41、街
「マジクちゃ~ん、バーナデットちゃんが来たわよ~」
「あー、先に来ちゃったか」
馬車が止まる音がしたかと思うと、砦の玄関口から母の声が聞こえてくる。
今朝は日が明けたばかりの早い時間に目が覚めると直ぐにマジクに変身して、まだスヤスヤ寝ているアキちゃんの横で、手を伸ばしてきた楓を背負い、母の寝室にやって来た。母は起きたてのようで上半身だけ起こしてうつらうつらしていたが、近づくと「おはよう。よく寝れた?マジクちゃん」と言われ、確かにマジクとしては久し振りの顔合わせなのだが、母には勝てないなと心底思った。服をまたボロボロにしてしまったことを告げると、何も言わず三着も新しい手作りの服をクローゼットから出して来て渡された。
あまり器用でない母が三着も縫うのにどれだけかかったのだろう?
涙が出そうになった。
その後に母とベッドに座って、たわいない話をして、一緒に朝食を作り新しい服に着替えた頃にバーナデットがやって来たのだ。
「今から行こうと思ってたところだったんだ」
「そう?起きたら直ぐわかったのよ?」
バーナデットは上目遣いで怒っているような、泣きそうなのを我慢しているような表情をしている。
「ごめんなー」
バーナデットの頭を優しく撫でる。
しばらく撫でていたがバーナデットは謝って撫でたぐらいでは機嫌が良くならなかったようで、まだ上目遣いで見上げて来た。
「そうだ、バーナデット。僕に埋め合わせをさせて貰えないかな?」
「埋め合わせって何かわからないのよ?」
「何か僕に、して欲しいことがないかなってことさ」
「何でもいいの?」
「何かあるかな?」
「本当なのよ?何でもいいの?」
「あ、ああ、勿論だよ」
子供相手だと思って、軽く言ってしまったのだが、バーナデットが念押しをしてくるので、思わず声が上擦ってしまう。
「だったら一緒に街へ行くのよ?」
「へ?街?」
バーナデットの後ろでリリアが静かに頷いてみせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一緒にピークトリクトの街へ行きたいと言われて、なんだ可愛いもんなだなと思った自分をぶん殴ってやりたい。
街に着いて、騒動にならないわけがなかった。
普段ペラム家から砦へのルートは、メインの市街地から離れた東門を使用して出入りをしている。市街地から離れている東門は通常使われるものではないので、特別な許可を貰っている貴族ぐらいしか使用できない。ペラム家の者が日常的に東門を使うのは、ペラム家の屋敷自体が街の郊外あるためでもあるのだが、一番の理由だった名乗り上げによる騒動を避けるために都合がよかったことを僕は失念していた。
今回は砦からピークトリクトの市街地に向かうので、ピークトリクトの流通のメインとなる西門を通ることになる。西門を通るのには馬車内の目通しはしなければならない規則になっていて、ピークトリクトの街に住む貴族階級も例外ではない。
ペラム家の紋章が入った馬車内にはバーナデットが座っている。この組み合わせは門番さえも任務を忘れて声を出してしまう始末だった。
竜討伐による祭自体は既に終わっていても、その余韻はまだ残っていたようで、馬車の進むスピードとバーナデットが街に出て来ているという情報拡散のスピードは、ほぼ同じだった。馬車が通り過ぎる前から、「バーナデット様、おめでとうございます!」という声が聞こえてくる。元々バーナデットは、つい先日まで宝探しで街に頻繁に足を運んでいた。街の領民にとってペラム家御令嬢バーナデットは、その可愛らしい容姿と相まって、領民の身近な人気者になっていたのだ。
バーナデットが初めに馬車を向かわせたのは、お菓子のお店だった。行きたい場所が初めから決まっていたようで、お菓子好きのバーナデットらしい行動だった。胸元に抱き変えた楓は馬車に揺られて気持ちが良かったのか寝いってしまっている反応しないが、僕は店の前に立っただけで鼻につく濃厚な甘い匂いに、むせ返りそうになる。
バーナデットが店に立つと店側から扉が開き、お菓子職人と思われる人達が慌てて店先に並んで出迎えてくれた。
「バーナデット様、このような場所にようこそおいで下さいました」
店主と思われる人物が深々と頭を下げ、続いて他の職人や従業員も頭をさげる。こういった風景を見せられると、バーナデットとの身分の差を強く感じてしまう。バーナデットとの距離を改めて感じてしまった。
「この度は、ダンジョンデビュー及び竜の討伐おめでとうございます」
「うん」
バーナデットは店主の賛辞には大して興味がないように軽く返事をする。次々と店の者が挨拶をして行くと辺りが騒がしくなって来た。ピークトリクトの街の情報の広がるのがスピードには本当に驚かされる。あっと言う間に馬車の周りが人集りになった。
「本当だ!バーナデット様いた!」
「竜殺しバーナデット様!」
「バーナデット様、可愛い!」
「ダンジョンデビューおめでとうございます!」
バーナデットに有りとあらゆる賛辞が投げかけられる。
これにもバーナデットは素知らぬ顔で、賛辞には全く興味がないようだ。
確かに甘いもの好きのバーナデットにとって、目の前に広がるお菓子以外の物が目に入るわけがなかった。僕のことも、お菓子との取引で売り渡すくらいの甘い物好きなのだから。
「店主もういい。バーナデット様は菓子を買いに来ているのだ」
何時までもお店の者達のバーナデットへの祝いの言葉が終わらないので、リリアが店主に声をかける。
「リリアは気が効くね」
「お前がやるべき事でもあるんだぞ?そもそも、お前は―――」
リリアは機嫌が悪いのか、いつも以上に強く怒られてしまった。
菓子店に入ると店内には客が一人もいなかった。店内はあまり広くないが、品数が少なく陳列しているお菓子も全体量が少ないので、窮屈ではない。
「この菓子霊銀貨一枚って、串肉何本分だろ?」
高価なのは一つ一つ個別でケースに入れられているのでわかる。カラフルで子供が好みしそうなの菓子が半分と落ち着いた色菓子が半分だ。前世の記憶を持つものとしてカラフルなお菓子は、どうしても体に悪そうだと思ってしまう。はたしてバーナデットに与えても平気なものなのだろうか。
僕は未だに、この世界の通貨の基準を知らない。バーナデットと出会ってから、食材の援助をペラム家がしてくれているため、僕自身お金を使う機会がないのが原因の一つだ。僕が今知るお金の価値は、銀貨二十六枚で一家四人が十日間費やす食材の量に足らないことだ。他に知るのはピークトリクトの街に入るのに身分が証明できないと徴収されるのが銀貨二枚で、その銀貨二枚で屋台の串肉が五本買える。高価なものでは魔法の入門書が金貨三枚で、この金貨三枚で一年の食費が賄えると言うことだ。
前に母にお金のこと聞いて見たことはあるが、お金の存在自体をよくわかっていなかった。母をこんな風に育てた祖父を生前に遡って殴り飛ばしてやりたい。我が家族にはお金の価値を知るものが一人もいないという、生活出来ているのが不思議な奇跡の家族だった。これもペラム家からの援助のおかげで、今までは後回しにして来たが、世界の貨幣価値の知識をいい加減、調べておこうと心に決めた。
商品棚に飾られた色とりどりのお菓子達をしばらく見ていたバーナデットは一通り見渡すと指をさしてきた。
「これと、あれが欲しいのよ?」
「えっと………僕に買えってこと?」
バーナデットは頷く。
僕、お金ないんですけど…
店主はニコニコ顏でお菓子が木箱に収められる。包装が木箱というだけで高級感が倍増しだ。木箱を更に布で包んでいく。バーナデットは包装されるお菓子を見るのも好きなようで目を離さない。
ポケットの袋の中身を見ても銀貨が三枚しかない。
足りるわけないよね?
少し変な汗が出てきた頃、リリアが僕の手に何かを握らす。何かと指先で目の前に持ってくると鈍い金色の硬貨だった。
お借金様が増えた!
これ三枚で、約一年分ちょいの食料がまかなえると思いながら震える手で金色の硬貨を店主に渡すと、店主はそのまま笑顔で礼を述べて頭を下げる。
お釣りくれないの!?
リリアは澄ました顔をして、先に店を出て行く。
僕は、バーナデットが見つめるお菓子を受け取り、少し肩を落として店を出る。
上流階級の心づけ、こわい…バーナデットの選んだお菓子幾らしたんだろう………
僕の持つ包装されたお菓子見つめるバーナデットの表情はあまり嬉しそうに見えないのが、追い打ちをかけるショックだった。
店の外に出ると相変わらず野次馬の賛美が聞こえてくるが、先に出たリリアが上手く散らしてくれたようで、馬車にはすんなり乗れて出発出来た。
次にバーナデットが向かったのは武器装備品のお店だった。
顔が引きつる。お菓子より高そうだ。
ここでも、職人さんが出迎えてくれて同じようなやり取りを繰り返す。
遅れて店主と思われる豪華な服装の紳士がで出て来て皺だらけの顔に笑顔を刻んだ。胸元にはレージンと似たようなメダルを首から下げている。
「バーナデットお嬢様、この度は竜殺しの偉業、このカリオン。喜びで心が勇みだっております」
「うん。でも私だけの力ではないのよ?」
「無論、存じ上げております。店先では騒がしいのでどうぞ中へ」
お菓子の店からついて来た者と合わせると先ほどよりも多い野次馬になった。確かに騒がしい、楓が起きてしまう。カリオンが空気の読める人物でよかった。
店に入ると外見よりも中は広く、こちらも客は一人もいなかった。売られている装備品の種類と品数も多い。リリアからペラム家御用達の店だと言われ、レージンが言っていた大商人の店かと思い当たった。
店内は武器の中では剣の種類が多く、シンプルなものから、仰々しいもの、成金趣味のものと色々揃っている。
その他の武器もざっと見渡していると、胸元がもぞもぞし出した。
眠れる獅子が目覚めてしまった。
楓はキョロキョロした後。手を伸ばしておしゃぶりをぺって吐き出す。
「あ~!あ~~~!」
楓が僕から離れる以外でこんなにも自己主張するのは初めてな気がする。
楓の手の伸ばす先には、やたらトゲトゲとギザギザが多い凶悪な大剣が飾られている。柄に髑髏とか彫ってあって世紀末的な男が持つととても似合いそうだ。
そんなに手を伸ばして主張しても、買ってやるようなおもちゃじゃない。それにしても滅茶苦茶趣味が悪い。そもそもお前使えないだろ。
「大人しくしろ楓。お前には百万年早い」
「これはこれは、可愛らしい赤ちゃんですね。お若いのにお目が高い!申し遅れました。私は永らくペラム家様と贔屓にさせて頂いておりますトト商会の代会長を務めさせておりますカリオンと申します。マジク様お見知り置きを」
初対面で僕の名前を呼ばれたことにも驚いたが、カリオンは僕に対しても腰の低い物腰なのが一番に驚いた。ペラム家の遣い役として、カリオンからしたら孫ともいえる歳の僕でさえもへりくだる必要が有るのだろうか。顔は営業スマイルなのだが、目つきが鋭いのは前世同様この世界でもビジネスマンの宿命なのだろう。品定めされているのは嫌でもわかる。
「こちらは名工バルザが鍛えし大剣で御座いますよ。ユースモア領のお墨付きで<大剣術能力6>以上の業物です」
「はあ、そうなんですか?」
「これは失礼を竜殺しと名高いマジク様には余計な説明でした。どうですか、振って見られますか?」
「あ、いえ、遠慮しておきます。大剣は扱ったことがないので」
値踏みするように眼光が鋭くなったの見えちゃったよ!
大剣を勧めてきたカリオンは明らかに怪しい素振りで、この話はさっさと切り上げたくなる。たわいもない会話からすぐに懐に潜り込もうとするのは、商人気質なのかもしれないが苦手だ。
「それは残念です。おや、そちらの腕輪は珍しいものですね、かなりのものにお見受け致しますが」
「えーとこれは、頂き物で」
「ほう、これ程の物を頂ける間柄の……それはそれは」
あーこっちの話の方が本命だったのか………
楓の反応から話の取っ掛かりを掴み、本来聞きたかった腕輪の存在へと、話の流れをコントロールされたようだ。右腕の手首に付けていた腕輪のは服の袖に隠れていたはずなのにの、カリオンが目敏く見つけていたのに驚く。
「どうしたのよ?誰から頂いたものなのよ?」
気付けばバーナデットが後ろから腕輪をガン見していた。
「あーここでは何だから後で話すよ」
「そう?」
「バーナデット様」
リリアが声をかけるとバーナデットは店の奥に行ってしまった。
「何かバーナデットにプレゼントでも買おうかな?でもここで買えるものって」
「あ~!あ~~!」
「楓のは、買わないよ」
楓の悪趣味な武器をねだる声は、五月蠅いくらいに店の中に響いていた。
次話 「心配をかけて」




