26、契約者
目が覚めたのは、丸一日間起きることなく寝続けた後だった。
青いベビー服に包まれた体は少し怠い。
怠さの原因は疲れかなと思いはしたが、そんな事がどうでも良くなる事案が目の前で起きていた。
アキちゃんとダンジョンっ子がお座りして対峙している。
見つ目合ってるというより睨み合っておるように見える。心なしか二人共少し髪が乱れている感じがした。
「あうぁああああ!」
「…………………………」
アキちゃんが大きな声で何かを訴える。対するダンジョンっ子は無言。
「あいっ!あううあうあぁあ!」
「………………………………」
アキちゃんは凄く興奮しているように感じる。
ダンジョンっ子は、感情を内に秘めている感じだ。
アキちゃんが両手を激しく上下してお座りジャンプをする。感情を持て余している感じだ。
そんなアキちゃんの姿を無視して隙をつくように、僕が目を覚ましているのに気付いたダンジョンっ子が素早く詰め寄って正面から抱き着き押し倒してきた。
愕然とした表情を見せるアキちゃん。
パシャリ
直ぐに鬼気迫る顔でダンジョンっ子に掴みかかる。
無表情で鼻と鼻がくっつく位の距離で見つめてくるダンジョンっ子。
ダンジョンっ子の黄色いベビー服が脱げかけてしまうほど引っ張るアキちゃん。
僕は状況が掴めなさすぎて、されるがままでいた。
そこにガチャリと母が入ってくる。慣れ親しんだ地下の子供部屋で、あまりの眠さに意識を手放したのを思い出す。
「あらあら~ユウキちゃんはいつもモテモテねぇ~ママ妬けちゃいます~」
「そんにゃこと、いってないで、たちゅけてくだちゃい」
「可愛い息子の言うこと聞いてあげたいのは山々なんですけど~でもですね~何かを忘れてませんか~?」
「まま、おねがいでしゅ。たちゅけてくだちゃい」
「はいはい~可愛い息子の頼みはママが承りましたよ~」
僕は母に掬い上げられる。
「妹が二人になったみたいですね~ユウキちゃん」
ダンジョンっ子とアキちゃんが共に両手を伸ばして取り上げられた僕を返して返してとアピールしている。
「だめですぅ~さっきまでずっと、あなた達に好きにさせてたのですし~今からはママの番です~私もユウキちゃんとのスキンシップに飢えているのですよ~」
母が何度もキスをしてくる。僕は恥ずかしかったが、嬉しくて笑顔が溢れるのを抑えられなかった。
「だだぁあああぁ!きゃっきゃ!」
アキちゃんが、そんな僕の様子を見て楽しいそうに喜んでいた。
ダンジョンっ子も今は落ち着いて、じっと見つめてくるだけだ。
母とのスキンシップ劇場は小一時間ほど続いて幕切れとなる。
僕は二人の真ん中に戻されるとダンジョンっ子が尽かさず、ほっぺにちゅーをしてきた。
アキちゃんも負けずとちゅーをしてくる。
ダンジョンっ子が再びちゅーをしてきた。
アキちゃんに間髪入れずちゅーをされる。
アキちゃんの場合は少し荒々しい。
たまに頭突きになるのはいかがなものだろうか。
ともかく母の行動は、この二人の教育にとても悪い影響を与えだようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だめでちゅ」
「………………」
アキちゃんが母のおっぱいに夢中になっている間に、ダンジョンっ子と睨めっこ、もとい教育をしている。
「ずっとだきついているのも、ずっとちゅーしてくるのも、だめでちゅ」
「………………」
ダンジョンっ子は、無表情なので分かったのか分かってないのかが分からない。
ダンジョンっ子がお座りしたお尻を引きずってにじり寄ってくるのを見て僕は、お座りしたまま後ろに下がって距離を保つ。
「すとっぷでちゅ」
僕はちっこい手を前に出して広げて、牽制する。
だがダンジョンっ子は可愛らしく首をかしげて、しばらく僕の手の見つめていると、その手を握って来て口に咥えてきた。
手の平を丸々咥え込もれて、ダンジョンっ子の口の中でむにゅむにゅされる。
「んにゃん!」
予想外の行動と今まで感じた事のない感触に変な声が出てしまう。
「あわわ、よだれだらけになったでちゅよ....ん?なんでちゅかこれは?」
僕は小さなぷにぷにの手の甲に先程まで無かった紋様を見つけ、次第に肌に溶け込むように消えていっくのを何も出来ずに見守った。そして、ピポリン♪という前にも聞いたことのある効果音が頭の中に流れると目の前に半透明のポップアップウィンドウが開く。
『特別個体との契約が完了しました。個体名、紅葉楓と命名されました。紅葉楓の初期設定が契約者ユウキに譲渡されました』
「………………」
「………………」
見つめ合う、僕と楓。
心なしか楓の口元が満足気に笑ってる気がする。
「え~っちょ、かえでぇ?」
「………………」
楓が微笑む。
無表情か泣き顔しか知らなかった楓の表情レパートリーが更新されていく。
楓が笑えることを知ったのは喜ばしいことだが、目の前に、自分以外のウィンドウがあるのは大問題だ。
ダンジョンっ子は特別個体とポップアップウィンドウは教えてくれた。契約とも教えてくれたが、どんな契約内容なのかが分からない。
前世で詐欺社会とも言われる時代を生きていただけに、契約という言葉には凄く敏感だった。適当に契約すると痛い目を見る、弱者に付け込むような社会の生きてきたのだ。
不安になる目の前の楓の選択ウィンドウは六つ存在していた。自分が十四個あるので八つも少ない。
既に一つ選ばれているものがある。それは<全属性6>。
「ぜんぞくせいにも、らんくがあるんでちゅね………」
僕は<全属性∞>の自分の選択能力を見て、ため息を吐く。
「【∞】ってなんでちゅかね~」
確認のために、楓の選択肢のウィンドウの一つを開いてみる。
楓の瞳が期待に満ちて見えた。
<成長速度2倍>
<成長速度3倍>
<成長速度4倍>
<成長速度5倍>
<超成長>
<超超成長>
.
.
.
選択枠を閉じる。
楓ががっかりした表情をしたように見えた。
もう一つ確認のために別の選択枠を開いてみる。
<レーザービーム>
<ハルマゲドン>
<核融合>
<ラスト・オブ・ダンジョン>
<悠久の時>
<ビッグバン>
etc......
見なかったことにして、ウィンドウを閉じる。
楓がこてりと首を傾げている。
なんで選ばないの?っと言っているような表情だ。
僕は目を逸らして、ベビー布団に倒れ込んで顔を埋める。
「じらいっこでちゅ!とんでもないのおしつけられたでちゅ!」
僕は抑えようのない感情を発散したくて布団の上でバタバタと両脚を暴れされた。
「こんなのえらんだりゃ、はめちゅのみちにまっしぐらでちゅ!」
「あら~ユウキちゃん。イヤイヤでちゅか~甘えん坊さんでちゅね~」
母に抱き上げられて、アキちゃんと共に抱き締められる。
疲れているのも当然で、色々とあり過ぎて気苦労が絶えない状況だ。
やはり母の胸の中は落ち着く、アキちゃんも頭を寄せて来て、労ってくれているように感じると、感極まってくる。
「よしよし~」
楓が少し悲しい目をしながら見守る中で、久し振りに甘えてしまったことに、後で恥ずかしくなって母の顔を見れなくなってしまうのだった。
次話 「おもちゃ」




