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続・ジャージ

 休日、八神家のリビング。


 ソファーにだらしなく背を預けてテレビを見る姉に、珍しく弟から話しかける。


「……今気になったんだけど」

「うん?」

「お前、俺のジャージを着る時、体操着の下に何を穿()いてる?」

「冬以外は普通に短パンだけど、なんで?」


 キョトンと問い返すあやめに、恭はやや言いづらそうに答える。


「……お前の体格で俺のジャージを着たら、下穿いてないみたいにならないか?」


 予想外の指摘に、あやめは一瞬ポカンとした。しかし、すぐにニヤッとして言う。


「やだ、恭君のエッチ。お姉ちゃんのそんな姿を想像したのか?」


 姉のからかいに、弟はムッとして返す。


「うるせぇ。お前が外で痴女みたいな恰好してねぇか心配したんだろうが」

「マジレスすると、お前のジャージしか着てないように見える恰好、人前でするはずないぞ。お前のジャージを着る時は、前を全開にしてるから平気」

「そんな常識があるなら家でも配慮しろよ。俺のTシャツしか着てないように見える格好で家をうろつくな」


 恭は180センチの筋肉質で、あやめは148センチのやせ型。そんな姉が弟の服を着るとワンピースのようになる。


 今も恭の黒い長袖Tシャツを勝手に借りてダボダボにして着ていた。


 ただ外からは見えないだけで、下にはちゃんと短パンを穿いているし、恭もそれを分かっている。


 『じゃあ、問題ないだろ』と、あやめとしては思う。


「仕方ないじゃん。家で借りるのは大体お前のTシャツかパーカーなんだから。ジャージみたいに前を開けられないし」

「そもそも俺の服を勝手に着んなよ。家には学校と違って、見せつけたい相手なんて居ないだろ」


 恭の苦情に、あやめはくわっと八重歯を見せて叫ぶ。


「やだ! ブカブカの服楽だし、彼氏持ちの気分を味わいたい!」

「自分でデカい服を買え」

「いくらリア充気分を味わいたいからって、自分で男物の服を買うのは、あまりに虚しいだろ」

「弟の服で彼氏持ちの気分に浸るのも、だいぶ虚しいぞ」


 口論の末、あやめは「ちぇっ」と舌打ちして仕方なく降参する。


「分かったよ。もうお前の服なんか着ねぇよ~だ」

「最初からそうしろ」


 そんな経緯で、あやめは恭の服を借りなくなった。


 それから1週間、あやめは普通に自分の部屋着を着ていた。


 もともと恭の服を借りるのは週に1、2回で、自分用の面白Tシャツやパーカーも持っている。これらはあやめがネットで見つけて集めたお気に入りだった。


 変な格好ではあるが、あやめが約束どおり自分の服を着なくなって、恭は安心した。


 ところが再び。休日の八神家のリビングで、恭はあることに気付く。


「何そのシャツ。自分で買ったの?」


 今日のあやめは久しぶりにオーバーサイズの服を着ていた。それは見覚えのない男物のボタンシャツ。


 わざわざ買ったのかと呆れる弟に、姉はソファに寝そべりポテチを摘まみながら答える。


「んにゃ。これは、ほーちゃんのお兄さんの服」

「……は? 誰だよ、ほーちゃんのお兄さんって?」


 ほーちゃんとは、あやめの親友の秋津ほのかだ。


 しかし恭がピンと来ないようなので、あやめは説明を続ける。


「ほーちゃんは分かるだろ? うちにたまに来るお姉ちゃんの友だち。この間のことを話したら『うちのお兄ちゃんので良ければ』って、このシャツをくれたんだ」


 別にわざわざ報告するほどでもない出来事。それなのに何故か恭はピシッと空気を凍らせる。


「……じゃあ、何? お前は今どこの誰かも分からねぇ男の服を着てんの?」


 咎めるような物言いに、あやめはややたじろいで返す。


「どこの誰かは分かってるだろ。ほーちゃんのお兄さんだって」


 そこでやめておけば良かったのに、あやめは急に閃いてしまう。


「ちなみに、ほーちゃんのお兄さんは帝大医学部に現役合格したエリートなんだ。しかもほーちゃんの家は金持ちだから、これもどっかのブランドだって。へっへっへ。お前の服よりランクアップしちまったぜ」


 俺の服を着るなと言われたことを根に持っていたので、軽く当てつけた。


 姉の挑発に、弟は奇妙に制止すると、低い声で命じる。


「……脱げ」

「は? なんで?」

「いいから脱げ!」

「ギャー!? いきなりなんなんだよー!?」


 1分後。


「コイツ、信じらんねぇ……。本当にお姉ちゃんの服を剥ぎやがった……」


 恭にボタンシャツを剥ぎ取られたあやめは、ブルブルと震えながら自分を抱き絞めた。


「別にいいだろ。中に着てるし」

「カップ付きインナーは私の中で下着扱いだぞ。あーあ。お姉ちゃん、弟に乱暴されて、お嫁に行けなくなった~」


 言うほど恥じてないので、あやめはキャミソール姿でゴロンとソファに転がった。


 脱がせた恭のほうが目のやり場に困りながら、憎まれ口を返す。


「どうせ行くあてねぇだろ。彼氏でもない男の服を平気で着るような女」

「別にいいじゃん。彼氏でもない男の服でも。一度も着てないヤツなら新品と変わらんし」

「……は?」

「ん?」


 首を傾げるあやめに、恭はボタンシャツを見せながら尋ねる。


「……これソイツが着てた服じゃないの?」

「いくらほーちゃんのお兄さんでも、他人のお古なんて好き好んでもらわないぞ。それはほーちゃんのお母さんが買ったけど、気に入らなかったのかタンスの肥やしになってた服だって。一度も着てないなら新品と変わらないし、タダだしいいかなって」


 弟は勘違いで、姉の服を無理やり脱がせてしまったと気付いた。


 無言で固まる恭に、あやめは「で?」と不可解そうに問う。


「なんでお前は、いきなりお姉ちゃんの服を剥いだんだ?」


 弟は姉から顔を逸らしてボソボソと言い訳する。


「……この服いいなって。欲しくなった」


 まさかの発言に、あやめは「嘘だろ」と瞠目して呟く。


「いくらブランド物のシャツだからって、問答無用で奪い取るとか追い剥ぎじゃん……」


 追い剥ぎはともかく、他人の衣服を剥ぎ取ってまで奪うのは相当な異常者である。


 恭は弁解するか迷った挙句。


「とにかく、この服は俺がもらう」


 強引にシャツを回収して話を終わらせようとしたが、そうはあやめが許さない。


「何がとにかくなんだ!? それはお姉ちゃんがもらった服だぞ!」

「いいだろ、別に! お前だって、さんざん俺の服を着てたんだから!」

「やだー! お前が拒否したせいで、お姉ちゃん、もうちょうどいいダボダボ服ないー!」


 ボタンシャツを引っ張って抵抗する姉に、弟はヤケクソで叫ぶ。


「じゃあ、今までどおり俺の服を着ればいいだろ!」

「えっ、いいの? あんなに嫌がってたのに?」


 恭に許可されたあやめはボタンシャツからあっさり手を放した。本当は弟の服を着るのがいちばん好きなので、貸してもらえるならよそのお兄さんの服に未練は無い。


「その代わり、もうよその人に物乞いみたいな真似すんな」

「姉から剥ぎ取ってまでシャツを奪ったヤツに言われたくねぇ……」


 そんな流れで、ほのかの兄のボタンシャツは恭のものになった。


 しかし2週間後。恭の様子を見たあやめは、あることに気付く。


「お前、結局あのシャツ着てなくない?」

「あのシャツって?」

「私から奪ってまで欲したブランドもののボタンシャツ」


 姉の指摘に、弟は気まずそうに目を逸らしながら答える。


「……あれは破けたから捨てた」

「え~!? なんだよ、破けたって!? 私から奪ってまで手に入れたシャツなんだから大事にしろよ!」

「仕方ないだろ。意外と脆かったんだよ」


 新品のシャツが破けるなんて早々ない。


 あやめは詳しい事情を知りたがったが、恭は説明を拒んで自室に逃げた。


 その夜。あやめはほのかに、こんな電話をかけた。


「というわけで、ほーちゃんにもらったシャツは、弟のせいで即行オシャカになってしまった。せっかくもらったのに粗末にしてゴメンね」


 余りものとは言え、ものの数日で捨てられては気を悪くするだろう。


 しかしあやめの想像とは裏腹に、ほのかはむしろ興奮気味に返す。


『ううん、気にしないで! むしろあのシャツがきっかけで、恭君の嫉妬爆発イベントが起きたなら、私的には感謝しかないから!』

「爆発したのは嫉妬じゃなくて物欲だぞ。ほーちゃんは、この惨事のどこにラブコメを見出したんだ?」


 呆れるあやめに、ほのかはうっとりと自分の見解を語る。


『きっと恭君、新品だと聞いて安心したけど、それはそれとして自分以外の男の服を、あやちゃんが着るのは嫌だったんだろうなって。だから取りあえず奪ったけど、自分が着るのも嫌だからすぐに捨てたんだろうなって』


 そして最後に、こう締めくくる。


『世間的には人気のない姉に、複雑な感情と執着を向けるハイスぺイケメンの弟って、いいよね……!』


 あやめとほのかは、それぞれ小説家と漫画家を目指している。ラブコメ好きは一緒だが、あやめは異世界もの、ほのかは現代ものと、微妙にジャンルが違っていた。


 加えて、ほのかが最も熱狂するカップリングは『美形弟×平凡姉』の『姉弟もの』。


 そんな親友から良からぬ目を向けられているあやめは、


「その推理には同意しかねるけど、同じ創作者の端くれとして、その優れた想像力と情熱は大事にして欲しいと思うよ……」


 と少し遠い目で呟いた。

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