光陰矢の如く、夏が過ぎ秋が訪れた。
坑道の中、方源は再び行く手を塞ぐ巨岩の前に立っていた。
肌寒さが増す季節、長袖の質素な着物を纏っていたが、数ヶ月前の痩せ細った体形とは違っていた。
胸板、両腕、脚、腹筋に明らかな筋肉群が浮き出ている。石のように隆起したのではなく、流線型のラインが伸び盛りの身長と白い肌に調和し、若さと活力を放っていた。
「三日前から白豕蛊が効かなくなった。つまり一猪の力を得、花酒行者の目標を達成したと言える。今日こそ、この丸石を押し上げてみせる!」
瞳が鋭く光る。右足を前に踏み出し、左足を後ろに引いて弓歩の姿勢を取る。
両手を丸石の表面に当て、深く息を吸い込むと──グッ!
ゴロリ…
巨岩は両掌の推力で最初は極めて緩慢に動き始め、次第に加速しながら前へ転がり始めた。
岩が塞いでいた先は上がり勾配の坑道。花酒行者が球状に加工した丸石は、まさに転がすためだけの形状だった。後継者にこの岩を押し上げさせるための仕掛けだ
「十歩、二十歩、三十歩……」方源は一歩ずつ岩を押し進めながら、心の内側で計算していた。「先週は四十五歩で力尽きて諦めた。今回はどこまで行けるか?」
四十歩、四十五歩……
瞬く間に自己記録を突破。だが全身の汗が噴き出すほどの疲労だ。
四十六歩、四十七歩……
この段階で体力の残りが風前の灯だと痛感する。
四十八、四十九歩……
「ウォォッ!」最後の力を絞り二歩進む。足が震え、肩と腿で丸石を押し当てながら、第七十九節「遺蔵第六蛊」の要領で荒い息を吐いた。
「もうやめるか?」傾斜の坑道を下るにも体力が必要だ。岩が転がり落ちる勢いを抑えながら戻らねば──急加速する岩に潰されるとも限らない。
「…だが!」歯を食いしばり、更に数歩。
五十歩。
突然岩の重圧が軽くなる。平らな石段に乗り上がったのだ。
数歩押し進み、岩陰を回わると──密室が現れた。
石裂秘洞と同じ広さの空間。方源は暫定的に「第二密室」と命名した。
壁面は赤土が鈍く光り、反対側には粗末な灰色の石扉。花酒行者が急造したものだろう。
方源はしばらく休息した後、すぐに石扉を開けようとはせず、新たな発見をした。
石扉の前にある地面が湿り気を帯びていることに気付いたのだ。
「まさか……」頭をかすめる閃きに従い、しゃがみ込んで両手で柔らかく湿った土を掻き分けた。
第二の地蔵花!方源は朗らかに笑い、慎重に花弁を広げて黄金の花液に浸った蛊虫を取り出した。
真元を催せば瞬時くに練成された。
玉皮蛊——南京虫のような扁平で幅広い体、小頭に薄緑の楕円形。玉のような光沢を放っている。
「白豕蛊を手に入れた時、次に玉皮蛊をどう調達するか悩んでたんだ。これで白玉蛊に合体精錬できる……花酒行者の奴、ちゃんと準備しやがってたな」方源は蛊の影響力を頭の中で瞬くに計算した。
これで六匹目の蛊虫。以前の五匹には防御用が欠けていたが、玉皮蛊で穴を埋めた。
「防御は時に攻撃を意味する」
この理屈は難しくない。方源自身を例えにすれば、白豕蛊で得た一猪の力があれば、柔らかい岩を一撃で砕けるはずだ。だが彼は決してそんなことをしない。
「拳がボロボロになるのが目に浮かぶからだ」防御力の不足を自覚している。
玉皮蛊を手にした今、力を存分に発揮できる。
影響には光と影がある。
玉皮蛊は一转蛊虫の中で最高峰の防御性能を誇るが、十日ごとに二両の玉石を食わせねばならない。
玉石の市価が高いだけでなく、調達が問題だ。方正は族長の後援で玉石を入手できるが、方源は購入するしかない──だがそれでは疑われる可能性が高い。
「白豕蛊の餌として山猪を狩るだけでも手間なのに……まさか鉱山を掘り歩けとでも言うんだ?」苦々(にがが)しい笑いが漏れる。新しい難題が降り掛かった。
玉皮蛊を空竅に収め、石扉をゆっくり押し開く。白豕蛊の強化がなければ微動だにしない重さだが、今は軽々(かるがる)と動いた。
扉の向こうに広がる光景が視界に飛び込んできた。
ここは狭い坑道でも秘洞でもなく、広々(ひろびろ)とした地下石林だった。
方源が目測した限り、最低でも三十数亩の面積がある。地球の標準サッカー場が十一亩だから、その三倍近くだ。
「青茅山の内部に違いない……自然が造り出した空間か」周囲の岩壁を見上げる。高さ十六米以上の天井から、暗赤色の巨大な石柱が無数に垂れ下がっていた。
各石柱は秘洞と同じ鈍い赤光を放ち、薄暗い中でも周囲の様子が辛うじて見える。
「逆茂木みてえな……」方源が目を細める。枝を切り落とした巨木のような石柱が、上大下小の不自然な形状で林立している。表面は滑らかではなく、無数の黒穴が空いていた。
自然の驚異とも言える光景だが、方源は眉を深く寄せながら黒穴を凝視していた。花酒行者が玉皮蛊を配置した意図が徐々(じょじょ)に見えてくる。
「もしや……」右手を翻すと、月刃が幽藍色の光跡を描き、石柱の黒穴に正確に命中した。
黒穴から鋭く怒り狂ったような叫び声が響いた。
ビュッと風切り音を立てて、灰色の猿が穴から飛び出し、方源へ襲い掛かった。
シュッ!シュッ!シュッ!
三連の月刃が放たれる。
空中で身を翻す術もない猿だが、しっぽを巧みに振り回し、二発目まで回避。三発目が直撃すると、ドサッと地面に倒れ息を引き取った。
血は一滴も流れない。灰色の体が石化し、瞬く間に石像へと変貌した。
石像の姿勢や表情は、猿が倒れた瞬間をそのまま再現しているようだった。
二呼吸後、カチンと音を立てて亀裂が走り、ガラガラと小石の山へ崩れ落ちた。
「やはり地下獣群の玉眼石猿か」方源が瓦礫を掻き分け、翡翠色の玉二個を取り出す。これが石化しても残る眼玉だ。
各玉は一両以上の重さ。玉皮蛊の餌問題はこれで解決する。
「だが玉皮蛊の餌だけでなく、花酒行者の遺産も継承し続けねばならん。次の手掛かりはこの石林のどこかにあるはずだ」
方源は眉を深く刻み込んだ。厄介な問題だった。
数歩進みながら石柱を凝視する。七歩目に差し掛かった時、最接近の石柱の無数の穴から緑色の蛍光を放つ目玉が点灯し始めた。額に冷たい汗が伝う。
慌てて足を引き戻すと、無数の緑目が徐々(じょじょ)に消えていった。
明らかだ──各目玉が玉眼石猿一匹を意味している。
俊敏な玉眼石猿を倒すのに月刃を四発も要した。一本の石柱に少なくとも百匹以上が生息。この広大な石林全体の数など推測もつかない。
現在の実力では四匹に囲まれれば致命傷を負う。玉皮蛊の防御を考慮しても、十二匹が限界だ。
幸いこれらの猿は普段黒穴で休眠し、飢えれば石柱を齧って生きている。十米以内に近づくか、攻撃しない限り出てこない。
地球の言葉で言えば「引きこもり猿」といったところか。