八神姉弟のヤバいほう
あやめはジャージを借りる以外にも、お菓子のおすそ分けやら、こまごました用事で、よく恭の教室に来る。
「大した用もねぇのに、いちいち俺の教室に来んの、やめろよ」
今日もどうでもいい用事で会いに来たあやめに恭は注意した。
ところが当の姉は、少しも懲りる様子なく言う。
「なんだよ~。弟が寂しがらないように、小まめに顔を見せてやる姉心だろうが~」
「学校でまで、お前の顔を見たくねぇ」
恭はあやめのウザ絡みを強めに弾いたものの、少し言いにくそうに話を続ける。
「……それに昔は俺と姉弟だと知られるのを嫌がってただろ。『姉弟なのに似てない』と言われるのが嫌だからって。また俺と比べられて、嫌な想いをするんじゃないの?」
あやめは子どもの頃から、ことあるごとに美形の母や弟と比べられて育った。
小学生の頃も家に来た恭の友だちに、
『お前の姉ちゃんだから、てっきり美人だと思ったのにガッカリだわ』
などと陰で言われた。
それらの経験はあやめに『自分は不美人』という強い劣等感を植え付けた。
あやめは今でも『家に友だちを連れて来ないでくれ』と恭に頼んでいる。だから恭はあやめに遠慮して、遠くの中学に通っていたほどだった。
それほど自分と比べられるのを嫌がっていたあやめが、なんで高校になってからはこんなに寄って来るのか?
恭は疑問だったが、今のあやめの考えはこうだった。
「へーん! もう『弟と違って私は……』みたいなジメジメ思考は打ち捨てたわ! むしろ姉というだけで、うちの高校で高嶺の花扱いの『ボクシング部の八神君』と会話できる特権を、キラキラ女子たちに見せつけてぇ!」
「非モテの鬱憤を俺で晴らそうとすんな」
あやめは屈折し切った結果、悪の喜びに目覚めたので今は毎日が楽しかった。
次の休み時間。恭は廊下を歩きながら、槇に先ほどのあやめの話をした。
「あはは。相変わらず面白いな、恭のお姉さん」
「どこが。あんなの無限ストレス発生装置だろ」
「まぁ、お前と似てないのは確かだな。恭のお母さんとも似てないし、お父さん似なのか?」
槇の質問に、恭は少し考えるように首を傾げて口を開く。
「無いと思うわ。父さんは確か無口な人だったし」
「確かって?」
まるで何年も会っていないかのような言い方に、槇はキョトンとして聞き返した。
「うちの父親は消防士で、俺が小学生になる前に仕事中の事故で死んだから、あんま覚えてない」
「あっ、そうなんだ。ゴメン、変なこと聞いて」
「いや、俺が勝手に話しただけだし」
恭は友人を気遣うと、「でも」と話を戻す。
「消防士になるだけあって、父さんは屈強でガタイも良かったらしい。母さんも背が高くて運動神経いいのに、なんでアイツだけ人見知りのくせに、内弁慶の虚弱チビなのか分からん」
「流れるようにディスるじゃん」
恭のコメントに、槇は笑いながら話を続ける。
「でも確かに、お姉さんは人見知りだよな。恭と話してる時は傍若無人なくらい元気いっぱいなのに、俺がたまに話しかけると小動物みたいにキョドキョドするし」
何気なく口にした瞬間。
「……は?」
恭の空気がピキッと凍って、槇は「えっ?」と戸惑った。
「お前、アイツに話しかけたの? なんで?」
不穏な気配を発する友人に、槇は「なんでって……」とたじろぎながら答える。
「友だちのお姉さんを見かけたら、普通は挨拶くらいしない?」
「普通はそうかもしれないけど、アイツは中高と色々あったせいで男が苦手なんだよ。横柄なのは俺にだけで、他の男にはノミの心臓なんだから、そっとしといてくれ」
「あー、まぁ確かに可哀想なほどビクついてたけど」
「だろ? だから無駄に構わないでくれ」
なんとしても姉に近寄らせまいとする恭を、槇はマジマジと見ながら指摘する。
「……お前、もしかして本当は姉ちゃん大好きか?」
「は? なんで、そうなるんだよ」
忌々しそうに問う友人に、槇が「だって……」と続きを口にする前に、
「ウザイよねー、八神君のお姉さん」
「本当。いくら姉弟だからって、しょっちゅう八神君に会いに来て、これみよがしにベタベタしてさ。彼女気どりかっての、気持ち悪い」
と突然あやめの悪口が聞こえて来た。その発生源である女子たちは、後ろに恭がいるのも気づかずに話を続ける。
「噂によれば八神君と違って、勉強は赤点スレスレで運動はダメダメだって。そのくせ自分よりずっと出来のいい八神君を『お前』呼ばわりだよ。信じられる?」
「チビならチビらしく八神君に迷惑をかけないように、小さくなってろよって感じだよね」
事なかれ主義の槇は、
(あー。嫌な場面に出くわしちゃったなー)
と内心、冷や冷やしていた。
下手に突けば、お互い気まずいことになるだろう。ここは黙って見送るしかないなと考えたが――。
ドッ!
「ちょっ、恭!?」
「や、八神君!?」
恭は廊下の壁を強く叩いて、わざと相手の注意を引くと、
「……ウザくて出来の悪い姉で悪かったな」
と追い抜きざまに、女子3人組に刺すような視線と言葉を投げた。
分かりやすい怒りの表現に、女子たちは青くなって我先に言い訳する。
「いや、今のは違くて!」
「ただあんまりお姉さんが会いに来ると、八神君が恥ずかしいかなって!」
「ちょっ、待って!? 話を聞いて! 八神く~ん!?」
恭はそんな女子たちを無視してスタスタと歩み去った。
1人廊下に残された槇は、去って行く友人と追いすがる女子たちの背を見ながら、
「やっぱシスコンだ、ありゃあ……」
と呟いた。




