17、
「パトリシア・ブラック。顔をあげろ」
ここは、ラリー殿下の執務室。
非公式ではあるが、厳かに悪役令嬢の断罪が今、執り行われ様としている。
この日のために出来得る限りの調査を独自に行った。
大丈夫。
息を吐いて、顔を上げると、辛辣な表情の殿下。
ラリー殿下の側近がずらり。証人の様に控えている。
パトリシアの後ろにはメイドのモワノがいる。
幾人もの騎士が私の逃亡を遮るためか、部屋を取り囲む様に控えている。その中にはオルティスの姿も横目で見えた。
「ではお前が調べた事件のあらましについて述べよ」
以前ならまだ、”パトリシア嬢”と言っていたのが、お前呼ばわりになっていることに心の中で溜息を吐く。
事件の結果に寄らず、もうこの婚約関係は終わりだということを悟る。
「アリス・ブレーク嬢が何者かに刺殺された事についてお話いたします。まず、凶器の弓矢ですが、これは学園で使用されていたものです。普段は学園の倉庫に仕舞われ、施錠されていますが、自主鍛錬のために授業外に持ち出す生徒もあります。ですから、誰でも持ち出すことが出来ました。ある意味寮にいた全員が犯人の可能性があるといえるでしょう」
「それで、自分以外の人間の犯行であると。君はそう結論づけたいのか?」
「いえ、その逆でございます。流石に、誰でも持ち出すことは出来ますが、それでも人を殺傷する能力のある凶器になりえるものです。学園としても不慮の事故が起らぬように管理をする必要があります」
「では、管理を怠った、学園の責任だと申すのか?」
いちいち、私の言葉に揚げ足取りをする殿下に思わず、「私に事件のあらましについて述べよと仰ったのは殿下の方です。まず、私の話を聞いていただけませんか?」
冷静に強い口調でそう言うと、ラリー殿下は顔を歪め、押し黙った。
「それで……弓矢の管理ですが、学園側では、朝の六時にきちんと個数が揃っているか管理されています。その時点でもし、個数が無ければ、しかるべき対応をとるそうです。ですから、その弓矢の利用したとしても朝まで、凶器の存在が学園側には見つからないだろうと、そういった事情を知っていた人物。外聞ではなく、内部の人間の犯行であると私は考えました。次に、殺人現場で不思議に思ったのは、お皿などの不思議な小道具が置かれていたそうです」
頬杖をついて聞いていた殿下だったが、そこで私の話を遮り、事実に相違ないか。つまりアリスが殺害された現場に実際にそういった小物があったのかと側近にたずねた。
何人か駆けてきて、調書を見せる。
「事実のようだ」
殿下は話を促した。
「ここで、知っていただきたい事実があります。殿下は『恋はシロフォンの様に』呼ばれる小説をご存知ですか?」
こちらの問いかけにあからさまに表情を歪める。
「こちらをご一読いただけないでしょうか?」
私は一冊のノートを取り出した。
「これは?」
「アリス・ブレーク嬢が書き留めたものです。不思議な文字を使用されていますが、それでも筆跡から、ご本人だと殿下であればわかると思いますが」
側近が私からノートを受け取ると殿下に渡した。
ノートは、ライデン伯爵と言う没落貴族のわずかな痕跡から、モワノが必死になって探し、見つけ出してくれたものだ。
ノートを受け取ると、ラリー殿下はページを開き、顔を顰める。
その反応は普通だと予測している。なにせ日本語でかかれているのだから。
「ノートはアリス・ブレーク嬢が恐らく作り出した暗号で書かれています。ブラック家の精鋭を集め、記号の法則性があるのを見抜き、それを翻訳したものがこちらです」
まさか、前世で使っていた文字だとは言えないので、そう説明を付け加え、翻訳した書類も側近に渡すと、それはそのまま殿下に渡された。
何か文句をつけられるだろうかと思ったがそうもならなかった。もしかしたら、ラリー殿下自身も口にはせずとも彼女のすこし不思議な部分に気がついていたのかも知れないと思う。
確かにアリスのものだと言いながらも読み進める内に表情が曇っていくのがわかった。
「失礼とは存じながらも、事件の解決に必要だと思いましたので、私の一読させてただきました。彼女は”前世のキオク”という知識を持ち合わせていたようです。その知識から殿下と仲良くなり、その……婚姻を目指していたようでした」
流石に驚いたのか、殿下は言葉を失った様子で、ノートのページをめくる。
その後ろからオルティスもその内容を目に通しているのが伺えた。
私も最後までそのノートを読んで驚いたのが、アリスがパトリシアに対して並々ならぬ、怒りを抱いていた点だ。
彼女に対して何かしたつもりはない。
それにしては、怒りが憎悪に変わる程のもので、私がラリー殿下の婚約者だからと言う理由だけではない何かがあった。
読み進めて行く内に、憎悪の理由が一人のメイドに出会ったからだと言うのも――殿下はさらりと目を通し、そのノートを側近に渡すと、「それで、これが彼女の死と何に関係があるのか?」大きな声で話を続ける。
「君はこれを提出して、彼女に妄想癖があったから殺すべき人だと思ってそうしたとでも言いたいのか? 僕はアリスの人柄を君が審査しろと言っているのではない。殺人について証明せよと言っているのだ」
ぐっと奥歯を噛みしめる。
確かに殿下の言葉は間違いではない。
「わかっております……それをお見せしたのは、それが動機だからなのです」
殿下が、何を言っているのかさっぱりわからないとつぶやいた時、後ろから、「発言の許可をいただけないでしょうか」と、硬質な声が響く。
「お前は……ブラック家の使用人か。発言を許可しよう」
一礼をしたモワノの声に思わず体に力を入れた。
「アリス・ブレーク嬢をを殺害したのは私です」
その発言に周囲はどよめいた。
「私はブラック家のパトリシアの侍女として寮に入らせていただいておりましたので、学園内に出入りするのは訳ない事でした。またパトリシア様の御身になにかあってはいけませんから全ての部屋のマスターキーの所持を許可されております。その鍵を使用し、男爵令嬢のお部屋に入るのは難しい事ではありませんでした」
殿下はにやりと笑い、やっぱりと言う様な表情を見せる。
「やはりお前が指示をして、侍女にやらせたのだろう」
殿下はそう言い切った。
かっと顔が熱くなる。
確かに外野からみるとそう見えるのだろうが……しかし、断じてパトリシアは関わっていない。長年仕えていたモワノを捨て駒にしている訳ではなく、本当にそれが真実なのだ。
殿下の隣にいるオルティスが顔を顰める。
今回の事には関わりがないことについて、どう潔白を証明したらいいのか。わからなくなった。
「では、私からお嬢様と私が結託していない。お嬢様が今回の犯罪を犯すことが無理であろう理由を述べられると思いますので」
モワノはそう申し出る。
「それも面白い。使用人が主人を守る。みずらかの生命を差し出してまでも……美しいではないか。話してみよ」
「ありがとうございます。ブラック家の秘匿事項についてはご存知ですか?」
「モワノ」
思わずそう叫んだが、殿下がそれを制し、話を続ける様に促した。




