42、心配をかけて
結局騒がしいままで落ち着かない楓に、気の利いた職人さんが布で剣形のおもちゃを作ってくれた。大した時間を掛けずに作り上げた布剣のおもちゃの出来の良さに、カリオンの元に揃う職人の腕の良さを目の当たりにする。楓も後ろでめっさ振っているのでお気に召したようだ。
結局は何でもいいのか、お前は。
時折頭を叩かれるようになったのだが、布製で痛くないとはいっても、叱ることは忘れない。きちんとした教育は大切だ。時折開く楓のウィンドウがファイナルウェポン枠から、戦闘能力の枠に変わったのは言うまでもない。<剣術能力>を選べと催促されているようだ。
カリオンの店先での買い物はリリアが会計を済ませたようで、バーナデットからねだられる事はなかった。
バーナデットへのプレゼントは何とか購入済みだ。耳聡く僕の独り言を聞いていたカリオンが僕の全財産で買えそうなものを幾つか探してくれた。でかしたカリオン。まあ持っていた全財産では、ポケットに偲ばせられる程の小さなものになったが仕方がない。今度お金が出来たらもっと良い物をプレゼントすると言えばいいだろう。
街では露店で小麦粉を固めた様な菓子を買って、リリアも含めて三人で食べたり、何軒かお店にも行ったが、他に買い物などせずにウィンドウショッピングをした。
いまはペラム家に向かっている。バーナデットは相変わらず、いつもに比べて元気がない。僕は、そんなバーナデットに袖をめくって腕輪を見せる。腕輪には細かい意匠がされていて、文字の様なものがビッシリと書き込まれていた。
「マジクに隠れているから気付かなかったのよ? <秘宝狂い>が凄い反応をしているのよ?」
「これはね、竜族の長からの頂き物なんだ」
「おー」
バーナデットの目がキラキラしてくる。
本当にこういった希少物に関しては素直なんだな。リリアも興味津々に覗き込んできた。
「少し下がってて、危ないから」
〔 レクナハルバート 〕
腕輪に刻まれた剣の名前を口にすると腕輪が淡く光って形を変える。淡い光のまま剣の形に変化すると掌に吸い込まれるのように収まった。次第に光が消えて剣が姿を現す。
東神の竜族の長に剣を渡された夜、柄に刻まれた文字を声にしたことで剣がゆっくりと腕輪に変化して、僕の手首に装備された。柄に刻まれていた文字はレクナハルバート。それからはレクナハルバートの名と変化のして欲しいと思い浮かべるだけで、剣と腕輪をスムーズに変化出来るようになってきた。いまはまだぎこちなかったり、しっかりと名前を呼ばないと変化しないが、何度かレクナハルバート名を口にしなくとも、考えただけで変化させることも成功していた。竜族の兄妹の様に相手に悟られることなく瞬時に変化させられるのが理想だろう。レクナハルバートの刀身に浮かび上がるのは竜の姿で、何度見ても美しい。刀身が濡れているように見え、バーナデットとリリアが見惚れているのが表情を見ても一目瞭然だ。
「あー!あーー!」
興奮した楓の声が上がる。
「おい、手を伸ばすな、危ないなぁー」
剣が消え腕輪に戻る。
「あー!あー!あーー!」
楓の布剣が顔に叩きつけられる。
「ちょい、やめい!お前、僕への扱い酷くなってないか?」
布剣を取り上げると返して返してと手を伸ばしてくる。
「もう、僕のこと叩かないか?」
「あー!」
楓に布剣を返すと嬉しそうにまた振り出した。
「わかってるだか、わかってないんだか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ペラム家に着くと、スカーレットとガルドー、ソリュートが出迎えてくれた。
スカーレットとガルドーは野営地以来、ソリュートとは天神海領以来会っていない。
スカーレットは睨みがち、ガルドーはにこやかに、ソリュートは無表情だった。
「やっと、顔を出したかクソ餓鬼」
スカーレットのストレートな物言いが一発目に放たれる。
「おい、止めとけ」
言葉数が少ないソリュートがスカーレットの肩を掴む。
「ふんだ!」
本当に四人の子持ちかと思えるほど、子供なところがあるなと思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
「あークソ餓鬼!オマエ反省の色がないぞ!」
「だからやめておけ」
前に出ようとするスカーレットをソリュートが羽交締めにする。
「お嬢、楽しかったか?」
ガルドーがバーナデットに声を掛けた。ここに居る者達は今日のバーナデットの行動を把握しているようだ。
「うん」
あんまり楽しくなかったような、バーナデットの小さな返事にスカーレットが大人しくなり、ガルドーの眉が下がる。
「バーデちゃん、ちょっとこのクソ餓鬼借りるわよ。クソ餓鬼!顔貸しな!」
スカーレットは返事を待たずに大股で歩き始めるとソリュートが後について行く。バーナデットにねだられて購入させられたお菓子をリリアが差し出して来た。
「お前が持っていろ」
「これ、バーナデットのですよ」
「いいから、持っていけ」
リリアの言葉に首を傾げながら、バーナデットと離れる。
バーナデットと目を合わせないまま、スカーレットの後を追うこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここは………」
四角い壁に囲まれただけの装飾物が何もない部屋だった。光と外気を取り込む場所が均等に並んでおり、石畳の床は平らではなく、使い込まれた年季を感じる。壁に素振り用の剣や木刀かあるところを見ると修練場と安易に想像できる。
「奥様…」
「あんがと、爺や」
修練場の雰囲気に飲まれていると、気付かぬ内にリリアの父が、スカーレットに剣を渡していた。スカーレットは何も言うことなく鞘を抜く。鞘を抜いた音は部屋で広く反響した。 剣はレイピアの様で刀身が細い。
へ?
「死ね!!」
いきなり三段突きが飛んできた。
「ちょっと!」
<危機察知3>が鳴り響くので本気で殺す気のようだが、勿論躱す。
背負った楓が背中で暴れる。お前楽しんでないよな?
暫く続くスカーレットの突きを躱し続けた。スカーレットの突きは鋭かったが、躱すのは余裕をもって出来た。よく考えるとこのレベルの剣捌きの人の攻撃を楽々躱している自分に気付く。
同席しているソリュートとガルドーが何も言わないところを見ると、初めからこのつもりだったようだ。
「くそっ、避けるんじゃないわよ!」
「いや、避けないと致命傷というか、楓にも当たりますし」
「あー!ほんとムカつく!」
次第に突きのスピードが衰えて、攻撃が止まるとスカーレットは肩で息をしながら、両手で膝をついて前屈みになる。
「ぜぇ、ぜぇ、ほんと、ム、ムカつく!」
後頭部が柔らかいものでツンツンされるので楓を見てみると布剣の剣先で僕の頭を突っついていた。
「おい楓、お前も僕を突き刺したいのか?」
「あぅあー!」
「僕の周りは、楓に悪影響を与えるものばかりだな………ふぅ」
「一番の影響を与えているお前さんが、何を言うと言いたいところだが」
ガルドーが覗き込んで楓に笑いかけてくる。
「ガルドーさんも酷いですよ、楓背負っているのに、黙って見ているなんて」
「おまえさんなら、心配いらんじゃろうて、ワシの攻撃も躱し続けられるのではないか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「まあ、許してやれ。スカーレットも鬱憤が溜まっておったのじゃ、おまえさんもバーナデットお嬢の様子に気付いておったじゃろ?」
「それは………元気がないなとは」
「バーナデットお嬢のあの様子は、三年程前のやる気のなくなった様子によく似ておるのじゃ」
終始元気がないのは分かっていた。いつもならもっと付き纏って話しかけてくるバーナデットが、僕との距離を開けていたのだ。今日は殆ど手を繋いでいない。
「バーデちゃんはね、責任を感じちゃってるのよ!意識を失ったままのアンタを砦に連れて帰ってから、ずっとね!それなのにアンタはバーナちゃんに会うこともなく雲隠れムガムガー、ムガー!」
スカーレットの口をソリュートが塞ぐ。
暴れ出した親子を無視してガルドーがスキンヘッドの頭を撫でる。
「そういうことだ。成人したばかりのお前さんや、まだまだ子供のバーナデットお嬢に、大人のワシらが手を貸したいとは思っておるのじゃが、それでも今回はお前さん達同士の問題が大きく、ワシらには出来ることが少ない。情けない話じゃて」
そういうことか、街で始めに立ち寄った菓子店や武器店には客がいなかったし、店の者がわざわざ出迎えてきた。あらかじめ来店が伝えられていたのだろう。バーナデットと僕が街に出て買い物をするお膳立てが出来ていたのだ。ここに来て僕とバーナデットの問題で随分とペラム家の人たちに心配と迷惑をかけていたことに気付く。そして彼らに出来るのは、お膳立てまでで、最後は僕とバーナデットの二人の問題だともわかっているのだ。分かっていてなおこと、お節介を焼きたくなるのは家族なら当然のことだ。
今朝バーナデットに会って僕はただ謝っただけだ。あの時それ以外の会話はしなかった。バーナデットが責任を感じていて、そのことが原因で元気がないというならば、もっと話さなきゃならないことがある。
「スカーレット様、ガルドーさん、それにソリュート様もありがとう御座います。バーナデットとちゃんと話してきます」
「ああ、お嬢のことを頼む」
「ムガムガムガー!ムガムガー!ムガー!!」
スカーレットやガルドーが僕たちを本当に心配してくれているんだという気持ちが伝わってきて、心が暖かく感じた。
次話 「竜殺しの責任」




