第八十節: 戦力大漲
秋風が蕭瑟と吹き、紅葉がひらひらと散っている。
野草は枯れて黄色く、木の枝には真っ赤あるいは橙黄色の野生の果実が粒々とぶら下がっている。
「ブオーッ!」黒い猪が、体の剛毛を逆立てながら四本の蹄で地面を激しく駆けている。
山の地面は、分厚い落ち葉の層が積もっていた。
猪が突進してくる風圧で、落ち葉がその背後で舞い上がる。
方源は静かに立ち尽くし、猪が近づいてくるのを冷酷な表情で見つめていた。
「殺せ!」
彼は突然大きく前へ踏み出し、両足を交互に動かしながら、避けもせず猪へ向かって突進した。
猪の二本の真っ白な牙が空気を切り裂き、殺気がみなぎっている。
方源は体を横に反らせ牙をかわすと、肩を沈めて猪の頭部へ激しくぶつかった。
衝突寸前の瞬間、方源の肩元に薄緑色の玉の光が閃いた。
玉皮蠱だ!
ドスン。
鈍い音と共に両者が激突する。
方源は三歩後退し続け、猪は一歩後退した。
真の力を比べれば方源が上だが、二本足で踏ん張る方源に対し四足の猪は重心が低く安定しており、支える力が勝っていた。
しかし頭部を強打された猪は、立ち続けているものの分厚い体を揺らしていた。
方源が怒鳴り声を上げ再び駆け上がり、左手で猪の牙を押さえつけ、右拳を高く掲げた。薄緑の玉光が薄い光の膜のように拳を覆う。
ドン。
拳が叩きつけられると、猪は苦痛の叫び声を上げ、激しく暴れ始めた。
方源の左腕の筋肉が膨らみ、青筋が蚯蚓のように浮き出て、猪を死に物狂いで抑え込む。
同時に右拳を何度も高く振りかぶっては強打する。
ドン、ドン、ドン。
拳が猪の頭部を打つ度に、翠緑の玉光が爆発的に輝く。
猪は殴打され七転八倒し、暴れる力が次第に弱まっていった。
「最後の一撃!」方源の両目に電光のような閃きが走り、上体を反らせて右腕を伸ばし、最高点まで挙げた肘を轟音と共に叩き下ろした。
緑色の玉光が方源の右肘に密着し、動きに合わせて空中に緑の残像を描いた。
ドン! 方源は片膝を地面につけ、肘で猪の頭蓋骨を凶暴に打ち砕いた。猪は最後の断末魔さえ発せず、突然静止した。
変形した猪の頭部から、割れた白い頭蓋骨が黒い皮を突き破り露出。血と脳髄がゆっくりと流れ出て、枯れ積んだ落ち葉の上に鮮烈な猩々(しょうじょう)色を広げた。
蕭瑟とした秋風が一陣吹き抜ける。
幾枚かの落ち葉を巻き上げ、猪の血の熱気を散らした。
「生きるは夏花の如く絢爛たるべく、死するは秋葉の如く精妙たるべし」方源が呟きながら、この光景を鑑賞する。
生者は濃烈に輝き、死者は凄く静寂に沈む。
生と死の狭間に、如何に強烈な対比が満ちていることか。自然の残酷さと、生命の精彩を顕わにしている。
「どの世界でも、勝者は燦然と輝き、敗者は灰燼に帰す。勝敗の差は我にとって生死の差だ。魔道を歩む者にとって、敗北は即ち死を意味するからな」
方源は猪の屍体に寄りかかり、胡坐を組んで座った。白豕蠱を放って猪肉を食わせつつ、意識を体内の空竅へと沈めていく。
空竅の中に墨緑色の青銅元海が広がり、潮が満ち引き、波濤が生滅していた。
元海が満ちている時は四割四分の体積を占める。先ほどの激戦で方源が玉皮蠱を繰り返し使用し防御を強化したため、真元が消耗し、現在は三割六分が残っている。
計算すると、消耗した真元は八分(0.8割)に過ぎず、一割にも満たない。しかしこれは一転巅峰の墨緑真元であるため、既に大きな消耗と言える。
一転初階は翠緑の真元。
一転中階は蒼緑の真元。
一転高階は深緑の真元。
一転巅峰は墨緑の真元。
「濃縮こそが精華」である。
月光蠱を発動させるには、一割の翠緑真元が必要だ。これを蒼緑真元に換算すれば半割(0.5割)、深緑真元ならさらに半減し、墨緑真元も同様となる。
つまり一割の墨緑真元は、深緑二割、蒼緑四割、翠緑八割に相当する。
玉皮蠱使用で消耗した墨緑真元八分は、一転初階の翠緑真元に換算すると六割四分にも達する!
もし方源がまだ初階であれば、空竅全体に四割四分的真元しかなく、半分使用した時点で元海は完全に枯渇していただろう。
「蠱師の修業が高まるほど戦闘力が増すのは、真元に現れる。階位が上がるほど真元の色が濃くなり、持続力が増す。ただしこの墨緑真元は高階真元を酒虫で精錬したものだ。方正のように正式に一転巅峰に昇格したわけではない」と考えながら、方源の目がきらりと光った。
時は流れ、今は晩秋。王大口暗殺事件から既に二ヶ月以上が経過していた。
方正は毒に当たり七日七晩昏睡した後、目覚めた時から別人のように変わっていた。極めて努力家となり、修行に打ち込むようになった。
「人生の試練は全て金の如き財産である」と誰かが言うように。
この言葉が正しいかどうかは別として、方正は確かにこの試練から多くのものを吸収した。彼はまるで未研磨の原石が磨かれて美しい玉肌を現したかのようだった。
彼は高階に昇格した最初の塾生となり、間もなくして一転巅峰へも最速で到達し、再び同世代を引き離した。甲等の資質の輝きが、彼の身に現れ始めていた。
「俺が巅峰に達するのも遠くない、遅くても十日か半月だろう。毎日空竅の温養を欠かしたことはないが、丙等の資質では甲等や乙等と比べようもない。加えてもう一つの理由が…」方源はここまで考えて口を歪め、声なき苦笑を漏らした。
彼は定期的に玉眼石猴を狩り、玉皮蠱に餌を与えねばならなかった。同時に石林で探索を続け、花酒行者の次なる力の継承手がかりを探す必要があった。
石林の地形は極めて複雑で、天井から無数の巨石柱が垂直に垂れ下がっている。方源が少しでも注意を怠れば、石柱に近づき過ぎて玉眼石猴の群れを誘発してしまう。
幾度か、方源は数十匹の玉眼石猴に追い回された。最も危険だった時は撤退中に別の石柱の警戒圏内に足を踏み入れ、二群れ合わせて百匹近い追跡を受けた。
幸いこれらの玉眼石猴は「引き籠もり」の習性があり、追跡範囲が限られていた。一定距離追うと大抵は巣へ帰り、再び籠もるのだった。
それでも数度、方源を生死の淵に立たせた。そんな時、玉皮蠱の防御力が大いに役立った。
このような探索活動が、方源に膨大な時間と労力を強いる結果となり、これが彼の修行進度が遅れがちな最大の要因だった。
「それにしても、前世よりは遥かにマシだ。石林探索も成果が無いわけじゃない。少なくとも周囲の石壁に問題ないことは判明した。力の継承の次の手がかりは、石林内部のどこかにあると推測できる」
方源が思索に耽っていると、枯れ枝を踏み割る音と共に黒い影が近づいてきた。
これは一匹の流浪の傷痍狼だった。
茶褐色の毛皮をまとったその狼は片足を引きずり、顔の片目は潰れており、残った左目だけが残忍で警戒した緑の光を放っていた。
方源をじっと睨みつけ、鼻をひくひくさせている。犬同様に鋭い嗅覚で猪の血の臭いを嗅ぎ付けたのだろう。
狼は通常群れを成すが、こうした不具の老狼が独りで彷徨うこともある。群れの活力維持のため、戦力低下した障害を持つ老狼を排除するのだ。
方源は素早く立ち上がり、静かに老狼を見据えた。
以前なら猪を仕留めた後は真元が底をつき、戦闘力が激減した状態で邪魔が入れば退避を選んだものだ。
だがこの数ヶ月で戦闘力は飛躍的に向上し、今や玉皮蠱も手中にある。傷痍狼一匹など余裕で対処できる。
山々の木々の葉が赤く染まり尽くす。
夕日が夕暮れを照らす。
一人と一匹の狼が五十歩の距離を隔て、静かに見つめ合っていた。
狼の目には緑の光が揺らめき、残忍で狡賢い意味を滲ませていた。一方、方源の両眼は深く沈み、漆黒の瞳孔が冷たさを湛えていた。
白豕蠱が現れ、満腹して満足げに方源の空竅へ戻っていった。
老いた狼が地面の野猪を見下ろすと、骨と皮だけが残り、肉はほぼ白豕蠱に食べ尽くされていた。
狼の目の中の緑色の光が縮こまり、まず数歩後退した後、方向を変えて茂みに飛び込んだ。
この老狼が今日まで生き延びたのは、ある程度の知恵があったからだ。方源の恐ろしさを鋭く察知し、慎重に撤退を選んだのだ。
現れた時は突然で、去る時も慌ただしい。
野猪が突進してくるような騒がしさも、虎が歯を剥き唸るような喧噪もない。
方源との対決は音も無く始まり、沈黙裡に終わった。
「生死存亡のテーマの下、大自然は知れぬほど多くの精彩を育んできた」方源はその場に立ち続け、追い討ちをかけなかった。この老狼には手を出す価値が無いと判断したのだ。
「ガオゥーッ!」
しかし次の瞬間、突然老狼の悲痛な叫び声が響いた。
狼の吠え声が爆発的に起こり、瞬時に途切れた。その間に、濃厚な死の気配を漂わせた。
パキン、パキン。
茂みの方向から、すぐに枯れ枝が踏み折られる音が伝わってきた。
音は遠慮なく、次第に近づく。方源の瞳孔が細く収縮した。
「あの狡猾な老狼を瞬時に解決したとは…」彼の眼光はますます冷徹さを増していった。




