第156話 悪役なら最後の日常を過ごす
グランディア邸。
朝。
いつも通り。
鳥の声。
庭の風。
紅茶の香り。
「……。」
何も起きない。
それが。
少しだけ不思議だった。
「男爵様。」
リリアが声をかける。
「今日は本当に予定がありません。」
「……。」
「何か期待していますか?」
「していない。」
即答。
しかし。
心のどこかで。
また何か起きると思っていた。
世界を救って。
古代文明と出会って。
世界の外側まで関わった。
普通なら。
もう十分だ。
「アルベルト様。」
セレナが庭へ来る。
「今日は。」
「領地の視察をしませんか?」
「視察?」
「はい。」
「最近。」
「男爵様自身が領地を見る機会が減っていますから。」
「……。」
確かに。
書類ばかりだった。
「分かった。」
街へ出る。
以前と同じ道。
しかし。
見える景色は変わっている。
新しい店。
新しい家。
交流学校。
種族の違う人々。
「……。」
これを。
自分が作ったと言われても。
まだ実感はない。
「男爵様。」
一人の老人が声をかける。
「昔は。」
「この領地も大変でしたな。」
「……。」
聞く。
「税。」
「争い。」
「貧困。」
「色々ありました。」
「でも。」
老人は街を見る。
「今は。」
「子供たちが笑っています。」
「……。」
「ありがとうございます。」
頭を下げられる。
俺は困る。
「礼はいらない。」
「?」
「俺は。」
「必要なことをしただけだ。」
老人は笑う。
「それを。」
「皆は大切なことと言うんですよ。」
帰り道。
リリアが言う。
「変わりませんね。」
「何が。」
「褒められるのが苦手なところです。」
「……。」
屋敷。
夕方。
庭に集まる。
リリア。
セレナ。
レオンハルト。
みんながいる。
「今日は。」
レオンハルトが言う。
「祝おう。」
「何を。」
「この世界が平和になったことを。」
「……。」
小さな宴。
大げさではない。
ただ。
一緒に食事をするだけ。
それが。
今は一番落ち着く。
「アルベルト。」
レオンハルトが言う。
「お前。」
「最初は本当に嫌な奴だったな。」
「……。」
「否定しない。」
全員が笑う。
「でも。」
「今は。」
「最高の領主だ。」
「……。」
返す言葉がない。
夜。
一人で庭へ出る。
空を見る。
転生した日のことを思い出す。
悪役になる。
そう決めた。
なのに。
結果は。
全く違った。
「……。」
「人生は。」
「予定通りにはいかないな。」
その時。
背後から声。
「でも。」
「それで良かったと思います。」
リリア。
「またいたのか。」
「はい。」
少し笑う。
「男爵様。」
「これからは。」
「何をするんですか?」
「……。」
考える。
世界を救う。
大きな使命。
そんなものはもうない。
ただ。
「領地を見る。」
「仕事をする。」
「休む。」
「それだけだ。」
リリアは微笑む。
「はい。」
空を見る。
静かな夜。
十一章。
最後の日。
そして。
次は。
アルベルトが残したものを描く物語へ。
第156話を読んでいただきありがとうございます!
十一章の締め回です。
アルベルトが、自分の成し遂げたことを少しずつ受け入れる回になりました。
「悪役になる」という最初の目的から始まった物語は、最後には「誰かと共に生きる場所を作る」という形へ変わりました。
次回から最終章へ向けた物語へ進みます。




