「左前方に病蛇小组を発見。大型の野獣と膠着状態にある」0.5秒後、赤舌が詳細を追記:「角三の紅岩蟒が確認。交戦相手は……猪王だ!」
組員たちの顔色が微かに動いた。
「猪王か。蛊虫の合成に猪牙が必要。猪王の牙が最適だ」方源の胸中で閃く。実は以前から狙っていた。
「例の猪王か?」水色の長髪の女蛊師が眉を吊り上げた。
「他にいねえよ。病蛇小组の実力で食い止めるなんて無理が過ぎる」老蛊師が嘲るように鼻を鳴らした。
王老漢でも山の地形を把握できるのに、青茅山を縄張りにする二転蛊師たちが猪王を放置してるのには理由がある。
赤山が沈黙を破り:「支援せよ」
「フザケタ真似しやがって、感謝されるかよ」老蛊師が舌打ちした。
「支援しなくても、こいつを送り届けなきゃならんだろ!」赤城が方源を横目で睨みつけ、苛立たしげに言った。
隊列が左前方へ緩やかに方向転換した。
赤山たちは普段古月角三を軽蔑していたが、同族として外敵に直面すれば、例え不仲でも協力する。
これがこの世界の家族の結束力だ。
この結束力こそが百年、いや千年続く名家を支えてきた。
闇の中、一行は林を抜け窪地に到着した。
病蛇小组の四人が猪王を囲み激戦を繰り広げていた。
戦場の中心では象ほどもある猪王が、海碗ほどの太さの赤い蟒蛇と絡み合っていた。
暗赤色の岩塊で覆われた巨蟒は高温を発ちながら、鎖のように猪王の体に巻き付いていた。
猪王は怒号を上げ、白銀の牙で闇夜を斬り裂きながら地面を転げ回っていた。
全身に大小の傷を負い、尾は切断されていた。赤黒く焼け焦げた傷口が巨蟒の体熱で炙られていた。
赤山組は距離を置き観察を続けた。
老蛊師が状況を把握すると鼻で笑った:「道理で病蛇が手出しできた訳だ。元々(もともと)傷付いた猪王を横取りやがって」
「この猪王、黒豕蛊を持ってるかも!」赤城が興奮して目を輝かせた。
方源は表情を動かさず、静観していた。
その時、角三たち四人も状況に気付き、最外縁にいた後方支援の古月空井が戦闘圏を離れ、駆け寄ってきた。
「赤山様でしたか。こちらは問題ありません。前線の獣群が多いので、皆様の支援が必要です」空井が組員たちに告げた。
「フン、解決できるだと? 目の前で嘘をつきやがって。紅岩蟒はもう限界だろ」老蛊師が毒舌を吐いた。
「戦利品を分けられるのが嫌なだけだ」水色の長髪の女蛊師が角三たちの本音を露骨に指摘した。
「この猪王はお前たちのものだ」赤山が老蛊師を見やった。
老蛊師は不満そうに鼻を鳴らしたが、腰を折り白い粘液の蜘蛛の巣を吐き出した。
空中で拡大した蜘蛛の巣が猪王を包み込む。猪王は激しく暴れて何本もの糸を切り裂いたが、すぐには脱出できなかった。
この隙に病蛇角三は紅岩蟒を撤収。治療担当の女蛊師と共に急治療を開始した。
紅岩蟒の岩肌には激戦による無数の裂痕が走っていたが、治療光線を浴びるにつれ、次第に修復されていった。
「ほうげん、もう帰れよ。いつまで我々(われわれ)の組に居座ってんだ?」赤城が嫌味たっぷりに言い放った。
方源はゆっくり一歩踏み出し、赤山の影から姿を現した。
古月空井は赤山の巨体に遮られ、方源に気付いていなかった。彼を見つけると表情が微妙に歪んだ。
戦場の中心で角三が振り返り、方源を発見するや歓声を上げた:「来たか!蜘蛛の巣が限界だ!力自慢の貴様に猪王を押さえつけてもらう!時間稼ぎだ!」
防御蛊虫なしに一転の身で猪王に近づくのは明らかな危険だ。
赤山が方源を一瞥し:「行くぞ」
そう言い残すと、何の未練もなく踵を返した。猪王の価値を顧みる様子もない。
赤山組の撤退を見て、角三たちは内心ほっと胸を撫で下ろした。終始、感謝の一語もなかった。
角三が再び怒鳴った:「ほうげん!早くしろ!蜘蛛の巣が持たねえ!今回の働き次第で脱走の罪は見逃してやる!」
「わかった」方源が素早く猪王に近寄り、両手で牙を掴んで押さえ込んだ。猪王の暴れる力が急激に衰いだ。
「よくやった!」角三が褒め称えながらも、三角の目の奥で冷やかな光が瞬いた。
角三は方源を殺害するつもりはなかった。組員の死亡は一族からの評価を下げ、利益に反するからだ。
彼は叔父の古月凍土との約束通り、方源の成長を遅らせるだけ。十六歳まで押し延ばせば報酬が得られる。
実際、彼はケチで陰険だが殺意はない。蛊師殺しは刑堂の徹底調査を招くリスクが大き過ぎる。何より一族の理念――「血は水に勝る」が浸透している。親殺しや妻奪いでもない限り、同族殺傷は起きない。
古月族長が学堂家老に諭したように、一族を繋ぐのは制度だけでなく、家族愛だ。
組織存続には制度と価値観の二柱が不可欠。
「今こそ方源を負傷させ、山寨で寝込ませる絶好の機会。二転突破など夢のまた夢さ。ただし直接手を下せばバレる。獣潮の野獣を利用しよう」
角三が冷笑を浮かべつつ問う:「ほうげん、あとどれくらい持つ?」
「まだ大丈夫です。組長ご安心を」方源の返事は力強い。
「結構。華欣、腐血草蛊を植えろ」角三が紅岩蟒の治療中に命じた。
「承知」女蛊師が前へ出る。
野猪王の側で両小指を立てた。爪に絡み付いた紫藤の紋様が微かに光る。
淡紅色の赤鉄真元が浮かび上がり、彼女の白く可憐な小指を絡み、紫藤の紋様に吸い込まれていった。
藤蔓が突如活性化し、爪から細い触手が伸び出した。
蛇のように蠢く触手が猪王の口角に這い上がり、牙を伝わって腹部深く侵入していく。
「フフフ……」闇に紛れた方源の口元が不気味に吊り上がった。
他の者が血縁を慮り殺意を抑える中、彼は一族の価値観など微塵も気にしていない。
猪王の牙に掛けていた力を急に引き抜いた。
「ガオオオッ!!」猪王が怒号と共に全力を解放。白銀の牙が閃き、方源は両手で牙を押さえつけたまま、巨大な衝撃で空中へ放り投げられた。
猪王が首を振り回し、長大な牙が横薙ぎに閃く。傍らにいた女蛊師は突然の事態に驚き、
「キャアァァッ!!」
悲鳴も虚しく、牙が水色の長髪を薙ぎ払った。バキッと音を立てて胴体が真二(まっ二)つに折れ、
女蛊師が藁人形のように高空へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。美しい目を見開いたまま、即死した。