40、 幕間 竜殺しの正体 Ⅲ
イーニッドは侍女の目を盗んで自室から抜け出し、午後の習い事をすっぽかして、クローゼットの中で聞き耳を立てていた。
勉強部屋は館の正面玄関に面している。イーニッドが普段熱心に勉強をしているのは、出入りをする客人を確認している為でもあった。普段から勉強熱心で稽古事を欠かさないイーニッドも気を抜きたいのだと、小時間姿をくらますのは、可愛らしい行動と取られるだけの優等生を演じることに成功していた。
今まで密談部屋はあまり使われていなかったので誤魔化しが効いた。それがここのところ、密談部屋が頻繁に使われるようになり、侍女や教師にも私が姿をくらます行為が目に余るとして注意されるまでに至っている。それもこれも竜殺しの青年が現れてからのことで、ピークトリクトを中心に何かが動き出しているのを楽しみながらも、イーニッドはそろそろ侍女と教師達の今後の対応を練らなくてはならないと考えていた。
「あのメンバーは間違いなく、竜殺し君絡みのはず、絶対に見逃せないわ」
イーニッドはこの場所に辿り着くのに、急に走ったり息を止めたりしながら侍女を巻いて来たので、一領主の姫とは思えない服装の乱れとなっている。
イーニッドは呼吸を落ち着かせながら乱れた髪とスカートを正し、密談が始まるのを待っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「忙しいところ、よく集まってくれた」
密談は領主であるお父様の労いから始まった。
メンバーはお父様とライオネス、キンブリル、剣王と以前のメンバーにスカーレットが加わっている。
「私、こんな辛気臭いところで話すの趣味じゃ無いんですけど」
「こらっお前、オリヴァー様になんて口を」
「よい、相変わらずよのうスカーレット。お前の真っ直ぐなところは儂も好いておる。だが今回は事が事ゆえ、我慢してくれ」
「私、アイツをバーデちゃんの遣い役にしたの、裏で誰が手を引いていたか知ってるんですからね」
「わかった、わかった。今度家族で休暇が取れるように、他領からの探求の申し出を受けるのを少し減らそう。キンブリル調整せよ」
「畏まりました」
「これで良いか?」
「仕方ないな~許してあげる~」
「お前、素直に付いてくると思ってたら、初めからこのつもりだったのだな」
ライオネスが呆れた気持ち、申し訳ない気持ちが織り混ざったような長い溜息を吐いた。
「だって、最近スキンシップ足りて無いんだもん。バーデちゃんも元気ないしさー」
「共にしてやられたな、ライオネスよ」
「それでは、今回新しく上がってきたペラム家バーナデット遣い役マジクの調査結果を述べさせて頂きます。まず天神海領での一件から、スカーレット様からの報告が元になっております。スカーレット様達による新しいダンジョン探索の際に、発見された試練部屋で竜人様との戦闘となり、敗北を喫したとのこと。ご子息のレノックス様が一人報告に戻ることで、遣い役マジクを竜人様の相手として連れ帰り、見事マジクは竜人様を討ち果たし、試練部屋からの脱出に成功しております」
「また、とんでもない事件に巻き込まれおったな」
「今回の件に関して、天神海領の密偵が潜んでいたこと。領主たるオリヴァー様の了解を得ず、砦の見張り役を無力化してまでマジクとの直接交渉を強行したことによる謝罪をと、十分な誠意と共に既に受け取っております。マジクが要請を独断で受けたことに関しても、スカーレット様の危機と言われ、他の様々な状況から致し方なしと処理済であります」
「他領の密偵は分かりきってたことじゃが、天神海が少人数ながらも転移術の技を明るみにしたのは大きいのう」
「天神海側も少人数と言ってはおりますが、一応大人数を送れる可能性も留意せねばなりません」
「砦の見張り役の対策は講じておるな?」
「抜かりありません」
「マジクの話に戻るがよい」
「遣い役マジクは竜人様を打倒するのに、天神海の宝刀久那之守を使用しておます。宝刀久那之守の使用には<刀剣術能力7>が必要とされ、マジクが扱って見せた折には見たことも無い姿を久那之守が見せたことから<刀剣術能力8>以上の能力保持と判明しました」
「とんでも無いのう、<剣術能力9>に<刀剣術能力8>以上か、剣王の意見は?」
「直接その場に居合わせられなかった事が非常に残念なのじゃが、もしかしたら<刀剣術能力>の最高位の可能性も捨てきれぬ。スカーレットにも直接聞いたが、あの竜人様を、受けて立ったとはいえ一太刀で沈ませるなど<刀剣術能力8>では無理ではないかろうて」
「それ程か」
「後の話にも成るだろうが、当の竜人様と手合わせした感想じゃ」
「そうなると最高位を二つか」
「更に、今回魔法の行使と改変も確認されております」
「少し待て、あの者は魔法は使えないのではなかったのか?」
「本人によりますと追い詰められて使えるようになったと言っておるそうです」
「そんな簡単なものか?魔法とは今まで使えなかった者が使えるようになるのに」
「本人曰く自分には切欠が必要だったとのことです。黒髪でしたからな、素養はあったのでしょう。それとも隠していたか」
「隠していたとしても、おかしくはないか………」
全員が黙ってしまう。見た目からして高位の能力を幾つも持っているのが不思議な青年だった。見た目と中身が全くそぐわないのだ。そんなちぐはぐな青年に魔法は使えないと言われては、そうなのだろうと納得して疑わなかったのも頷ける。それはこれ以上、出鱈目な力を持っていて欲しくないという、お父様達の期待が判断を鈍らせたのかも知れない。今回のことを考えて決してあの青年を常識の枠に当てはめてはならないという結果がもたらせられたのだ。
「ひとまず良い。もう一つの改変とはなんだ?」
「発現した魔法の行使を途中で別のものに変えたことです」
「いま一つわからんな」
「仕方ないわよ、私も目を疑ったもの。本来途中で変えられない筈の魔法の行使を、魔法構成を組み替えて別の魔法として改変したの」
「それはまたのう……」
まだ、お父様は内容がピンと来ないようだ。お父様は魔法の才能がからっきしで、魔法の勉強が大嫌いだと私の小さい頃に話してくれた。それでも領主が務まるのだから、私も勉強をやりたく無いと言ったことがある。その時はまだ私自身がピークトリクトの未来を考える年齢ではなかったので、お父様を困らせる態度となってしまったが、今はピークトリクトの為となる知識に関しては貪欲に求めている。魔法に関しては、私も苦手だが決して投げ出すことはしない。自分の目的のためにいついかなるとき、必要になるのか分からないからだ。苦手なことでも、今出来る努力はしておくことに限る。
「改変につきましては、レーデンベルク=ウィルマ学士に、発現している最中の魔法構成は変えることは出来ないのかと尋ねました。属性の神のお力を借りている最中に構成を動かすなど、属性の神のお怒りを買って行使先が自分に転換されるそうです」
「魔法を習ったものには常識的な知識よね」
「私もウィルマ学士に初級の魔法学だと変な目で見られました」
「それはご苦労様~」
「成る程、マジクは神を恐れぬ所業をなしているということか?」
「いえ、改変が成功していますので神の怒りを買っていないということになりましょうか。こちらに関しては今ところ、ここまでしか分かりません」
「スカーレット、試練部屋の宝はなんだっのだ?」
「透明で何の素材でできているかわからない羽衣よ。凄く軽くて綺麗だったわね。それでねアイツは位の高い人に渡した方が良いと思ったみたいで愛海凛姫に渡しちゃったもんだから大変。愛海凛姫の瞳さ、恋する乙女になっちゃってたわ」
「その事に関して天神海領主久那之守・レグラ・貞昌様から直々に愛海凛姫が御礼訪問をしたいとの連絡が届いております」
「もしかして、許可しちゃったの?」
「拒否できるわけあるまい」
「誠意がよっぽっどだったのね」
「否定はせぬ」
「どうするの?《名奪い》されてる事知らないでしょ?バーナちゃんからは離せないわよ?」
「いや、あの密偵が掴んでいた情報から鑑みて、《名奪い》についても知られてると思った方がよい」
「知った上でピークトリクトに来る方が、面倒臭い気がするのは私だけかしら」
「まあ、これに関しては先方の準備もあるだろうから、今すぐどうこうというわけではない。《名奪い》の力は勿論知っておるが、それ程の者が今ピークトリクトにおるのだ、他領の者に間に入らせるのは面白くない。後々繋ぎ止めるにはオーレリアとも思っておったのじゃが、何故か先に興味を持っておってのう、合わせてみれば失望して毛嫌いしおる始末。となるとイーニッドがおるにはおるが、あれはのう………」
何人かの溜息が漏れる。私が聞いて居るとは思っても見ないのだろうけど、含みのある言い方には私の良くない評価が集まっていることが分かるので、皆さんの共通認識では、私では竜殺し君の相手としては駄目なようだ。それでもショックを受けない自分に驚いていたりする。私自身が認識していたのかもしれない。
「これはこちらで考えておくとしよう。次へ」
「続いてですが、竜の領域調査の件になります」
「まさか、これほど大事になるとはのう」
お父様が長い顎髭を弄るのが想像できる。お父様は予想外の反応を示す時、顎髭を弄り続ける癖があった。私はお父様の髭が好きだった。小さい頃半端に触らせて貰っていたのだ。私が好きなこともあってお父様はご自身の髭を自慢の髭と思うようになったという。
「まずは新しくダンジョンの発見ですが、ガルドー様の報告によりますと、先ほどの報告にもありました天神海領の新しいダンジョンの試練部屋にて戦った竜人様が、ピークトリクトに移り、新しくダンジョンを作り上げたという報告になっております。マジクはどうも気に入られたようで、マジクとの再戦がしやすいようにと近くに引っ越してきたという旨を伝えられたとのことです」
「頭の痛いことだな。竜人様は天神海領のダンジョンにてお会いなされた方で間違いはないのか?」
「はい、マジクに嬉しそうに話しかけておりました。名で呼び親しげに話しておりました。マジクが竜人様との再戦を断り申したので、ワシが手合わせさせていただきましたぞ」
剣王が思い出しているようで、楽しそうに声を出して笑った。
「どうじゃったのだ?」
「天神海にて神と崇められるだけのことはありますな。まるで歯が立ちませんでしたぞ」
「それ程か………」
「当のマジクも、相手の趣向で今回は勝ちという形にして貰っただけで、二度と戦いたくないと申しておりました。ワシはまた手合わせ願いたいものですじゃ」
「ううむ」
お父様は呆れたような声を出した。武を誇る男性は特に、己の力を発揮できる場所を求めているのを知っていた。今の剣王の態度などがそれにあたり、その剣王でさえも及ばないものを待ち合わせるのが、あの青年なのだが、彼はその枠に当てはまらない。己の武をひけらかすどころか、隠そうとする姿勢は、まさに一般的な男性の常識に当てはまらないと強く思わせる。
「この事に関する問題は二つ。一つ目は竜人様がピークトリクト領に移り住んでいることを天神海に伝えるか否か。二つ目はダンジョンが作られる謎の一つに立ち会っている可能性がおり、王都に直ぐにも知らせを送るか否かとなります。どちらも過去に例のない事案となれば、隠しておく事による後々の火種ともなりうる大きな案件ですので、やはり早急なる報告を上げるのが宜しいでしょう」
「致し方あるまい。その二つは包み隠さず事実のみを伝えて反応を待つ。分からないことが多すぎる上に、そう簡単に調べが進むものでも無かろう。早く報告を上げることで下手な勘ぐりを受けぬようにするのが先決だ」
「こちらに関しては、明日にでも報告を出立させます」
「次に野営地を襲った竜族との事についての報告になりますが、エーカー団長からの報告となります。野営地を襲ったのは人化した竜という事で、マジクに対する報復であるようです。しかしながら、飛来した古竜様が場を納め頂いたようで、今回のマジクへの報復は竜族の総意ではなく、幼竜の独断行動との事で、直接古竜様から、騒がせたことへの謝罪をオリヴァー様へ託けられたとのことです」
「うむ、その事に関してはエーカー団長から直接承った。この事についても、その場に居合わせた剣王とスカーレットに話を聞いて見たかったのだ。エーカーの報告は剣王と紅剣バナードの話に対して誇張があるように感じたのでな」
「ワシも一人を抑え込むことに精一杯じゃたからの。マジクの方の様子はスカーレットの方が詳しかろうて。ワシが相手した竜族のやらも、かなりのものじゃった。負けぬ戦いは出来るだろうが、勝つのは難しいな。本来の竜の姿になられては、負けるのは確実じゃ」
「スカーレットはどうじゃ?」
スカーレットが溜息をつく。
「剣王がそう言うんだから、アイツとやり合ってた竜族も強いんでしょうね。でもねあの子の方は滅茶苦茶。隙も多いし油断もするし甘々だし、それでも強さは本物。アイツは竜族を殴って倒したのよ?一撃で。剣でもなく刀でもなく。なによアイツ、意味がわからないわ。それを私に見られたの見て、しまったって顔をしていたわ、本当に意味がわからない」
「マジクは<格闘術能力>も持ち合わせておるのかのう? マジクが倒した竜族を見たが、何をどうすれば、あのようなダメージを与えられるのか想像もつかん」
「私には、アイツが殴った後に竜族の体の中で何が暴れているような感じに見えたわ」
「あやつのことじゃから、魔法でも体の中にぶち込んだか」
「確かにそう言われると納得する部分はあるけど、魔法構成は発現していなかったわ。何にしてもエゲツない技だったわ。アイツ、きっとドSに違い無いわ」
「魔法でもないのに、あのようなダメージを与えられるのか、面白いのう」
「何にせよ、竜族との事は既に解決済みということで良いのだな?」
「古竜様が謝罪を申し出ておりますが、少し時間の経過を待ちませぬと分からないと言ったところでしょうか」
「そうか、懸念事項が増えるのか」
「この事に関してはマジクの方が問題かも知れませんな」
「聞きたいこと一杯あったのにアイツ、姿をくらましやがって」
「ああ、報告は聞いておるが、バーナデットは居場所を言わんのか?」
「言わないわ。頑なにアイツのこと守っちゃって、健気な子。それなのに何なのよアイツ」
「これだけの事が続けざまにもなれば、仕方もないか」
「どうもあやつは心が弱い。持っている力とのバランスが悪すぎる。長い年月を掛けて力を身に付けた者は心も強く成長していくものじゃが、あやつは才能ゆえに心の成長が追いついておらんように見える」
「ガキなのよ」
「確かに、幼子が力に振り回されているような感じにと思えば納得がいくところがあるのう」
「それは危ういな」
お父様の言葉に全員が沈黙する。
「数日でこれだけの数に事が及ぶとはの。それもピークトリクト始まって以来の大事ばかりとは、やはりこちら側から動いたのは間違いだったか」
「それは間違いないわね。アイツの正体を知りたいのは私も一緒だったけど。今回はやり方を間違ったわ。直接問い詰めてやればいいのよ。あんなヤツ」
「そうも行くまい。上に立つものが表立って神を蔑ろにする行為を行うことは出来ぬ」
「裏ではこうやって画策してるけどね」
「おい、スカーレット。またそんな口の利き方をオリヴァー様に」
「ライオネス良い。スカーレットよ、綺麗事だけで物事が収まるなら、幾らでも良心を貫こう。褒められたものではないが、神の意志に添わぬ行動とまではなっておらぬのだ」
「神様の目を盗んで、悪巧みしてるのにね」
「スカーレット!いい加減にしろ!オリヴァー様が許しても、これ以上は儂が許さぬ!」
「ふん!アイツのためにも、刺激はしない方がいいのよ。アイツのことでバーナちゃんまで辛い思いするなんて納得がいかない!」
「しばらくは静観しつつ様子を見守るか」
「ほっとけばいいのよ、あんなヤツ」
「そうとはいかんのだから、こうして集まることになっておるのだ。進めていたはずの調査はどうなっておる」
「マジクの調査報告書に移りますが、殆ど進展しておりません。高位の<刀剣術能力>を持っていることが判明した後、ユースモア領の<刀剣術能力>の神を信仰する曹賀家にも出来る限りの調査を試みましたが何一つ成果を得られておりません。今後は<格闘術能力>の面でも調べるよう通達致しましょう」
「無理はせぬようにな。報告は以上か?」
「以上になります」
「他に何かないか?」
お父様の言葉に再び沈黙が降りた。
「剣王は何か言いたそうじゃな」
「感や憶測の面が強いので、言うべきか迷っておりました」
「何でもよい。そういう場じゃ」
「戦闘に関しては気付いたことなのですが、どうもマジクはその場の思い付きで技を出しているように思える。無論そんな行き当たりばったりな技が通用するほど甘くはないのじゃが。ワシが見たマジクの戦闘も決して甘い戦闘ではなかった。ですがあやつは相手を翻弄する技を出す度に驚いたような表情やホッとした表情を見せることが多い」
「確かにそうね、私もそんな表情見たわ。だからかしらイラつくの。舐めて見えるのよね。その癖、決めるところは決めるとか愛海凛姫が気に入るのも分からなくもないわ。頭くるわね。何で私がここまで言わなきゃならないの?」
「実戦でそんな真似をする気が知れんな。そんな輩が心が弱いとは、歪よのう」
「まだ成人したばかりの子供じゃ、あれだけの力に心が振り回されても仕方ない。それをサポートするのも我々の仕事なのじゃがな」
「………そうじゃな」
お父様達は裏で色々と動いてはいるが決して悪人ではないと思う。最終的には若い新たなピークトリクトの反映を齎す担い手を育てよとうとしているのが、わかるからだ。
「帰りにバーナデットの好きな菓子を見繕されよう」
「ありがとうございます」
「なにバーナデットも儂の娘のようなものじゃ。辛い姿をさせるのは忍びない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イーニッドは盗み聞きしていて、わずかな時間でこれだけのことを起こしている竜殺しの青年に更なる興味を持った。
前回行われたマジクに関する密談もかなりのとんでもない話ばかりだったが、今回も輪をかけてとんでもないない話ばかりだ。
「まさか他領の姫に目をつけられるなんて、お姉様をけしかけて置いたのは正解だったけど。私も早めにお近付きになっておいた方が良さそうね。私が先に目をつけたんだから、誰にも渡さないわ」
イーニッドの暗躍はまだ続く。
次話 「街」




