39、証
死にかけても、致命傷を一瞬で治してしまう薬がある。
どんな深い傷を負っても塞がる魔法がある。
やはりそんな世界に、僕は甘えていたんだと思う。
行き当たりばったりでも、どんな窮地でもなんとかなってしまった油断がある。
人より秀でた能力を得て、反則に近い技を使って上手く切り抜けて来たと得意になっていた。
どんな場面でも、どんなトラブルでも攻略の道筋は用意されているとゲーム感覚が抜けきっていなかったのだ。
出会った人々に竜殺しと持て囃され、殺した竜の死骸はバラバラされて、街の人はお祭りまで開いて喜んでいた。
笑顔があふれていた。
だけどその裏で、悲しんでいる存在がいた。
考えもしなかった。
誇り高き竜は力の勝負で負けたことに感しては、不干渉を貫くと聞かされていた。
ただ知能の高い、身体能力がずば抜けた生き物だという認識だった。ゲームでは上位の狩りの獲物やボスキャラで登場し、そこに罪悪感を感じる訳もなく、ゲームを面白くするためのピースの一つだった。
だが、この世界では違ってた。
家族がいて、悲しむ兄妹がいる。
人間はそんな亡骸をバラバラにして、祭りの主役に掲げて、祝い、笑い、酒を飲み、喜ぶ。
いま思うと生々しい。
弱肉強食の世界だから仕方がない。
そうかも知れない。
そういう世界だから仕方がない。
そうかも知れない………。
でも嫌だと思った。
同じように感じていた自分が嫌だった。
「マジクは今日もいないのよ?」
バーナデットがベビーベッドの手摺に顎を乗せて、アキちゃんの相手をしている。
楓はユウキである僕にピタリとくっついていた。クリクリのお目目は僕の横顔に固定されていて、多少の音やバーナデットに少しくらい触れられても動くことはない。前まで、ずっとくっついているのはダメだと教え込んでいたのに、いまは楓の行為が支えになって拠り所となり、とても助かっていた。
現金な話だと自分でも思っている。
一方のバーナデットは寂しそうにしていた。
ことの成り行きはスカーレットから聞いているのか、僕に詰め寄ってくることはない。いまはそっとして置いてくれるのが嬉しかった。それでも毎日顔を出しに来る。バーナデットにも心配をかけているのは重々承知していたが、いまはまだマジクとして会うのは無理だった。
後ろの扉で心配そうに見ていたリリアが、言いにくそうに落ち着かないでいる。
「バーナデットお嬢様………そろそろ戻りませんと」
「………………」
バーナデットがスカートを正しながらゆっくりと立ち上がる。
「アキちゃん、またね」
「あぁあぃ♪」
アキちゃんが元気に返事をした。アキちゃんはいつも元気一杯でいて欲しい。
お兄ちゃんの分も。
バーナデット達がいなくなると、地下の子供部屋は僕達だけになる。
「なさけない、おにいちゃんでちゅ………」
何もする気が起きなかった。
マジクの姿で砦のベッドで目が覚めて以来、マジクに変身さえしていない。
逃げているということはわかっていた。
みんな優しいから何も言わない。
ユウキの姿に戻って何日間もぐずり続けた僕を、母はずっと優しくあやしてくれた。「無理しなくていいんですよ~」「大丈夫ですからね~」「ユウキちゃんは何も悪くないわよ~」「何があってもママはユウキちゃんの味方ですからね~」
母の親バカは、僕がさせている実感はある。それでもそれに縋りたいほど辛かった。体が赤ん坊の姿に戻ったせいもあるかも知れない。不安で何日も押しつぶされそうになっていた。そんな僕を抱きしめてくれて慰めてくれる母に感謝しても仕切れなかった。
僕は何をすることもなくずっと考えていた。
「邪魔するよ」
アキちゃんと楓が揃って寝いった夜更け、薄明かりの地下の子供部屋に老婆が訪れる。杖をついているが腰は曲がっておらず、目を瞑っている老婆は今夜で二度目の訪問だった。
「一応あの子らの処罰を伝えようと思ってね」
野営地で竜族の兄妹に兄の仇と戦闘になり、僕の犯した罪を責め立てられて諦めてしまったあの時に、僕の命を救ったのはこの老婆、東神の竜族の長だった。
一度めの訪問も僕以外が寝静まったタイミングで訪れ、赤ん坊の姿の僕になんら気にした様子もなく東神の竜族を代表した謝罪と事の経緯を話していった。竜の血の匂いは赤ん坊に戻っても付いて回るらしい。
僕は長の謝罪を受け入れたが、僕の謝罪の方は長には受けいれて貰えなかった。少しでも気持ちを楽にしたいという心を見透かされたのかも知れない。そんな後腐れの悪い状態で長の一度目の訪問は終わっていた。
「アンタが譲歩を望んだものだから、軽い謹慎処分で落ち着いた。だけどね、一度決まったものを破って、尚且つ人化の技を使ってまで、同胞にバレないよう行動したという事実は取り返しがつかない。あの兄妹は生涯、竜族の中で肩身の狭い思いをするだろうよ」
「………………」
黄金の瞳が見つめてくる。
数千年、王国が誕生する前から東の山脈を棲家する種族。目の前の族長は、ジュネヴィーヴと名乗り、東神の竜族がここに棲家を作った時から生きているという。
ピークトリクトの領民が東の山脈に住まう神と崇める存在だ。ジュネヴィーヴは古竜のようで、黄金色の瞳の奥に感じ取れる力は、僕がどんなに反則技を駆使しても勝てないだけの圧倒的なものを感じる。彼女は長く生きている分、人間のこともよく知っているようだった。それでもこの地に人間が住む事を許したのは、気が変われば出て行けと言えるだけの上位たる力の自負があったに違いない。
「あの子達の兄がアンタに返り討ちにあった時も、儂がその亡骸を見て、力と力の勝負に負けたと判断し同胞に伝えた。儂等は例えどのような状況でも、純粋な力と力の勝負の勝敗に茶々は入れない。竜族の力は誇りださね。その誇りを上回った者を認めねば、我らの誇りそのものを自ら踏み滲む行為になる」
ジュネヴィーヴは初対面の時よりも饒舌だった。
彼女らがプライドが高いのは襲撃してきた竜族の兄妹を見ても明らかで、ジュネヴィーヴも幼竜とはいえ、同族の竜の力を上回った僕が、情けなくグズグズしているのが気に入らないのかも知れない。だから報告と言いつつも僕を励ましてくれているような話が続いている。
「アンタは強かった。油断していたとはいえ竜族の戦士を倒せるほどに。アンタが今の状況を望んでいようといまいと。あの子は死んでアンタは生きている。その意味だけは履き違えなさんな」
ここまで言われて、下を向いているのは情けなく思った。
罪悪感を傘に来て、ただ怠けているだけの僕は本当に情けない。
「これは、あの子が壊しちまったものの代わりじゃ。悪いが儂でも失ったものと同じものは返せない」
ジュネヴィーヴは、失った借り物の剣の代わりに一振りの剣を置いていった。それにはメッセージが含まれているように思えた。
<変身能力> ➡︎ マジク
数日ぶりの変身。
柄には見たこともない細かい意匠。刀身が薄っすら光り出すと竜の姿が浮かび上がる。
何時までも見続けられるそんな引き込まれる美しい刀身。
剣に浮き出る竜が問いかけて来ているような気がした。
「僕は、死んだ幼竜の代わりに竜族に何を持って返すのか」
その答えはまだ出ない。
剣の柄に刻まれた名はレクナハルバート。レクナハルバートとの出会いは、今後の生き方を約束し誓約する証に思えた。
次話 「幕間 竜殺しの正体 Ⅲ」




