ここ数日、気温がどんどん上がっている。真昼の太陽が容赦なく照りつける中、隊商が去って宿屋の商売は再び閑散としていた。
方源が食堂に入るや、店員たちが騒ぎ立った。顔見知りの店員がヨロヨロと駆け寄り、「おお、旦那!いつもの窓際の席へどうぞ!」
「酒一樽、牛肉一斤、小皿数品を」方源が窓際の定位置へ歩きながら注文。
店員が困り顔で:「青竹酒は先日売り切れまして……申し訳ありません」
「なら米酒で構わん。今年は青竹酒を百樽以上仕込むよう掌柜に伝えろ。手付金の額は後で知らせよ」
酒虫の存在が露見した今、買い占めても疑われる心配はない。
「必ず伝言しますって!」店員が胸を叩いて保証する。
料理が運ばれると、方源は窓外を眺めながら飲食した。
炎天の街には人影がまばら。裸足で泥水まみれの農夫たちが鍬や天秤棒を担ぎ、家路を急いでいる。
「待てよー!」竹製の風車を奪われた子供が泣きながら追いかける。その横を青帯の若い蠱師二人が足早に通り過た。
「どけ!邪魔すんじゃねえ!」青年蠱師が農夫を乱暴に押しのける。
泥まみれの農夫たちが慌てて道を譲った。二人の青帯蠱師は冷たい傲りを顔に浮かべ、足早に過ぎ去っていく。
窓際の方源は視線をかすませながら、意識の一部を空竅内へ向けていた。
水膜が静かに流動する空竅で、青銅色の真元海が波立つ。酒虫が元海を漂い、時折丸くなって転げ回っている。
春秋蝉は休眠状態で姿を潜め、丸々(まるまる)とした白豕蛊が羽を震わせ上空を旋回している。
白豕蛊は黒豕蛊と並ぶ一転の希少種。市場価格は酒虫を凌ぐ。外見や効果は似通うが、進化経路が異なる。
黒豕蛊は青糸蛊と合わさり二転の黒鬃蛊となり、更に三転の鋼鬃蛊へ昇華する。鋼鉄の針のような体毛で攻防を兼ね備える能力だ。
一方白豕蛊は玉皮蛊と融合し白玉蛊へ、更に天蓬蛊へ進化。全身の皮膚を白玉のように硬化させ、月刃のような斬撃を減衰させる。
「花酒行者の力を受け継いだことこそ本懐だ」方源の胸に穏やかな喜びが広がっていた。
「白豕蠱で体力を増強し、巨石を押し退けて先へ進め――花酒行者の最初の試練だろう」
「この仕掛けから察するに、第二、第三の関門も用意されてるはずだ。何より重要なのは、この継承が罠ではなく本気の遺産だってこと」
「これで三転に早く到達し、青茅山を出て外の世界へ飛び出せる。先行者利益を手にできるぞ!」
蠱師の修行に最も必要なものは?
答えは「資源」の二文字。
古月一族の資源は限られている。奪い取り、勝たねばならない。
「勝てば勝つほど手の内が暴かれ、警戒される。そしていつか弾圧が始まり、成長を阻まれる」
家僕を殺しても漠脈が追求せず、同輩から奪っても長老が咎めない理由――丙等の弱さが「保護傘」になってるからだ。
「強い者は弱い者を叩くのを恥じる。一族の体制下では冷酷な対応が人間関係を壊すからな」
しかし資源を奪い続ければ強さを見せつけることになる。「警戒され、派閥に取り込まれ、反対勢力から攻撃される。その牽制が成長速度を鈍らせる」
方源は今の状況を痛いほど理解していた。表向きは全員を敵に回しているようで、実際は誰も真剣に相手にしていない。しかし修為が上がるにつれ、この微妙な均衡は崩れていく。
「矛盾が爆発するのは時間の問題だ。遅ければ遅いほど有利だけどな」
花酒行者の継承が現れたのは絶妙のタイミングだった。「表に出ない資源で独自行動が可能になる。派閥に巻き込まれず、密かに力を蓄えられる」
体制に加われば駒にされる。駒として使い勝手が良くない限り、上昇の機会すら与えられない。駒として認められても、捨て駒にされる恐怖がつきまとう。
「丙等の俺に投資する価値なんてない。最初から捨て駒候補だ」
最善策は体制外での単独行動。「高層に作り上げた『問題児』のイメージを維持しつつ、大半の競争を回避できる」
「世の常、暗がりで進む道は容易だが、表立って成し遂げるのは困難だ」方源が指で酒盃の縁を撫でる。「強奪は続ける必要がある。急に止めれば疑われるし、元石も要るからな」
「元石が本当に必要なんだよな」
同世代が第二の蠱を飼育し始める中、彼は小光蠱と白豕蠱を加え合計四匹の蠱を抱えていた。
「月光蠱と酒虫だけの時は一日一枚で済んだが、今じゃ二枚半は食う。修行と生活費を足すと最低五枚か……」
五枚の元石は凡人の三人家族が五ヶ月暮らせる金額だ。手元の数百枚も長期間持つわけがない。
「二転に昇格すれば蠱の合練費用が跳ね上がる。まさに無底の穴だ」
頭痛の種は白豕蠱の餌問題。「豕シリーズは豚肉が主食。五日に一頭分の成豚を食わせなきゃいけない」
「この世界では豚肉が高値。庶民は正月にしか口にできない」山岳地帯の青茅山では大規模な畜産が不可能で、獵師が捕らえた山豚が主な供給源だった。
窓の外を眺めながら方源が呟く:「どうやら今後は自分で狩りをして豚を仕留めねばならんようだな」
「山寨で豚肉を買い続けると、第一に元石がかさむ。第二に『一人でこんなに頻繁に豚肉を食う奴がいるのか?』って疑われるぞ」
「自ら狩りをすれば、疑いを晴らせる上に金銭的負担も減らせる」
「店員さん、お会計!」方源が席から立ち、迷いなく宿を出た。
学堂はここ数日休講中。生徒たちが第二の蠱を煉化する期間を利用し、山塞の外で狩場を下見して山豚を狩る算段だ。