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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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名を暴く者

伏せられた名は、守られました。


 けれど、名を暴こうとした者たちは、まだルグナにいます。


 名前を知ること。

 名前を記録すること。

 名前を暴くこと。


 それらは似ているようで、まったく違うものです。


 このページでは、捕らえられた誓約官残党たちと向き合います。

誓約官残党たちは、星灯坑の奥ではなく、町役場の地下に置かれた。


 名前に関わる術を使う者を、星灯坑へ近づけるわけにはいかなかった。


 彼らは三人。


 黒い外套。

 鎖と筆の印。

 折れた誓約筆。


 捕らえられても、彼らの目にはまだ冷たい光が残っていた。


「我々は秩序を守っただけだ」


 一人が言った。


 セレノは、その前に立っていた。


「違う。お前たちは名を暴こうとした」


「伏せられた名など、隠された罪と同じだ」


「違う」


 セレノの声は低かった。


「伏せ名は、本人を守るためにある。王国の封名とは違う」


 男は笑った。


「裏切った者の言葉だな、黒翼騎士団長」


 セレノの顔がわずかに強張る。


 ユノは隣で拳を握った。


 けれど、セレノは逃げなかった。


「その名も、私の罪も、消えない。だが、お前たちのやったことを正当化する理由にはならない」


 リゼが記録帳を開く。


「尋問ではありません。記録します。あなたたちが何をしたのか、何を知っているのか」


 残党の一人が吐き捨てるように言った。


「記録? なら我々と同じだ。名を紙に閉じ込める」


 リゼは静かに首を振った。


「違うわ。記録は、相手の名を奪うためではなく、名が歪められないように残すためにある」


 ミアが記憶灯を持っていた。


 灯りは弱く、残党たちを焼くような光ではない。


 ただ、嘘と歪みを浮かび上がらせるための火。


 カイは扉のそばで木剣を握っている。


 エルネは伏せ糸を持ち、万が一彼らが名を暴く術を使おうとした時に備えていた。


 捕らえた三人の名前は、まだ確認していない。


 名乗らせれば記録は早い。


 けれど、無理に暴くことは、彼らがやったことと同じになる。


 だから町長は最初に告げた。


「あなた方の名は、本人の口からのみ記録します。名乗らないなら、今は役割名で記録します」


 残党たちは笑った。


「甘い町だ」


 町長は答えた。


「甘さではない。私たちの誓いだ」


 まず一人目が口を開いた。


「我々は名を正す者だ。隠された名を暴き、王国名簿へ戻す」


 セレノが言う。


「王国名簿はもう秩序ではない。多くの名を消し、歪めた」


「歪めたのではない。整えたのだ」


 その言葉に、カイが思わず一歩前に出た。


「人の名前を勝手に整えるなよ」


 男はカイを見て鼻で笑う。


「子どもには分からぬ」


 カイの目が怒りで燃えた。


「分かる。名前はその人のものだ。お前たちの紙のものじゃない」


 ミアが小さく頷いた。


 リゼは記録した。


 ――残党一。名乗らず。主張、伏せ名を王国名簿へ戻すことを秩序とする。本人の意思を考慮せず。


 二人目は黙っていた。


 三人目は、セレノをじっと見ていた。


「あなたは分かるはずだ」


 彼は言った。


「名を伏せる危険が。隠された名は反乱を生む。名簿にない者は管理できない。管理できない者は、また星喰いのような災いを呼ぶ」


 ユノは息を呑んだ。


 星喰いの名が出た瞬間、地下の空気が冷えた気がした。


 セレノは目を細める。


「星喰いの王は、名が自由だったから生まれたのではない。名を奪われ、飢え、空白に縛られたから生まれた」


 リゼも続けた。


「管理は救いではありません。名を縛れば、また別の飢えを生むだけです」


 三人目は低く笑った。


「理想論だ」


 ユノは言った。


「理想じゃない。俺たちは見た。名を奪われた人も、名を守るために白紙になった村も、名前のない星も」


 男は初めて少し黙った。


 ユノは続けた。


「名前は、暴けば戻るわけじゃない。呼ぶ準備ができてない名もある。伏せたままじゃないと生きられない名もある」


 エルネが静かに言った。


「約束も同じです。開く時を間違えれば、守るものを壊します」


 尋問は長く続いた。


 残党たちは、多くを語らなかった。


 けれど、いくつかの事実が分かった。


 彼らは旧王国の誓約官組織の残りで、灰の王都の外縁に隠れ、封名札の写しを集めていた。


 目的は、王国名簿の再建。


 消された名も、伏せられた名も、隠された名も、すべて一つの名簿に戻す。


 本人の意思は関係ない。


 危険かどうかも関係ない。


 名は管理されるべきだと、彼らは信じていた。


 リゼは記録しながら、何度も表情を硬くした。


「これは、星灯坑の理念とは正反対ね」


 セレノは頷いた。


「だが、かつての私も近かった。忘却を救いだと思い、名の扱いをこちらで決めていた」


 ミアは言った。


「でも、セレノは変わった」


「変わったからといって、過去が消えるわけではない」


「消えない。でも、今の記録は違う」


 セレノは少しだけ目を伏せた。


 残党の一人がそのやり取りを見て、冷たく言った。


「弱くなったな」


 セレノは静かに返した。


「ああ。弱くなった。だから、人の名を紙だけで扱う怖さが分かる」


 地下の外では、ルグナの人々が不安そうに待っていた。


 名を暴く術を使う者たちが町にいる。


 伏せ名を預けた人々は特に怯えていた。


 ユノたちは、残党から奪った折れた筆を星灯坑へ運んだ。


 ミアが記憶灯を近づけると、筆から黒い文字の残滓が立ち上る。


 そこには、たくさんの名の欠片が絡んでいた。


 暴こうとして、途中で傷つけた名。


 引きずり出されかけた名。


 ユノは胸が痛くなった。


「これ、どうする?」


 リゼは険しい顔で言った。


「壊すだけでは危険ね。絡んだ名の欠片をほどいてからでないと」


 カイが言った。


「ユノの剣で斬る?」


 ユノは首を振った。


「たぶん、斬るだけじゃ駄目だ」


 エルネが伏せ糸を見つめる。


「暴く術で傷ついた名には、伏せ直す時間が必要です。待ち灯りも」


 セレノが折れた筆を見て、静かに言った。


「私にやらせてほしい」


 全員が彼を見る。


 セレノは続けた。


「誓約筆の仕組みを知っている。暴く術のほどき方も、少しは分かる」


 リゼが心配そうに言う。


「あなたには負担が大きいわ」


「それでも、私がやるべきだ」


 ユノはセレノの顔を見た。


 逃げようとしていない。


 背負いすぎようともしている。


「一人でじゃない」


 ユノが言うと、セレノは少し驚いた。


「俺たちも一緒にやる。セレノが方法を教える。ミアが照らす。リゼが記録する。エルネが伏せる。カイが呼ぶ。俺が必要な糸だけ斬る」


 カイが頷く。


「そうだ。一人でやるのは禁止」


 ミアも。


「ルグナの決まり」


 リゼは静かに微笑んだ。


「そうね」


 セレノは長く黙り、それから小さく頷いた。


「分かった」


 折れた筆の処理は、星灯坑の奥で行われた。


 待ち灯りをいくつも置き、伏せ糸で周囲を囲む。


 ミアの記憶灯が、筆に絡んだ名の欠片を照らす。


 声にならない声が漏れた。


 ――出さないで。

 ――隠して。

 ――呼ばないで。

 ――忘れないで。


 矛盾した声が重なる。


 名を暴かれかけた者たちの恐怖。


 セレノは顔を青くしながらも、筆を握った。


「これは、暴くための筆ではない」


 彼は自分に言い聞かせるように言った。


「ほどくための筆だ」


 リゼが魔法陣を描く。


 エルネが伏せ糸を一本ずつ整える。


 ミアが灯りを安定させる。


 カイが低く名前確認の歌を歌う。


 ――ユノはいる。

 ――ミアはいる。

 ――カイはいる。

 ――リゼはいる。

 ――エルネはいる。

 ――セレノはいる。

 ――呼べない名も、ここにいる。


 ユノは星灯りの剣を細く出した。


 黒い糸と白い糸が絡み合っている。


 黒い糸は、暴く術。


 白い糸は、名が自分を守ろうとした糸。


 黒だけを斬る。


 白は残す。


 難しい作業だった。


 ユノの手が震える。


 セレノが低く言った。


「焦るな。暴く術は急がせる。急いだ時に名を傷つける」


 ユノは息を整えた。


「分かった」


 一本目を斬る。


 黒い文字が弾け、待ち灯りに吸い込まれる。


 二本目。


 三本目。


 名の欠片が少しずつ自由になる。


 だが、自由になった名は外へ出ようとはしなかった。


 むしろ、伏せ糸の中で静かに休もうとしている。


 エルネが言った。


「今は、伏せて休みたいんです」


 リゼが記録する。


 ――暴かれかけた名の欠片。即時開示を望まず。伏せ保護。


 セレノは筆を使い、名の欠片を小さな白い封筒へ導いた。


 それぞれの封筒に、名前は書かない。


 ただ、待ち灯りを添える。


 ミアが涙ぐんだ。


「こんなにたくさん……」


 カイは怒りをこらえるように木剣を握っていた。


「名前を助けるふりして、傷つけてたんだ」


 ユノは頷いた。


「うん」


 作業が終わる頃には、夜が明けかけていた。


 折れた誓約筆は、ただの黒い木片になっていた。


 もう名を暴く力はない。


 代わりに、星灯坑の待ち灯りの棚には、いくつもの白い封筒が増えた。


 暴かれかけた名。


 今は伏せて休む名。


 セレノはその前に深く頭を下げた。


「すまなかった」


 それは、彼が直接暴いた名ではない。


 けれど、同じ仕組みの中にいた者としての謝罪だった。


 返事はない。


 でも、待ち灯りが静かに揺れた。


 朝、町長はルグナの人々へ説明した。


「名を暴く術を使った者たちは、町の外へ逃がしません。彼らが持つ知識は危険ですが、同時に、傷ついた名をほどくためにも必要な部分があります」


 黒麦亭の女将が厳しい声で言う。


「許すってことかい?」


 町長は首を振った。


「違います。監視し、記録し、二度と名を暴かせない。その上で、彼らが知る封名札の情報は、本人の意思を守りながら扱います」


 セレノが前へ出た。


「私が責任を持って監督します」


 広場に緊張が走る。


 セレノは続けた。


「私は、同じ過ちを知っています。だから見張ります。彼らがまた名を暴こうとするなら、最初に止めるのは私です」


 リゼも隣に立った。


「一人にはさせません。星灯坑全体で監督します」


 ユノも頷いた。


 名を暴く者たちと向き合うことは、簡単ではない。


 怒りもある。


 恐怖もある。


 でも、彼らが持つ情報の中には、まだ戻らない名の手がかりがある。


 だからこそ、慎重に。


 飲み込まれずに。


 支配されずに。


 記録する必要がある。


 その夜、星灯坑では新しい誓いが追加された。


 ――名を知ることは、名を所有することではない。

 ――名を記録することは、名を支配することではない。

 ――伏せられた名を、暴かない。

 ――助けるためであっても、本人の意思を忘れない。

 ――名を守る者は、名を知る力を恐れ続ける。


 ユノはその最後の一文を長く見つめた。


 名を知る力を恐れ続ける。


 それは大切だと思った。


 自分は星灯りの剣で名をほどける。


 リゼは星図で名を読める。


 ミアは記憶灯で名を照らせる。


 セレノは記録できる。


 エルネは伏せ名を守れる。


 カイは声を呼び戻せる。


 力がある。


 だからこそ、怖がらなければならない。


 名を暴く者にならないために。


 ユノは星灯坑の待ち灯りを見つめた。


 開かない封筒。

 伏せられた名。

 暴かれかけた名。

 まだ戻らない名。


 そのすべてが、静かに灯っている。


 名前を守ることは、名前を知り尽くすことではない。


 知らないまま守る勇気。


 開かないまま待つ誠実さ。


 そして、知る力を持つ自分たち自身を疑い続けること。


 ユノは小さく息を吐き、封筒の前にもう一つ待ち灯りを置いた。


「暴かない」


 その言葉に、灯りが静かに揺れた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 名を暴く者たちは、名前を知る力の危うさを突きつけました。


 知ることと、暴くことは違う。

 記録することと、支配することも違う。


 次のページは『折れた誓約筆』です。

 名を暴くために使われた筆を、名を守る道具へ変えられるのかが問われます。

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