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時速60kmのアキレス  作者: 朔良 海雪


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13/30

残り7メートル

「は──!?」


 まるで映像が強制終了させられたように、一瞬にして桐馬の目の前がブラックアウトした。


 ──一体何が起きた?


 意味がわからない。美玖との関係はあと少し、少なくとも卒業までは続いていたはずだ。こんなところで記憶が途切れるとは思っていなかった桐馬は、拍子抜けしたまま現実に戻ってくることとなった。


「ふわぁ……あ。おかえり桐馬」


 悪魔が退屈そうにあくびをしていた。


「だいぶいい顔をしているね。どんな記憶を思い出したのかな。決定的な手がかりでも見つけたのかい?」


「いや……」


 桐馬の目が泳ぐ。美玖との会話の中にヒントらしきものは確かにあった。サンタのそりが飛ぶ原理の話で出てきた反重力装置とかいう現実離れしたアイテムの話は役に立たないとしても、エレベーターが落ちるときの体勢については手がかりになるかもしれない。エレベーターには衝撃分散するための床があるために五体投地が正解となるようだが、今の桐馬には己の身体以外に頼れるものがない。ならばせめて脚からの着地を目指すべきだろう。骨折や関節の破壊は免れないとしても、命に関わる頭部へのダメージを最大限減らすことはできる。


 そのためには、空中で身体をひねる必要があった。このまま落下すれば頭からの着地になる。そうなれば間違いなく命はない。それだけは確実に避けなければ。


 とはいえ、あのような記憶の途切れ方をされては、そちらに気を取られるのも仕方のないことだった。美玖は無事に志望校に合格したのか、いじめに屈したりしなかったのか、桐馬との関係はどうしてあんなぶつ切りになっているのか。思い出そうとしても、雛森美玖で検索できる記憶はあれで全てのようで、脳内検索にはなにも引っかかることはない。

 あの先を、真実を見たいという欲求が、尽きることなく湧いてくる。


「知りたいかい?」


「っ」


 桐馬の思考を読んだ悪魔が尋ねてくる。


「残念ながら、雛森美玖のその後については分からない、君が知らないことは走馬灯で知りようがない。だが、彼女と付き合っている裏で何が起きていたのか知りたいのなら、ぴったりの記憶がある。生き残るための手立てに繋がる可能性は低いが、君が望めばその記憶にアクセスすることができるだろう。なにせ走馬灯は君のもの、何を見るのも思い通りだ」


 文字通りの悪魔の囁きに聞こえた。桐馬が今求めるべきは現状を打開しうる手段の構築であり、自分のわだかまりを解消するために時間を使うべきではない。桐馬の身体は落下を続け、その距離は校舎の高さの半分に達しようかというところだ。


 だが──もし、このまま死ぬのだとしたら?


 体勢を変えるにしても、空中ではそれを実現するための支点がない。突然背後から突き落された桐馬には、少しでもマシな体勢をとるために準備をする時間がなかった。加速した脳の思考が世界をスローモーションに見せようとも、時間が巻き戻ることは決してない。どれだけ記憶を探っても死を避けられないことが決まっているのなら、せめて最期に自分の心を納得させるために、この時間を使うべきではないのか?


 ふと、自分の髪に目が行く。ブリーチで色を抜いただけのクリーム色に近い金髪で、男の中ではかなりの長髪と言われる部類だ。落下の風圧に煽られ、頭の周りに生き物のようにまとわりついている。前髪も例外ではない。


 それなのに本を読むときに髪が邪魔にならなかったのは、桐馬の前髪がカチューシャに持ち上げられていたからだ。


 あのプリクラを撮った時のことを、桐馬は覚えていたのだ。前髪を上げているのが似合う。そんな美玖の何気ない言葉を真に受けて、今でもこうして男性用のカチューシャを付けている。


 記憶を見るまでは確かに覚えていなかった。カチューシャどころか、美玖のことすら。


 桐馬の心は激しく揺さぶられていた。経験したことがないほど大きな逡巡に、露わになった額がちくちくと痛み始める。


 迷い続ける桐馬の目に、決定的なものが映った。

 中学の頃から使い古した財布だった。そのサイドポケットには、記憶の中で撮ったプリクラがちらりと見えている。あの時からずっと、美玖との思い出はすぐそこにあったのだ。


「──おい、悪魔」


「なにかな」


 心が読めるのなら、今桐馬が考えていることも分かっているはずだ。にも関わらず、悪魔はわざわざ聞き返してくる。悪魔らしい意地の悪さだ。

 だが、もう決めたのだ。このまま死ねば地縛霊にでもなってしまいそうなほどに、桐馬は美玖に対する未練を感じている。


「……知っているなら教えろ。美玖との記憶がぶつ切れになっている理由──その記憶を呼び起こすためのキーワードを」


「君ならばそっちを選ぶと思っていたよ」


 悪魔は声を躍らせる。


 後悔はない。どうせここまで、生き残りに直結するような術は見つかっていないのだ。このまま死ぬことになるのなら、思い残すことはない方がいい。気持ちに整理をつけるのに時間を使うのもいいだろう。


「君が思い出すべき記憶に繋がる言葉。それは──だ」


 覚悟を決めた桐馬に、悪魔はある人物の名前を告げた。


「……っ!?」


 その瞬間、今までにない引力を持つ渦が生成された。


 悪魔が告げた一人の名前。その真意も聞けぬまま、桐馬は渦巻く景色の中に落ちていった。

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