女蛊師の体は人形のように腰から折れ曲がり、上半身は地面に這いつくばり、下半身は不自然な角度で尻を地面に擦りつけ、足先を空に向けていた。
遠方では方源も空中から落下。
まず樹冠に衝突し、枝葉を折りながら雪原へ墜落した。
敏捷に身を翻し雪上に立ち上がった。玉皮蛊を発動していたため、背中の鈍痛以外は無傷だった。
戦場の方から一瞬の沈黙を経て、角三の怒号が響いた:「方源!まだ持つと言ったじゃねえか!!」
方源は内心で冷笑し、わざと体を傾けて木の幹に掴まり「足を挫いた」と見せかけた。周囲に他の蛊師がいないか目視で確認しながら、完璧な演技を続けた。
獣潮の中、蛊師たちは自らの戦闘に必死で、方源を監視する余裕などない。だが彼は慎重にも偽装を選んだ。
戦場の方から再び激しい戦闘音が響く。
野猪王は紅岩蟒との死闘を再開していた。
方源は足を引き摺り、何度も転びながら泥や雪まみれの惨めな姿で戦場縁へ戻った。
最終的に戦場際に到達した時、紅岩蟒は野猪王の後脚二本を締め上げ、巨体ごと地面に転がり込ませていた。
野猪王は前脚で必死に暴れ回り、全身から噴き出す熱い血潮で雪原を真紅に染めていた。
方源の姿を見つけると、最外縁に位置する古月空井が怒鳴った:「方源!この野郎!華欣を殺したのはお前だぞ!」
「わ、悪気はなかったんだ!本当に限界だったんだよ!」方源が叫び返す。
「クソが!無理なら最初から言えよ!嘘つきやがって人殺しめ!」空井が目を吊り上げ、戦闘中でなければ即刻殴りかかるところだった。
「ご、ごめん……二度としねえから」方源が慌てて謝る。
「方源!後で清算するぞ!」病蛇角三の咆哮が響く。瀕死の野猪王の暴走で紅岩蟒の岩肌に亀裂が広がっていた。
「空井!方源にかまってる場合じゃねえ!刃鱗網を出せ!」角三が冷汗を垂らし叫んだ。
「了解!」空井が大肚蛙から刃つきの金網を吐き出した。
「方源、反対側を持って共に被ぶせろ!」空井が指示する。
「足挫いて動けねえんだ!」方源が不自由な足取りで近寄る。
「役立たずが!」空井が独力で網を振り回し野猪王に被ぶせた。
「ガオオオォォ!!」刃鱗網に絡まった野猪王が血煙を上げながら暴れる。しかし動けば動くほど深く食い込む刃に致命傷を深めていく。
岩肌の紅岩蟒は刃鱗網の影響を最小限に抑えていた。
「この毛皮が勿体無い!」角三の目に痛惜の色が瞬いた。
「やっと終わったぜ」空井が深い息を吐いた。
その瞬間、方源が叫んだ:「手伝うぞ!」
シュッシュッシュッ!
月刃が飛び散り刃鱗網を切断。暴れる野猪王の力で破目が広がり、網が粉々(こなごな)に裂けた。
「マジかよ……!?」空井が目を剥いて呆然。
「チクショウ!」女蛊師が淑女らしさも忘れ罵声を浴びせた。
「わ、悪かった!助けようとしただけなんだ!」方源が真顔で訴える。
野猪王の突進を躱した角三が地面を転がりながら怒鳴りつけた:「方源――!この大馬鹿者が!お前は猪以下の戦友だ!」
「信じてくれ組長!本当に……」
「黙ってろ!二度と手出しすんじゃねえ!端でじっとしてろ!」角三が蹄の踏み潰しを回避しながら咆哮。
方源は内心で嘲笑いながら、数十歩後退した。
「全員下がれ!」角三が鼻息荒く真の切札を披露。両鼻から黄い毒気が糸状に漏れ出す。
毒雲が膨れ上がり、野猪王と角三の影が靄の向こうで蠢いていた。
空井ら三人は毒雲の外側で戦況を窺う。
方源が残った女蛊師に声を掛ける:「足の治療をしてくれ。挫いたんだ」
「仲間が死んだのに、お前はただの捻挫だと!? あんたが代わって死ねばいいのに!」女蛊師が逆上した。
「そんなつもりじゃ……」方源が虚ろな表情で応える。その瞳の奥で冷たい殺意が光った。
(こいつらを始末すべきか? 今が好機だ……連中は俺が殺意を抱くなんて夢にも思うまい)
(病蛇小组を葬れば制約が減る。だが……)
(他の蛊師に見られでもしたら、族内殺害の罪で七日七晩拷問の末処刑だ)
(死は怖くないが、こんな連中の為に危険を冒す価値はない。獣潮を利用し、痕跡を残さずにやる必要がある)
(残念だが野猪王は瀕死。病蛇小组は戦力激減で戦場離脱するだろう。もったいない好機を……)
方源の胸中に一抹の悔恨が去来した。
しかし彼は既に限界まで工作を施していた。これ以上手を加えれば不自然さが露呈し、組員たちに疑いを抱かせたり、他の蛊師に目撃される危険性が高まる。
五分後、野猪王がドスンと地面に倒れ込んだ。
黄色い毒雲が消散し、角三が蒼白な顔で荒息をついていた。奥の手を使い果し、真元が枯渇しかけている。
「全員、解体しろ!急げ!戦利品持って撤収だ!」角三が叫ぶ。
方源らが野猪王を囲み、素早く皮剥きを開始。
猪王の血は熱く、生臭い血臭が漂う。漆黒の山林からは獣の咆哮と戦闘音が響く。
しかしこの小戦場に他の獣が近寄る気配はない。
これが獣王の威圧だ。
獣の世界にも規律がある。猪王の濃厚な気配が普通の獣を震え上がらせ、獣潮を分断させていた。ただし更に強い獣群や獣王が現れれば話は別だ。
その時、暗闇に青白い瞳が無数に浮かび上がった。
「ギャアアッ!」
他の場所から蛊師たちの悲鳴が響く。
「狼だ!狼群が!」
「電狼の群れだと!?」
「くそっ!狼潮の時期じゃないはずなのに!」
「撤収だ!猪王は捨て置け!急げ!」角三が叫ぶ。周囲の者の顔色が一斉に真っ青になった。
単体の電狼なら脅威ではない。だが群れを成すと、猪王ですら逃げ惑う。
更に電狼は持久力があり、追撃に特化している。角三は三人の組員を見捨て、必死で後方へ逃げ出した。
「組長!待ってくださあい!」空井が震える声で叫びながら追い駆ける。
「速度強化の蛊虫がない俺は逃げ切れない。奴等も真元が尽きかけ……どうせ電狼に追いつかれる」死の危機に方源の心中は雪のように冷徹だった。
瞬時くに決断し、傍らに呆然と立つ女蛊師の頸部に手刀を浴びせた。
「ぐへっ……」
意識を失った女の体を引き摺り、猪王の剖開された腹へ潜り込んだ。
猪王の腹は既に縦に深く裂かれていた。方源は血塗れの内臓に身を埋め、女の体を外側の蓋のように押し当てて姿を隠した。
狼群が押し寄せ、大半が角三や空井ら撤退組を追撃。残りは猪王の死骸を囲み喰らい始めた。
方源は猪王の体内で、電狼の顎で肉を引き裂く音や内臓を啜る音、それに伴う巨体の揺れを感知していた。
「初陣の獣潮に電狼群出現とは……族の救援が来るまで耐えれば生き延びられる」
角三らは真元枯渇で速度も出せず、最早死を免れまい。慌てふためく者が最善策を選べるはずもない。
仮に猪王の肉が食い尽くされても、直面する電狼は最大五頭。生存確率は他より遥かに高い。
ガリガリ、ブチャブチャ……
食い荒らす音が徐々(じょじょ)に近づく。猪王の表皮の八割が既に狼の胃袋へ。
常人なら耐え難い恐怖に苛まれる状況で、方源は瞼を閉じて予備元石を握り真元回復に集中していた。