54、甲冑騎士の足音
神々の塔に入ってから二十四時間以上が確実に経っている。既にフロア到達数は二十五フロアとなっており、現在目の前に大きなホールが広がる場所の手前で足止めとなっていた。ホールには置物のように赤い甲冑騎士のガーディアンが向かい合って並び、その中心は誘う道のように真っ直ぐ進んでいて、ガーディアンが向かい合って並ぶ先に長い上りの階段に続いている。階段の行き着く先には巨大な扉があって、扉はここからでも分かるほど重圧な様子でその細工は神々しく見えた。
この扉の広間を前に疲労が無視できないものになったので交代で睡眠を取っている。
「今更なこと一つ聞きたいのですが、この塔に訪れた人間はいるのですか?」
「俺が生まれてからはいない。それ以前のことは知らない」
年齢が少し気になるが、いま必要な情報でもないので後回しする。
「東神の竜族様と言われるぐらいですから、他にも竜族が住む領域があるのですよね?」
「知らないのか?」
「………竜族様の方と話す機会は貴重ですので、僕の知っていることが事実か知りたかっただけです。話してはいけない事ですか?」
折角のチャンスだ聞かない手はない。カウタとは丸一日の戦闘でギクシャクしていた関係が随分と柔らかくなったのを感じる。同じ目的のために命を賭けて協力し合っているのだ、蟠りがどうのこうのと言っていたら始まらない。
「いや、構わない。北神、南神、西神の竜族がいる」
「王国を囲う感じでの四方に住まわれているという考えで問題ないですか?」
「キサマ達、人間の棲む場に我々は興味がない。だがキサマ達が棲む場は我々竜族が棲む領域の内側にあるのは違いない」
「竜族様の住まう領域の外には人間はいないのですか?」
カウタだ睨め付けるように視線を向けて来る。
「………言えぬ」
聞いては行けなかった事のようだ。どこまで聞くべきか迷うが、今後カウタと話す機会があるかは分からない。
「外側には何があるのですか?」
「言えぬ。だがキサマならば自分の目で確かめることが出来るかも知れぬ。この試練を超える事ができればの話だがな」
王国の外には、竜族も言えない秘密がある事が分かったが、興味はあっても自分で確かめに行こうとは思わない。僕はこの世界の秘密を知りたい訳でもないし、謎を解き明かしたい訳でもない。気にはなるが、ただ自分と家族が静かに暮らせる環境を整えたいだけだ。外の世界を調べるために余計なトラブルを持ち込んで、母達に危害が及んでは元もこうもない。既にこの考えから逸脱した生活をしている気もしないではないが、せめて母とアキちゃんが普通に生活出来る環境を守るのがいまの僕のするべき事だと思っていた。
「他の竜族様との交流はあるのですか?」
「ある」
「他の竜族様達の領域の奥にも、神々の塔があるのですか?」
「言えぬ」
言えないという時点で答えのようなものなのだが、いまいる神々の塔に到達するのでさえ東神の竜族の棲家を抜けなければならない事を考えれば、それぞれの竜族の棲家の奥に何かしらあるのは明白だった。決して行こうとか考えてはいない。逆に近づかないようにするために必要な情報だ。
カウタが睨みつけてくる。ここら辺の話はここまでにしておく。
「カウタ様の言葉に疑問を持つようで申し訳ありませんが、僕がこの試練を超えることが出来ても、妹君にそれを認めさせるにはどうするのですか?」
「神々の塔の試練を超えることが出来れば、得られるものがある、それを見せればいい」
「それは何ですか?」
「知らぬが、何かが得られるのは確かだ」
「そのことに不安は感じでいらっしゃらないようですね」
「長から、東神の竜族に伝えられる神々の言葉の中にあるのだ。間違いない」
「その神々の言葉は勿論言えませんよね?」
「神々が竜族にもたらした言葉だ。長しか伝えることが出来ぬし、発する事もできない」
「頭の中に直接伝えるようなものですか」
「そうだ………よくわかったな」
カウタに訝しむ表情をされる。前世の記憶からテレパシーを直ぐに連想してしまった。まずかっただろうか。
「キサマは、この塔でのあり方を見ても思ったが、私が知る人間とはかなり違うようだな」
「そんな事はないと思いますが………」
「誤魔化すところは、俺のよく知る人間そのものだがな」
「はははっ」
「まあいい、そろそろ、キサマも寝ろ」
「そうですね」
今日のところはこれ以上詮索して来ても何も話さないというカウタの意思表示に思えた。
「カウタ様も後で寝て下さい」
「俺は人間とは違う。これくらいで寝る必要はない。そもそも元の姿に戻らねば眠りも意味がない」
「わかりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
眼が覚めると、目の前に楓のウィンドウが開いていた。カウタに眠らされた楓の眼も覚めたようで、きっと抗議を上げるようにガン泣きしているだろう。楓とこれだけ長い時間離れた事がないので、僕も寂しく感じてしまう。少し邪魔だが、楓のウィンドウを閉じずにそのままにしておくことにした。
「起きたか」
「はい……どのくらい眠ってましたか?」
「四刻ぐらいだろう」
「食っておけ」
ガルドーが干し肉と、甘くないクッキーのような固形物と水を差し出し、塩の塊を削ってくれる。
「キサマが食べ終わり次第、あの扉を目指す。あの先の試練を越えるのはキサマでなければ意味がない。ガーディアンの相手は俺とこの人間が相手をする。キサマは扉を目指せ」
ガルドーが何も言わないところを見ると僕が寝ている間に、話をまとめていたのだろう。
「それは嫌ですね。犠牲ありきの考えは好きじゃありません」
「キサマ、この後に及んで何を言う。この時のために俺は来たのだ。この人間も同じ考えだ」
「嫌です。カウタ様とガルドーさんがそんな自暴自棄な考えを実行するくらいなら、僕はあそこに思いっきり魔法をぶち込みますよ」
塔の入口以降、フロア崩壊のリスクが高い強力な攻撃魔法は使用していなかった。
「キサマは、これまでの苦労を無駄にするつもりか?」
「それは僕が言いたいことですよ。二人ではあのガーディアン達は倒しきれないでしょう?カウタ様が竜になっても無理でしょうね」
赤い甲冑騎士とは、二度の戦いを経験していた。一体を倒すだけでも苦労した相手だ。それが百体は並んでいる。
「それなら、こういうのはどうじゃ、全員であそこを突き抜ける。扉の前でワシと竜族様とでガーディアンを一時引きとめよう。お前さんは扉の前で魔法をこちらに向けて放つ準備ができたらワシと竜族様も扉に向かって退避する。ワシらがお前さんの後ろに抜けたところで行使じゃ、入口で使った魔法を使え、一度見ているからワシらも状況判断が取りやすい」
「逃げる瞬間をお二人で合わせるのが難しそうに思えるのですが」
「そこは何とかする。伊達にここまでに共に戦ってこなかったと言っておこう。合わせて見せるよ」
ガルドーが自信ありげに笑みを見せる。
「俺は構わない。いざとなれば人化も解こう」
「一ついいですか?お二人により負担が増えますが、扉が先に開くか確認して見たいのですが」
「扉が開いて奥に入ることが出来ても、ガーディアン追って入って来たらどうする?奥に試練の敵がおったらお手上げだぞ」
「確かに、ここにいる敵は全て葬ってからでないと、あの先に行くのは危険ですね」
「ならば、先程の流れで行くぞ」
「分かりました」
目の前の扉に続く空間の入口前に、僕が先頭になって立つ。
「行きます!」
スタート!
一気に赤い甲冑騎士が並んで出来た壁の間を走り抜ける。
「来たぞ!振り向くな!」
通り抜けた順に後ろから甲冑騎士が追いかけてくる金属の足音が増えてくる。これはかなりの恐怖だった。足音が空間に響き渡り、反響を繰り返してとんでもない数に追いかけられている感じがした。赤い甲冑騎士の壁が切れるのは距離にして約百メートルで次第に先が見えてくる。先に魔法の行使を考え始める。時間稼ぎはいらなかったかもしれないと考えてしまうが今更な考えだ。一瞬でも振り向き魔法を行使して発現させる時間は必要だ。
カウントダウンを始める。
残り五体、三体、二体、一体!抜けた!
近くに感じていた後ろの二人の気配が消える。
振り向くととんでもない数の赤い甲冑騎士が集まって来る。百体なんてとんでもなかった。空間全体に赤い甲冑騎士がひしめき合っている。壁の様に並んでいた数がフェイク。赤い甲冑騎士が次から次へと湧き出る。二人が再び振り返って走り出す隙など作れる筈がなかった。このままでは二人が赤い甲冑騎士の波に飲まれてしまう。
行使する魔法を変更する。ガルドーとカウタを除く場所をピンポイントで狙える魔法を選択考える暇はなかった。
【 光束放出 】
ブゥン!
ガルドーとカウタの二人の間を光線が突き抜ける。撃ち抜いた赤い甲冑騎士の直線上の後ろにいる赤い甲冑騎士達も貫通する。だが一点集中の魔法だけに中央のだけ排除しても意味がない。直ぐにガルドーの体に沿う様に右側面に光線を移動して赤い甲冑騎士を排除するが、カウタ側が間に合わない。しかも、二人の攻撃のタイミングがバラバラだ。
やるしかない。
<複製能力> ➡︎ 【 光束放出 】
腕は二本ある。
頭の奥が熱くなる。両腕による魔法の行使。
もう片手に複製した光線をカウタに迫り来る赤い甲冑騎士の対応に使う。それぞれ二人の輪郭をなぞる様に往復して行使を続ける。
二人の攻撃のタイミングが合ってきた。共に負傷も増えてきている。
そして二人の攻撃のタイミングが重なった。
カウタが振り向く、ガルドーが合わせて振り向き走り出す。二人の動きに合わせて、光線を中央に集中のさせと歪みが生じ始める。指が震えて激痛が走ると二人が横を通り過ぎた。二本の光線が絡み合い螺旋の光線となる。指が燃え尽きるのを御構い無しに扇状に両指先を二閃、三閃した。
「ぐうおおお!」
赤い甲冑騎士が現れなくなるまで行使を続けた。赤い甲冑騎士が次々と粒子となって消え、広い空間全体で霧が昇る様に粒子で埋め尽くされる。
魔法の行使をやめると両腕が真っ黒に焦げていた。指が炭と化し崩れ落ちる。
かっ【 回復 】
手首辺りまでは、綺麗になるが、その先は黒いままだ。
かっ!【 回復 】【 回復 】
元に戻らない。指が全てなくなっている。手首から先も今にも崩れ落ちそうだった。頭がパニックになる。
かっ、【 か復 】
回復魔法の行使が失敗する。激痛と指先を全て失ったことに足が震えて座り込んでしまう。
めっ【 のぃ吹を、、求めるは...コの 】者に!
はっ発動しない!
「マジク!」
仰け反りそうになった体をガルドーが体を支えてくれる。
「正気を保て!今回復薬をかける!」
ガルドーが胸のポケットから赤色の液体の入った瓶を取り出し蓋を開けた。
「待て!それでは駄目だ!」
カウタがガルドーの腕を掴み、回復薬を振り掛けようとするのを止める。
「これしかない!最上級の回復薬だ!」
「貸せ!」
カウタは回復薬を奪うと、自らの胸に手刀を突きつけた。
「何を!」
「………黙って見ていろ!」
カウタが自らの胸から手刀を引き抜くと脈動する心臓が握られていた。カウタは口から血を吐き出しながら、自らの心臓を握り潰し血を回復薬の瓶に注ぐ。
カウタは赤色だった回復薬の色が紫色に変わると僕の両腕に回復薬をかける。まず激痛がすっと引いていく。崩れ落ちそうだった炭と化していた手首から先に赤みがさし肌色に戻ると無いはずの指先が熱く感じた。指が次第に生えてくる。見ていて気持ち悪い光景なのに嬉しい気持ちで一杯になったが、カウタが横で膝をつく。
「カウタ殿!」
「騒ぐな!心臓は二つある………死にはしない……」
カウタが手で押さえる胸元に生え揃ったばかりの手を広げる。
【 回復 】
カウタの胸の傷が塞がり始める。数度回復魔法をかけるとカウタの胸の傷が完全に塞がった。
「カウタ様……」
「大丈夫だ。何十年かすれば再生する」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。キサマこそ想定外の出来事によく対応した。竜に戻る隙も作れる状態でなかった。心臓一つぐらい安いものだろう」
「お前さんの判断がなかったら、間違いなく失敗しておった」
ガルドーに肩を叩かれ労われる。その効果がとても暖かく感じた。
次話 「剣神」