蛇足
「で? 側室はどちらがよいかの」
神託があるというから沼まで身を運んだのだが、ヌシに写真を突きつけられ、ミカドは首を傾げた。
「側室?」
「賀茂家の長女は十二歳じゃから、三年で皇室の教養を養える。こちらは阿倍家だが、すでに十八歳というのがのう」
カヲルに助けを求めるが、好きにすればと投げやりだ。
その日からミカドの頭は、ひとつの不安に取り憑かれた。
「折姫は、御子を授からないのか」
*
謀叛から一年。
御所と城下町の再建が終わり、ようやくに新しい時代が築けると、その年の七夕は盛大に祝われた。今年は梶の葉だけでなく、短冊も飾ろうと提案した折姫は大忙しであった。
供物台に色とりどりの笹の葉を飾っていると、女御の骨仏が喋った。
「折姫ちゃん、梅壺で喧嘩がはじまったわよ」
「またぁ?」
紙屋院で作られた色紙に、徳を積めば願いが叶うという、当たりの呪符を捺したのだが、それが争いの火種となってしまった。
折姫が梅壺の門を叩くころには、北池は色紙で華やかに彩られていた。きっと呪符のない短冊を池へ捨てているのだ。
子どもたちを差し置き、呪符のついた短冊を探す大人たちの醜いこと。
「言っておきますが、いやしい人間の願いなど叶いませんからね!」
「神さまは?」
短冊を奪い合い、取っ組み合いをするかたまりに声をかけたら、ヌシとヒコであった。
折姫の目がすわる。
「神ともあろうお方々が、なにしてるのですか」
「稲荷神が当たりの短冊を独り占めしよるのじゃ!」
「娘の健康を祈ってなにがわるいんだ!」
「己れで祝わんか!」
ごもっともである。
ヒコは産まれたばかりの娘にすっかりご執心。目に余る親バカっぷりを発揮している。
「頼むから! 梅壺に家内安全を!」
「だから己れで護らんか! ほれっ」
「あーっ」
短冊が折姫の手に渡る。
「たまには、自分のために使え」
「でも私、特に願いごとなんてありませんよ」
「そう言うな。お前は徳を積みすぎているから、多少の無理も聞き入れてやるぞ」
「でも……」
「はやく桜の壺へ戻れ。ミカドが探しているぞ」
皇帝を待たせるなど言語道断。
気持ちばかり急いで桜の壺へと戻ると、ミカドは出居の天井に笹や梶の葉を飾り立てていた。
「み、ミカド! なにをされているのですか」
「なにって。ほかの殿舎ばかり飾って、あなたが桜の壺を放ったらかしにするからでしょう」
「だって、ここにはもう、ほとんど帰らないのに……」
桜の壺と春宮御所は一度すべて取り壊され、夜御殿として建て替えられた。夜御殿には皇后の私邸として、桜の壺が隣接されているが、正直なぜ建てたのか本人もよくわかっていない。ミカドに訊けば、独りになりたいときに使ってと言うが、そんな余裕などなしに、一年経ってしまった。
夜御殿には御寝所だけでなく、三世帯は住める客間に管理者を雇うほどの書庫(おそらく漫画)と、広い湯殿まである。
すべて事足りるのだ。
わざわざ建物を分けなくったって、独りになれる局はいくらでもあるのに。
「では、今日だけでも」
ミカドが呪を唱えると、昨年のように天井が輝き始めた。葉にとどまる水の雫が、星のようだ。
ならばと、折姫は縁に腰を据え、折り紙を折り始めた。
「一日中折ってたのに、まだ折るの?」
「だって、鶴がいないではないですか」
昨年と同じように鶴を折ると、自身で命を吹き込み、天井の夜空を羽ばたかせた。
「ふふ、懐かしいですね!」
昨年は、疲れたミカドを労うためにと、みんなで飾りつけしたのだった。ほんとうは、ミカドの笑顔が見たかっただけなのだと、あとになって気づき、胸が澱んだ。
では今年は──。
「さてと。紫陽花殿へ戻ろうか」
ミカドは疲れた目をとろん、とさせて、笑った。
臣下へ向ける笑い顔と変わりない。
「……お告げをする譯でもないのに、無理して玉座に座る必要はないのでは」
七夕祭において、皇帝の役は高御座という雲の上から下々を見下ろすだけ。みんなと喋ったり、お酒を呑み交わすことはできない。
折姫は思う。
ミカドはこの一年、以前より増して忙しくしており、眠っている顔を見たことがない。一日会えない日というのはなかったが、ミカドと目を合わせるのは神事と夜御殿で過ごすわずかな時間だけ。その顔は、実に皇帝らしい玉顔だ。
ミカドはもう、ずっと皇帝でいるのだ。
「決めた!」
ヌシがひょこ、と頭をだす。
「ほう、決まったか!」
「なにを?」
ミカドが眉を寄せる。
ヌシが愉しげな顔をするときは、ロクなことがない。
折姫はニタリと笑った。
「短冊のお願いごと」
ヌシに耳うちをして瞬き一度。
沼の神殿──とは名ばかりの、豪奢なカヲルの邸へと降りたった。
「じゃーん! 今日は御所のこと、スッパリ忘れて、お友達だけで呑み明かしましょう!」
「これは、願いごとのうちに入らんぞ」
「え? なんで?」
「カヲルが前々から計画しとったからのう。みなお待ちかねじゃ」
カヲルに先を越され釈然としないものの、ミカドの顔が一寸華やいだので、よしとする。
金ピカで目の痛い鳥居をくぐると、神殿のなかは薔薇の壺よりずっと華やかな花木で彩られている。
出居ではカリナとクウガ、妖怪たちが宴会の席を整えていた。
「いらっしゃーい! 待ってたわよ?」
すでに酒の入ったカリナが手招きをする。
その胸もとにはシレッとクロがうずまっていた。
ミカドが詰る。
「おや、内大臣。私の前に姿を現したということは、首を斬られるご準備ができたのですね?」
クロはぶんぶん、首をふる。
死んだ人間が憑き猫に憑いても瞳の色は変わらないようで、クロの目は琥珀色のままだ。
謀叛のあとすぐ、隠れるでもなくカヲルの邸に居着いた。内大臣の御魂はすっかりクロに落ちつき、出てくる様子もない。
カリナが御所に居たころよりずっと幸せそうなので、最初は警戒していたミカドもそうして、からかうまでになった。
カヲルがいつしかのように、酒樽の前でミカドを手招きする。
「こっちこいよ! 今日は呑むぞー!」
ミカドは遠慮がちに、折姫をみた。
「少しだけだから、いい?」
「飲み過ぎないでくださいよ」
「やった!」
嬉しそうにカヲルと肩をならべる。
男が酒で身体を浄めるしきたりは意味をなさないと、ヌシが言い開いてから、ミカドは酒を呑んでいない。
折姫からは特に言っていないが、不満気な視線に以前から勘づいていたようで、宴以外はきっぱりと断っていた。
折姫は目を光らせ、骨つき肉に焦点を合わせると、シオリの隣に座った。
「ん? シオリちゃん?」
「ハロー! オリヒメ!」
「西洋かぶれしてる!」
元、白百合殿の中宮──シオリは、ハネムーンと称して宵明院と娘三人を連れ日本へ渡っていたのだが。なかなか帰ってこないなと思っていたら、宵明院の黄櫨染の袍がオークションで高値がついたらしい。そのお金で世界一周クルーズを愉しんでいた。
「はい、お土産だよー!」
サングラスをカチューシャにして言う。
土産の箱を開けた、従姉妹の千速がすかさずつっこむ。
「マカダミアナッツチョコ! お土産考えるの面倒だから、これでいっか! の新婚さんあるある!」
「ちょっと! 図星なんだけど!」
不知火神社の跡取り娘である千速は、土日になると陰陽師修行に沼へ来ている。
「あれ? 今日って土曜日だっけ」
「日本ではもう夏休みですわよ?」
「嘘をつけ、嘘を!」
カヲルが遠くから口出しをする。
「学校の夏祭りの準備サボってたのがバレて、逃げてきてんだよ」
「陰キャには無理な話しさ」
「肝試しの後半をBL展開にしたのお前だろ!?」
「師匠のぶんも、衣装ありますから」
「俺を巻き込むな!」
カヲルと千速の息がピッタリなのは気のせいではない。
チャラい義弟に大好きな親友を奪われ、手拭いを噛みしめたい気分である。実際、噛んでいるのは骨つき肉だが。
折姫はカヲルを冷ややかな目で睨みながら言った。
「BLってなに」
御所へ戻ったのは夜半過ぎのことだ。
臣下の目のない愉しい宴の席で、ついはしゃいでしまい、気づけばミカドが久しぶりの酒で酔い潰れていた。
「ごめんね?」
余計に疲れさせただけかもしれない。
敷妙に溺れるように横たわるミカドへ、つぶやく。
「……おやすみなさい」
「それで? 願いごとは決まったか」
「ギャッ」
ミカドの下から、薄っぺらいヌシが出てきたので、思わず鈍い悲鳴を出してしまった。
「帳台には入らないでくださいと、いつも言っているでしょう!」
「ふん、入ったところで、お前たち夫婦ほどつまらんもんはないわ」
「クゥッ、言い返せないッ」
「よくそんなに明るくいられるもんじゃのう。初夜以来、求められていないというのに」
「それは為方ないでしょう」
折姫は力なく笑った。
大階段から落ちたとき、人の形をしていなかったと聞く。未だに「怨霊!」と後ずさる太政官がいるほどだ。
一度死んだ身体を誰が愛でようか。
「結局、私は生き人形のまま。巫女として御所に生涯を捧げるのでありますよ」
「清々しいな」
「だって、しあわせですもの」
左指に輝く指輪をみつめ、うっとりと言う。
夜伽がなくとも毎日愛を囁かれている。
目が合えばキスを落とされる。
今日だって、この日のためにと衣裳を仕立てくれたし、
「なによりお肉が毎夕、膳に並ぶようになりました!」
「それミカドと無関係では」
毎食とはいかないが、忙しい合間をぬっていっしょに食べている。そのときのお喋りこそが、いちばんの至福の時間だ。
「北に十三……、東、にじゅう、ご」
寝言は、地図の座標。
ミカドが寝食を忘れ、常に気を張っているのは恐らく、皇后が「傾国」と呼ばれないためだ。
少しの間違いも許されない。
息抜きもできない。
今日だって、以前のようなくだけた笑みは一度も、ミカドの顔に浮かばなかった。
「この美しい顔に、笑ってほしい」
「願いとしては曖昧すぎるな」
「私が居なくなれば、少しは肩の荷もおりる……?」
「阿呆が。聞いていたら、悲しむぞ」
「では、どうしたらミカドはしあわせになれるの」
「ほう。では、訊いてみては」
「なにを」
「ミカドの、本心を」
「本心……。本音で、語り合うってこと?」
「そうじゃ。ヌシにもわからぬゆえ、興味があるのう」
神にも聞こえぬように仕舞い込んでいるのなら、それはそれで聞いてみたい。
「あとで怒られない?」
「妻が夫の心の声を聞くことに、間違いでも?」
「後ろめたさはある」
「それでこそ、願いごとにピッタリだ」
ヌシはミカドの耳に口を添えると、深呼吸のように息を大きく吸って、次には吹き込んだ。
目をまわしている。
「だいぶ呑んでおったな」
「飲み過ぎないでって言ったのに」
「とにかく酒気を抜いて、心の靄を晴らした。願いは叶えたぞ。それでは、よい夜を──」
ヌシが消えると同時に、ミカドの瞼が開いた。
折姫は久しぶりに脈がはやくなるのを感じた。
起き上がったミカドの顔色は嘘みたいに晴れやかで、おおきな目もぱっちりと開いている。
「ここは、……桜の壺?」
「は、はい。夜御殿に太政官がいたので、こちらのほうが休めるかと」
「そう」
ミカドと契りを交わせば家系が絶える。
その呪いが明るみになってからというもの、御所から波がひくように女官が消えた。
芙蓉殿の乳母のような務めに真摯な女官だけが残り、結果的にはよかったのだが、今度は殿舎をうろつく仕官が増えた。
「折姫に触れたら矢が刺さるというのに、学ばないヤツらだ」
「違いますよ。ミカド様をお探しなのです」
折姫を襲う仕官がいたら、それは自殺に等しい。
それほどには護られている。
では仕官たちのお目当てはというと、ミカドだ。皇帝を襲うような愚かものはいないが、単純に共に酒を呑みたいという若者は多い。
今の臣下に慕われているのだ。素直に誇らしい。
折姫がにっこり笑うと、ミカドもまた表情をやわらかくした。
「なあに?」
「えっ」
「私に聞きたいことがあるのでは」
真っ直ぐに訊ねられ、戸惑う。
「その、今欲しいもの、とかないですか」
無難なことを聞いてしまった。
「欲しいもの?」
「ミカドが、今いちばん欲しいもの」
帳台で言う言葉としてはなかなか勇気のいるものだが、折姫は気づいていない。
本心を語るミカドは、喉を鳴らして言った。
「折姫。が、欲しいもの」
「私が欲しいもの?」
「折姫が、欲しいものはない?」
逆に聞き返されてしまったので、はっきりと答えた。
「ないですね」
「そう」
なぜか落ち込む。
「かわいい! 落ち込んだミカド、久しぶりに見ました! かわいいです!」
折姫までなぜか素直になった。
「かわいいと言われても、嬉しくないんだけど」
「そうですよね。私も、笑った顔が見たいです」
「こう?」
にへら、と口だけで笑う。
「違います! もう、どうしたら、ミカドは笑ってくれるんですか」
「急に笑えって言われても、折姫もこうなるって」
「こう?」
「ぶっ、──あはは! あれ俺、笑ってない?」
「笑ってますね!」
久しぶりの満開の笑顔と「俺」に身悶えする。
じゅうぶんすぎるご褒美を前に、自分の顔が笑われたことを一瞬だけ忘れた。一瞬だけだ。
折姫はむくれて言った。
「その、刹那的な笑いじゃなくてですね? もっとこう、しあわせがにじみ出るような」
「しあわせ?」
「ミカドのしあわせは、なに?」
「私のしあわせは、あなたのしあわせだよ」
すぐに元のミカドに戻ってしまった。
本心を聞き出すのは、意外と難しい。
「私のしあわせ……。でも、私、今すごくしあわせですよ?」
「ほんとうに? 心から、そう思える?」
「はい!」
自分でも驚くほどいい返事をしたのに、ミカドは涙をはらはらとこぼした。
「どうして、泣くの」
「嬉しくて」
「笑ってほしいのに」
ミカドは隠れるように、折姫の肩に額を預けた。
「ずっと怖かった。私があなたの人生を、今この瞬間も奪い続けていると思うと怖くて、地に足がついていないみたいだった。
皇后は、ほんとうにあなたのなりたかったもの? 毎日早起きをして、存在をひけらかすように御所をまわって、それはあなたにとって、たのしいことなの?
カヲルや千速さんのように、ふつうに恋をして、学校へ通う未来も、あったのに。
そのうえ御子を授からないなんて、頭がおかしくなりそうだ」
ぼたぼたと、折姫の膝を涙が濡らしていく。衣裳の夜空色の桜が黒く滲んでいくようだった。
「は? なにそれ」
折姫の顔から、笑みが消えた。
「私の人生は、ミカドが決めていたの?」
「ああそうだ。あなたは、私のかごの中の鳥」
わなわなと身体をふるわせる。
「そんなの、ぜんっぜんしあわせじゃない!」
笑わせたかったミカドの顔が絶望の色をなしている。
そう、ヌシは、
──本心で語り合う。
という願い事を叶えていた。
折姫の本心は止まらない。
「私、この国が好きよ。食べ物は美味しいし、不便なところは魔法が補ってくれる。お務めだって、矜持をもってたのしくやってる。国を護るために働くなんて、なかなかできることではないもの。でもそれは、ミカドにとって、悩むほどつまらないものだった」
「たのしい……? 生き人形の、あなたが?」
「あはは! 生き人形! やっぱり私は人形なんだ。ぐちゃぐちゃに死んじゃったもの、気持ち悪いよね」
「気持ち悪い? 折姫が?」
「気持ち悪いよ! だから夜伽が務まらないことも、ミカドの子どもが産めないことも、ちゃんと受け止めてる」
「子どもが産めないって……なんだ。そういうこと?」
「なんだ、ですって」
まるでほんとうの、人形に語りかけるよう。
折姫の頭にひな人形が思い浮かんだ。
隣の座を与えられただけの、お飾りのお雛様。
それでもしあわせだったのに。
ミカドは残酷に愛を囁く。
「あなたがこれから老いて、どんなに形を崩そうと、私の愛は変わらない。たとえ、ここがあなたの居場所でなくとも」
世にもつらそうに言うが、その言葉を聞いた折姫は自分の血管が切れる音がした。
「私の居場所が、ない? あなたの隣ではないの? 共に支え合いながら生きていくのだと誓ったあの言葉は、でまかせだったのね」
「でまかせではないよ。そうか。あなたは、あのときの誓いに縛られているのか」
「縛られてる? その言葉に喜んで、浮ついて、決めたのは、私。自分の意志で、ここにいるの。今さら皇后を下りろ、離縁しろと言われても、嫌よ。残念ながら、私の人生は、私のもの。今も、これからも」
折姫はミカドの胸ぐらをつかんで言った。
「好き勝手やらせてもらうので、ミカドもどうぞ、お気に召すままの人生をお歩みください!」
ミカドの胸ぐらをつかんだ女は、折姫が初めてだった。皇帝の懐を掴んだのだ。たとえ皇后だろうと許せるものではない。
そもそも、ミカドという男は、売られた喧嘩はかならず買ってきた。
「ほう。たしかに、人形ではないな」
ミカドは折姫の手首をつかみ、心の底からニタリと笑った。
「俺に噛みつくとは、いい度胸だ。お望み通り好きにさせてもらう」
「どうぞご勝手に! 側室に心変わりしたって、皇后の座は譲りませんからね!」
異国から側室を入内させるという噂は、折姫の耳にも入っている。とうぜんだ、皇后がいっこうに御子を授からないのだから。
急に虚しくなってきて、涙がこぼれた。
ミカドの笑い顔を見たかっただけなのに。結局、後から入る側室にその権利を奪われるのだ。
「ちょっと、泣くのは卑怯じゃない?」
「もう! 独りにさせてください!」
「勝手にしろと言っておいて、それはないだろ」
ミカドは折姫を乱暴に押し倒すと、重い唐衣裳をあっさりと暴いた。
「え? え?」
「この美しい身体に、夜伽が務まらない? 世界中の女に謝りなよ」
「所詮、人形の美しさだと言いたいのでしょう」
「人形? どこが。自分の意志で俺に楯突いたろ。俺は折姫を傷つけたくないから、望まれるまでは手を出さないと決めていただけだ」
「わぁ、それこそ美しい心がけですこと。私に触りたくないから言ってる、ただの言い訳じゃない」
「はぁ? どれだけ堪えたと思ってんの。ほんと、時間を無駄にした」
「そんな慰めなんていらない! 私、望まれたことなんて、一度だってないんだから!」
「そうだね。だから今夜は今までのぶん、吐き出させてもらうとするよ。まあ、逃げるなら今のうちだけど」
「逃げる? 冗談はよして。ここは桜の壺。私の帳台よ」
「いいね。啼かせがいがある」
ふたりは言い合いながらも、語らいという言葉にふさわしい夜を過ごした。喧嘩腰のいきおいで折姫は気絶することなく、かといって眠ることも許されず朝を迎えている。
屋根の上で様子を見ていたヌシはというと、帳台のなかが見えなくなってすぐに、お尻に電撃が走り飛びあがった。
ミカドの所業だ。
「チッ、バレたか」
ヌシの意志とは関係なく、手のなかの写真が細々とちぎられていく。いらぬお節介は無用ということだ。
「まったく世話の焼ける夫婦だ」
その夜から桜の壺には御簾を下ろしきったような、以前よりずっと強い結界が敷かれた。
お読みくださった方々へ
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
読んでもらえることが、しあわせだと改めて感じました。
ご感想くださった方々へ
ものすごい励みになりました。
直接返信できず申し訳ないのですが、心のなかでは1日スキップで過ごすくらい嬉しかったです。
今は改稿が楽しいので、そのうちまたカヲルのくだらないお話しをあげようと思います。
書くの楽しい。




