18、はじめての女体化
<複製能力>に関しては能力の一部だけを自分の能力として伝えることにしていた。対象の力を借り受けられるという限定した形とした能力だ。制限時間があるとは言え、ありとあらゆるものを複製できる能力というのは、危険視されると思ったからだ。
もしも<複製能力>の全容を話したらどうなるだろう。
その気になれば<複製能力>は悪用し放題である。もしも<複製能力>を持っていると僕が世間に公言したとしよう。その後僕は何かあるごとに、複製を疑われるようになってしまう。きっと商人たちは僕の手渡す貨幣を信用しないだろうし、物を買う事が出来なくなっては、まともな生活を送れなくなってしまう。僕の持つ物、することに関しての信用がなくなってしまうのだ。強力な力の半面、大きな弊害がある諸刃の能力だったことに今更気付いて、僕は<複製能力>をいかに誤魔化すかで昨晩は頭をフル回転させたが、つけ刃の誤魔化しなので何か落ち度がないかと、心が休まることがない。
「確かに、希少かつ強力な能力となると、暗殺される可能性もあり得ますね」
あれだけ悩んだにもかかわらず能力の一部を限定的に教えただけだけで、暗殺の危険性まで出されてしまった。僕の思った以上にデンジャラスな世界のようで、早くもこの場から逃げ出したくなる。
「娘の事もあるので、この者には儂の方で既に護衛を付けております」
「そのご令嬢のことになりますが、その者に《名奪い》をなさったと本当の事なのですかな?」
「その事については、不徳の致すところです。ただこれだけは言わせてもらいます。決して娘はペラム家の誓約を意図して破った訳ではないという事を」
「それはなぜです? 現に誓約のであるはずの人に対しての《名奪い》を犯しているではないですか」
「それはこの者のもう一つの能力が原因です」
「その者は特殊能力を二つ持つのですか?」
「そうです、この者は変身する能力を持っております」
「変身でございますか!?」
変身という言葉にローブの女性が声を上げる。
力を借受ける能力よりも、予想外の大きな反応に、僕は<変身能力>に関しても何か見逃していることがあるのではないかと不安になってくる。
「変身出来る能力とは、また特殊な能力ですね」
「変身能力も珍しく稀少な能力となっておりますが、幾人かの伝承や記録が残っております。多くの者が王国の特殊業務の職に就き、多くの実績を上げていることから、変身能力者への勧誘は常に行われていると言われております」
ローブの女性は、すらすらと変身能力者の情報を言葉にしていく、随分と変身能力者に対する造詣が深そうだ。
「二つの特殊能力持ちで、しかも両方共に希少な能力ですか。なるほど、ご令嬢はこの者を人とは知らず、増しては変身している能力者とは知らずに、《名奪い》してしまったと?」
「そういうことです。娘の<秘宝狂い>が、この者が変身していたネズミに強く反応してしまいまして、娘は<秘宝狂い>に促されるように《名奪い》をしてしまったのです」
「それはある意味重大な発言になりますが宜しいのですか?」
ローブの女性が興味津々に問いかける。
「仕方ないでしょう。実例が出来てしまったのですから」
「これは凄い発見ですね。ペラム家の<秘宝狂い>が人に反応した例は無いとされてますからね」
この世界では、家の繁栄の礎となるような能力の詳細は秘匿されるのが当然で、ペラム家ほど情報を開示している家は珍しい。そのペラム家から更なる情報が公にされたことになる。
「我が家にも、一族の事については代々受け継がれていることが多々ありますが、人に反応したことがあったとは伝え聞いておりません。随分と前に色ぼけした一族の者が、一目惚れした村娘に<秘宝狂い>が反応したと勘違いした事があり、少し騒ぎになったことがあったと祖母から聞いたことがあるくらいです」
「そうなりますと、ご令嬢が特別か、その者が特別となりますな」
「儂も人に<秘宝狂い>が反応したことなど経験上ありませんし、娘が特段に特別だとは思いません。才能はあるとは思っておりますが……」
「となるとこの者が特別という事になりますが………」
全員の渇いた目が僕に向いてくる。
ちょっとだけ凄いとかぐらいで充分なんですけど…身の丈以上に特別視するのは、やめて欲しいです……
「………実は先ほど特殊能力の複数持ちの話が出かけましたが、この者まだ特殊能力を持っているようなのです」
「何んと!?」
「どんな能力かについてはこの者も伏せておるので不明ですが信憑性はあると思われます」
「伊達に竜殺しではないと申すところか」
今まで聞き手に徹していたオリヴァーが会話に参加する。
「はい、そうなります」
「だがどうも信用できぬな、今もそうだが、これほど覇気を感じさせぬものが竜とやりあったのか?」
オリヴァーの言葉に、全員が確かにと、僕に疑いの目を向ける。覇気などあるわけがない。僕は不安と緊張で、一杯一杯なのだ。きっと今の僕は情けない顔をしていることだろう。
「能力を使ってもらうのが手っ取り早いのですが」
ローブの女性の目線はオリヴァーに向けられており、オリヴァーが頷くとキンブリルも仕方なしといった形で許可出した。
「で、では、変身能力を使ってもらいましょう!」
ローブの女性の声が少し上擦る。
あれ?何か興奮しているように見えるんですけど。
「試しに、わたくしに変身してみて下さい!」
目の前に近づいて来たローブの女性の目力が強すぎて、思わず目を逸らしてしまう。逸らした先にはライオネスがいた。ライオネスもローブの女性の行動は予想外だったらしく、一瞬だけ呆けた顔をしていたが、直ぐに持ち直すと誤魔化すようにキンブリルに視線向けた。
「この者、マジクに発言の許可を」
「マジクの発言を許す」
ライオネスが僕に向かって頷いてみせる。
「そ、それでは!」
僕は緊張のあまりに声が高くなってしまったが気にしてはいられなかった。さっさと済ませてこの場から立ち去りたい。
「しっ失礼ながら、お名前を頂戴しても?」
「ウィルマですわ、レーデンベルク家のウィルマですわ」
「では、変身いたします」
<変身能力> ➡︎ ウィルマ
僕の姿がウィルマに変化していく様子にオリヴァーが椅子から腰を上げて驚いた表情をしていた。
僕とウィルマの身長差はほとんど無いため視点は変わらないが、目線の下に視界を妨げる大きな膨らみが出来ている。それに服が窮屈だ。僕は何も考えずに触ってしまう。
んん?柔らかい?って柔らかい!?
僕が気付いた時には既に、真っ赤な顔をしたウィルマの手の平が迫っていた。<危機察知3>の警告音が発せられたが全く間に合わない。バチィン!と大きな音を立てて僕は吹っ飛ばされる。遠慮なしに体が浮いて床に横倒しになった。
「なっなにをなさるのですか!?あなたは!!不潔です!!!」
あまりの衝撃にブラックアウトしていた視界が元に戻っていくと、睨みながら自分の胸を隠すように抱えるウィルマと、額に手を当てたライオネスが渋い顔をしていた。
「はっはっは!マジクとやら、そなた面白いな!命知らずか!」
オリヴァーが大笑いを始める。
「笑い事ではありません!叔父様!」
「バカだからこそ、竜とやり合うまで到ったというところか!はっはっは!!」
僕は真っ赤な手形が残る頬を押さえながら立ち上がろとするが、直ぐに尻餅をついてしまう。足に来ているようだ。
「はっはっは!尻が重いか!はっは!」
オリヴァーはバカ笑いをしている。真っ赤になりながらウィルマが僕を睨んでいた。
「なっ、何なんですか!あなたは!?」
「オリヴァー様………」
キンブリルが嗜めるように、オリヴァーに声をかける。
「ああ、すまないすまない。久し振りにバカ笑いをさせて貰った。すまん許せ」
オリヴァーの謝罪にもウィルマの怒りは収まらない。見かねたキンブリルが場を鎮めるために前に出てくる。
「貴様もいい加減にしろ」
キンブリルが無感情の瞳で見下ろしてきた。
別に巫山戯てるわけじゃ無いんですけど………
「それにしても容姿はウィルマだか、髪は黒のままか」
「そうでした!お前魔法は使えるの!?」
「あーそう言えば、そうでした」
全魔法特性を得てから試しに魔法を使ってみようと思ったのだが、そもそも使い方が分からずで構えをとってみたり、中二病全開の呪文を唱えてそれっぽいこともしてみたのが、結局は使えず終いだった。魔法を使えるようになるには、まだ何かが足りないようだと諦めてしまった。ゲームのように使う魔法の選択肢やコマンドは存在しないのだ。
ウィルマに変身できたことは、またとないチャンスである。変身能力によって相手の能力が使えるのならば、魔法が使えるかもしれない。
僕はゆっくり立ち上がると目を瞑って深呼吸する。ウィルマでいることで魔法が使えるはずだと強く願う。だが思いとは裏腹に答えが返ってこない。
駄目だ、以前の僕と何ら変わらなかった。何がいけないのだろうか………。
「………駄目みたいです。僕が変身して得られるのはあくまで見た目のものです。身体的な能力は見た目の姿、筋肉なども含めてそれなりに使えますが、知識や記憶、経験などは変身の対象ならないようです」
僕は落胆する内心を表情に出さないように淡々と説明する。<変身能力>に対して怪しまれないように以前から調べ尽くしているような物言いをする。数日前に選択した能力だとは言えないので必要な作り話だった。
「きっ記憶とか!?経験っ!?」
ウィルマが自らの体を抱き締め後退りする。
「いや、ですから!得てないですって!」
「もう、わかったから、戻りなさい!!」
「あ、はい。でもその前に<鑑定能力>を持っている方はいらっしゃらないのですか?」
僕は<鑑定能力>が存在することを知っている。能力を選択するにあたり、選択肢の中に表示されていた能力がこの世界に存在することを知っていた。それでもペラム家のような血縁者にしか発現しないような特殊な能力もあるようなので、僕が全ての能力を知っているというわけでもないのだろう。それでも、かなりの能力が存在していることをウィンドウ内の選択肢から知っているし、<スクリーンショット>を得た後は全ての選択枠に表示された能力も記録していた。
僕がこの世界で得たアドバンテージは大きいはずだ。
「<鑑定能力>なんて希少スキル持ちが、ピークトリクトにいるわけないじゃない」
「そうなんですか?」
「そんなことよりも、いいこと?二度と私には変身しないこと!いいわね!?」
「あっ、はい」
返事はしたものの、思わず自分の胸元を見てしまった。
「こっ、殺す!」
慌てて元の姿に戻るものの、翻るスカートの裾の中に白い太ももと足の裏を見た後の記憶はなかった。
次話 「冒険者登録」