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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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ミナルセラの声

白紙の野に、村の名が戻りました。


 ミナルセラ。


 帰る名を守る水の村。


 けれど、村の名が戻っただけでは終わりません。

 そこに生きていた人々の声も、呼び合う名前も、まだ白紙の奥に沈んでいます。


 このページでは、ミナルセラの声が少しずつ蘇ります。

ミナルセラ。


 その名が戻ったあと、白紙の野には初めて朝のような色が差した。


 空はまだ薄い。

 草も、家々の跡も、完全な色を取り戻したわけではない。


 それでも、昨日までとは違った。


 白いだけだった大地に、淡い緑がある。

 石畳に灰色の影がある。

 井戸の水には銀色の光がある。


 そして、風の中に声があった。


 小さな声。


 まだはっきりしない。

 けれど、確かに誰かが誰かを呼ぼうとしている。


「……ラナ」


「……トウ」


「……エリ」


「……サナ」


 ユノはミナルセラの中央広場に立ち、その声を聞いていた。


 十二本の柱は、昨夜より少し濃くなっている。


 石盤の中央には、ミナの水が薄く残っていた。


 そこに空が映り、遠いアイリシアの青白い光がかすかに揺れている。


 ミアは記憶灯を抱え、耳を澄ませていた。


「声、増えてるね」


 カイが頷く。


「昨日より聞こえる」


 リゼは記録帳を開く。


「村の名が戻ったことで、村人たちの呼称記憶が浮上し始めたのね。でも、まだ不安定だわ」


 エルネは青白い糸を指先に巻きながら、柱の間をゆっくり歩いた。


「呼び合う輪を、もう一度作る必要があるのかもしれません」


 ユノは頷いた。


「十二本の柱全部に、声を戻す?」


「おそらく」


 リゼは柱を見上げた。


「この柱は、村人たちの呼び合う輪を支えるもの。十二の声が揃えば、ミナルセラはさらに安定するはず」


 カイが腕を組む。


「でも、今いるの五人だぞ」


 ミアが言った。


「ミナもいる」


 井戸の方から、柔らかな水音が聞こえた。


 ミナの声が届く。


 ――私は、中心の水。

 ――輪の声にはなれない。

 ――でも、映すことはできる。


 ユノは井戸へ向かって頷いた。


「じゃあ、村人たち自身の声を映してもらう」


 ミナの水が石盤へ流れ込み、十二本の柱へ細い線を伸ばした。


 柱の一つが光る。


 そこに、子どもの影が現れた。


 昨日も見た、井戸の周りで遊んでいた子どもの一人だ。


 まだ顔は薄い。


 けれど、口元が動いている。


「……ラ……ナ」


 リゼがすぐに記録する。


「ラナ」


 ユノが呼んだ。


「ラナ」


 ミアも。


「ラナ」


 カイも。


「ラナ」


 エルネも。


「ラナ」


 子どもの影が震えた。


 顔に目が戻る。


 小さな少女だった。


 彼女は驚いたように自分の手を見る。


「ラナ……わたし、ラナ?」


 ユノは優しく答えた。


「たぶん。嫌じゃない?」


 ラナは少し考え、それから大きく頷いた。


「うん。ラナ」


 その瞬間、柱に小さな花の模様が浮かんだ。


 ラナの声が戻った。


 彼女は周囲を見回し、誰かを探すように叫んだ。


「トウ!」


 隣の柱が光る。


 少年の影が現れた。


「……トウ?」


 ラナが駆け寄ろうとするが、まだ影の身体は柱から離れられない。


 ユノたちはすぐに呼んだ。


「トウ」


 ミア。


「トウ」


 カイ。


「トウ」


 リゼ。


「トウ」


 エルネ。


「トウ」


 少年の顔が戻る。


 トウはラナを見ると、泣きそうな顔で笑った。


「ラナ」


「トウ!」


 二人の声が重なった瞬間、二本の柱の間に光の線が繋がった。


 リゼが息を呑む。


「呼び合う線……」


 エルネが微笑む。


「名前は、一人で戻るより、呼び返された時に安定するんですね」


 カイが少し照れたように言う。


「俺たちがいつもやってるやつだ」


 ユノは頷いた。


「いる、って返すこと」


 次々に柱が光り始めた。


 エリ。

 サナ。

 ミロ。

 ハル。

 ノノ。

 リウ。

 タセ。

 オルマ。

 シイ。

 ナギ。


 十二の柱に、それぞれ人の影が戻っていく。


 大人もいる。

 子どももいる。

 老人もいる。


 彼らは最初、自分の名を思い出せずに震えていた。


 けれど、誰かに呼ばれると、顔が戻った。


 そして、自分も誰かを呼ぶ。


 呼び合うたび、光の線が増える。


 十二本の柱の間に、名前の輪ができていく。


 ミナルセラの声。


 それは、一人の大きな声ではなかった。


 小さな呼び声がいくつも重なり、村全体の声になっていた。


 ラナがトウを呼ぶ。

 トウがミロを呼ぶ。

 ミロがハルを呼ぶ。

 ハルがサナを呼ぶ。

 サナがエリを呼ぶ。

 エリがナギを呼ぶ。


 声は輪になり、石盤を満たしていく。


 ミナの水が銀色に光った。


 ――思い出している。

 ――呼び合うことを。


 ユノは胸が熱くなった。


 白紙になった村は、名前を隠した結果、互いを呼ぶことを失った。


 でも今、戻っている。


 記録だけではなく、声として。


 昼過ぎまで、ユノたちは柱のそばで名前を呼び続けた。


 声はかすれ、喉は痛くなった。


 それでも誰もやめようとは言わなかった。


 カイは途中で水を飲み、またすぐに叫んだ。


「ラナ!」


 ラナが笑って答える。


「いる!」


 カイは満足そうに頷く。


「いい返事!」


 ミアは記憶灯で一人ひとりの声の響きを照らした。


 リゼは名簿を作った。


 エルネはアイリシアへ、ミナルセラの声が戻り始めたことを伝えた。


 空から、アイリシアの声が返る。


 ――聞こえる。

 ――空にも、ミナルセラの声が届き始めた。


 その言葉を聞いた時、十二本の柱すべてが青白く光った。


 地に戻った声が、空にも届く。


 ミナルセラは、白紙の野の中だけで閉じた名ではなくなっていく。


 リゼが言った。


「外へ開き始めたのね」


 ミナの声が井戸から届く。


 ――怖い。

 ――でも、必要。


 ユノは井戸へ向かって言った。


「外へ出しても、奪わせない。星灯坑にも記録する。ルグナでも呼ぶ」


 ミナは静かに答えた。


 ――呼び合うなら、名は閉じなくていい。


 夕方、村人たちの影は少しずつ広場から家々の跡へ広がっていった。


 ラナとトウは井戸のそばへ走り、ミロは石畳を撫で、サナは消えかけた家の入口に立った。


 彼らはまだ完全に戻ったわけではない。


 生き返ったわけでもない。


 けれど、記憶として、声として、村に戻ってきた。


 ミナルセラは、廃村ですらなかった。


 白紙の奥に沈んだ記憶の村。


 そこに、声が戻り始めている。


 ユノたちは広場の中央で、戻った十二の名を読み上げた。


 ラナ。

 トウ。

 エリ。

 サナ。

 ミロ。

 ハル。

 ノノ。

 リウ。

 タセ。

 オルマ。

 シイ。

 ナギ。


 一つずつ。


 丁寧に。


 村人たちも互いに呼び合う。


 声が輪になる。


 ミナルセラの名が、何度も広場に響く。


 夜になると、十二本の柱は星のように光った。


 カイがそれを見上げて言った。


「星灯坑みたいだな」


 リゼが頷く。


「ここはミナルセラの星灯坑なのかもしれない。地の底ではなく、村の中心にある呼び合う柱」


 ミアが記憶灯をそっと置く。


「ここにも灯りが必要だね」


 エルネが言う。


「アイリシアの塔とも繋げられるでしょうか」


 リゼは少し考えた。


「すぐには無理。でも、星灯坑へミナルセラの名を預ければ、間接的に繋がるはず」


 ユノは頷いた。


「ルグナへ持ち帰ろう。ミナルセラの名と、十二の声を」


 ミナの水が井戸から静かに湧き上がる。


 五つの小瓶に、新しい光が宿った。


 ミナルセラの声。


 それぞれの小瓶に、十二の名が小さく揺れている。


 ミナが言った。


 ――持っていきなさい。

 ――でも、全部ではなく、声の種を。

 ――村はここに残る。

 ――声は、外へ繋がる。


 ユノは小瓶を受け取った。


「分かった」


 ミアも。


「声の種……綺麗」


 カイが小瓶を覗き込む。


「これをルグナで呼べば、もっと安定する?」


 リゼが頷く。


「ええ。ミナルセラが外からも呼ばれれば、白紙に戻りにくくなる」


 エルネはミナへ向かって言った。


「怖くありませんか? 外へ名を出すこと」


 ミナは少し沈黙した。


 井戸の水が揺れる。


 ――怖い。

 ――でも、閉じたままでは、また忘れる。

 ――今度は、呼び合うために開く。


 その言葉に、ユノは深く頷いた。


 名前を守ることは、閉じ込めることではない。


 呼び合えるように支えること。


 ミナルセラが教えてくれたことだった。


 その夜、ユノたちはミナルセラで眠った。


 白紙の野の夜は、もう完全な白ではなかった。


 星は薄く見えた。


 アイリシアも、雲の向こうでかすかに光っている。


 村人たちの声は、夜風に混ざっていた。


「ラナ」


「いる」


「トウ」


「いる」


「サナ」


「いる」


 その声を聞きながら、ユノは目を閉じた。


 ルグナでも、同じように自分たちは呼び合ってきた。


 ユノ。


 いる。


 ミア。


 いるよ。


 カイ。


 いる。


 リゼ。


 いるわ。


 エルネ。


 います。


 それは当たり前ではなかった。


 呼ぶ人がいること。


 返事を聞く人がいること。


 それだけで、名前は世界に留まれる。


 翌朝、ミナルセラの広場で出発の準備をした。


 ミナは井戸のそばに立っていた。


 昨日よりはっきりした姿になっている。


 白い髪。

 穏やかな目。

 水のように透ける衣。


 彼女はユノたちを見て言った。


「ミナルセラの名を、外へお願いします」


 ユノは頷いた。


「必ず」


 ミアも。


「ルグナで呼ぶね」


 カイも。


「子どもたちにも教える」


 リゼも。


「正式に記録するわ。白紙になった理由も、隠さず」


 エルネも。


「アイリシアにも伝え続けます」


 ミナは静かに微笑んだ。


「ありがとう」


 ラナとトウの影が手を振る。


 ほかの村人たちも、広場や家の跡から見送っている。


 ユノたちはミナルセラの名をもう一度呼んだ。


「ミナルセラ」


 村全体が応えた。


 風の音。

 水の音。

 十二の柱の光。

 村人たちの声。


 それらが重なって、一つの返事になった。


 ――いる。


 ミナルセラの声は、白紙の野に確かに響いた。


 帰り道、白紙の野は来た時よりずっと歩きやすかった。


 ミナの道は、もう消えない。


 たぶんの道も、少し笑える名前として地図に残っている。


 呼べない井戸は、ミナの井戸になった。


 白紙の野は、少しずつ白紙ではなくなっていた。


 ユノは小瓶を胸にしまい、ルグナの方角を見た。


 持ち帰る名が増えた。


 ミナルセラ。

 ミナ。

 ラナ。

 トウ。

 十二の声。


 百番目の透明な星が示した先で、彼らは新しい声を見つけた。


 次は、その声を星灯坑へ届ける番だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 ミナルセラの名が戻ったことで、村人たちの呼び合う声も蘇り始めました。


 ラナ、トウ、エリ、サナ……。

 十二の柱に、十二の声が灯ります。


 次のページは『声の種を抱いて』です。

 ユノたちはミナルセラの声を小瓶に預かり、ルグナへ持ち帰ります。

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