初めて優雨美の瞳の奥に闇を見た感じがした。
次話 「握手」




