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 ハカセとカウガールはゴミの山の上を歩いて行く。この世界には東西南北という概念がない。何故無いのかと言うと、どこの世界の誰も東西南北という概念を捨てていないからだ。ゴミ箱の世界はゴミ箱の世界ゆえに、どこかの誰かが捨てた物のみで構成されている。捨てられていない物は、この世界に存在し得ないのだ。

 しかし大方の方位が分からなければ、どこに何があるのか分からない。そこで、この世界の人達は遠方から見ても目立つような巨大な建造物、鉄塔やら、大型艦船に自分達の村の名前と大まかな方向を矢印で書き記す。旅人や行商人達は、まずそれらのランドマークを探し、そこに記された矢印を目安に目的地を探すのだ。 いくら自分の家とて絶えず空からゴミがボトボト落ちてきてその風景を刻一刻と変化させている世界なので、目印を無視して自分の感覚だけを頼りに目的地を目指すと迷子になってしまう。

 二人もまず周辺の村へのアクセスが書かれたランドマークを目指した。

 混沌としたゴミ山の中、特に異彩を放ちながら地面に突き刺さったネオンの看板がそれである。もとはキャバレークラブの大看板だったであろうド派手な看板は、電力は通っていないはずなのだが常に七色に発光し、軽快な音楽を流し続ける。この上なく目立つ、目印にするには最適な物である。

 看板には村の名前と矢印が書かれた鉄板がいくつかぶら下がっている。カウガールがそこから目的の村の板を見つけ、示された矢印に向かって歩き出した。

 ゴミの山をいくつか越えた所で、二人は足を止めた。

「……着いたぞ」

「うん。分かりやすいなこれは」

 二人の前方、色とりどりのゴミの平原の中、肌色が異様に目立つ一角があった。言わずもがな、そこにはおびただしい数の人間の死体が折り重なるように高く、高く、積み上げられていた。その周りには燃やした跡だろう、炭化してよくわからない形になっている元人間が、ゴミの山々の間を抜ける風に削られて上空に舞い上がっている。

 凄惨な光景だが、あまりに凄惨過ぎてむしろシュールに思えてくる、そんな光景だった。

 ハカセは死体の山に近づいた。それらはカウガールが言うとおり外傷がほとんどなく、腐敗もしていないため死体特有の「死臭」も如実には感じられなかった。綺麗な死体とは、良い得て妙だった。

「奇妙奇天烈、奇奇怪怪。空恐ろしいね、これは」

「魔女が言うと余計に不気味さが引き立つな」

「これじゃあ、村の人達が恐怖を感じるのも仕方ない。まともな精神なら、この世の終わりを予感しても不思議じゃない光景だ」

 言いながら、ハカセは死体の山の周囲をグルリと一周した。折り重なった死体の間から覗く顔はどれも眠っている様に穏やかで、中には微笑みを浮かべている者すらあった。それらが一斉にこちらを向いている様な錯覚に襲われ、ハカセは肩を震わせた。

「当初は怪現象の原因を突き止めて、村の人達に鼻高々に私の無実を証明していい気になろうと思っていたんだが……。一刻も早くこの場から立ち去りたいという欲求が、私の中でムクムクと大きくなっていくのを感じるよ」

「それは、同感する。だけどどうする? このまま泣き寝入りか? この問題の原因を究明しない限り、あんたが犯人扱いされたままになってしまうぞ」

「その時は全力で逃げるさ」

「えっ!?」

 ハカセの口から出た言葉に、カウガールは愕然となった。

「……そんなに驚かなくてもいいだろう?」

「だって、その、すごく意外だったんだよ。犯人扱いされてあんなに怒ってたハカセが、そんなアッサリ手を引くなんて。すごい負けず嫌いだし」

 確かに、とハカセは鼻から長いため息を吐いた。

「悔しいさ、確かにね。このまま私が屍術師扱いされたままで、あまつさえ尻尾を巻いて逃げたとなってはな。それが風に乗って広まって他の魔女の耳に届いたらと想像すると、怖気が走るよ。だけどな……」

 ハカセは眼前にある死体の山を見つめる。折り重なった死体は相変わらず穏やかな表情を浮かべ、こちらを見つめ返している。と、ドサッという音を立てて山の頂点に新しい死体が追加された。落下の衝撃で首があるぬ方向を向いてはいるが、その顔には微笑みが浮かんでいた。

「……これは、首を突っ込んじゃいけない事案だと、私の第六感が声を上げているんだよ。何やらひどくメンドクサイ、とても厄介な問題に巻き込まれそうな予感がするんだよ」

 魔女は時勢の流れを読むのに長けている。さらに、とても合理的な思考をするため物事の是非を非常に的確に判断する事が出来る。その事をよく理解しているカウガールは黙って首を縦に振る事にした。

「分かった、ハカセがそう言うならそれが一番なんだろうな」

「さて、家に帰って引っ越しの準備だ。手伝ってくれるよな、カウガール?」

 帰路に着こうと踵を返したハカセだが、その動きを途中で止めた。彼女は振り返った姿勢をそのままに、厳しい視線を虚空に向かって飛ばしていた。その緊迫した様子に気が付いたカウガールもまた足を止め、ハカセの視線を追いかけた。追いかけて、そこで奇妙な物を見つけた。空にポッカリと口を開けたダストホール。そこから艶のない真っ黒な鎖が一本、途方もない長さの鎖が地上スレスレまで延びていた。そして、その鎖の先にはセーラー服に身を包んだ少女が首を括っていた。ゴミの山の間を流れる風に撫でられ、少女はその体をユラユラと揺らしていた。

「カウガール!」

 言うより早く地面を蹴って、ハカセはゴミの山を駆け上がった。カウガールも声が耳に届いた次の瞬間には体を前に飛ばしていた。まるで突風が山肌を滑り上がるがごとき速度で二人はデコボコとした斜面を駆け上がる。

 少女の元に辿り着いたハカセは左手で少女の体を抱き上げ、ピンと張った鎖を少し緩ませた。右手を少女の首に巻きついた鎖にかけ引き千切ろうと試みたが、鎖は複雑に絡み付いていて、下手に力を加えてしまえば少女の首が絞められる恐れがあった。

「ハカセ! 危ないから顔を引け!」

 腰のホルダーからリボルバーを引き抜き、カウガールは空からぶら下がっている鎖に弾丸を撃ち込んだ。鎖は穿たれて爆ぜた。少女は力なく崩れ落ち、ハカセに支えられながら地面に寝かされた。空から延びていた鎖は上から巻き取られるように、ダストホールの中にゆっくりと飲み込まれていった。

 ハカセは今一度少女の首に巻き付いた鎖を取り去ろうとしたが、それは何重にも何重にも首に巻き付いており、道具も何もない状態では手の付けようがないように思えた。

 鎖の除去を一旦諦めてハカセは少女の手を取り、脈を測った。しかし、その手から拍動は感じられなかった。次いで少女の口元に顔を近づけて呼吸の有無を確認した。しかし、その気色の良い唇から呼気が漏れる事は無かった。

「……ハカセ?」

 カウガールの言葉に、ハカセは言葉もなく黙って首を横に振った。

 ハカセは立ち上がり、行こうと短く呟いた。二人がゴミの山を下りて今度こそその場から立ち去ろうとした時、

「う……うん……」

 微かに少女は身じろいだ。二人は目を見開いて絶句した。脈も呼吸もない、先ほど確かめたばかりの少女が目の前で体を震わせている。今来たばかりの道を駆け上がり、二人は少女の元へ。ハカセが優しく抱き起こすと、少女はゆっくりと瞼を開けた。まるで寝起きの様に視線はおぼろげで焦点は定まらず、呆けているようだ。

「君、大丈夫かい?」

 その言葉に緩慢な動きではあるが、少女はゆっくりと首を動かしてハカセと視線を合わせた。

「……どちら様ですか?」

 それはこっちのセリフだよとカウガールが呟いたが、ハカセはそれを無視した。顔に微笑みを浮かべて、子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を放った。

「私はハカセ。皆からそう呼ばれている。後ろに立っているカボチャ頭は、カウガールだ」

「ハカセさん、カウガールさん……」

 少女は口の中で何度も言葉を転がし、ニヘッと力なく笑った。

「変わった、お名前ですね」

 そう言って、少女は再び瞼を閉じた。その顔は、やはり穏やかだった。ハカセがもう一度呼吸を確かめるが、結果は同じだった。

「……死んじゃったか?」

「いや、さっきから死んでいたよ。間違いなくね」

「え、じゃあさっきのは……」

「ははは。分からないからこうして戸惑っているんじゃないか」

 おおよそ戸惑っているようには見えない様子でハカセは笑った。少女の体を抱き上げたハカセは、ゴミの山を降りた。その背中に向かってカウガールはため息を吐いた。

「面倒は嫌だとか言ってなかった?」

「おやおや?」

 ハカセは振り返って、その口元に苦笑を浮かべた。

「そうは言うがねカウガール。このままこの子をここに捨て置くような私を、君は許してくれるのかね?」

 その言葉にカウガールも苦笑を返した。

「そんな人でなし、私のリボルバーで頭を吹き飛ばしてやるよ」

 そうだろうなと、ハカセは少女を抱えながら家路に着いた。


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