「ほうげん、頑張れ!助けに来たぞ!」角三は心配そうな表情で叫ぶと、大股に部屋へ踏み込んだ。
しかし次の瞬間、彼はその場で凍り付いた。
部屋には誰もいない。方源の姿はなかった。
四人は沈黙に包まれた。
「どうなってるんだ!奴はどこだ!?」角三が突然沈黙を破り、恥じと怒りが混ざった声を出した。
扉前で長々(ながなが)と演じていたのは、方源が不在だと知らぬ一人芝居だった。
三人は顔を見合わせ、この結果を予想だにしていなかった。
「奇妙な話です。方源がいないなら、なぜ扉に紙を貼っていたのでしょうか?」空井が慎重に口を挟んだ。
「家主を呼んで来い!」角三が足で扉を蹴り飛ばしながら怒鳴った。
「お前を探してるんじゃねえ!騒ぎやがって、扉まで壊しやがって。若いのによくもまあ……」家主の老人が強い口調で言い返した。
古月山寨で余剰の家を貸し出せる者は、当然蛊師である。
蛊師の力と地位は凡人を完全に凌駕していた。凡人がこの種の商売を営むことなど不可能で、実際彼等は不動産を持たない。
山寨全ての家屋は古月一族の所有物だった。ここに住む凡人は全て(すべて)飼育された農奴や使用人である。
「先輩、私達は組員の少年を探しています」家主に対し、角三は態度を改めて答えた。
家主のような年老いた蛊師は、もはや外で働いてはいないが、人脈と繋がりを保持している。表立って活動しなくても、依然影響力は大きい。
何の手札も人脈なしで、よくも商売などできようか?
この世界は平和な時代ではない。武力と略奪が蔓延っている。
家主は首を振り、硬い口調で言った:「老夫は房客の行方など知らん。だが扉を蹴壊したなら、賠償せよ」
「はは、当然の賠償だ」角三は作り笑いを浮かべ、内心では怒りを抑えながら元石を支払った。さらに少し多目に払った。
家主の表情が急に和やかになった:「その部屋を借りた少年なら、一日戻ってきてない。一ヶ月分の家賃を払い、昨日の朝大量の物資を買い込んでから、石炭の安売り場所を尋ねてきたわい。山寨外の東の谷にある露天掘り場を教えてやったら、礼を言って行ったきりだ」
「そうか」角三が部屋の様子を見回す。
確かに布団は真新しい。机と椅子は中古だが、頑丈そうだ。
ストーブの中は空っぽで、石炭が入っていない。角三が深く息を吐き、胸のつかえが下りた。
「ほうげんは石炭堀りに手間取ってるんだろう。まぁ明日また来よう」角三が率先して部屋を出た。
しかし三日目になっても、方源は現れない。
四人が部屋に佇み、ためらいを隠せずにいた。
「石炭堀りにこんな時間かかるわけない。閉関用に大量採ってるのかもしれんが……あまりに遅い。もしかしたら何か遭難したのでは?」空井が推測した。
角三が微かに頷き、方源が買い揃えた布団やストーブを指差して言った:「あのケチ野郎が一月分の家賃を払い、これだけ物資を揃え、紙まで貼っていたんだ。ここで長期閉関するつもりだったのに……不運にも狼の巣が拡大して周辺の野獣が暴れ回ってるからな。もしかしたら……」
「組長慧眼!」二人の女性組員が異口同音に追従した。
角三が昂然と笑い上げた:「ハハハ!あいつの始末に困ってたが……野鹿任務は急がずにしとけ。万が一野でぼろぼろの死体を見つけでもしたら助けなきゃならんだろう?」
「ククク……」三人の組員も思わず嗤った。
四日目。
空竅の中で、墨緑色の波濤が絶え間なく湧き上がり、晶膜竅壁を打ち続けていた。
半透明の白い晶膜には深い裂割れが縦横無尽に走っている。
これらは方源が三日三晩ぶっ通しで不眠不休の修練を続けた成果だ。耐え切れなくなった時だけ、素早く食事を取り、用を足す程度だった。
この間、方源は意図的に衝撃を抑えつつ元石から天然真元を吸収し続けた。そのため青銅元海の水位は四割四分から二割程度までしか減っていない。
時間が流れ、青銅元海の水位が一割三分にまで低下した時、ついに晶膜が限界を迎えた。
ガラガラッ……
厚く堅固だった晶膜が崩壊し、無数の結晶片が元海に降り注いだ。飛び散った水滴は瞬く間に光る白点へと変わり消え去った。
晶膜の代わりに現れたのは真新しい白光を放つ膜。二転特有の光膜で、一転時よりも強く輝いている。
同時に、元海の底で浅紅色の真元が墨緑色の海に混じり始めた。
二転初階で得る赤鉄真元だ!
「成功だ……ついに二転を突破した!」方源がパッと目を見開く。薄暗い部屋に電光が走った。
しかし直後、強い眩暈が襲ってきた。
「四日三晩ぶっ通しの高強度修練で、体が持たなくなったか」方源は苦笑し、ゆっくりと床に横になった。「邪魔が入らなかったということは、借家に仕掛けた偽装が功を奏したんだな。この金は使った甲斐があった。今夜はしっかり休んで、明日山寨に戻るとしよう」
そう思った途端、激しい睡魔が押し寄せてきた。
方源は瞼を必死にこらえ、不屈の意志力で枕元の布団を引き寄せ体に被せた。
目を閉じてからわずか数呼吸後、深い眠りに落ちた。
直前までの修練で精神力を大幅に消耗していたのだ。
この眠りは翌日の午後まで続いた。
目覚めた方源は精神が大半回復しているのを感じたが、骨の奥に微かな倦怠感が残っていた。
扉を押し開き、五日ぶりに部屋から外へ出た。
この物音にすぐ一人の男が現れた。
細長い目と痩せた体躯――江牙の兄江鶴だ。
やつれ果てた方源を見て吐息を漏らした:「ようやく出て来たか。ふう、あと数日出てこないと本当にドアを壊すところだった。お前がここで死んだら俺の責任だ」
方源は笑ったまま黙っていた。
冬の日差しが窓から差し込み、彼の青白い顔を一層弱々(よわよわ)しく見せていた。
五日前、家主に石炭の情報を敢えて聞き角三たちに痕跡を残した後、彼は山寨を抜け出し麓の村に潜んでいた。
以前の王老漢一家との繋がりで、江鶴は半ば味方となっていた。この関係を利用し、方源は村で干渉されず二転突破を果たした。
岩の裂け目の隠し洞窟の方が確かに秘匿性は高いが、安全とは言えなかった。角三たちが執念で探せば、隠し洞窟が発見される危険性も考えられた。
花酒行者の遺産が発覚すれば命の危険がある。慎重な方源がこの危険を冒すはずもない。
江鶴の元も相対的に安全だった。共有する秘密があるが、江鶴が口封じに殺す動機はない。
蛊師を殺害するリスクは大き過ぎる。利益不足では殺人動機にはならん。むしろ秘密保持のため、江鶴は方源の安否を気にかけざるを得なかった。
方源が死亡すれば一族の刑堂が動き、王老漢一家の秘密が暴かれる可能性すらある。
方源が無事に現れたのを見て、江鶴は本当に胸を撫で下ろした。
しかし直後、方源の体から発する気配を感じ、表情を微かに崩した:「まさか本当に二転を突破したとは!」
内心で驚愕していた。五日前方源が突然訪ねて来た時、彼は内心で冷笑していた。
元石から天然真元を吸収しつつ二転突破を試みる――この二重の負荷は尋常ならざる精神力を要する。通常、蛊師は強靭な意志力と忍耐力、そして少なくとも数年間の修行経験が必要だ。
経験を積んだ者のみ、真元吸収を本能化しつつ元海の衝撃を適切に制御できる。晶膜の自然回復を抑えつつ、真元消耗と回復のバランスを精密に維持する必要がある。
江鶴から見れば、方源の成功確率は限りなく低かった。だがまさかの成功だった。
方源は涼しい顔で笑った:「まぐれだ。今日山寨に戻るが、その前に食事を頂けると助かる」
「ははは、ほうげん君。ここまで来た以上、食事ぐらい当然だ」江鶴は胸を叩き、態度を更に和らげた。
彼は元々(もともと)方源の将来を楽観していなかったが、二転突破という難関を越えた今、対等に扱う資格が生じたのだ。
豪勢な宴の後、江鶴は自ら村口まで方源を見送った。
「方源君、道中気をつけろよ。最近狼の巣が騒がしくて、山寨の周りで野獣が増えてるんだ。おっと、また雪か」江鶴は一呼吸おいて続けた。「泊まっていけばいいのに」
方源が二転に昇進して以来、江鶴の態度は一層熱心になっていた。
だが方源は固辞し、別れを告げた。
雪片が静かに舞い落ち、白い羽毛のようだった。
夕陽に染まった雪は黄金色に輝く。
方源の頭や肩に粉雪が積もった。
遠く、古月山寨が山腹に黙り込むように立ち、かすかに見えている。