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1-1

 ゴミ箱の底の魔女の朝は、食材の確保から始まる。幸いにして、彼女の食料の主たる物は家の周辺に掃いて捨てるほど転がっている。鉄骨を組み上げて作り上げた魔女の邸宅の玄関扉を開けると、そこには見渡す限りのゴミの山が広がっている。赤や黄色や緑の斑で賑やかな絨毯は、あっちゃこっちゃに隆起にしながら地平線の彼方まで続いている。と言っても、魔女は生まれてこの方地平線を見た事が無いので、この光景が本当に地平線とやらの彼方まで続いているのかは知らないのだが。

 この世界の空に所々に口を開けた穴からは、何処の物とも知れないゴミが絶えず落ちてくる。それは例えば鉄くずだったり、破れた本だったり、不格好な野菜だったり、何かの肉塊だったり様々である。この世界に住む人々はいつ落ちてくるとも知れない落下物に怯えながら、ゴミ山の中から使えそうなものを拾い上げて再利用して暮らしている。

 ゴミ箱の底の魔女も、これらゴミの恩恵を受けて生計を立てている物の一人である。彼女は所謂「勤労」に従事していない。生活の糧はゴミであり、食料も日用品もゴミから拝借している。彼女自慢の城もまた、空から降ってきた鉄骨やら鉄板やらを組み合わせて作られたものである。

 そんな名実ともにゴミマスターである彼女は、グルメで有名であった。ゴミの中には良いゴミと悪いゴミがあり、その中からより良い物を選んで利用できる者が真のゴミマスターであるというのが彼女の持論である。

 魔女は眠気眼の隻眼を細め、ゴミの広野を見渡してご馳走の気配を見つけようとする。すると、彼女の目にゴミの山の天辺に頭から突き刺さっている一台の乗用車が止まった。朝日を照り返す青のボディを見とめると、彼女はニンマリと満面の笑みを浮かべた。魔女は急ぎ足で車に一直線。足場が悪いどころか所々鋭利な鉄片が覗くゴミ山を軽快に走りぬけていく。野菜やら牛肉やらキャビアの缶詰を蹴飛ばしながら、魔女は車の傍まで辿り着いた。車は落下の衝撃のせいだろうか、前方が潰れてエンジンが外に飛び出しており、フロントガラスはクモの巣の様なひびが縦横し、赤黒い粘性の液体が内側にこびり付いていた。

 魔女は義手の右手――この義手もゴミから作った彼女の自信作である――で車を引き抜いた。それから車を手の中で転がしながら、再利用出来る物がないかしげしげと観察した。エンジンは奇跡的にほぼ無傷だったので、そのまま再利用出来そうである。しかし、その他の部品、特に車体のフレームは損傷が激しくそのままの利用は厳しく、分解して鋳潰す必要があるようだ。内装は損傷こそ無いものの、全体に赤黒い粘性の液体がこびり付いていてとてもじゃないが再利用に出来そうにない。魔女は頭の中で概算し、エンジンはそのまま担いで持って帰り、後は分解して持てるだけ持って帰ろうと結論付けた。

 魔女は義手の右手で車の外装をバリバリと剥ぎ取り、フレームを剥き出しにして一メートルほどの長さにバキバキと折った。作業の過程で四方に散らばったネジやバネなどの細かい部品はその辺に落ちていたポリバケツにまとめて入れ、エンジンと鉄片はこれまたその辺に落ちていたロープで括った。思わぬ収穫に喜ぶ魔女は、足取りも軽く帰路についた。

 魔女は家に入ると収穫の片付けもそこそこに、朝食の準備に取り掛かった。彼女は手製のガスコンロにフライパンを置くと、そこに先ほど取って来たばかりのネジを、サッと水洗いして放り込んだ。本人曰くキチンと水気を取ってから入れないといけないだが、久々の上等のネジを早く食べたくてつい手を抜いてしまった。それからバターをたっぷりと入れ、彼女にしか分からない独特の照りが出てくるまで中火で炒める。ネジの螺旋の溝に程よくバターが絡んだら火を止め、皿に盛り付ける。最後にイチジクのジャムをこれまたたっぷりとかければ、ゴミ箱の底の魔女特製『ネジのソテーイチジクジャム添え』の出来上がりである。

 魔女はダイニングテーブルに腰かけ、ラジオの電源を入れる。年季の入ったスピーカーからはノイズ交じりのジャズが流れ、朝食に花を添えている。

 義手の右手と生身の左手を合わせ、

「いただきます」

 魔女は独り、眼前の皿に頭を垂れる。

 箸でネジを一つ摘み、口の中に入れれば、たちまちの内に魔女の顔が笑顔にほころび、頬が上気する。彼女ご自慢の逸品はイチジクジャムの爽やかな甘みと、バターのマイルドなコク、ネジの刺激的な鉄錆の味が見事に調和して絶品の一言に尽きる味であった。何せ先ほど取れたばかり、所謂『朝摘み』のネジである。美味しくないわけがないのである。

 皿に山盛りになっていたネジをペロリと平らげ、魔女はポンと手を合わせた。

「ごちそうさま」

 紅茶を淹れ、ラジオから流れるクラシックに耳を寄せながら、ゴミ箱の底の魔女は食後の余韻を楽しむのであった。


   ◆


 朝食を終えた魔女はリビングの隅っこに設置した作業台へ向かう。そこは彼女のパーソナルスペースで、日々の生活の糧となるありとあらゆるものを生み出す場所である。作業台の上には現在、一丁の大口径リボルバーが鎮座していた。リボルバーがすすで汚れて全体的にくすんだ色をしていて、細かい傷が縦横していた。銃に明るくない者が見てもおおよそ良い状態であるとは思えない代物だ。

 魔女が右手の義手でリボルバーに触れると、それはバカンという小気味よい金属音を響かせて、ネジ一本、バネ一つに至るまで細かく分解された。作業台に据え付けられたブリキ缶からピンセットを取りだし、魔女はパーツを選り分けていく。細かな部品の一々をピンセットでつまみ上げ、隻眼を細めてじっくり観察する。まだ使えそうだと判断した部品は脇に寄せておいて、摩耗が激しい部品などはゴミ箱に投げ入れたり、そのまま食べたりして作業を進めた。

 一時間ほど経った頃、部品の選別が完了した。それから魔女は今朝取ってきた車の部品を手に取った。そこから適当な大きさの鉄片を取りだし、無造作に折り曲げた。再び折り曲げた。もう一つ折り曲げた。そうして粘土でもこねる様に鉄片を手の中でグニャグニャにしてしまった。

 魔女はまるで餅の様に柔らかくなってしまった鉄を千切ると、指の腹で更にじっくりとこねた。すると指で転がされながら自ら形を変え、それはネジになってしまった。同じ要領で、魔女はいくつかのネジとバネを生み出した。これは彼女の能力であり、専売特許である。彼女はその辺に落ちている『ゴミ』であれば何でもその形状を変化させ、大小問わず部品を生み出す事が出来るのである。実に職人泣かせの能力である。彼女の手にかかれば、壊れたテレビやエアコン、車に鉄筋のアパートでも必要量の鉄屑と紅茶と洒落た音楽があればたちどころに直してしまうのである。

 今彼女が手掛けているリボルバーも、手製の部品を組み込まれてすっかり蘇ってしまった。

 専用のオイルで磨きあげれば、流石に傷は消えないが陽光を反射してキラキラと輝いてその存在感を顕示している。

 魔女はリボルバーを手の上で転がし、各パーツの動作確認をした。各駆動部の動作はスムーズで一切の滞りがなく、部品と部品が噛み合うカチリカチリという音が実に気持ちがいい。「うん」と首を縦に振り、魔女は自分の仕事の精巧さに満足した。

「これなら、あのカウガールも満足するだろう」

 リボルバーのメンテナンスを依頼したガンマンの姿を想像しながら、魔女はガンマンがそうするように銃を構えた。

「バン!」


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