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他人には言われたくない

 4月、早朝の教室。


「おはよ、恭。これ、借りてた漫画。最後までメッチャ面白かった。ありがとな」


 明るい挨拶とともに漫画を返したのは、恭の友人の(まき)だ。


 姉には常に塩対応の恭だが、このフレンドリーな友人には自然な笑みで返す。


「ああ、これ面白いよな。俺も好き」


 槇は漫画を返すと、自分の席には戻らず、そのまま恭と話を続ける。


「恭ってオタクっぽい雰囲気ぜんぜん無いけど、けっこう漫画を持ってるよな。意外とアニメとか漫画とか好きなのか?」

「好きは好きだけど、オタクと言えるほど詳しくはない。この漫画も姉に買わされたヤツだし」

「姉に買わされたって?」


 槇の質問に、恭はこの漫画を買った経緯を思い出した。


『恭~。この漫画メッチャ面白いから読んでみ』


 あやめは漫画やアニメやゲームなど、女性向けだけでなく幅広いジャンルを嗜む。語れたほうが楽しいからと、恭にもよくおススメを教えてくれる。その日も少年漫画を3冊貸して、恭は見事にハマった。


『なぁ、これ続きは?』


 姉の部屋を訪ねると、あやめは椅子に座ったまま恭を振り向いて、にんまりと告げる。


『あるぞ。単行本で全15巻。続きは今度の誕生日プレゼントで買ってもらえ』

『っ、またその手口か』

『へへ~っ、ちなみに最初に渡した3巻は、私からお前への誕生日プレゼントです! 全巻揃えたらお姉ちゃんにも読ませてね!』


 限られたお小遣いで自分の欲しいものを全て買うのは不可能なので、あやめは恭もハマりそうな作品に限り、布教して買わせていた。


 以上の出来事を恭は槇に説明した。


「って感じで、自分が読みたい漫画を巧みに買わせようとして来る」

「それはお前が拒めばいいだけなのでは?」


 槇は不可解そうだが、恭は戻ったばかりの漫画を指して言う。


「でもこれ面白いだろ? 途中でやめられるか?」


 その問いに、槇は「確かに」と考え直す。


「自分の小遣いで揃えるとしたら微妙だけど、誕生日プレゼントでまとめ買いできる状況だと、続きが読みたい欲が勝ってしまう。しかもお前を釣るエサとして与えた最初の3冊を誕生日プレゼントにして、自分のコストを限りなくゼロにするとは。なかなかの策士だな、恭のお姉さん」


 槇は心が広いので、お世辞ではなく面白い人だなと笑った。


「策士とかじゃなくて単にずる賢いだけだよ。アイツは俺を利用することしか考えてないんだ」


 一方の恭は不満そうに姉の仕打ちを愚痴った。


 そのコメントに、槇ではなく近くにいた女子が反応する。


「八神君、可哀想~。弟の誕生日に自分の欲しい漫画を買わせるなんて。そんな酷いお姉ちゃん、私も絶対に嫌だな~」


 彼女は恭が好きなので、彼の敵を共に叩くことで、好意を得ようとした。


 ところが肝心の恭の反応は、


「……アンタに言ってねぇけど」


 と氷のような冷たい拒絶。気になる男子に睨まれた彼女は「うっ」とダメージを受けた。


 心に大怪我をした女子をよそに、恭は友人に向き直ると、


「そんなろくでもねぇ姉だけど、漫画やゲームを選ぶ目は確かだし、こうして友だちに貸すこともできるから、まぁいいかって思ってる」


 と何事も無かったように話を続けた。


 嫌いな相手を言葉で刺した後、完全に黙殺する友人に、


「そ、そうか」


 と槇はやや怯えながら返した。

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