擂臺上、方正は昏倒したまま動かない。
方源は相変わらず冷徹な表情で中央に立ち続けている。
短い沈黙の後、場内が騒然となる。
「まさか……?」頭を抱えて信じられない様子の者。
「玉皮蠱の防御を素手で破るなんて……」目を丸くする者。
「痛みを感じないの?!」女性蛊師たちが総息を呑む。
「防御蠱も使わずに自傷するなんて……」男性蛊師たちも目尻をピクつかせている。
他人に厳しいのは容易、自分に厳しいのは困難。
方源は弟のみならず自らの肉体さえも犠牲にしたのだ。
「私が確認する」学堂家老が席を立ち、擂臺へ飛び移った。
まず方正の脈を取り、安堵の息を吐く。頭部への衝撃による失神のみで致命傷はなかった。
「玉皮蠱防御下で素手の打撃がここまで……!」内心で戦慄しながら方源の手を確認。
血肉が剥がれ白骨が露出。指骨に亀裂が走っている。
「この痛みに眉一つ動かさないとは……」老練の学堂家老ですら背筋が寒くなる。
複雑な表情で言い渡す:「痒みと激痛に耐えろ」
右手の五指を扇形に開き、青白い月光を放出。光が徐々(じょじょ)に増幅し、手掌が半透明に輝き始めた。
一見、学堂家老の右手全体が青玉と化したようだった。血管や骨まで玉石化しているかのような質感。
家老は慎重に右手を方源の傷口に当てた。
冷たい玉石が生肉に触れる感触。方源は骨髄を抉るような痛みに歯を食いしばり、声も漏らさない。
家老の掌から柔らかな月光が溢れ、傷口を滋養する。
指骨の亀裂が急速に修復。裂けた皮肉も再生を始めた。
「くっ……!」耐え難い痒みに方源が荒い息を吐く。
家老は冷静な面持ちのまま、治療中に気を分けて方源の空竅を探った。
空竅内では青銅色の真元が波立ち、丸々(まるまる)とした酒虫が元海を悠々(ゆうゆう)と泳いでいる。
竅壁は白く輝く結晶の壁――方源の一転頂点の実力を如実に示していた。
探索を続ける家老は、方源の右掌で月光蠱と錆蠱を発見。
「他の蠱虫なし……まさか純粋な筋力で玉皮蠱を破ったのか?成人男性を超える力が十五歳に?」疑問の光が瞳を掠める。
「家老様、治療ありがとう」方源が手を引き抜き、指先を動かす。
痛みは残るものの傷口は塞がっていた。地球なら数年の療養が必要な重傷が、この世界では数分で治る――ただ握力が戻るまで七日ほど要するだけだ。
しかし方源は学堂家老に感謝などしていなかった。この程度の傷なら他の治療蠱師でも治せると承知の上。本当の目的が空竅検査にあることも看破していた。
白豕蠱と玉皮蠱は第二秘洞に隠し、春秋蝉は六転の力で潜伏。四転の古月博でも発見不能だ。
学堂家老は何も見つけられず眉をわずかにひそめた。疑惑は残るが、衆人の前で詮索はできなかった。
「方源、良くやった。今後も励むのだ」肩を叩きながら高々(こうこう)と宣言した。「今期の首席は方源!」
学堂家老が擂臺に上がってから、観衆は息を殺して見守っていた。結果の発表を聞いた瞬間、新たな騒動が巻き起こった。
「まさか最終的に方源が勝つとは!」
「丙等の分際で二転の方正を倒すなんて……不正じゃないか?」
「家老が直接検査したんだ。問題ないってことだろ」
「でも十五歳で成人越えの筋力は不自然だと思わない?」
「世の中には生まれつきの怪物もいる。赤山様みたいに」誰かが群衆の中の赤山を目で指差す。
「ああ、赤山様は幼少期から怪力だったっけ」
「方源も同類か。詩才の代償に筋力を授かってるとか」
肩を竦める者:「所詮丙等だ。黒豕蠱でも手に入れれば追い越せる。一時的な優位に過ぎん」
方源は擂臺を下りながら、嘲るように人々(ひとびと)の議論に耳を傾けていた。
酒虫の出所は完璧な口実を用意していたが、玉皮蠱が暴露されれば説明不能。大勢の前で使用する危険は冒せなかった。
人々(ひとびと)の憶測は方源が誘導した通りの方向へ。仮え上層部が疑惑を抱んでも、背後の黒幕を疑う程度に留まるだろう。
「半年前に猪牙で作った第二の保護傘が効いてきたか」方源の瞳が深淵のように暗く沈む。
古月族長は座り直さず、眉をひそめたまま立ち続けていた。
事態の展開は予想を超えていた。
方源の優勝など些事。問題は方正だ。
今日の敗北が彼に与える心理的打撃は計り知れない。
最初から圧倒的に負けていればまだ良かった。だが希望を持たせた上での完敗――これが成長に影を落とす恐れがあった。
「高階昇格、二転突破と成功体験を積ませ自信をつけさせたのに……すべて灰燼に帰したか」古月博は心中で嘆息し、方源に対する淡い嫌悪感が芽生えた。
方正が勝っていれば完璧だったのに――この結末はちょっと憎たらしい。
族長だけでなく、他の家老たちの視線も複雑だった。
「赤山並みの怪力……こいつも変異体か?」
「十歳で漢詩を作った異常さを考えば、筋力が突出してても不思議ではない」
「だが背後の黒幕が関与してる可能性も……」
「だとすれば、その正体は一体……」
家老たちの胸中は激しく揺れ動いていたが、表情には微りも出さない。
古月博族長は沈黙を挟み、ふと微笑みを浮かべた:「方源、丙等で首席を取るとは前代未聞の偉業だ!元石百個、蠱虫優先選択権に加え、即座に追加報酬を与えよう――どの組にも自由に入れる。希望の組を今ここで申告せよ」
この言葉に、場内の二転蠱師や塾生たちが羨望の眼差しを向けた。組によって将来性が左右されるため、この褒賞は実質的に前途を約束するものだった。
「この決定は私の独断だが」古月博が家老たちを一瞥「諸君も異論はあるまい」
古月赤練や古月漠塵を筆頭とする家老たちは苦々(にがにが)しい表情を浮かべたが、誰一人反対しなかった。
方源の心臓が高鳴る――
厄介が舞い込んだ。