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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星の名を持ち帰る

アイリシア。


 名前のない星は、本当の名を取り戻しました。


 ユノたちは、その名と星の歌を持って、ルグナへ帰ります。


 星灯坑へ新しい星の名を預けるために。

 そして、エルネを“名前を守る町”へ連れていくために。

帰り道は、来た時よりも明るく見えた。


 空には、アイリシアがある。


 昼間でも、青白い星は薄く輝いていた。


 以前のような寒さはない。


 呼んで、呼んで、と胸を締めつける声も聞こえない。


 代わりに、時々やさしく名前を呼ばれる。


 ――ユノ。

 ――ミア。

 ――リゼ。

 ――カイ。

 ――エルネ。


 アイリシアは、覚えた名前を確かめるように呼んだ。


 そのたびに、五人は返事をした。


「いる」


「いるよ」


「いるわ」


「いる!」


「います」


 エルネはまだ返事に慣れていないようだった。


 星に名を呼ばれるたび、胸を押さえ、少し涙ぐむ。


 カイが横から言った。


「エルネ、毎回泣きそうになるな」


 エルネは慌てる。


「すみません」


「謝らなくていいって」


 ミアが笑う。


「嬉しい時の涙は、いいんだよ」


 エルネは少しだけ笑った。


「はい」


 ミアの記憶灯には、アイリシアの歌が宿っていた。


 リリアの歌とは違う。


 リリアの歌が、人の名を朝へ運ぶ歌だとしたら、アイリシアの歌は、空と地上を細い糸で繋ぐような旋律だった。


 高く、低く、また高く。

 長く伸びる音。

 消えそうな低い音。

 そこから戻るように、もう一度高い音。


 泣いた星が、空へ戻っていくような歌。


 エルネがその旋律に声を重ねると、アイリシアが少し強く光った。


 リゼは歩きながら記録帳に書き続けていた。


 アイリシアの名。

 星門の状態。

 三つの記憶。

 アリナの約束。

 エルネの継承。

 塔内に残る空白の額。


 カイが覗き込む。


「リゼ、歩きながら書けるのすごいな」


「慣れよ」


「転ばない?」


「転ばないわ」


 その直後、小石につまずきそうになり、ユノが支えた。


 リゼは少しだけ頬を赤くした。


「……今のは例外」


 ミアとカイが笑った。


 帰り道の最初に立ち寄ったのは、青石の湖だった。


 湖は、昨日よりずっと澄んでいた。


 深い青は残っている。


 けれど、悲しみだけの色ではなくなっていた。


 湖面には空が映り、アイリシアの星が小さく揺れている。


 ユノは湖畔に膝をつき、小さな青い石の欠片を水へ浸した。


「涙の石、ちゃんと持って帰る」


 湖面が静かに波打つ。


 アイリシアの声が届く。


 ――涙を、置いていかないでくれてありがとう。


 ユノは頷いた。


「置いていかない」


 ミアが言った。


「でも、大きな涙の石はここに残るんだよね」


 リゼが答える。


「ええ。湖も記憶を守る場所になる。すべてを持ち去るのではなく、繋ぐことが大事よ」


 エルネは湖へ手を合わせた。


「アイリシアの涙を、これからも守ってください」


 湖面に、小さな青い光が浮かんだ。


 返事のようだった。


 次に、三音の村へ立ち寄った。


 円形の舞台に吊るされた金属管は、風に揺れて鳴っている。


 以前は五音だけだった旋律が、今は少し長く響く。


 ミアが記憶灯を掲げると、金属管が一斉に応えた。


 エルネも歌う。


 アイリシアの歌。


 村の舞台に、その旋律が戻る。


 すると、石の床に薄い文字が浮かび上がった。


 リゼがしゃがみ込む。


「文字が……」


 ユノたちは集まった。


 そこには、古い村の名が刻まれていた。


 リゼが慎重に読む。


「リオルネ……」


 金属管が強く鳴った。


 村の名が戻った。


 リオルネ。


 星の歌を吊るす村。


 ミアが嬉しそうに言った。


「三音の村じゃなくなった」


 カイが言う。


「いや、仮名も頑張っただろ」


 ユノは笑った。


「三音の村が、本当の名前まで繋いだんだ」


 リゼは地図の仮名の横に、正式名を書き加えた。


 ――リオルネ。星の歌を守った村。


 エルネは村の舞台に向かって頭を下げた。


「リオルネ。歌を守ってくれてありがとう」


 アイリシアの星が、空で静かに瞬いた。


 約束石の道にも変化があった。


 白い石に、かすかな模様が戻っていた。


 手と星を繋ぐ細い線。


 リゼが調べると、道の正式な名も一部戻った。


 アリナの道。


 カイが目を輝かせた。


「アリナの名前が道に残ってたんだ」


 エルネは石に触れ、涙を浮かべた。


「アリナの道……」


 ユノは言った。


「約束石の道って仮名も、間違ってなかったな」


 リゼが頷く。


「ええ。仮の名が、本来の名を呼ぶ手がかりになった」


 名前は、勝手に決めつけるものではない。


 でも、空白のまま放っておくのではなく、仮に呼び、待ち、本名を探すこともできる。


 ユノはそのことを、今回の旅で深く学んだ気がした。


 数日かけて進み、ようやくミルドの宿場町へ戻った。


 看板には、はっきりとミルドの名が残っている。


 宿屋の主人は、ユノたちを見ると目を丸くした。


「あんたたち、東から戻ったのか!」


 ユノは頷いた。


「戻りました」


「名前は? 自分の名、故郷の名、覚えてるか?」


 カイが胸を張る。


「カイ。ネリオ。ルグナ」


 ミアも。


「ミア。ルグナ」


 ユノも。


「ユノ。ルグナ」


 リゼ。


「リゼ」


 エルネは少し緊張しながら言った。


「エルネ。星約守り」


 主人はぽかんとしていた。


「本当に覚えてる……」


 ユノは空を見上げた。


 夜ではなかったが、アイリシアはまだ淡く見えた。


「星の名前も戻りました」


 主人が息を呑む。


「名前のない星の?」


「はい。アイリシアです」


 ユノがその名を口にした瞬間、宿場町の空気が変わった。


 青白い星が一度、強く瞬いた。


 宿屋の主人は、震える声で繰り返した。


「アイリシア……」


 周囲にいた旅人たちも、その名を口にする。


「アイリシア」


「アイリシア」


 その声が広がるたび、東の空の不安定な青白さは薄れていった。


 もう、名前のない星を見て胸が空っぽになることはない。


 宿場町の人々は、ユノたちを囲んだ。


 何があったのか。

 どうして星の名が戻ったのか。

 東へ行っても大丈夫なのか。


 リゼは簡単に説明した。


「アイリシアの塔周辺は、まだ注意が必要です。でも、名前を持たない星の呼び声によって道の名が薄れる現象は弱まるはずです」


 ミアが記憶灯を掲げる。


「星の歌も少しだけ持って帰ってます」


 エルネは緊張しながら前へ出た。


「私はエルネです。星約守りとして、アイリシアの名と塔の記録を守ります」


 宿屋の主人は深く頭を下げた。


「ありがとう。これで東へ向かう旅人が少しは安心できる」


 エルネは慌てた。


「いえ、私はまだ何も……」


 カイが笑う。


「もうしてるだろ。星の名前、持ってきた」


 エルネは少し困ったように笑った。


 その夜、ミルドの宿場でアイリシアの名が初めて読み上げられた。


 リリアの歌も歌った。


 そして、そのあとにアイリシアの歌を短く口ずさんだ。


 旅人たちは驚きながら聞いていた。


 星の名は、声から声へ渡っていく。


 それは危険なことでもある。


 だからリゼは注意を添えた。


「アイリシアの名を、勝手に別のものへ変えないでください。星の名は、飾りではありません。本名として、丁寧に呼んでください」


 人々は真剣に頷いた。


 翌朝、ルグナへ向かう道に入った。


 もう地図の文字は薄れない。


 魚上り川の正式な名も、宿場の記録で判明した。


 サルネ川。


 ユノたちは橋の上で、その名を呼んだ。


「サルネ川」


 川の水がきらりと光る。


 仮の名、魚上り川は役目を終えた。


 でも、消えたわけではない。


 ユノは地図の余白に書き添えた。


 ――仮名、魚上り川。正式名が戻るまで道を支えた呼び名。


 リゼがそれを見て微笑んだ。


「良い記録ね」


 ユノは少し照れた。


「リゼに褒められると変な感じだな」


「失礼ね」


 ミアとカイが笑う。


 エルネも、少し遅れて笑った。


 ルグナの煙突が見えたのは、その日の夕方だった。


 ユノの胸元で、星灯炭が温かく光る。


 帰る場所。


 ルグナ。


 カイが大きく手を振った。


「見えた!」


 ミアも嬉しそうに走り出しかける。


 リゼが言う。


「転ばないで」


「子どもじゃないよ」


 そう言いながら、ミアは小石につまずきかけた。


 ユノが笑う。


 町の門には、父が立っていた。


 ガルドもいる。

 黒麦亭の女将も。

 セレノも。


 セレノは星灯坑の記録帳を抱えていた。


 ユノたちを見つけると、少しだけ表情を緩めた。


 父が言った。


「帰ったな」


 ユノは答えた。


「ただいま」


 父はユノの肩を見て、ミア、リゼ、カイ、そしてエルネを見た。


「新しい仲間か」


 ユノは頷いた。


「エルネ。星約守り」


 エルネは緊張して頭を下げた。


「エルネです。よろしくお願いします」


 黒麦亭の女将がすぐに言った。


「まず食べな」


 エルネは驚く。


「え?」


 カイが真剣に頷く。


「ルグナはそういう町」


 ミアが笑う。


「名前を守るには、ご飯から」


 エルネは少し戸惑い、それから小さく笑った。


「はい」


 星灯坑へ向かうと、町の人々が集まり始めた。


 ユノたちが東から戻ったと聞いたらしい。


 広場には名を書く壁があり、そこには新しく空白の場所が用意されていた。


 ユノはリゼを見た。


 リゼは頷いた。


「星灯坑に記録しましょう」


 星灯坑の奥へ入ると、セレノが机を整えた。


「持ち帰った名は?」


 ユノは深く息を吸った。


「アイリシア」


 星灯坑の壁が大きく震えた。


 地の星たちが一斉に光る。


 リリアの歌の光。

 ルナエルの白い光。

 十の星。

 ネリオ。

 ベルフィア。


 そこに、新しい青白い光が生まれた。


 アイリシア。


 空の星の名が、地の底に灯った。


 ミアは記憶灯を掲げ、アイリシアの歌を少しだけ鳴らした。


 エルネは約束の箱の写しを置き、アリナの名を呼んだ。


「アリナ」


 星灯坑に、もう一つ小さな光が灯った。


 アリナ。

 星と約束した少女。


 カイが言った。


「友だちだから」


 その言葉に、アイリシアの光が強く揺れた。


 セレノは丁寧に記録した。


 アイリシア。

 歌を持つ星。

 涙を取り戻した星。

 アリナと約束した星。


 アリナ。

 地上の小さな友だち。

 星約を結んだ少女。


 エルネ。

 約束を継ぐ星約守り。


 エルネはその記録を見て、涙をこぼした。


「私の名前も……」


 リゼが言った。


「もちろん。あなたは約束の続きを生きる人だから」


 町の人々が集まり、星灯坑の前で読み上げが始まった。


 ユノが最初に呼ぶ。


「アイリシア」


 町の人々が続く。


「アイリシア」


 ミアが。


「アリナ」


 人々が続く。


「アリナ」


 リゼが。


「エルネ」


 人々が続く。


「エルネ」


 エルネは涙を拭い、震える声で答えた。


「います」


 星灯坑の青白い光が、空へ向かうように伸びた。


 その夜、ルグナではリリアの歌とアイリシアの歌が続けて歌われた。


 地の名を守る歌。

 空の名を繋ぐ歌。


 二つの歌が混ざり合い、星灯坑の光を揺らした。


 父はユノの隣で静かに言った。


「星の名まで持ち帰るとはな」


 ユノは少し疲れた笑顔で答えた。


「俺も思わなかった」


「よく帰った」


「うん」


 父はユノの頭に軽く手を置いた。


「ユノ」


「いる」


「アイリシア」


 空の星が、町の上で瞬いた。


 父はそれを見上げた。


「いるな」


 ユノは頷いた。


「いる」


 星の名を持ち帰った夜。


 ルグナの地の星に、空の星がひとつ加わった。


 そしてエルネは、もう一人ではなかった。


 星約守りの約束は、星灯坑の誓いと繋がったのだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 ユノたちは、アイリシアの名をルグナへ持ち帰りました。


 星灯坑には、アイリシア、アリナ、エルネの名が新しく灯ります。


 次のページは『空と地の星灯り』です。

 星灯坑とアイリシアの塔を繋ぐ、新しい仕組み作りが始まります。

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