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 一仕事終えたゴミ箱の底の魔女は紅茶を淹れ、木目が美しいロッキングチェアに身を預ける。見た目は痩身だが、義手やらなんやらその他の機械部品のせいで見た目よりだいぶ重い魔女が座ると、椅子は「勘弁してくれ」と言わんばかりにギシギシと抗議の声を上げる。

「うわ、すごい音。この子もそろそろ修理が必要かな?」

 魔女は椅子が上げた悲鳴にビクリと肩を震わせ、意味もなく椅子の下を覗いたり背もたれを押してみたりした。とりあえずは大丈夫なようだ。しかしいつ足が折れたり、背もたれが後ろに倒れたりするかわからない。今彼女が座っているロッキングチェアは実は十一代目で、歴代の椅子達は魔女の体重に耐えられずに全壊し、お返しとばかりに魔女に怪我を負わせてその天命を全うしていた。現在も、彼女の後頭部には四代前だか五代前の椅子に報復された時に負ったタンコブが残っている。

「このコブのおかげで仰向けに眠れないんだよ」

 と、彼女は周囲によく漏らしている。

 修理するにしても材料となる木材が必要である。しかしこのゴミ箱の世界に落ちてくる物は一切合財がゴミであるため、木材は切れ端だったり腐っていたりしてとてもじゃないが使い物にならない。

 材木の調達は困難だ、ならばいっそのこと鉄で椅子を作るか? いや、それだとお尻が痛くなるな。などと物思いにふけていると、ドアをノックする音が室内に響いた。

 まずドアを三回ノックして、少し間を置いてもう二回、一拍置いて三回という独特の調子のノックである。魔女の家を訪ねる者の中でこういうノックをする者は一人しかいない。

「どうぞ。鍵はいつでも開いているよ」

 そう言って魔女は客人を招き入れた。

 建てつけの悪い鉄扉を押し開けて入ってきた来訪者は、ゴミ箱の底の魔女に負けず劣らず、面妖な格好をしていた。

 真白なワイシャツの上に濃い茶色のベスト、色あせて裾が広がっているジーンズ、頭にベストと同じ色のカウボーイハット、首には真っ赤なスカーフを巻いて、足には銀細工の滑車が付いたウエスタンブーツを履いている。その様相はまごうかたなきカウボーイなのだが、頭がハロウィーンなどで目にするおばけカボチャ――ジャック・オ・ランタン――なのである。

 カボチャ頭のカウボーイは右手をヒラヒラと振りながら、

「ようハカセ、ちゃんとした物食ってるか?」

 などと挨拶をしながらブーツの滑車を鳴らしながら部屋に足を踏み入れた。カボチャの向こうから聞こえたのが女声だったので、ここではカウガールと称するのが正しいだろう。


僭越ながら、ここで補足をしたい。

カウガールが先ほど「ハカセ」と呼んだのはゴミ箱の底の魔女の事である。

このゴミ箱の世界には、彼女の他に故郷を追われて、言わば捨てられた魔女が相当数暮らしている。魔女達は原則的に本名を名乗らない。何故ならば、魔女が相手を呪おうとした時に相手の体の一部、姓名、出身地などの個人情報を元に呪詛を行うからだ。つまり本名を名乗るという事は自分と敵対する魔女、こちらに悪意を向けている魔女に塩を送るという事と同義なのである。故に魔女達は極力自分のパーソナルデータを漏らさないように、正体不明を貫くのだ。

ただ、それだと魔女以外の者達が彼女達を区別する時に難儀をする。魔女達も例えば商売をする時に売買契約書にサインする名前が無くて困惑するといった場面がある。そういった時、魔女達は自分を他の魔女と区別するために偽名を使ったり、自分が得意とする魔法や研究対象の名前を冠して「○○の魔女」と名乗ったりする。

 ちなみに、「ゴミ箱の底の魔女」という名前は本人が決めた名前である。

 せっかく決めた名前ではあったが「長いし発音しにくい」というカウガールの独断と偏見により「ハカセ」という第三の名前を授かったのである。

 ハカセの由来であるが、ゴミ箱の底の魔女が常に汚れ一つ無い純白の白衣に身を通し、機械と向き合って日々怪しい研究をしている姿から名付けられた、非常に安直な考えに依るものである。

 本文でも、他の魔女と区別するためにハカセと呼称させていただく。


 そのハカセは、カウガールの「ちゃんとした物食ってるか?」という質問に「当然だ」と切り返した。

「今朝の私は良質な鉄分とビタミンを摂取したぞ」

「ほう……。イワシとか、レバーとか?」

「いやいや。採れたてのネジをバターでソテーして、イチジクのジャムをたっぷりかけて頂いたのさ。美味だったぞ?」

「うわ、またそんな物を……」

 得意満面に語るハカセにカウガールは渋い顔をした。顔がカボチャに隠れているので本当はどんな表情をしているのか分からないのだが。

「そんなに体に悪そうな物ばかり食べていると、いつかしっぺ返しが来るからな。知らんぞ、腹が痛いって泣きついても看病してやらんからな」

「ふん! 干し肉とテキーラしか口にしてない君に言われたくないな」

「なんだよその、カウボーイってどうせそんな食事なんでしょっていう、偏見に満ちたメニューは。って言うかよく一緒に飯食ってんだから、私がどんな物食べてるか知ってるだろ。それなのにそうやって差別的な見方されると、ちょっと傷つくじゃないか」

 私は差別主義者じゃないよと言いながらハカセは作業台へと手を伸ばし、先ほどまで整備していたリボルバーを手に取った。

「はい、洗浄して古かった部品は交換しておいたよ」

「おお、クリスティー! 私の恋人!」

 カウガールは自分の愛銃の名を叫び、まるで恋人の手を取るように恭しく右手を伸ばした。カウガールがリボルバーを握る瞬間、ハカセはその銃を持つ手をサッと引いた。前のめりになって虚空を掴んだカウガールは怪訝な顔をハカセに向けた。

「……なんだよ」

「いやぁ、本当にこのまま渡していいものなのかと」

「どういう意味だよ」

「いやぁ、せっかくこの私が整備したんだから、もっとこう……。変形機構とか、空間切断レーザーとか、超重力崩壊弾とか、恒星間飛行能力とか色々付けようと思ってたんだけど」

「ヘイ! 私の相棒に下手な真似する前にこっちに渡しやがれ、マッドサイエンティストめ」

 物凄い剣幕で怒られてしまったので、ハカセは渋々リボルバーを渡した。カウガールはリボルバーをむしり取り、急いで何か細工が無いか調べた。シリンダーをスライドしても、撃鉄を起こしてみても、特に何かを仕込んでいる様子はない。むしろ全ての動作がスムーズに行えて、ハカセの仕事が完璧であるということが分かる。

「本当に……何もしてないよな?」

「何もしてないよ、ただ整備しただけだよ」

 一呼吸を置いて。

「たまに鳩が飛び出すけど」

 ハカセはボソッと呟いた。

「ちょ、やめて! やめてよ! そういう、忘れた頃に発動する系の仕掛けは! 私そういうの苦手なんだよ! って言うかどこに鳩入ってるの? それともとっても小さい鳩なの? ちっちゃい鳩なの? そんな鳩私見た事ないよ、記憶にないよ、それとも私が知らないだけなの? 巷で流行ってるの?」

 ハカセの言葉にすっかり取り乱して、自分の相棒を手にどうしていいか分からずにオロオロしている友人を目の前に、当事者は腹を抱えてゲラゲラと笑っている。

「ははは、冗談だよカウガール。そんなにパニックになるなよ」

「本当に冗談だろうな?」

「クルッポー」

「きゃいん!」

 ハカセの鳩の鳴き真似で、カウガールは危うくリボルバーを取り落としそうになった。その様を見てハカセはまた抱腹絶倒し、椅子から転げ落ちそうになった。

 本当に仕掛けが無いか目の前で下品に笑っている魔女で試し撃ちをしようか考えたが、もし万が一とんでもない仕掛けが施されていた時に復元が出来なくなってしまうので、カウガールはカボチャの下で下唇をグッと噛んで、なんとか怒りを押さえこんだ。


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