プロローグ 嵐の夜の書楼
またまた本文、修正しました。
よろしくお願いいたします。
日中から降り始めた雨は、夜も更ける頃には激しい風を伴う嵐へと変わっていた。
荒れ狂う風雨が外壁を激しく打つ。だが、堅牢な造りの書楼の内部は、その音を除けば静まり返っていた。
嵐による異状がないか確かめるため、ファーリスはひとり巡回していた。
そのときだった。
ふと、湿った空気に、かすかな異臭が混じった。
鉄のような、重い匂い。
ファーリスは足を止めた。
……血だ。
それも、まだ生々しい。
無意識に腰へ手をやる。
――ない。
あの剣は、もうここにはない。
こみあげる喪失感に、唇をかみしめた。
今の彼の手にあるのは、震える蝋燭の火だけだ。
ファーリスは躊躇うことなく、一息で蝋燭を吹き消した。
闇が降りた。
この書楼の間取りは、体が覚えている。
嵐でなければ、吹き抜けの天窓から月明かりが差し込んでいただろう。
だが今、書楼を支配しているのは完全な暗闇だ。
刹那、稲光が闇を裂く。
一拍遅れて、雷鳴が轟いた。
梁の陰が、牢の格子のようだった。
続けざまに閃いた稲光が、階上にくっきりと人影を照らし出した。
その影が、腕で顔を覆った。
見覚えのない男だ。
ファーリスは手の中の燭台を全力で投げつけた。
狙い違わず、鉄製の燭台は男の脛に命中した。
鋭い悲鳴。
男の体勢が崩れる。
階を踏み外す。
次の瞬間、男の体は吹き抜けへ向かって落ちた。
落ちていく影を追って、ファーリスは闇へ身をのりだす。
そこへ、獣の断末魔に似た音が突き刺さった。
絶叫に世界が揺らぐかに思えた。
激しい眩暈に、たまらずファーリスは膝をついた。
しばらくの後、眩暈がおさまった。
――なにも感じられない。
さっきまでの血の匂いがわからない。
埃の匂いばかりが鼻をつく。
ファーリスは愕然とした。
歩けない。
進もうとした足が、たたらを踏む。
あったはずの階が、消えていた。
見上げても、天窓の位置もわからなかった。
恐怖に体がすくんだ。
雷鳴が轟く。
――やがて、ファーリスは知った。
その夜、王太子アディールは王宮から忽然と失踪していたのである。
そして――
書楼もまた、王国の歴史から――消えた。




