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心配だからマッサージする

 9月下旬の夜。八神家のリビング。


 あやめはマッサージ機を手に、恭に話しかけた。


「マッサージ機を買った。リビングに置いとくから痛いところがあったら、お前も使っていいぞ」


 姉の勧めに、弟は不可解そうに尋ねる。


「マッサージ機を買ったって……お前、全く運動しないのに、どっか痛いの?」

「全く運動しないから痛いんだろが。自慢じゃないが、私は中学から肩こりと背中の張りを抱えてんだぞ。まぁ、過酷な執筆業の代償ってヤツよ」


 ドヤ顔で言うあやめに、恭はジト目でツッコむ。


「ただの運動不足だろ。機械に頼るよりストレッチでもしたら?」

「お姉ちゃん、創作のインプットとアウトプットで忙しいし、ストレッチとかまどろっこしいのやだ。この文明の利器であっと言う間に治してやんよ」


 そう豪語していたあやめだが、2週間後。


 リビングに放置されたマッサージ機を見た弟は、姉の部屋を訪ねて確認する。


「けっきょく例のマッサージ機、ほとんど使ってなくないか?」

「だってマッサージ機を使うと片手が塞がるから、スマホもパソコンもできなくなるし。テレビを見ながらやればいいかと思ったけど、割と音がうるさくて、意外と使うタイミングが無いんだよ」


 いい道具を買っても、使わなければ効果は無い。


 ずぼらなあやめに、恭は白い目で言う。


「本当にダメ人間だな。もう肩とか背中とか痛くねぇの?」

「いやもうバッキバキ。聞いて、この音。ヤバいから」


 あやめは肩を回してバキバキと鳴らした。


 肩こりを自慢する姉に、弟は嫌そうに顔をしかめる。


「嬉しそうに聞かせんな。つーか、そんなバキバキなら、かなり痛いんじゃないの?」

「まぁ、今にはじまったことじゃないし。本当にヤバくなったら病院に行くし」


 恭が来たので中断したが、本当はすぐにも執筆を再開したかった。


 すでに目がパソコンに向いている姉に、弟は厳しい顔で注意する。


「そうやって後回しにしてたら悪化して、いざ治そうとしても回復が遅くなるぞ。横着しないで、まめにストレッチしろよ」

「うるせぇ、ストレッチマン! 文系に体育会系のノリを求めんな!」


 しつこく作業を邪魔されて、あやめはくわっとキレた。


 しかし威嚇しても恭は帰らず、


「わ~!? 何すんだ!?」


 と叫ぶあやめを無理やり椅子から立たせると、床に敷かれたラグの上に座らせた。


「いいから少しは体を伸ばせ」


 恭はそう言いながら、あやめの首を横に傾ける。


「痛たたたた!? ダメだって! 首が折れる!」


「折れるほど曲げてねぇよ。ストレッチは痛気持ちいいくらいでちょうどいいの」

「痛気持ちいい? これ、気持ちいい? ……あっ、でも確かに気持ちいいか?」

「お前は動かなくていいから、大人しくやらせろ。終わったらスッキリするから」


 弟の親切に対し、あやめはまたろくでもないことを閃いてしまう。


「へへっ、なんか今の台詞エロいな……ってアーッ!? これはただの暴力!」


 恭に押されるがままストレッチを続けた結果。


「おお、なんか楽になったかも?」


 言いながら肩を回すあやめに、恭は「ほら」と続ける。


「機械なんかに頼るより伸ばしたほうが楽になるだろ?」


 ストレッチの効果には納得したが、姉はへらっと断る。


「でも自分ではやんない。お前がやって」

「やだよ。マイチューブにストレッチ動画があるから、そういうの見て自分でやれ」

「う~ん。まぁ、やれたらやる」


 あやめは適当に返事すると机に戻った。


(絶対にやんねぇな、コイツ)


 そう思った恭は後日。


「恭~。なんの本を読んでんの?」


 休み時間の教室。前の席から後ろを振り向いて尋ねる槇に、恭は真剣に読書しながら端的に答える。


「整体」

「整体? 恭、整体師でも目指してるのか?」


 意外そうに問う槇に、恭は「そうじゃなくて……」と訂正する。


「部活で体使うし、自分でケアする方法を学んでみようかなって」

「真面目だな~」


 頬杖を突いて見守る槇に、恭はふと立ち上がって頼む。


「読んでるだけじゃ分からん。ちょっとやらせてくれ」

「いいけど、セルフケアと他人にするんじゃ違くね? って、アーッ!? 痛いって恭! ダメダメダメ! 壊れちゃう~!」


 体の予期せぬ部分に力を入れられた槇は痛みに悶絶した。


 友人の反応に、恭は残念そうに手を引っ込める。


「マッサージは一時しのぎにしかならないらしいから、整体にしたかったんだけど、やっぱ痛いみたいだな」

「つーか、素人が整体をするのは危ないんじゃね? 整体は専門家に任せて、普段のケアはマッサージかストレッチくらいにしときなさいよ」


 槇の助言に、恭は「じゃあ、そうする」と素直に頷きつつも、


「練習したいから今度また揉ませてくれ」


 と頼んで「自分を揉めよう」と気のいい友人を困らせた。

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