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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第七十九節:遺蔵第六蠱を突破す

光陰矢(こういんや)の如(ごと)く、夏(なつ)が過(す)ぎ秋(あき)が訪(おとず)れた。


坑道(こうどう)の中(なか)、方源(ほうげん)は再(ふたた)び行(い)く手(て)を塞(ふさ)ぐ巨岩(きょがん)の前(まえ)に立(た)っていた。


肌寒(はださむ)さが増(ま)す季節(きせつ)、長袖(ながそで)の質素(しっそ)な着物(きもの)を纏(まと)っていたが、数ヶ月前(すうかげつまえ)の痩(や)せ細(ほそ)った体形(たいけい)とは違(ちが)っていた。


胸板(むないた)、両腕(りょううで)、脚(あし)、腹筋(ふっきん)に明(あき)らかな筋肉群(きんにくぐん)が浮(う)き出(で)ている。石(いし)のように隆起(りゅうき)したのではなく、流線型(りゅうせんがた)のラインが伸(の)び盛(さか)りの身長(しんちょう)と白(しろ)い肌(はだ)に調和(ちょうわ)し、若(わか)さと活力(かつりょく)を放(はな)っていた。


「三日(みっか)前(まえ)から白豕蛊(はくしこ)が効(き)かなくなった。つまり一猪(いっしょ)の力(ちから)を得(え)、花酒行者(かしゅぎょうじゃ)の目(め)標(ひょう)を達成(たっせい)したと言(い)える。今日(きょう)こそ、この丸石(まるいし)を押(お)し上(あ)げてみせる!」


瞳(ひとみ)が鋭(するど)く光(ひか)る。右足(みぎあし)を前(まえ)に踏(ふ)み出(だ)し、左足(ひだりあし)を後(うし)ろに引(ひ)いて弓歩(きゅうほ)の姿勢(しせい)を取(と)る。


両手(りょうて)を丸石(まるいし)の表面(ひょうめん)に当(あ)て、深(ふか)く息(いき)を吸(す)い込(こ)むと──グッ!


ゴロリ…


巨岩(きょがん)は両掌(りょうてのひら)の推力(すいりょく)で最初(さいしょ)は極(きわ)めて緩慢(かんまん)に動(うご)き始(はじ)め、次第(しだい)に加速(かそく)しながら前(まえ)へ転(ころ)がり始(はじ)めた。


岩(いわ)が塞(ふさ)いでいた先(さき)は上(あ)がり勾配(こうばい)の坑道(こうどう)。花酒行者(かしゅぎょうじゃ)が球状(きゅうじょう)に加工(かこう)した丸石(まるいし)は、まさに転(ころ)がすためだけの形状(けいじょう)だった。後継者(こうけいしゃ)にこの岩(いわ)を押(お)し上(あ)げさせるための仕掛(し)けだ


「十歩(じゅっぽ)、二十歩(にじゅっぽ)、三十歩(さんじゅっぽ)……」方源(ほうげん)は一歩(いっぽ)ずつ岩(いわ)を押(お)し進(すす)めながら、心(こころ)の内側(うちがわ)で計算(けいさん)していた。「先週(せんしゅう)は四十五歩(よんじゅうごほ)で力尽(ちからづ)きて諦(あきら)めた。今回はどこまで行(い)けるか?」


四十歩(よんじゅっぽ)、四十五歩(よんじゅうごほ)……


瞬(またた)く間(ま)に自己記録(じこきろく)を突破(とっぱ)。だが全身(ぜんしん)の汗(あせ)が噴(ふ)き出(だ)すほどの疲労(ひろう)だ。


四十六歩(よんじゅうろっぽ)、四十七歩(よんじゅうななほ)……


この段階(だんかい)で体力(たいりょく)の残(のこ)りが風前(ふうぜん)の灯(ともしび)だと痛感(つうかん)する。


四十八(よんじゅうはち)、四十九歩(よんじゅうきゅうほ)……


「ウォォッ!」最後(さいご)の力を絞(しぼ)り二歩(にほ)進(すす)む。足(あし)が震(ふる)え、肩(かた)と腿(もも)で丸石(まるいし)を押(お)し当(あ)てながら、第七十九節(だいななじゅうきゅうせつ)「遺蔵第六蛊(いぞうだいろくこ)」の要領(ようりょう)で荒(あら)い息(いき)を吐(は)いた。


「もうやめるか?」傾斜(けいしゃ)の坑道(こうどう)を下(くだ)るにも体力(たいりょく)が必要(ひつよう)だ。岩(いわ)が転(ころ)がり落(お)ちる勢(いきお)いを抑(おさ)えながら戻(もど)らねば──急加速(きゅうかそく)する岩(いわ)に潰(つぶ)されるとも限(かぎ)らない。


「…だが!」歯(は)を食(く)いしばり、更(さら)に数歩(すうほ)。


五十歩(ごじゅっぽ)。


突然(とつぜん)岩(いわ)の重圧(じゅうあつ)が軽(かる)くなる。平(たい)らな石段(いしだん)に乗(の)り上(あ)がったのだ。


数歩(すうほ)押(お)し進(すす)み、岩陰(いわかげ)を回(ま)わると──密室(みつしつ)が現(あらわ)れた。


石裂秘洞(いわさけひどう)と同(おな)じ広(ひろ)さの空間(くうかん)。方源(ほうげん)は暫定的(ざんていてき)に「第二密室(だいにみつしつ)」と命名(めいめい)した。


壁面(へきめん)は赤土(あかつち)が鈍(にぶ)く光(ひか)り、反対側(はんたいがわ)には粗末(そまつ)な灰色(はいいろ)の石扉(いしとびら)。花酒行者(かしゅぎょうじゃ)が急造(きゅうぞう)したものだろう。



方源(ほうげん)はしばらく休息(きゅうそく)した後(あと)、すぐに石扉(いしとびら)を開(あ)けようとはせず、新(あら)たな発見(はっけん)をした。


石扉(いしとびら)の前(まえ)にある地面(じめん)が湿(しめ)り気(け)を帯(お)びていることに気付(きづ)いたのだ。


「まさか……」頭(あたま)をかすめる閃(ひらめ)きに従(したが)い、しゃがみ込(こ)んで両手(りょうて)で柔(やわ)らかく湿(しめ)った土(つち)を掻(か)き分(わ)けた。


第二(だいに)の地蔵花(じぞうか)!方源(ほうげん)は朗(ほが)らかに笑(わら)い、慎重(しんちょう)に花弁(かべん)を広(ひろ)げて黄金(おうごん)の花液(かえき)に浸(ひた)った蛊虫(こちゅう)を取り出(だ)した。


真元(しんげん)を催(もよお)せば瞬時(またた)くに練成(れんせい)された。


玉皮蛊(ぎょくひこ)——南京虫(なんきんむし)のような扁平(へんぺい)で幅広(はばひろ)い体(からだ)、小頭(しょうとう)に薄緑(うすみどり)の楕円形(だえんけい)。玉(ぎょく)のような光沢(こうたく)を放(はな)っている。


「白豕蛊(はくしこ)を手(て)に入(い)れた時(とき)、次(つぎ)に玉皮蛊(ぎょくひこ)をどう調達(ちょうたつ)するか悩(なや)んでたんだ。これで白玉蛊(はくぎょくこ)に合体精錬(がったいせいれん)できる……花酒行者(かしゅぎょうじゃ)の奴(やつ)、ちゃんと準備(じゅんび)しやがってたな」方源(ほうげん)は蛊(こ)の影響力(えいきょうりょく)を頭(あたま)の中で瞬(またた)くに計算(けいさん)した。


これで六匹目(ろっぴきめ)の蛊虫(こちゅう)。以前(いぜん)の五匹(ごひき)には防御(ぼうぎょ)用(よう)が欠(か)けていたが、玉皮蛊(ぎょくひこ)で穴(あな)を埋(う)めた。


「防御(ぼうぎょ)は時(とき)に攻撃(こうげき)を意味(いみ)する」



この理屈(りくつ)は難(むずか)しくない。方源(ほうげん)自身(じしん)を例(たと)えにすれば、白豕蛊(はくしこ)で得(え)た一猪(いっしょ)の力(ちから)があれば、柔(やわ)らかい岩(いわ)を一撃(いちげき)で砕(くだ)けるはずだ。だが彼(かれ)は決(けっ)してそんなことをしない。


「拳(こぶし)がボロボロになるのが目(め)に浮(う)かぶからだ」防御力(ぼうぎょりょく)の不足(ふそく)を自覚(じかく)している。


玉皮蛊(ぎょくひこ)を手(て)にした今(いま)、力(ちから)を存分(ぞんぶん)に発揮(はっき)できる。


影響(えいきょう)には光(ひかり)と影(かげ)がある。


玉皮蛊(ぎょくひこ)は一转(いってん)蛊虫(こちゅう)の中(なか)で最高峰(さいこうほう)の防御性能(ぼうぎょせいのう)を誇(ほこ)るが、十日(とおか)ごとに二両(にりょう)の玉石(ぎょくせき)を食(く)わせねばならない。


玉石(ぎょくせき)の市価(しか)が高(たか)いだけでなく、調達(ちょうたつ)が問題(もんだい)だ。方正(ほうせい)は族長(ぞくちょう)の後援(こうえん)で玉石(ぎょくせき)を入手(にゅうし)できるが、方源(ほうげん)は購入(こうにゅう)するしかない──だがそれでは疑(うたが)われる可能性(かのうせい)が高(たか)い。


「白豕蛊(はくしこ)の餌(え)として山猪(やまいのしし)を狩(か)るだけでも手間(てま)なのに……まさか鉱山(こうざん)を掘(ほ)り歩(ある)けとでも言(い)うんだ?」苦々(にがが)しい笑(わら)いが漏(も)れる。新(あたら)しい難題(なんだい)が降(ふ)り掛(か)かった。


玉皮蛊(ぎょくひこ)を空竅(くうこう)に収(おさ)め、石扉(いしとびら)をゆっくり押(お)し開(ひら)く。白豕蛊(はくしこ)の強化(きょうか)がなければ微動(びどう)だにしない重(おも)さだが、今(いま)は軽々(かるがる)と動(うご)いた。


扉(とびら)の向(む)こうに広(ひろ)がる光景(こうけい)が視界(しかい)に飛(と)び込(こ)んできた。



ここは狭(せま)い坑道(こうどう)でも秘洞(ひどう)でもなく、広々(ひろびろ)とした地下石林(ちかりん)だった。


方源(ほうげん)が目測(もくそく)した限(かぎ)り、最低(さいてい)でも三十数亩(さんじゅうすうほ)の面積(めんせき)がある。地球(ちきゅう)の標準(ひょうじゅん)サッカー場(じょう)が十一亩(じゅういちほ)だから、その三倍近(さんばいちか)くだ。


「青茅山(せいぼうざん)の内部(ないぶ)に違いない……自然(しぜん)が造(つく)り出(だ)した空間(くうかん)か」周囲(しゅうい)の岩壁(がんぺき)を見上(みあ)げる。高(たか)さ十六米(じゅうろくメートル)以上(いじょう)の天井(てんじょう)から、暗赤色(あんかしょく)の巨大(きょだい)な石柱(せきちゅう)が無数(むすう)に垂(た)れ下(さ)がっていた。


各石柱(かくせきちゅう)は秘洞(ひどう)と同じ鈍(にぶ)い赤光(あかひかり)を放(はな)ち、薄暗(うすぐら)い中(なか)でも周囲(しゅうい)の様子(ようす)が辛(かろ)うじて見(み)える。


「逆茂木(さかもぎ)みてえな……」方源(ほうげん)が目(め)を細(ほそ)める。枝(えだ)を切(き)り落(お)とした巨木(きょぼく)のような石柱(せきちゅう)が、上大下小(じょうだいかしょう)の不自然(ふしぜん)な形状(けいじょう)で林立(りんりつ)している。表面(ひょうめん)は滑(なめ)らかではなく、無数(むすう)の黒穴(くろあな)が空(あ)いていた。


自然(しぜん)の驚異(きょうい)とも言(い)える光景(こうけい)だが、方源(ほうげん)は眉(まゆ)を深(ふか)く寄(よ)せながら黒穴(くろあな)を凝視(ぎょうし)していた。花酒行者(かしゅぎょうじゃ)が玉皮蛊(ぎょくひこ)を配置(はいち)した意図(いと)が徐々(じょじょ)に見(み)えてくる。


「もしや……」右手(みぎて)を翻(ひるがえ)すと、月刃(げつじん)が幽藍色(ゆうあんしょく)の光跡(こうせき)を描(えが)き、石柱(せきちゅう)の黒穴(くろあな)に正確(せいかく)に命中(めいちゅう)した。



黒穴(くろあな)から鋭(するど)く怒(いか)り狂(くる)ったような叫(さけ)び声(ごえ)が響(ひび)いた。


ビュッと風切(かざき)り音(おと)を立(た)てて、灰色(はいいろ)の猿(さる)が穴(あな)から飛(と)び出(だ)し、方源(ほうげん)へ襲(おそ)い掛(か)かった。


シュッ!シュッ!シュッ!

三連(さんれん)の月刃(げつじん)が放(はな)たれる。


空中(くうちゅう)で身(み)を翻(ひるがえ)す術(すべ)もない猿(さる)だが、しっぽを巧(たく)みに振(ふ)り回(まわ)し、二発目(にはつめ)まで回避(かいひ)。三発目(さんぱつめ)が直撃(ちょくげき)すると、ドサッと地面(じめん)に倒(たお)れ息(いき)を引(ひ)き取(と)った。


血(ち)は一滴(いってき)も流(なが)れない。灰色(はいいろ)の体(からだ)が石化(せっか)し、瞬(またた)く間に石像(せきぞう)へと変貌(へんぼう)した。


石像(せきぞう)の姿勢(しせい)や表情(ひょうじょう)は、猿(さる)が倒(たお)れた瞬間(しゅんかん)をそのまま再現(さいげん)しているようだった。


二呼吸(にこきゅう)後(ご)、カチンと音(おと)を立(た)てて亀裂(きれつ)が走(はし)り、ガラガラと小石(こいし)の山(やま)へ崩(くず)れ落(お)ちた。


「やはり地下獣群(ちかじゅうぐん)の玉眼石猿(ぎょくがんせきえん)か」方源(ほうげん)が瓦礫(がれき)を掻(か)き分(わ)け、翡翠色(ひすいいろ)の玉(たま)二個(にこ)を取り出(だ)す。これが石化(せっか)しても残(のこ)る眼玉(めだま)だ。


各玉(かくたま)は一両(いちりょう)以上の重(おも)さ。玉皮蛊(ぎょくひこ)の餌(え)問題(もんだい)はこれで解決(かいけつ)する。


「だが玉皮蛊(ぎょくひこ)の餌(え)だけでなく、花酒行者(かしゅぎょうじゃ)の遺産(いさん)も継承(けいしょう)し続(つづ)けねばならん。次(つぎ)の手掛(てが)かりはこの石林(せきりん)のどこかにあるはずだ」


方源(ほうげん)は眉(まゆ)を深(ふか)く刻(きざ)み込(こ)んだ。厄介(やっかい)な問題(もんだい)だった。


数歩(すうほ)進(すす)みながら石柱(せきちゅう)を凝視(ぎょうし)する。七歩目(ななほめ)に差(さ)し掛(か)かった時(とき)、最接近(さいせっきん)の石柱(せきちゅう)の無数(むすう)の穴(あな)から緑色(みどりいろ)の蛍光(けいこう)を放(はな)つ目玉(めだま)が点灯(てんとう)し始(はじ)めた。額(ひたい)に冷(つめ)たい汗(あせ)が伝(つた)う。


慌(あわ)てて足(あし)を引(ひ)き戻(もど)すと、無数(むすう)の緑目(みどりめ)が徐々(じょじょ)に消(き)えていった。


明(あき)らかだ──各目玉(かくめだま)が玉眼石猿(ぎょくがんせきえん)一匹(いっぴき)を意味(いみ)している。


俊敏(しゅんびん)な玉眼石猿(ぎょくがんせきえん)を倒(たお)すのに月刃(げつじん)を四発(よんぱつ)も要(よう)した。一本(いっぽん)の石柱(せきちゅう)に少(すく)なくとも百匹以上(ひゃっぴきいじょう)が生息(せいそく)。この広大(こうだい)な石林全体(ぜんたい)の数(かず)など推測(すいそく)もつかない。


現在(げんざい)の実力(じつりょく)では四匹(よんひき)に囲(かこ)まれれば致命傷(ちめいしょう)を負(お)う。玉皮蛊(ぎょくひこ)の防御(ぼうぎょ)を考慮(こうりょ)しても、十二匹(じゅうにひき)が限界(げんかい)だ。


幸(さいわ)いこれらの猿(さる)は普段(ふだん)黒穴(くろあな)で休眠(きゅうみん)し、飢(う)えれば石柱(せきちゅう)を齧(かじ)って生きている。十米(じゅうメートル)以内(いない)に近(ちか)づくか、攻撃(こうげき)しない限(かぎ)り出(で)てこない。


地球(ちきゅう)の言葉(ことば)で言(い)えば「引きこもり猿(ざる)」といったところか。

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