56、神に愚か者と呼ばれた男
前世の記憶は二十四歳までのものしかない。生まれも育ちも下町の高卒で職は二回ほど変えている。両親とも健在で下に弟がいた。弟はショップの店員で働いている場所は知っていたが、店には行ったことがなかった。行っておけばよかったなと、いまは悔いを感じる。
自分がしていた仕事のことはあまり思い出したくないが、休み返上で働いていたことは直ぐに思い出してしまう。たまに休めた日曜日は寝て過ごすことも多かった。それでも休みの前の日なんかは、まだ親元で暮らしていたので、地元の友達とよく飲んだりはしていた。
思い出そうと思えば、かなり記憶を思い出せるが、仕事同様にあまり思い出したくないものが多い。前世での新しい記憶は何となく流されるままに、日々を生きて過ごしていた時間だ。ゆったりと何か趣味に没頭するわけもなく、働いていてそれでいいかと人生を怠けていた時だ。それなのに、いつの間にかそれが終わりを告げて、今は目まぐるしく毎日のように新しい刺激を与えられ続けている。元の僕は怠け者だっただけに、今の僕は完全に人生のオーバーワークをしていると思う。生後一年も経っていないのに、オーバーワークな生き方をしている自分自身に同情した。
僕は水面に浮かび上がるように覚醒すると、薄瞼で周囲を確認する。場所は剣神と戦っていた場所のままだった。体に痛みはない。何度か瞬きをして腕を上げ顔を覆うと、ゆっくりと体を起こした。目の前に神殿に座する剣神がいる。どうなったのか分からないが、体が何ともないのは、剣神が僕の命を繋ぎとめてくれたとしか考えられなかった。
「本来、君はあのまま死んでいた。だが試練を超えた者として認められたことで、死を免れた。生を繋ぎ止めたことが褒美と思ってくれ」
どうやら試練を超えることには成功したようだ。
「だが、今回はギリギリの及第点だと覚えておくが良い。次はびっくり箱の様なやり方では認められることはない」
何がどうなったか分からないが認めてくれたのなら問題ない。次は絶対にないので気にすることもなかった。
「まさか、自分自身の攻撃を受けるとは思わなかった。我が身に傷を負わせた以上は、君も同じものとせねばならぬ。 自らの死さえも省みぬ愚か者と言えども」
ん?ん?どう意味だ?愚か者の方は間近いないですが
「有意義であった。試練はこれで終わりだ。剣神に傷を負わせし者が剣神以外であることは認められない。君には剣神の称号を授けよう。また会うことを楽しみにしている」
ん?剣神?いや!そんな称号要りませんから!
「あー!あと二度と会いたくないです!」
「お前さん、何を叫んでいる?寝ぼけたか?」
「あれ?ガルドーさん」
いま話していたはずの剣神がいない。目の前にガルドーとカウタがいるだけだ。
「まさか夢落ち!?」
「どうしたんじゃ、お前さん?どこか頭でも打ったか?」
ガルドーが心配そうな顔を向けて来た。 カウタが僕の顔というか頭のあたりを見て驚いている。不安になって頭を触るが痛くもないし血が出ている訳でもない。
「頭は何ともないみたいですが、何がどうなったのかさっぱり」
「神殿のおられた光に、塔の外へと弾き出されてしまったのだ」
「ん?光?剣神様の事ですか?」
「剣神様?」
「神殿におられた神様です」
「やはり、神であっか。光を見た途端、途方もない威厳に力が抜けて立っては居られなかった。まさか神と邂逅するとは思わなかったぞ。にしてもお前さん、なぜあの光が剣神であるとわかった?」
「その答えは明白だ」
カウタが跪いて頭を垂れた。
「マジク様は剣神と成られた。キサマも頭を下げろ」
「なんじゃと?」
「マジク様は人間の身でありながら、剣神様に認められ、剣神と成られたのだ。額に浮かびし紋様がそれを物語っている」
額に触れるが特に何もない。それとも額に落書きされたのか?そんな人の額に紋様の落書きとか悪ふざけも程がある。
「ガルドーさん、僕の額に何かあるんですか!?剣神様なんてことしてくれたんだ!」
「いや、何もないが、何を慌てておる?」
「キサマには見えぬのであろう。額の前に紋様が浮かび光り動いている。間違いなく神語」
「うがっ!マジか!額にとか宣伝して歩いてる様なもんじゃないか!」
「どういうことじゃ?お前さんも弾き出されたのではないのか?」
「夢でないのなら、僕は剣神様と戦いました。生かされて、認められた様です。剣神の称号をを押し付けられました」
「なんと………真か?」
「夢でなければ………」
「夢ではない。その証拠が額の紋様だ」
額の前にあるという紋様を触れられるのかと思って、手の平で行ったり来たりするが感触はない。本当にあるのだろうか?魔法構成といい見えないものに振り回されるのは御免こうむりたい。
「剣神マジク様。剣神と認められた身に無礼を承知でお願い致します。我が妹に御目通りを願えませんでしょうか?無礼は我が身の命を持って償いますれば、何卒お聞き上いただきたく!」
カウタのひれ伏す姿に、顔が引きつるのを抑えろというのが無理だった。
「やめて下さい!カウタ様!頭を上げてください!妹さんを助けるために三人で力を合わせて得た称号じゃないですか!妹さんに会いに行くのは当然で、改めて願われることではありません!」
「マジク様は人間にして、神と同等になられた身です。私はあの場から弾き出されました。それは神の前に出ることさえ認められなかったからです。全てはマジク様お一人のお力が認められたのであって、私は認められていない。それが現実なのです」
があー!なんかおかしなことになってしまった!
元々、頑固でこれと言ったら、それを最後まで突き通す性格なのだろう。だから長のジュネヴィーヴの決定にも自を通して諍ったし、僕に仇を成そうともした。それがいま極端に悪い方向に、それも僕に向いている。
「とにかく、立ってください!あーもう、命令です!」
カウタが命令と言われて、渋々立ち上がる。
「妹さんの所にはどうやって行きますか?」
「転移にてお連れ致します。人間、キサマは連れては行けぬ」
カウタがガルドーを見て、東神の竜族が住まう場所への出入りが出来ないことを告げる。
「それは仕方のないことですじゃな」
「では先に砦に向かって貰えますか?」
「仰せのままに」
カウタは完全に僕のことを神様扱いしている。やりにくいなんでもんじゃない。
「あ、でも、長様に見つかってしまいますか?」
「いまのマジク様がおられれば、特に問題ないかと」
本当に大丈夫だろうか。ジュネヴィーヴのお叱りの一撃で簡単に死ねるので不安になる。
「あのガルドーさん。戻っても、このことは秘密にしていただけませんか?」
「ワシもまだ半信半疑じゃが………」
「マジク様の言うことが聞けぬのか?」
ガルドーに対するカウタの物言いが怒気を含んでいる。
「いや、そういうわけではないのですが、わかりました。胸にしまって置きましょう」
場の雰囲気が悪すぎる。カウタはいまにも、ガルドーと一戦交えそうな感じだ。神々の塔で共に苦楽を共にした仲が、もうなかっことになっている。それもこれも全部僕に変な称号が押し付けられたからだ。
もう嫌だ、胃が痛い。ストレスで病気になったら剣神のせいだからなと神様を心の中で思いっきり罵る。
「それでは行きましょう」
これ以上、二人を一緒にしておくと面倒事が増えると思って、行動を促した。
カウタが竜の姿に戻り、振れると直ぐに景色は砦の前だった。砦に寄ることなく、ガルドーと別れ直ぐに転移をする。転移した先は深い谷間の底で薄暗く、見上げると空が見える。何十階もある都会の高層ビル群がすっぽり収まりそうな高さだ。谷底はかなり広く、中央に川が流れている。竜の姿のカウタでも余裕のある幅で古竜である長の体も十分通れそうだ。数分も歩かないうちに行き止まりになり、人間が通れるか通れないかというほど急に狭まっていて、谷を形成する裂け目の始まりの様だ。水が染み出す割れ目の両側に三つの大きな穴があった。向かって右側にカウタが首を振って示してくる。
恐る恐る穴に近づいて行くと、深い洞窟の様で奥がよく見えない。カウタがズシンズシンと足音を洞窟内に響かせて後ろを着いてきた。カウタは竜の姿のままのようだ。何か制約でもあるのだろうか。
それにしても、足元がデコボコしていて歩きにくい。どんどん暗くなっいくこともあって、歩みが遅くなると目の前に光の玉が現れた。
「ありがとうございます」
クガァ
カウタが小さく鳴く。魔法で灯りをつけてくれたようだ。
暫く歩いていると、奥から荒い息遣いが聞こえてきた。結構怖い。
ググググガガァガァ!
怒りをぶつけて来るような咆哮が聞こえてきた。大きな体を引きずるような音が聞こえてくる。灯りの中に黒い煙のような瘴気を全身に纏った幼竜が現れた。牙を剥き襲いかかってくるが、カウタが前足で瘴気を纏った幼竜の頭を洞窟の壁に抑えつける。
グガァー!!
カウタの短い咆哮が洞窟内に反響する。息の荒い瘴気を纏った幼竜の渇いた瞳が僕の姿を捉えた。暴れていた手足の動きがなくなる。洞窟の内に聞こえるのは、瘴気を纏った幼竜の息遣いだけになった。
どのくらい瘴気を纏った幼竜の瞳に晒されていただろう。次第に息遣いが落ち着いてきて、全身に纏っていた瘴気が薄くなって来たのが分かる。
僕はずっと身動きせずに、カウタの妹を視線を受け続けていた。しばらくして見つめていたカウタの妹の瞳が閉じる。カウタが押さえつけていた前足を退けると、瘴気が全身から部分部分の小さなものへと消えていく。次第に瘴気が消えきるとカウタの妹の瞳が開いた。渇いていた瞳は涙を流すように濡れている。カウタの妹は僕に向かって頭を下げた。閉じた瞳から涙が零れる。カウタも共に頭を下げ洞窟の中で二頭の竜が、僕に服従するように頭を何時までも下げていた。
次話 「王都への出発」




