38、代償
「直ちに戦闘を止めないと、こちらのお仲間さんがどうなっても知りませんよー!」
僕は襲撃者達との戦闘で荒れた野営地全体に聞こえるように、大きな声で訴えかける。
野営地は、中心地での戦闘となったガルドーともう一人の女の襲撃者の戦いで荒れ放題になってしまっていた。積み込んだ荷馬車の荷台が見るも無残に切り裂かられて荷物が散乱し、轢いていた牛よりも大きい四足歩行の動物もいなくなっている。木に繋がれていた馬が暴れているのをロイスが宥めようとしており、文官魔法士は逃げたのか姿が見えず、エーカーはガルドーが戦っていた女の襲撃者の背後で隙を窺うように剣を抜いて構えていた。
野営地の散々な様子に、これは片付けが大変だと思いながらも、取り敢えず考えるは後にして、やっと動きを止めた女の襲撃者を見据える。
「襲撃した理由をお教えしただけませんかね?」
ガルドーと戦闘していた女の襲撃者が親の仇でも見るように睨んでくる。
「………その前に一つ聞く………兄者は生きているのか?」
「へ?兄者って、こちらの?生きています………よ?」
兄者という言葉に引っかかりを覚えながら、そう言えば息があるのか確かめていなかったことを思い出し、剣先を突き付けた男の襲撃者の顔を覗き見る。白目で口から血の混ざった泡を吹いてピクリともしていない。
冷や汗が背中を伝う。
「………生きていますよね? かっ」
【 回復 】
白目が閉じ、口元が少し動いた。先ほどまでは呼吸が止まっていたようで再開した感じだ。
「生きてました!」
ガルドーが息を一つ付いて剣を鞘に収めると、女の襲撃者が握っていた二本のサーベルがふっと消える。ガルドーが女の襲撃者に向かって顎で促すと話がしやすいようにこちらに向かって歩いてきた。二メートルほど手前で、ガルドーが女の襲撃者に剣を上げて静止合図をする。
「こんな奴に、兄者と兄兄者が負けたのか………」
話の流れからすると三兄妹のような言いっぷりだ。確かに襲撃者の二人はよく似ていた。扱っていた武器は違うが顔つきがよく似ている。そうなると、初めに難癖を付けられた話の中の兄兄者という者も似ているはずだ。だが、そんな相手に恨まれるような事をした覚えが無い。
「あの、人違いじゃないですかね?」
「貴様である事はわかっている!それ程までに兄兄者の血の匂いをさせていて、我ら兄妹が間違えるはずがなかろう!!」
ここまで来て、やっと思い当たる事に辿り着く。人化的な能力。
「そうか!あなた方は竜ですね!?」
「そうだ我々は、誇り高き東神の竜族だ」
ガルドーの表情が驚いているので、竜の人化は知られていない?
あの竜は幼竜と言われていた。それを兄と言うのだから彼女らも幼い竜という事になる。人化した姿は二十歳程の年齢に見えるが、この二人の襲撃者も幼竜なのだろう。
「敵討ちというわけですか………」
「そうだ、卑怯な手で兄兄者を辱しめた貴様を殺しにきた」
………ハッキリ殺しにきたと女性に言われると、くるものがあるな………
「卑怯だったかは、あなた方竜族の感覚で、人間の僕の感覚とは違ってるのかも知れませんけども、僕は不意打ちもしてなければ、騙し討ちもしてないし、罠なんてものも使ってません」
「嘘を吐くな。先ほど兄者には卑怯な手を使ったと言っていただろ」
僕と襲撃者の兄とのやり取りが聞こえていたのか、竜の聴力を考慮していなかった。
「あれは、お兄さんの隙をつくための嘘で実際はそんな余裕すらなかったです」
「平気で嘘を吐く、卑怯な人間を信じられるわけがない」
本当のことなのだが、言い訳じみていて自分でも苦しい話になっているのがわかる分、軽い苛立ちが募り始める。それでもここで熱くなるのはお門違いだ。
「兄兄者は我ら兄妹の中でも一番勇猛だったのだ。卑怯な人間ごときに遅れをとること自体が嘘だ」
「そもそも襲われたのは僕の方で、僕も死にかけました」
「兄兄者は正々堂々と戦う戦士だ。理由もなく襲いかかるわけがない」
「僕はあの時、空を飛んでいただけです。そんなのが理由ですか?」
何も悪いことはしていないのだ。堂々としていればいい。
「やはりそうではないか。貴様は我々の領域を侵しているではないか」
スッと上っていた頭の血が引いていく。僕は思い違いをしていたことに気付かされる。
あれほど、この世界の常識を僕は知らないと言っていたではないか?
ガルドーが残念そうにしていた。
「お前さん、ピークトリクトの空は竜の領域じゃと知らなかったのか? 東の山脈から望む空は東の竜にとって神聖な場所で、人が侵してはならぬ聖域じゃ」
一瞬思考が停止する。自分は悪くないと疑わなかった根底が覆された。
「先に手を出したのは、僕………」
「そうなるな………ピークトリクトの空に立ち入った人間は竜の排除対象となる。この地にピークトリクトが出来てからの竜との誓約じゃ」
「そんな……僕は知らなくて………」
言い訳なのは分かっている。たがこの竜族達の家族を殺したの事実だ。それでも知らなかったのだ。でも知らなかったでは許されない事もある。その結果、兄は死んだと突きつけられているのだ。
足が震え始めた。
顔が下を向いてしまう。女竜族の顔が見るのが怖くなった。
きっとこの世界では、殺る殺られるは戦いの場に身を置く者には当たり前のことだと思う。人同士の争いもあり、血生臭い話もあるに違いない。それでも前世の平和な日本で育った記憶と常識に引っ張られ、震えは止まらなくなる。
取り返しのつかない事をしたのかも知れない。
僕の過ちが元で彼女達の家族が死ぬに至った。
それは初めて知る、別の怖さだった。
「お前さん………」
ガルドーが心配そうな声を上げた。足元の竜族の男の首に突きつけていた宝剣の剣先が離れる。
竜族の男の目が開き、瞳が赤黒く光ると、瞬時に体が膨れ出す。
「兄者!やめろ!」
襲撃者の男の体が鱗に覆われ、倍々に肥大化していく。
ガルドーが剣を抜き切りかかろうとするが、女竜族の二本のサーベルに防がれる。
竜族の男は瞬く間に体長十メートルを超える竜の姿となり、獰猛に牙を光らせると、打ち震えたまま固まっていた僕を踏みつけた。
「マジク!!」
ゆっくりといたぶる様に竜の太く鋭い爪が僕の腹に当てがわれる。胸元に巻き込まれた宝剣に罅が入った。
抵抗するための力が入らなかった。
入れても力が抜けていく感じで、体が言う事を聞いてくれない。
剣が折れ腹部に爪が潜り始め、服に血が浮かび上がる。
体の真ん中に恐怖が深く侵食してきた。
ゴリっと爪が背骨を引っ掻くと、条件反射的に四肢が突っ張り、激しく咳き込んで吐血する。口の中が血で溢れた。息苦しくて吸い込んだ呼吸は肺の中に血を呼び込む。
目に涙が浮かぶ。
大きな竜の瞳に情けない僕が映り込む。竜の背後に暮れ始めた太陽が見えた。夕焼けの中に、母とアキちゃんの姿が浮かび上がる。
家族を守ると決めたのに。
―――ごめん。
空が真っ暗に染まり、荒れた野営地に嵐が吹き荒れる。
育てる覚悟を決めたはずなのに。
――――――ごめんなぁ
次話 「証」




