可愛い義弟
カイザーと対面してから一ヶ月が過ぎた頃。
その後も何とか仲良くなろうと頑張ってはいるが、最終的にはカイザーに部屋から追い出される日々が続いている。
うん……まぁ、大抵は私のからかい過ぎが原因だろうけど。
でも仕方ないよね。あれはカイザーの反応が、一々面白すぎるのだもの。
真っ赤になって怒るカイザーは本当に可愛い。
でも私が泣く素振りを見せるとすぐに狼狽えて、ぎこちない手付きで頭を撫でて慰めてくれる。
もうそれが凄く可愛くて!!小さい頃の純粋なカイザー万歳!!っていう感じだったなぁ……
「……えーと、リリー?聞いてるかしら?」
おっと、いつの間にか現実逃避してたみたいですね……。
現実に戻り、私は目の前にいる少年の姿を見て固まった。
あれ?ちょっと待って、この子って確か……
「リリー、今日から貴方の弟になるオルバートよ!折角の姉弟なんだから仲良くしてあげてね!」
あぁ、人違いを願ったのですが……。
リリアンの義弟であるオルバートは攻略対象の一人である。
つまり、いま私の目の前にいるこの少年は、私を没落へと向かわせる不安材料の一つということ。
……お母様からは仲良くしてあげてと言われたけど、あまり関わりたくないなぁ。
オルバートは捨て子だったみたいで、髪もボサボサで服もボロボロだった。
何故拾って来たのか?と言いたくなるほど、彼はみすぼらしい姿であった。
ゲームの中のリリアンは、みすぼらしい姿をしたオルバートを忌み嫌い、彼を罵倒したり、暴力を加えたりしていた。
実際はとても綺麗な顔つきをしていて、ヒロインの言葉によって自信を取り戻したことで、リリアンは彼の手によって復讐をされるのだ。
つまりこの子の場合、最悪は“死”が待ち受けるわけで……
義弟になるとはいえ最悪の事態は免れるために、極力関わらないようにこれからどうするべきか考えていた。
「……ねぇ、僕のお姉ちゃんになるの?」
突然、服の袖を引っ張られたことによって、私は思考の渦から引き上げられた。
なんなの、いま考え事してる途中な……んだ……けど。
「……お姉ちゃん?」
あれ?目の前で可愛らしく首を傾げている子は誰だ?
私が知ってるオルバートじゃないっ!!
そういえば、ゲームの中では幼少期のオルバートの容姿明かされてなかったかも。ボサボサの髪で顔隠れてたし。
いや、でもここまでだとは思わなかった……。
というか、お母様はいつの間にか部屋から出ていってて、私とオルバートの二人きり。
あぁ、私の関わらないようにする作戦終わったわ……。
切り替えた頭で、罵倒とか暴力とかしなければ大丈夫なはず!と開き直った私は、オルバートの目線まで下がって自己紹介をした。
「えぇと……オルバート?私はリリアンと言って、今日から貴方のお姉ちゃんになります。突然で驚くかもしれないけど、仲良くしていこうね!」
頭を撫でて笑顔を向けてあげると、オルバートは途端に表情を明るくして抱きついてきた。
「うん!……リリアンお姉ちゃんよろしくね!」
「オルバート、抱きついてくれるのは嬉しいけれど……ドレスが汚れてしまうから一旦離れてくれる?」
「うわっ!ごめんなさい……」
突然抱きついてきたことに驚きはするものの、嫌悪感はなかった。むしろ私としては嬉しいくらい。
ただ一つだけ……いまのオルバートは拾われてきた直後のため、当然の如く所々汚れている。
一応このドレスお気に入りだったのだけど……まぁ、洗って落ちない汚れではないだろうし大丈夫だよね?
怒られたと思っているのか、オルバートは垂れた犬の耳の幻が見えるくらいシュンとしていた。
可愛い!けど、いまはお風呂とかが先かなぁ……?
「オルバート、怒ってるわけじゃないよ?ただ、これからは気をつけようね?」
「うん、これからは気をつける!」
「それじゃあ、先にお風呂に入ろうか!」
私の言葉を復唱するオルバート。
多分、分かっているはず……
お風呂場へと手を引いて連れてくと、後はメイド達に任せてしまおうと思った。
しかし、オルバートはしっかりと私の服を掴み離さなかった。
「オルバート様!手をお離し下さい!」
「嫌だっ!僕はお姉ちゃんと一緒に入るの!」
先程から、メイドとオルバートのこのやり取りが10分ほど続いている。
これではいつまで経っても入れそうになく、メイドも段々力が入ってきているような……と思って、私は助け舟を出した。
「オルバート……我儘言わないの。」
「だってお姉ちゃん……」
諭してみるものの、未だ引こうとしないオルバート。
「今度必ず入ってあげるから、今日は我慢して?」
「……うん、わかった!」
代わりに提案をすると、渋々とだが諦めてくれた。
うん。いい子だね。
お風呂に入った後、オルバートの身なりを整えてあげる。
すると、オルバートはあっという間に美少年へと変身した。
サラサラとした藍色の髪、翡翠色の瞳、陶器のような白い肌。
女の子と間違えられても可笑しくないような容姿だった。
オルバートも、鏡に映る姿が自分だと信じられないような顔をしていた。
お母様に見せに行くと、早速抱きつかれていた。
……助け求められてるけど、あれは私も受けたからなぁ。
オルバートが三途の川を渡りそうになったとき、私はようやく慌てて止めに行った。
縋り付く勢いで私の方へやってきたオルバートを見て、お母様は満足そうに笑っていた。
「あら、随分仲良くなったのね!姉弟が仲良くしてると私も嬉しいわ!」
あれ?こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……
私の服を掴み無邪気に笑いかけてくれるオルバートは可愛い。
けど、これは死亡フラグ回避したところで、なんか違うフラグが立っているような……?
私はゲームと現実との違いに困惑しながらも、これで最悪の事態は免れるはずと内心ホッとしていた。
これから起こる様々なフラグ回避によって、違うフラグが乱立していくことは、フラグ回避に必死な私が気付くことはなかった。