第1章 海月精霊は誘う。①
また、修正しました。
王太子が失踪した夜。
その報を受けた王は倒れ、間もなく急逝した。
そして、異母弟の第3王子カーミルが即位する。
やがて、第2王子ファーリスは、“忘れられた王子”として、長い年月に埋もれていった。
――現在。
ファーリスは困惑していた。
――いやに胸騒ぎがして落ち着かないのだ。
長く閉ざされた書楼の一角。
かろうじて残された区間に、ファーリスの居室があるのだが――。
目の前には、魔術外衣姿の「自称・一番弟子」のピラール。
全身を覆った白い布は、奇妙な生き物の肌のように見えた。
巷では、「海月の精霊」にたとえられているらしい。
だが、本を読みふける様子は
書楼にすみついた小さな幽霊のようだ。
――これで、十三の少女なのだが。
そわそわと、ファーリスは無精ひげを撫でた。
ゆったりと本の頁をめくりながら、ピラールは話を続けている。
「――それで、お尋ねのまま、件の『海月精霊事件』について、お話ししたのです。ユスフが」
ピラールの傍らで、行儀悪く寝転がっていたユスフが顔を上げた。
姉とよく似た紫の眼が、愉快そうに光る。――ピラールの眼は、あいにく布の下だが。
「そうそう。――でも、始める前に、隊長がむせちゃったからさー。
ぼく、吹き出すの我慢したんだよ、必死で。」
「ナジュム殿は、見かけによらず、笑い上戸だからなぁ……。」
伸ばした黒髪に隠れた紫の眼が、ちらりと脳裏をよぎる。
護衛という役目柄か、努めて感情を出さない精悍な若者である。
だが、笑いのつぼが妙なところにあるらしい。
そして、ファーリスが気になるのは、そこではない。
「――で、誰に話したというのかね。」
ピラールが答える。
「お師匠様の甥子、ですわね。」
「わしの、甥子――」
「ナーディル王太孫殿下です。」
ファーリスはむせそうになった。
「市場で、破落戸にからまれているわたしを、通りがかりの殿下がお助けくださいましたの。
で、お礼にお招きして、そのときに。」
――いやいやいや。
悪い予感の的中に、ファーリスは頭を抱えたくなった。
焚火に、爆け竹を放り込むようなピラールの行動には、もう慣れたつもりだった。
――が、“つもり”なだけだったらしい。
「市場?破落戸?
――なんで、そんな所に王太孫とあろう者が――
いや、それだけか?
それ以上、他に、話は――」
再び、ピラールは無造作に放り込んできた。
――今度は火薬だった。
「不夜祭にご招待いたしました。」
「――“迷宮書楼”に舞台を設えますので、と。」
ファーリスは絶句した。




