19、冒険者登録
「ペラム家だってよ!」
「あ?何の話だ?」
「何って、竜討伐だよ!」
「マジかよ!?」
街に幼竜討伐の名乗り上げのお触れ書きが掲示されたのは、僕がオリヴァーの元を訪れた翌日の午後だった。名乗り上げをされたのは予定通り、ペラム家長女バーナデット、遣い役リリア、商人レージン、そして、新しくバーナデットの遣い役となった僕ことマジクの四人の名である。
僕が掲示場所の近くを通りかかると多くの領民が、ペラム家令嬢バーナデットの華々しいデビューに盛り上がっていた。僕はそんな様子を横目にリリアと駐在王国騎士団の冒険者管理所に冒険者登録に訪れている。王国騎士団の管理する建物ということもあって、建物の中は洗練されていた。行き交う人は厳つい冒険者が大半なのだが、騒がしい訳でもなく、お役所的な静けさに包まれている。僕はリリアに言われて登録業務の窓口に並ぶ。リリアはちょっとした用事を済ませてくると、奥の階段を登って行ってしまった。すぐ戻ってくるとは言っていたが、一人で知らぬ場所に取り残されるのは、とても不安だ。
目の前に僕よりも、ふた回りは大きな背中の大男が並んでいる。並んでいる横の壁に大きな鏡が何枚か掛けてあり、鏡に映る僕と大きな背中の主との体格差が大人と子供ほどもある。僕は少年の細身で中肉程度の筋肉は保持していても、前に並ぶ人物との腕や首の太さが倍近く違った。これだけの体格の者が、冒険者への道の扉を叩くというのに僕なんかが、門を叩いてよいものだろうかと並んでいる間に躊躇が生まれる。この鏡が並んでいる間に己を省みるため用意されたものだとしたら、設置した人の思惑通りだった。鏡に写る僕の顔は情けないほど怖気付いていた。
それでも僕は生活費を稼ぐため、ましてや母の借金を返済するためにも、ここから始めるのだと気持ちを奮い立たせる。ここに並んでいるのも、稼ぐために必要なダンジョンを探索する許可を得るためだ。ダンジョンを探索する許可を得るためには冒険者登録をする必要がある。幸いにもダンジョンの探索で貴族に成り上がったという、王国内に名を響かせているというペラム家の令嬢の遣い役としての身分を手に入れることは出来た。望んだ結果のお金の稼ぎ方ではなかったが、取り敢えずダンジョンで冒険者としてやっていけるかは試してみる価値はある。未経験の世界で不安も一杯あるが、丁度主人のバーナデットも初めてのダンジョン探索となるという。共に経験を積んで行ける機会としては恵まれているには間違いない。
「次の方どうぞ~」
僕の順番は意外と早かった。僕の目の前の大男が冒険者登録出来なかったからだ。僕よりふた回りも大きな大男が審査が通らないのに、僕の登録が通るとは到底思えなかった。そのことで思わずぼーっとしてしまった。
「次の方ー!」
「はっはい、済みません」
冒険者登録受付嬢は、少しイライラしているようだった。女性の目線が僕をまじまじ見つめてくる。
「冒険者の登録で間違いないでしょうか?」
「あっ、はい!お願いします」
僕が冒険者登録の窓口に並んでいるのが、何かの間違いではないかと疑われたようだ。
「そうですか……どなたかからの推薦をお持ちですか?」
「はい………ペラム家の推薦状を持っています」
冒険者登録にあたって、ペラム家当主ライオネスから推薦状を預かっていた。冒険者登録では現冒険者からの推薦状がある無しで、登録審査の通過基準に大きな差が出来るそうだ。危険なダンジョンで、教育の責任を持ってくれる推薦者がいるいないの差で審査が大幅に短縮されるということだ。僕の場合はペラム家が、僕の冒険者としてのスタートを責任を持って教育し、バックアップするという事になっている。
「ペラム家?」
受付嬢がため息をついて、あきれ顔を見せる。
「土産物では、冒険者登録は出来ませんよ?」
「はい?土産ですか?」
「先ほどの方も、土産物のペラム家の推薦状を持っておりまして、冒険者登録をお断りさせて頂きました。土産物の意味を分からずに、世間に出回る安易な情報を鵜呑みにして、この場に持参する登録希望者は、お断りさせて頂いております。とても冒険者として務まるとは思えませんので」
「はあ」
「あなたも恥を書く前に出直すことをお勧めいたします」
「いえ、僕はそいうわけでは」
僕の言葉に、先ほどよりも深いため息を吐いて受付嬢が口を開く。
「成人なさったばかりですか?」
「あっ、はいそうです」
「冒険者は、あなたが思うように華やかな職業ではありません。物語のように華やかな話ばかりとは違って、一歩間違えば命を落とす最も危険な仕事となっております。見た所、体をお鍛えになった経験はおありですか?」
「いえ、ほとんどありません………」
受付嬢の指摘に、僕は素直に答える。
「お見受けいたしましたところ、そのお身体はとても冒険者としてスタートを切ることは願えないでしょう」
「はい、すみません………」
考え直すように受付嬢から説得されている僕は、聞けば聞くほど場違いな立場が浮き彫りにされて行く。確かに受付嬢の言っていることは間違いなく。僕自身が見ても、見た目だけで簡単に落第点を出せるし、危険な職業が務まるとは思えなかった。ダンジョンで生計を立てるペラム家に寄生できることで楽に稼げるのではと甘い考えを指摘されたようで、恥ずかしくなってくる。
「まずは強靭な肉体を築くことをお勧めします。ですが肉体だけでは冒険者は務まりませんので、知識を学ぶ必要もあります。ダンジョンについての勉強をされて来られておりますか?」
「………いえ、すみません」
もう、けちょんけちょんで謝りっぱなしだった。受付嬢も呆れているのがわかって、この場から逃げ出したくなってきた。
「仕事の道は冒険者だけではありません。ピークトリクトで生まれ育てばペラム家様のような英雄譚に憧れるのも無理ならぬことですが、実際は物語の表面だけに浮き彫りになる華やかさだけではなく、身の丈と努力は、どなたにも例外なく付き物です。見たところ、それを怠っているあなたは、例え冒険者になることが出来ても直ぐに挫折、後悔することになるでしょう。体を鍛えて勉強し、それでもまだ冒険者になりたいかどうか考え直してからでも遅くないでしょう」
「あの………ダンジョンって、そんなに危険なんでしょうか?」
「それは危険です。先ほどの方も甘く見られてましたが、ああいった方は最上層で、生涯の生活に影響が残る大怪我をするか、死んでしまう可能性が高いです」
「そんなに、危険なんですか………ありがとうございます。目が覚めました。僕、別の道を探すことにします」
「おい、なんで帰ろうとしている?」
本気で帰ろうと踵を返した時、鬼の形相のリリアが直ぐ後ろに立っていた。先ほどの大男よりリリアの方が体感的に大きく見える。
「思ったより、順番が来るのが早かったようだな」
「これはリリア様。ご機嫌麗しゅうございます」
受付嬢が頭を下げる。
「ああ、挨拶はいい。事の予想は出来ている。そいつの登録を頼む。おまえもさっさと、推薦状を出せ」
「え?まさか?」
僕は渋々ライオネスから預かった推薦状を受付嬢に差し出す。
「この紋章は本物………確認させて頂きます」
受付嬢が封された推薦状を開くと信じられないものを見たかのように僕の顔と推薦状を交互に見直した。
「ペラム家遣い役マジク様でお間違いありませんか?」
「………はい、すみません」
「………いえ、こちらこそ失礼致しました。こういった手合いの説得も私どもの業務でありまして、まさか本物のペラム家の推薦状をお持ちとは思いも致しませんで、冒険者登録を進めさせて頂きます」
受付嬢の態度が一変して、背筋を伸ばし紙を取り出した。先ほどの説得が嘘のように、僕は推薦状一枚だけで冒険者になれるらしい。冒険者に必要な鍛えられた肉体も無く、ダンジョンの知識が全く無くても冒険者登録が進められたことに、ペラム家の影響力を強く感じた。僕自身は後ろめたい気持ちで一杯になる。
「冒険者登録はいかなる例外なく初級からのスタートとなります」
受付嬢の説明は滞りなく進められ、僕は返事をして頷くだけだった。何かを書くことも、何かを貰うことも無く登録は終了する。呆気に取られるほど簡単な登録だった。
「済まなかったな。うちの馬鹿が余計な手間を取らせて」
リリアが受付嬢に謝罪をする。リリアに促されて僕は、何度も受付嬢に頭を下げた。
「いいえ、見た目で勘違いした私も悪いのです。さっさと諦めて貰おうとキツイことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「お前らしくないな。何か急ぎがあったのか?」
「はい、先ほど。幼竜討伐の名乗り上げが発表されたとあって、新たな竜殺し様の名前を早く知りたくて、恥ずかしい限りです」
「そっ、そうか………」
リリアの声が引き攣るのを僕は聞き逃さなかった。そういう僕もさっさとここから逃げ出したい。
「職務怠慢でお恥ずかしい限りです。ペラム家遣い役マジク様のご活躍期待しております」
「………はい。どうもご迷惑をお掛けしまして済みませんでした」
受付嬢が微笑んでくれる。
「いいえ、こちらこそこの度マジク様の冒険者登録が出来たこと、マジク様のご活躍で私が誇れる日が来るのを心待ちにしておりますね」
「あ、ありがとうございます!」
「行くぞ」
「リリア様のご活躍も楽しみにしております」
「ああ………」
「近々バーナデット様のデビューが行われると聞いておりますので、デビューのあかつきには、お話お聞かせくださいね」
受付嬢は、この手の話が好きなようだ。それだけにリリアが顔がより引きつって行く。
「ああ、今度な………」
「ご無事な帰還を」
受付嬢が頭を下げてきた姿に礼を言って駐在王国騎士団の建物を後にする。
「お前がさっさと推薦状を出さないか面倒なことになったではないか………」
「僕を一人にしたのが間違いだと―――」
リリアに思いっきり睨まれて、僕は何も言えなくなる。
「ダンジョン探索の報告をしてきたのだ。仕方ないだろう………」
名乗り上げが掲示された広場は、行きに通りかかったよりも人だかりが大きくなっていた。僕達は広場の裏側を人目を避けるように通る。
しばらくしてから、受付嬢の声に似た悲鳴が上がったようだが、僕とリリアは聞かったことにした。
次話 「ダンジョンデビュー」




