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第五話 Going

第五話


「あの、サトルさん?」

とある休日、その呼び掛けは彼女の方からあった。

太陽は空に輝き、雲は空の端に一つか二つ。まさに、快晴と表現するに相応しい空だった。

まだ、陽は東の空で輝いている。今日という一日はまだ始まったばかりである。

彼は読んで新聞から目を上げることもなく、ただなんだと小さく答える。

「今日……その、お暇ですか?」

「暇だが……?」

サトルは新聞のページをめくる。新聞の第一面にはまたしても発生したオートマータの攻撃に関する記事が大きく報道されていた。

「あの……行ってみたいところがあるんですけど……付き合ってもらってもいいですか?」

彼女はそう、頬を赤く染めながら彼に尋ねた。



『あの……行ってみたいところがあるんですけど……付き合ってもらってもいいですか?』

とある休日、その呼びかけは彼女の耳へと届いた。

「行ってみたいところ……?」

一人の少女は額に皺を寄せて眉をひそめる。

「……盗聴、良くない」

「あんたがセットしてくれたんでしょ?」

少女……リンは耳にかけたヘッドセットから聞こえてくる声に注意を向けながら返事をする。

もう一人の少女……ヒメも、ヘッドセットを耳にかけながら大きなため息をつく。

『行ってみたいところ……?』

『はい』

二人はごくりと唾を飲み込む。彼女は一体どこへ行きたいというのだろうか。

場合によっては、それを全力で阻止しなければならないとリンは考えていた。ヒメも、どうせリンが二人を妨害するようなことをすると言い出すだろうと見越して、今日の予定を次回の休日に繰り超す算段をしていた。

『植物園に行ってみたいんです』

「植物園……?」

植物園といえば現代の都心で花屋を除き、唯一まともな植物を拝むことができる場所である。今や野に咲く花を見たければ地方の山まで行かないと見ることもできないのである。

『私と同じ名前の花を見てみたいんです』

『そんなもの、花屋でもいいだろう?』

しばらくの間、ユリが口篭る。リンは心の中でガッツポーズを決める。そもそも、動物園に行こうと以前にリンが誘ったときも、動物が見たければ動物図鑑でも見ていればいいだろうと言って却下した男である。ましてや植物園など、行くわけがないだろう。

『でも……花畑を見てみたいんです』

『花畑……?』

『一面の花畑ってどんなものなんでしょうか。想像ならいくらでもできますけど……でも、実際には見ればまた違う世界が広がっているようにも思えるんです』

「うふふ、無理ね。あのサトルがOK出すはずが……」

『わかった』

リンは胸中で激しく驚く。ヒメは黙って朝のコーヒーをすする。

『その……皆さんは無しで行きたいんですけど……』

リンは全神経を耳へと集中させる。この答え次第ではユリを絞め殺そうと決意した。

『ああ、わかった。どうせリン達は植物園なんか興味ないだろうしな』

「リン、ヘッドセットを投げないで」

「え……?」

リンは無意識にヘッドセットを手に持って構えていた。もし、彼女の一言がなければ間違いなく床へと叩きつけていただろう。

『俺がバイクを出す。どうせユリも一人でゆっくり回りたいだろう? 俺は口出しはしないからな』

『はい、ありがとうございます!』

「ヒメ、バイクを出すわよ」

「……」

ヒメは黙ってコーヒーを一気に飲み干した。リンはさっそくヘルメットを取り出し、準備にいそしむ。

「リン」

ヒメはリンへと無線イヤホンを差し出した。

「これは……?」

「サトルのホルスターに仕込んだ盗聴機のイヤホン」

「ありがとう」

リンは大きなヘッドホンを外すと、耳にイヤホンを引っ掛けた。

『とても好きなんです!』

ユリの声がやや恥ずかしそうでありながら、凛としている。その言葉に、リンは一気に頬を紅潮させた。

「な、何が好きなのよ!?」

「百合の花」

ユリは落ち着いてコートを着込む。彼女のヘッドセットも既にイヤホンへと変わっていた。

「ったく……紛らわしいんだから……」

リンはぽりぽりと頭をかきながらバッグを手にとる。中には財布や携帯電話、ナイフなどが入っている。

ヒメも同様にポーチを腰に下げた。中には非常用の武器、財布、携帯電話などの携行品が入っている。

「先周り」

ヒメは一枚の地図を取り出した。そして、植物園への行き方を指で辿る。

頷きながらリンは髪をヘアバンドでまとめた。そして、ヘルメットを脇に抱えて部屋を出る。

「さあ、行きましょう!」



数百メートルというビル群が飛ぶように流れていく。

朝日はまだ上り始めたばかりである。今日という一日はまだ長い。

目的地の植物園は都心から数キロ離れた山岳地帯にあった。

山岳地帯といっても、そこは鏡のような壁面をもつ高層ビルで覆われている。そんなビル街の真ん中にその植物園は存在した。

『次のT字路を左折してください』

リンはナビゲーションの通りに左折する。その後方にヒメが付いて走る。

ナビゲーションのマップ上にはいくつかの光点が表示されている。目的地と、自分の位置、それからサトルの位置である。

サトルの位置はサトルに無断で取り付けたGPSが情報を発信することによって感知する。そういうことをするのをヒメが得意としているのである。

「まったく、よくやるわよね」

『……』

リンは口元のマイクに話し掛ける。会話は自動的にヒメのイヤホンへと送信されるシステムとなっている。といっても、その呟きにヒメは答えない。

『なんでオイラが狩り出されるんすか?』

「当たり前でしょ。アンタは気にならないの?」

『気になるっす』

ヒロキは即答で答えた。

二人がバイクで移動する中、サトルはさらに遠く離れた後方を車で走る。サトルの車は隠密行動をするにはやや目立ちすぎる。だから、植物園に到着するまでは彼だけ離れての行動となる。

『しっかり掴まっていろ』

『はい』

サトルたちの会話をイヤホンが受信する。その言葉は少なからずリンを苛立たせる。

「何が掴まっていろ、よ! 女の子相手だからってデレデレしちゃって……!」

『男』

「どうせ男なんてそんなもんよねッ!」

リンは一気にアクセルを入れる。エンジンの回転数が一気に上がり、スピードが増加する。メーターは一般道であろうがそんなことお構いなしに100キロを更新していく。

『次の十字路を右折してください』

無機質なナビゲーションのボイスが響く。リン黙ってアクセルをふかし、ただただスピードを上げて走り続けた。



一般道の常識を守った速度でバイクが走る。

およそ時速50キロ。サトルは安全運転でバイクを走らせる。

「寒くないか?」

「大丈夫です!」

風に声が流される中、ユリは声を張り上げて答える。サトルはゆっくり頷くと、少しだけスピードを上げる。

流れるように鏡の壁面が飛び去っていく。それは傾斜に入るとと同時に少しまばらになるも、相変わらずビルの林を作り出す。

植物園の開園が10時からである。このペースで行けば、ほぼ開園と同時に中に入ることができる。

「サトルさん?」

彼の後方から消え去りそうな声が聞こえてくる。

サトルは後ろを向かずに返事だけをして答える。

「私、なんだかドキドキします」

「どうした?」

「私と同じ名前の花を見ることを想像すると、なんだか嬉しくなっちゃうんです」

「百合……か」

「綺麗な花なんでしょうね……」

鏡面に二人の姿が映し出される。ユリはサトルに寄り添っている自分の姿を見て少し赤面した。

「なんだか、こうしているとカップルみたいですね」

「そうかもしれないな。だが、見えるだけであって実際にそういう関係なわけではない」

サトルは小さく頷く。そして、ちらりとビルの壁を見る。

「重要なのは当事者の心持だ。実際に二人にその気がなければ、たとえどのように見えてもそれは事実ではない」

「ですよね……」

ユリはやや表情を曇らせる。だが、その様子はヘルメットに遮られて窺うことはできない。

「だが……」

サトルがやや口調を変える。

「俺はユリのことを好意的に思ってはいる」

その言葉に含まれているのは恥ずかしさ、だろうか。聞きなれない感情に、ユリは思わず笑顔を浮かべた。

「……はい!」



イラついているのが彼女自身でもすぐにわかった。

ついついナイフを指先で弄りたくなってしまうが、さすがに衆人観衆の中でそんなことをするほど彼女の常識は欠けていない。

耳元から聞こえてくる、練乳イチゴミルク増し増しよりも甘ッたるい会話についナイフに指がかかるが、なんとか彼女は自分自身を制しようとする。

「リン、抑えて」

「り、リン隊長、落ち着くっす……」

「サトルどいてそいつ殺せない……」

視界の端には仲良く並んで歩く二人の姿。たまたまサトルが彼女から見て手前に来ているため、直接的に殺害することが不可能だが、もし立ち位置が逆ならば投げナイフで確実に殺る自信が彼女にはあった。

『見てください! 椰子の木ですよー!』

『よく物語では聞くがこんなものなのか』

二人は高い南洋の高木を見上げる。昔はそう珍しくない木であったが、東京では見る機会がめっきり減ってしまっている。

『こっちはハイビスカス!』

『綺麗なものだな……』

ハワイといえばまず真っ先に連想する花だろうか。ハワイのフラダンサーとよく似合う花である。

「何よ何よ南の島に旅行気分!? ざけんじゃないわよ!」

「り、リン隊長!?」

「リン、ナイフ抜いてる」

思わず彼女もナイフを抜いてしまう。何人かの客が危険なものでも見るような目で二人の周りから引いていく。

「このイヤホン、ホントぶっ壊したいわ」

「後悔するだけ」

そう、ヒメが本を読みながらのんびり答える。

壊したら壊したで会話を聞くこともできず、余計イライラするだけである。いくら身体能力が常人離れしているといっても、50メートルも離れれば会話を聞き取ることはできない。

『あー! 見てください見てください! 椰子の実のジュースですよ!』

『飲んでみるか?』

『いいんですか!?』

イヤホンの向こう側からとても嬉しそうな声が伝わってくる。その言葉が彼女の耳を通り抜ける度に額に浮かぶ青筋の数が増えていく。

「どうどう」

本当にリンを落ち着かせる気があるのかないのかはわからないが、ヒメはまあまあとリンをなだめようとする。だが、彼女のイライラは積もっていくばかりであった。

『甘くて、なんだかとろけてしまいそうです……』

『ちょっと甘すぎるくらいだな』

『えー? そうですか?』

『甘いものはそんなに好きじゃない』

『じゃあもらっちゃいますよー?』

そこでリンははっと息を飲む。

彼女の遥か50メートル前方で、ほんの数秒前までサトルがくわえていたストローをユリがくわえ、彼の椰子の実ジュースを飲み始めたのだった。

『お、おい……』

『ふふ、美味しいです!』

『ったく……』

しょうがないな、という様子でサトルは頭をかく。ユリは満面の笑みを浮かべながら二つの椰子の実ジュースを美味しそうに味わっていた。

「あんのアマああああぁぁぁぁぁああぁぁ! ぜっっっったいブッ殺す!」

リンの中で何かがぷつりと音を立てて切れた。バイクの二人乗りしているのは許せた。二人っきりで植物園へ遊びに行くのもなんとか許せた。だが、間接キスとは一体何事だろうか。柵に足をかける彼女にヒメが手を伸ばす。

「リン、ストップ」

「隊長! み、見つかるっす!」

「ざけんじゃないわよ、ざけんじゃないわよ! マジ殺す、絶対殺す」

間に庭園があるにも関わらず、そこを乗り越えて行こうとしたリンを、ヒメはなんとか首根っこを掴んで止める。リンが恐ろしい形相で振り返りヒメを射貫いたが、彼女はそれにも動じずにリンを見つめる。

「ここは植物園」

「……ちっ!」

リンは大きく舌打ちを打つ。こんな公共の場所でナイフを振り回したりすればそれこそ除隊モノである。お金の蓄えがあるといっても、これから何十年を生きていくにはいくらなんでも足りなさ過ぎた。

彼女はなんとか堪えると、再び双眼鏡のスコープを覗く。ズームで映し出す双眼鏡は、まさに幸せそうなカップルのといった二人の表情をリンの眼前に見せつける。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

「リン、落ち着いて」

「ひ、ヒメちゃんが平気なのがなんでかわからないっす……」

触れるだけで殺されそうなぶっ殺すオーラ全開のリンをなだめようと、ヒメはなんとか声をかけるもまったく効果はないようだった。ヒメはため息をついてサトル達の観察に戻る。

サトル達は椰子の実ジュースを飲みながらベンチで休憩していた。二人の間に会話はなく、耳元からは騒がしい来園者の声と通信の際に生じるノイズだけが流れていた。

『なあ……』

ふと、そのとき耳元から雑音以外の声が聞こえてくる。

『ユリは楽しいか?』

『はい! 楽しいですよ!』

『……』

サトルはしばらくの間、静かに押し黙っていた。だが、やがて口を開いて言葉を紡ぎ出す。

『……どういうところが楽しいんだ?』

『色々な人に会えること、色々な物を見ることができること、目に入るもの全てが初めてのものばかりで、それらを見ることができること自体が楽しいです!』

『……そうか』

二人の間を再び静寂が支配する。

リンはやはり恐ろしい形相を浮かべたまま二人を凝視する。彼女にとってそんなの些細な会話すら許せないようだ。

「え……」

そのとき、ヒメが声を漏らす。その小さな声をリンは聞き漏らさない。

「どうしたの?」

普段表情を浮かべず、ましてや無駄口など一切口にしないような彼女が、このように声を上げ、そして表情を露にすることがあるだろうか。

ヒメは蒼白まではいかないものの、驚愕と悲しみが入り混じったような表情を浮かべていた。

何があったの、と彼女に声をかけようとして、その答えをリン自身も知ることとなる。

『俺には楽しい、という感情が一切わからないんだ』

「……え?」

「……は?」

『それは……』

『俺が両親を失ったあの日から……俺は感情がない、あるいはもの凄く希薄なんだ』

リンの表情にも驚愕が浮かぶ。彼は一体何を喋っているのだろうか。

『だって、この前のゲームセンターのとき、凄く楽しそうにして……』

『付き合ってやってるだけなんだ。他のやつらが楽しそうにしているから、俺も楽しいフリをしているんだ』

「……嘘よ」

「……な、どういことっすか……?」

だが、彼の言葉は彼女らの心を蝕むように容赦なく続く。

『皆が笑うから俺も笑う。皆が悔しがるから俺も悔しそうな表情を浮かべる。皆が泣くから俺も悲しげな表情を浮かべる。皆が怒るから……俺も怒っているような表情を浮かべるんだ』

『だって、今日はずっと笑って……』

『ユリが笑っていたから、俺は笑っていたんだ』

「嘘よ……。私達と……私達と一緒に何かをすることがただ、私達のためにやっていただなんて……」

「……」

「オイラ達は……ただ付き合ってもらっていただけ……っすか?」

ヒメはしばらくの間押し黙る。彼女は感情を表情にすることは少ないが、それでも喜怒哀楽を感じることはできる。ただ、それを表現することが苦手なのである。

だが、サトルはその感情すら感じることができないという。それは、毎日を生きる上でどれだけ苦痛を伴うものなのだろうか。

人々は毎日を楽しむことができるから、日々を生きていくことができる。どんなに辛いことがあったとしても。

その楽しさを感じることができない彼は毎日をどのように感じているのだろうか。

そこまでヒメは考えて、一つの結論に至る。

彼には……辛いという感情もないのだろうか。

『俺の心に唯一感情があるとすれば……強い復讐心だけだろうな』

『……オートマータに対するでしょうか……?』

『俺の日常を奪ったあいつらを俺は許すことができない。だから俺は任務に打ち込むことができる。だから……毎日を生きて行ける』

『そんなの……辛すぎます』

『俺にはその辛いという感情もない』

リンが悲しげな表情を浮かべて口を動かす。

「じゃあ……サトルは最ッ高のお人好しね。私達のためなんかに毎日をすり減らして……。本当なら、今すぐにでもオートマータをぶっ壊しに行きたいはずなのに……」

「……サトルは優しい。感情がないから……どれだけ優しくすればいいかわからない。だから、サトルは優しい」

「何よそれ……。じゃあ、サトルは私達が死んでも悲しくないの?」

「た、隊長はきっと泣いてくれるっす!」

「でも、悲しくないんでしょ!? そんなのって……そんなのってあんまりよ……」

サトルの言葉が本当ならば、つまりはそういうことである。

仲間の内の誰かが死んでも、彼は涙をこぼさない。またはこぼしてもそれに意味はない。

いや、それだけではない。今まで彼と共に過ごしてきた毎日は、彼にとって無駄な日々だったということだ。

「なんすか……じゃあ、オイラ達が皆で行ってたゲーセンも……隊長には暇潰しにしかならなかったんすか?」

「暇潰しになってればいい方よ! サトルにとっては面白くもなんともない無駄な時間だったのかもしれないのよ!」

二人は自分の思いを口にする。ヒメだけは黙ってうつむいていた。

「……ともかく、もう少し話を聞いていましょう」

そう言って、リンは耳元のイヤホンに集中する。

しばらくの間サトル達は黙っていたが、やがてその沈黙にも耐え切れなくなったのか、ユリは喋り始める。

『サトルさん、一つ聞いてもいいですか?』

『……なんだ?』

ユリは何を尋ねようというのか。リン達は耳に意識を集中させる。

『サトルさんは……少ししか感情がないっていいましたよね。ということは……少しは楽しいとか、辛いとか、悲しいとかって感情も感じるんですよね!』

『……少し、な』

リンたちはここで少し安堵する。サトルは完全に感情がないわけではない。少しは楽しいと感じてくれているのだ。

『だが、それも復讐心の前では無に等しい。俺がもっとも生きていると実感するときは……戦っているときなんだ。けれども……』

しばらくの間、サトルは黙りこむ。この後に何を言おうか考えているのか、それとも何か別の考え事をしているのか。ともかく、ユリは我慢できなくなって、続きを促す。

『けれども?』

『けれども……お前と一緒にいるときは心が落ち着く』

「え……?」

ぽかんとしたのは何もリンだけではない。ヒロキとヒメ、そしてユリもしばらくの間唖然とする。

『これが感情なのかわからない。でも、ユリが俺に話し掛けると心が温まる。お前が作ってくれた味噌汁みたいにな』

『心が……温まる……』

ユリはサトルの言葉をゆっくり反芻する。噛み締めるように、味わうようにゆっくりと口を動かす。

『嬉しいですけど……味噌汁ってなんですか。あはは、もう少しいいたとえがあると思います!』

そう言う彼女は思いっきり笑う。本当に嬉しそうに、楽しそうに声を上げて笑う。

サトルもそれにつられるように笑う。

「サトル隊長、楽しそうっすね」

「そうね……でも、なんだかむかつくわ……」

ヒロキは笑顔で、リンは額に青筋を浮かべてそう呟く。

ヒメだけは無表情のままサトル達二人の様子を見つめる。その表情から彼女が何を考えてるかはわからない。

「……」

彼女は両目を瞑って微笑を浮かべる。少なくとも、そのことを悪く思ってはいないようだった。

「……ヒメが笑ってる」

「笑ってるっすね……」

「……悪い?」

すぐに彼女はいつもの無表情に戻る。そのことをヒロキは残念そうに言う。

「ヒメちゃん、笑ってた方が可愛いっすよ?」

「ぶ、ヒメは口説いてもなびかないわよ」

「な、そんなつもりじゃないっす!」

ヒロキは拳を振り上げてヒメを追いかけまわす。そんな様子をやはり微笑を浮かべて見つめるヒメ。

「あははは! あんたからかうと面白いわぁ~」

「そんな理由でからかわないで欲しいっす!」

ぶんぶんと拳を振り回すヒロキ。それを軽快なステップで回避する。こんなことは彼女にとって造作もないことなのだろう。

「……」

微笑の少女はゆっくりと振り返る。視線の先には二人の少年少女の姿があった。

『さ、次は百合畑ですよー!』

『行くとするか』

二人はゆっくりと立ち上がる。これ以上尾行の必要もないだろう。ある一定以上の距離が離れるとイヤホンは役に立たなくなる。GPSのナビゲーションはバイクに搭載しているので、このまま姿を見失えば彼らがどこにいるか知る術はなくなる。二人のためにとってもその方がいいだろう。

そう判断した彼女は再びじゃれ合う二人を見る。

こちらは相変わらず楽しそうにじゃれている。どうやら、耳元のイヤホンから流れてくる声も二人の眼中にないようだ。

ヒメは退屈ではなく、そして不満でもない日常の一日を享受することに決める。植物に囲まれながら本を読むというのも悪くない提案である。

彼女はベンチに座り、腰のポーチから一冊の本を取り出した。

タイトルは『京も雨に打たれて』。もともとインターネットで掲載していた小説だったのだが、それが地味にヒットして書籍化したという、なかなかマイナーな小説である。内容は双子の姉妹とその幼馴染みの少年が巻き起こす猟期的恋愛を描いたものだ。

彼女はこうしたマイナー作品を読むのが大好きなのだ。こういった作品には、磨けば光るものが隠れていることがしばしばある。そんなダイヤモンドの原石を拾い集めるのが彼女の趣味なのだ。

イヤホンから流れる声へ徐々にノイズが混じる。そろそろイヤホンで受信できるギリギリの距離だ。

そこで彼女はイヤホンを外した。ノイズの代わりに風のそよぐ音と木々の葉がこすれ合う音が聞こえてきた。

今日はいい天気である。快晴と呼ぶに相応しい、雲一つない青空がどこまでもどこまでも広がっていた。



「凄い……」

彼女の最初の一言目はそれだった。

思わず感嘆のため息が漏れる。そして、その光景を焼き付けようと目をより大きく開く。

一面に広がる白い花。視界全てを覆い尽くすその雪のような花畑は、彼女でもなくとも息を飲む美しさだった。

ここは植物園が誇る園内最大の百合畑である。どこまでも広がる白色の花畑は、思わず足を止めてしまう美しさと、呼吸が止まるほどの壮大さがあった。

「なんだか、心臓がどきどきします」

「本当に凄いな」

風が吹く。彼女の百合のように白い髪が百合の花と同じように揺れ動く。

ユリは思い切り大きく息を吸い込んだ。鼻孔を百合の甘い匂いがくすぐる。

「これを見れただけで満足です」

「そうだな」

サトルは短く答える。感情をほとんど感じない彼でも、この花畑がもつ壮大さを感じ取ることができた。その感覚を忘れないように、サトルはしっかりと握りしめる。

「こんなに気分が高揚するのは初めてです。なんだか、心地よさすら感じてしまいます」

「そうか」

その感覚を彼は知ることができなかったが、少なくとも想像することはできた。

心を昂ぶらせる高揚感。体を包む快感。

彼はそれをどこかで感じたような気がした。だが、それをどこで感じたかを思い出すことはできなかった。

「なんだか懐かしさすら覚えます。私は……どこかで百合畑を見たことがあるのかもしれません」

「きっと記憶を失う前だろう。何か思い出せそうか……?」

「……う」

そのとき、ユリが胸を押さえてしゃがみこむ。サトルは急いで駆け寄ると、彼女の隣にしゃがみ込む。

「どうした……?」

「胸が……ッ!」

苦痛に表情を歪める。そんな彼女を気遣うようにサトルはユリの体を支える。

「あ……」

彼女がそう呟いたとき、突然ユリの体から力が抜けた。サトルは慌ててユリの体をしっかりと抱きしめる。

「おい、ユリ! しっかりしろ! おい!」

しかし、彼女は一切返事をしなかった。彼は舌打ちを打つと彼女の体を抱え上げる。

「救護室は……救護室はどこだ!」

サトルは大急ぎで園のスタッフを探すために、走り始めた。



彼女は夢を見ていた。

真っ白な百合畑に、赤いしぶきが降りかかる。

自分が何かを振っているのを感じる。その度に悲鳴が轟き、白い花が赤く染まる。

誰かが自分を狙っているのを感じた。だから、彼女は振り向いてそいつに向かってそれを振るった。

再び白い花が赤く染まる。こんなにも綺麗な花なのに、なぜ赤黒く染まってしまうのだろうか。

けれども、彼女はそれを振るい続ける。振るい続けなければ、彼女は殺されてしまう。

「ひ、ひぃぃッ!」

鬼でも見たような表情で、男が悲鳴を上げる。手には何かが詰まった注射器があった。

不快だったので、彼女はそれを振るった。まるで赤いトマトを壁に向かって投げつけたかのような跡がそこに描かれる。

「また汚れてしまった」

彼女は白と赤が入り混じったような色の花を両手で包み込む。そして、愛しいものを包み込むようにそっと胸に抱き寄せる。

けれども、白くてか細い花は折れてしまう。

折れてしまった花を彼女は見下ろす。それを元に戻す術はない。

彼女は目を瞑り、そしてそれを振った。

白い旋風が巻き起こり、花弁の嵐が吹き荒れる。

白い花が宙を舞い、彼女を包み込むように空を飛ぶ。

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

一人の男が手に注射器を持って走り寄る。だが、彼女はその姿を目に映すこともなく、ただひたすら舞い続ける。

それは、花びらの舞い。美しい花弁を巻き散らしながら、踊るようにステップを踏み、腕を振って美しく舞う。

「ぐあぁッ!」

男は胸を押さえて大地を転がる。胸には深い傷が残され、深紅の心臓をさらけ出していた。

舞いにピリオドを打つように、彼女はそれを振り下す。それはまっすぐに心臓を打ち貫き、真っ赤なしぶきを飛散させる。

返り血をいくらか浴びる。真っ白な装束は血に濡れて赤く染まり、白い髪も赤い血をかぶって黒く染まっていた。

「……」

彼女は黙って走る。一歩走る度に足元の花が折れたが、もはや彼女はそれを気にしなかった。

ガラスの扉を破って抜けると、そこから先は無機質な床と壁が広がる暗い部屋だった。

とにかく、それが彼女は大嫌いだった。だから、全てを破壊することに決めた。



「ったく、どうするのよ!」

ようやくじゃれあいを終えたヒロキとリンはサトル達がいないことに気付き、ヒメを問い詰めていた。

「知らない」

「イヤホンも使いものにならないし、これであたし達は完全に見失っちゃったのよ! なんで見てなかったのよ!」

「それはリンも同じ」

「う……」

ヒメに反論されて、リンは言葉を詰まらせる。元はと言えば、リンが言い出しっぺなのである。他のメンバーは付き合わされただけで、リンが全ての状況に責任を取らなければならない。他人にその責任を問うなど、もってのほかだ。

「もう、誰が悪いとかやめて、探し回った方がいいと思うっす」

「元はと言えばあんたがね……!」

「な、最初に始めたのはリン隊長っす……!」

二人はまた戦おうとするも、すぐに拳を下す。

「無駄ね」

「無駄っす……」

二人は大きなため息をつく。そして、これからどうするかを考え始めた。

「GPSはバイクに取り付けてあるし、あとはもうイヤホン着けて二人の会話をどこかで拾えないか歩き回るしかないわね……」

「……」

ヒメはことさら大きなため息をつくと、本を腰のポーチにしまった。

「探す」

そして、すたすたとどこかへ歩き始める。

「ちょっと、一人で行かないでよ! ほら、あんたもさっさと来なさい」

リンとヒロキは慌ててヒメの後を追いかけた。

「当てはあるの?」

「ない」

即答だった。リンは頭を抱えてうなり始める。

「手分けして探そう。私は百合畑」

そう言うなり、彼女は一人人ごみへ溶け込んでいく。リンはやはり大きなため息をつくと、ヒメの後を追うのを諦めた。

「何かあれば携帯に連絡がくるだろうし、まあいっか」

この状況では確かに手分けして探した方が効率がいい。リンはヒメの言葉にうんうんと頷くと、ヒロキの元へと歩み寄る。

「あたし、夏の花コーナー探すことにするわ。あんたも適当に探して、見つけたら携帯で連絡ちょうだい」

「手分けして探すんすか?」

「そう言ってヒメが百合畑に行っちゃったのよ。まあ、そうした方が効率出るしそれでいいかなって思って」

「リン隊長がそう言うなら……」

二人はそこで別れる。リンは夏の花コーナーへ、ヒロキは当てもなくぶらぶらと彷徨うことに決めた。

冬の暖かな日差しが明るく三人を照らしていた。



人ごみの中を小さな少女が歩いていく。彼女が目指す先は、この植物園で特別に作られた百合畑のコーナーである。

なんでも、この植物園のオーナーが相当の百合好きで、いろいろな色の百合の花で百合畑を作ったそうである。

ヒメは何の当てもなく百合畑を選択したわけではない。他の二人が百合畑に来ないようにするために彼女は百合畑を選んだのだった。

サトルとユリの会話を注意深く聞いていたヒメは、二人の会話から二人がここに来ることを予想していたのである。

けれども、ヒメはイヤホンを耳にはめなかった。

二人の邪魔をしたくないと彼女は思っていたからである。

適当なベンチを見つけた彼女はそこに腰を下す。

ヒメは大きく息を吸い込んだ。百合の香りが鼻孔いっぱいに満たされ、彼女は落ち着いた気分になる。

ユリが好きな花だと言うのも無理はないと思った。

もうF部隊も何にも関係なくて、彼女はただの一人の百合好きの少女ではないかとさえ思った。

それほどまでに甘い百合の香りは気持ちを穏やかにし、いい気分にさせてくれた。

そこで彼女はポーチに入れていた一冊の小説を取り出す。


怜雨は思った。どうして私が彼を愛してはいけないのだろうか。姉が彼を愛しているからか? 否、それは理由にならない。

私はこんなにも彼を愛しているにも関らず、いつも姉ばかりがいい思いをしているではないか。

なら、私は姉を出し抜かなければならない。時には薬を、時にはナイフを、そうして姉を殺してでも奪い取らなければならない。


そこまで読んでヒメは思った。この少女もリンのように恋に苦しんでいるのだろう。けれども、彼女のやり方では決して彼は振り向かないだろうとも思った。全てを終わらせたとき、彼女は現実を見て苦しむだろう。いや、もう彼女は永遠に苦しむこともなく、狂った愛情を彼に注ぎ続けるかもしれない。

愛の究極系はカニバリズムであると説く者がいるという。なるほど、身に取り入れてしまえば永遠に愛する者と共にいることができる。

また、愛の究極系はネクロフィリアであるとする者もいる。確かに死者は生者を拒むことなく愛情を受け続けるだろう。

だが、こんな一方通行の愛を正常な恋愛と呼んでもいいのだろうか。

この本に登場する怜雨という少女も同様に一方通行の愛を続けてしまうのか。

……そして、リンはこのような凶行を犯してしまうのか。下手をするとナイフを手にとりかねない彼女をいつもヒメははらはらしながら見ている。もちろん、彼女は本気なわけではないだろうが、仲間たちが半ばツッコミという形で彼女を止めている。だが、もし彼女が一人のとき、どうしようもない気持ちが膨れ上がってしまったとき、彼女はどうするのだろうか。

そこまで考えて、ヒメは思考を止めることにする。

ヒメはリンのことを信じている。彼女は恋愛のために人を殺すような人間ではない。幼いときに両親を亡くし、人を喪うことの辛さを知っている彼女だからこそ、絶対にしないと信じている。となれば、これ以上思考を続けるのは無意味だろう。

今は若干ユリが優位に立っている。けれども、まだまだリンが奪還することができる可能性は残されている。なぜなら、サトルは感情をほとんど感じないからだ。つまりそれは恋愛事に関してもかなり鈍いはずである。生半可なアピールでは彼の心を動かすことはできない。

「ヒメか……?」

どこかで聞き覚えのある声が彼女の名を呼ぶ。それが自分へと向けられているまで気付くまでに数秒を要した。

「何故お前がここにいる……?」

ヒメはゆっくりと視線を前へと向ける。そこにはユリを抱き抱えたサトルが立っていた。

「ユリ、何があったの?」

「そうだユリだ! 突然倒れてしまったんだ! どこか救護室を知らないか!?」

いつもの様子からは想像することができない彼の慌てっぷりにヒメは戸惑う。かつて彼がここまで慌てたことがあっただろうか。数年前に、任務で潜伏している小屋の周囲をオートマータに囲まれてしまったときでさえ、彼は慌てず冷静に指示を下した。そんな彼が慌てているということにヒメは異常な事態が発生していることに気付く。

「見せて」

ヒメは彼の質問には答えず、ユリの顔色を窺い、彼女の額に手を当てる。

「貧血を起こしている。それに、酷い汗」

「さっきからうわごとばかり言っていて、意識が戻らないんだ! 一体どうしたんだ!?」

「夢にうなされている……?」

ヒメはポーチからいくつかの薬品と注射器を取り出し、数種類の液体を混合させた後、注射器で吸い上げる。

「押さえていて」

サトルはユリを一度ベンチへ寝かせると、動かないようにしっかり押さえる。

注射器のトリガーを引き、一気に薬液を流し込む。ぽつりと注射の痕が膨れ上がった。

「造血剤と安眠剤、鎮静剤を注射した。貧血と夢にうなされているだけならこれでよくなるはず」

彼女の言う通り、すぐに表情が和らぎ、汗もいくらか引いていた。荒かった呼吸も元に戻りつつある。

「救護室はこっち。付いて来て」

そう言ってヒメは立ち上がると、救護室のある方へと歩き始めた。



「あ……」

ユリはゆっくりと目を開いた。

彼女の視界に一番に飛び込んできたのは白い天井だった。

次に、心配そうな表情を浮かべるサトルの姿。そして、その後ろには様々な表情を浮かべるヒロキとリン、ヒメの姿があった。

「ユリちゃん、目を覚ましたみたいっす」

一番にユリが目を覚ましたことに気付いたヒロキが声を上げる。その声を聞いて、ずっとうつむいて座っていたサトルが顔を上げ、次にリンとヒメがユリを見つめた。

「大丈夫か?」

サトルは心配そうにユリに尋ねる。

「あ、はい、大丈夫ですよ!」

彼女は元気そうに言う。ちょうどそのとき、救護室の当直の医師が現れる。

「彼女の処置が適切だったみたいね。まさかこんな小さな子が医師免許を持ってるなんて、凄い世の中になったものだわ」

彼女、というのはもちろんヒメのことである。ヒメは特に照れるようなこともなく一度だけ頷いた。

「しばらくは安静にしていた方がいいわね。明日には元気に動けると思うわ」

「ありがとうございます」

サトルはゆっくりと頭を下げる。

「あはは、どういたしまして」

そう言って医師は部屋を後にする。もう大丈夫だということだろう。

「あの……私、どうしちゃったんですか……?」

「いきなり倒れた」

ヒメが短く告げる。それを聞いてしばらくの間うつむいていたが、やがて不思議そうな表情を浮かべて四人を見回す。

「あれ……そういえば、皆さんなんでここに……?」

「う……それは……その……」

「リンの提案で皆で二人を見守ることになった」

またしても簡潔にヒメが述べる。

「なんでお前たちが見守る必要があるんだ」

サトルも三人に尋ねた。それを聞いてリンが怒り始める。

「別になんでもいいじゃない! それに、ヒメがいたから大事に至らなかったんだから、むしろ感謝しなさいよ!」

「む……それはそうだが……」

「あはは、別にいいですよ。皆さんがいてくれたから、私はここでこうして笑っていられるんですよ。それならそれでいいじゃないですか」

「そうよそうよ!」

リンがユリに同意する。二人の意見がぴったりと重なり、サトルは黙りこむ。

「なんとか自分が尾行してたってことから話を逸らそうと必死っすね」

「……腕の見せどころ」

ヒロキとヒメが囁きあう。幸い、その会話は三人の耳には届いていないようだった。

「要するにお前たち、尾行していたんだろ?」

「う、うるさいわね。そうよ、尾行してたのよ。悪い?」

「当たり前だ」

すこん、とサトルのチョップが額に命中する。突然のことだったためか、リンは反応が遅れてよけることができなかった。

「あ痛……殴ることないじゃない」

「ユリに免じてチョップ一発で許してやるんだ。本当だったら三日ほど宙吊りにしてやりたいところだ」

ヒロキはヒメの耳元に口を寄せて囁く。

「隊長がそんなこと言うなんて初めてっす。何かあったんすかね……?」

「……」

それに対してヒメは答えない。

だが、ヒメにはそれが何故なのかわかっていた。

ユリが倒れたときの慌てぶり、そして彼女が気を失っている間付きっきりでいたこと、何よりも、彼女が目覚めたときの安堵……これらを統合すると、間違いなく彼は彼女に強い好意を持っているということである。それも、仲間であるリンやヒロキ、そしてヒメに対するそれとは違った意思。もっとも、信頼しているからこそ心配しないという可能性もあるが……。

目の前で話をしている自分の友人を見て思う。もう、彼女に勝ち目はないのかもしれない。ヒメはそう思った。

ユリは笑いながらサトルとリンのやりとりを見ている。リンの秘めた思い、そしてサトルの胸中を知ることもなく、ただ笑って二人のことを見つめていた。

今回の任務は植物から薬品を作り出す研究機関の片付けだった。

オートマータに襲撃され、調査の済んだ施設から荷物を運び出し、別の研究所へと移動させる任務である。

早い話がいつもと同じ、フォールスミッションだ。

だが、今回の任未はいつもと違った。

サトルは疑問を抱いていた。

名簿一覧には作戦に参加する隊員の名前が書き連ねてある。

しかし、そこにユリの名前はなかった。

「今度の任務、サトルさん達だけなんですよね」

「そうらしいな」

廊下ですれ違う二人。サトルに対するユリの表情は悲しそうだ。

「任務、頑張ってくださいね」

「大丈夫、今回もフォールスミッションだ。大したことはない」

サトルは表情を変えることなく答える。

そして立ち去っていく彼の後姿を見ながら――彼女は言った。

「サトルさんのこと、好きなんです! どうしようもなく……好きなんです!」


次話、第六話 Turning


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