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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第六十三節:月下赠玉皮,地花藏白豕

日(ひ)が沈(しず)み月(つき)が昇(のぼ)り、夜(よる)の帳(とばり)が下(お)りた。

古月山寨(こげつさんさい)の奥(おく)まった庭(にわ)で、巨大(きょだい)なエンジュの木(き)が翡翠色(ひすいいろ)の天蓋(てんがい)のように枝葉(しよう)を広(ひろ)げ、庭全体(にわぜんたい)を覆(おお)っていた。


月光(げっこう)が木漏(こも)れ日(び)のように柔(やわ)らかく差(さ)し込(こ)む中(なか)、風(かぜ)が木々(きぎ)を揺(ゆ)らしてサワサワと音(おと)を立(た)てた。


木陰(こかげ)に立(た)つ二人(ふたり)。族長(ぞくちょう)古月博(こげつ はく)が穏(おだ)やかな目差(まなざ)しで古月方正(こげつ ほうせい)を見(み)つめる:「方正(ほうせい)、二匹目(にひきめ)の蠱(こ)は何(なに)を選(えら)んだ?」


「族長様(ぞくちょうさま)、銅皮蠱(どうひこ)を選(えら)びました」方正(ほうせい)が直立(ちょくりつ)した姿勢(しせい)で崇敬(すうけい)の表情(ひょうじょう)を浮(う)かべる。


「第六十三節(だいろくじゅうさんせつ):月下(げっか)に玉皮(ぎょくひ)を贈(おく)り、地花(ちか)に白豕(はくし)を蔵(ぞう)す……良(よ)き選択(せんたく)じゃ」古月博(はく)が頷(うなず)きながら言(い)う。


緊張(きんちょう)で体(からだ)を硬(かた)くした方正(ほうせい)は照(て)れ笑(わら)いを浮(う)かべる:「適当(てきとう)に選(えら)んだだけです」


「適当(てきとう)だと?違(ちが)う」古月博(はく)が薄笑(うすわら)いを浮(う)かべる。「蠱(こ)の選択(せんたく)にその者(もの)の本性(ほんしょう)が現(あらわ)れる」


「銅皮蠱(どうひこ)は守(まも)り、月光蠱(げっこうこ)は攻(せ)め。剛柔(ごうじゅう)併(あわ)せ持(も)つ王道(おうどう)の在(あ)り方(かた)じゃ。貴様(きさま)の真面目(まじめ)な性格(せいかく)が表(あらわ)れておる」


「古月漠北(こげつ ばくほく)の黄駱天牛蠱(おうらくてんぎゅうこ)は持久力(じきゅうりょく)を増(ま)す。彼(かれ)の不屈(ふくつ)の精神(せいしん)を物語(ものがた)る」


「古月赤城(こげつ せきじょう)の龍丸蛐蛐蠱(りゅうがんこおろぎこ)は回避(かいひ)能力(のうりょく)重視(じゅうし)。強引(ごういん)さを嫌(きら)い要領(ようりょう)の良(よ)さと脆弱(ぜいじゃく)性(せい)を併(あわ)せ持(も)つ証(あかし)じゃ」


方正(ほうせい)は目(め)を丸(まる)くして聞(き)き入(い)っていた。蠱(こ)の選択(せんたく)という単純(たんじゅん)な行為(こうい)からここまで看破(かんぱ)できるとは――


族長(ぞくちょう)への尊敬(そんけい)の念(ねん)が更(さら)に強(つよ)まった。



「族長様(ぞくちょうさま)、兄(あに)は何(なに)を選(えら)んだのですか?」方正(ほうせい)が急(きゅう)に尋(たず)ねた。


古月博(こげつ はく)は薄笑(うすわら)いを浮(う)かべた:「お前(まえ)の兄(あに)は小光蠱(しょうこうこ)を選(えら)んだ。月光蠱(げっこうこ)の攻撃力(こうげきりょく)を増強(ぞうきょう)する補助(ほじょ)用(よう)だ。これは彼(かれ)の過激(かげき)で攻撃的(こうげきてき)な性格(せいかく)を物語(ものがた)っている」


「確(たし)かに、兄貴(あにき)ってそんな感じ(かんじ)だ」方正(ほうせい)が呟(つぶや)く。


族長(ぞくちょう)は青年(せいねん)の表情(ひょうじょう)を記憶(きおく)に刻(きざ)み込(こ)んだ。高位(こうい)に立(た)つ者(もの)の眼(め)は老獪(ろうかい)だった――短(みじか)い接触(せっしょく)期間(きかん)で既(すで)に方正(ほうせい)の本質(ほんしつ)を見抜(みぬ)いていた。


「漠北(ばくほく)と赤城(せきじょう)の分析(ぶんせき)を教(おし)えたのは、貴様(きさま)に彼等(かれら)を打(う)ち倒(たお)し、甲等(こうとう)の資質(ししつ)で指導的立場(しどうてきたちば)を確立(かくりつ)させたいからだ」


しかし政治家(せいじか)として直接指示(ちょくせつしじ)はしない。もし「漠北(ばくほく)たちを倒(たお)せ」と命(めい)じれば、派閥争(はばたあらそ)いの火種(ひだね)となり山寨(さんさい)を揺(ゆ)るがす大問題(だいもんだい)に発展(はってん)しかねない。


更(さら)に古月博(はく)は方正(ほうせい)が自(みずか)ら意図(いと)を悟(さと)ることを期待(きたい)していた。四転(よんてん)や五転(ごてん)の戦闘要員(せんとうよういん)ではなく、政治的知恵(せいじてきちえ)を持(も)った次世代指導者(じせだいしどうしゃ)を育成(いくせい)する必要(ひつよう)があった。


「蠱(こ)の選択(せんたく)分析(ぶんせき)をしても、この子(こ)は深層心理(しんそうしんり)に気(き)づかない。逆(ぎゃく)に方源(ほうげん)のことを訊(き)いてくる。丙等(へいとう)の資質(ししつ)しかないが、あの少年(しょうねん)こそ真(しん)の政治的才覚(せいじてきさいかく)の持(も)ち主(ぬし)なのだが……」


内心(ないしん)で嘆息(たんそく)しつつ、族長(ぞくちょう)は懐(ふところ)から一匹(いっぴき)の蠱(こ)を取り出(とりだ)した。


「これは……玉皮蠱(ぎょくひこ)!?」方正(ほうせい)が目(め)を輝(かがや)かせて声(こえ)を押(お)し殺(ころ)した。


古月博(こげつ はく)が淡々(たんたん)と述(の)べる:「銅皮蠱(どうひこ)より真元消費(しんげんしょうひ)が少(すく)なく防御力(ぼうぎょりょく)も上(うわ)。欲(ほ)しいか?」


「族長様(ぞくちょうさま)!」方正(ほうせい)が慌(あわ)てて喉(のど)を鳴(な)らす:「そ、もちろんです!」


「やる代(か)わりに条件(じょうけん)がある」古月博(はく)が笑(わら)みを消(け)し厳(おごそ)かな表情(ひょうじょう)に:「お前(まえ)が同期(どうき)最速(さいそく)で二転(にてん)に到達(とうたつ)し、首席(しゅせき)の座(ざ)を取(と)れ」


「え、二転(にてん)に?」方正(ほうせい)が躊躇(ちゅうちょ)する姿(すがた)に、古月博(はく)が蠱(こ)を懐(ふところ)に戻(もど)す素振(そぶ)りを見(み)せた。


「嫌(いや)です!約束(やくそく)します!必(かなら)ず皆(みんな)を倒(たお)して見(み)せます!」方正(ほうせい)が頭(あたま)に血(ち)が上(のぼ)り叫(さけ)んだ。


「その意気(いき)だ」古月博(はく)が再(ふたた)び穏(おだ)やかな笑顔(えがお)で玉皮蠱(ぎょくひこ)を手渡(てわた)す。


(方正(ほうせい)よ……甲等(こうとう)の資質(ししつ)を持つお前(まえ)が最も楽(らく)に成(な)し得(え)る成功(せいこう)だ。この程度(ていど)の試練(しれん)も越(こ)えられぬなら、本(ほん)当(とう)がっかりじゃ)


一方(いっぽう)、方源(ほうげん)は再(ふたた)び岩裂(いわさ)けの秘洞(ひどう)へ潜(もぐ)り込み、通路(つうろ)の最奥(さいおく)に到達(とうたつ)していた。


今回(こんかい)は鉄鍬(てつくわ)や槌(つち)を持(も)たず、周囲(しゅうい)を細心(さいしん)の注意(ちゅうい)で観察(かんさつ)していた。前夜(ぜんや)ここで行(い)き詰(づ)まり山寨(さんさい)へ帰(かえ)る途中(とちゅう)、違和感(いわかん)を覚(おぼ)えていたのだ。


宿舎(しゅくしゃ)で春秋蝉(しゅんじゅうせみ)を使(つか)い小光蠱(しょうこうこ)を煉化(れんか)した後(あと)、突然(とつぜん)閃(ひらめ)いた。「この障害物(しょうがいぶつ)の巨石(きょせき)、丸(まる)く滑(なめ)らかすぎる。人工的(じんこうてき)に加工(かこう)されたものだ。花酒行者(かしゅぎょうじゃ)がわざと置(お)いたのか?」


再(ふたた)び周囲(しゅうい)を見回(みまわ)す。通路(つうろ)の床(ゆか)は平(たい)らで天井(てんじょう)はアーチ型(がた)、両壁(りょうへき)は赤土(あかつち)で一体(いったい)となり、鈍(にぶ)い光(ひかり)を放(はな)っていた。


「あれ?」床(ゆか)を見下(みお)ろすと、巨石(きょせき)の脇(わき)に色(いろ)の濃(こ)い部分(ぶぶん)を発見(はっけん)。暗闇(くらやみ)の中(なか)、注意深(ちゅういぶか)く見(み)なければ気付(きづ)かない微妙(びみょう)な色差(いろさ)だった。


しゃがみ込(こ)んで地面(じめん)を触(さわ)ると、湿(しめ)り気(け)を感(かん)じた。「色が濃いのは水分(すいぶん)のせいか。だがこの乾燥(かんそう)した通路(つうろ)に水(みず)なんてあるはずが……」


指先(ゆびさき)で土(つち)を揉(も)むと、周辺(しゅうへん)の固(かた)まった赤土(あかつち)と違(ちが)い、柔(やわ)らかく崩(くず)れやすい。「ここだ」


経験(けいけん)と直感(ちょっかん)が告(つ)げる――この湿(しめ)った土中(どちゅう)に花酒行者(かしゅぎょうじゃ)の「鍵(かぎ)」が隠(かく)されている。



方源(ほうげん)が土(つち)を掘(ほ)り始(はじ)めると、柔(やわ)らかい土質(どしつ)で苦(くる)しむことなく進(すす)んだ。深(ふか)さ一寸(いっすん)ほど掘(ほ)り下(さ)げた時(とき)、甘(かん)く濃厚(のうこう)な芳香(ほうこう)が鼻(はな)を掠(かす)めた。


「この香(かお)り……高級(こうきゅう)な酒(さけ)のようだが」手(て)の動(うご)きが急(きゅう)に速(はや)くなる。


土中(どちゅう)に暗金色(あんきんいろ)の光(ひかり)が瞬(またた)いた瞬間(しゅんかん)、「やはりこれだ!」目(め)を輝(かがや)かせ、周(まわ)りの土(つち)を丁寧(ていねい)に掘(ほ)り進(すす)めた。


やがて直径(ちょっけい)石臼(いしうす)大(おお)きさの暗金色(あんきんいろ)の蕾(つぼみ)が現(あらわ)れた。表面(ひょうめん)は絹(きぬ)のように滑(なめ)らかで、地中(ちちゅう)に沈(しず)む貴婦人(きふじん)の宝石箱(ほうせきばこ)のようだった。


「地蔵花蠱(じぞうかこ)……」方源(ほうげん)が深(ふか)く息(いき)を吐(は)き、土(つち)だらけの手(て)を拭(ぬぐ)ってから慎重(しんちょう)に花弁(はなびら)に触(ふ)れた。


花弁(はなびら)はハスとキャベツの合体(がったい)のような形状(けいじょう)。分厚(ぶあつ)い絹(きぬ)を剥(は)ぐように一枚一枚(いちまいいちまい)剥(は)がしていくと、暗金色(あんきんいろ)の花弁(はなびら)が空気中(くうきちゅう)に雪(ゆき)のようにはかなく消(き)えていった。


五十枚(ごじゅうまい)以上(いじょう)剥(は)がすと、蕾(つぼみ)の中心(ちゅうしん)に薄(うす)い紙(かみ)のような花芯(かしん)が現(あらわ)れた。


花芯(かしん)の花弁(はなびら)は小さくなり、厚(あつ)みも薄(うす)くなっている。絹(きぬ)というより薄紙(うすがみ)のような質感(しっかん)だ。


方源(ほうげん)の手(て)の動(うご)きは更(さら)に遅(おそ)くなり、数呼吸(すうこきゅう)かけてようやく一枚(いちまい)剥(は)がすほどだった。


薄紙(うすがみ)のような花弁(はなびら)を剥(は)がし終(お)えた時(とき)、彼(かれ)は動作(どうさ)を止(と)めた。


地蔵花蠱(じぞうかこ)の中心(ちゅうしん)には拳(こぶし)大(だい)の半透明(はんとうめい)な球体(きゅうたい)が残(のこ)っている。幾重(いくえ)にも重(かさ)なった花弁(はなびら)の中(なか)で、黄金色(こがねいろ)の液体(えきたい)がゆらゆらと揺(ゆ)れていた。


「これは……」方源(ほうげん)が目(め)を凝(こ)らすと、液体(えきたい)の中心(ちゅうしん)に蠱虫(こちゅう)の輪郭(りんかく)が浮(う)かんでいた。種別(しゅべつ)までは判別(はんべつ)できない。


息(いき)が触(ふ)れると花芯(かしん)が微(かす)かに震(ふる)え、黄金(おうごん)の液体(えきたい)が波紋(はもん)を立(た)てる。「蠱(こ)が餓死(がし)しないよう地脈(ちみゃく)の気(き)で生(い)かされてるんだな」


地蔵花蠱(じぞうかこ)は一度(いちど)地中(ちちゅう)に植(う)えれば移動(いどう)できない消耗品(しょうもうひん)。黄金液(おうごんえき)が内部(ないぶ)の蠱(こ)を疑似封印(ぎじふういん)状態(じょうたい)に保(たも)つ特殊(とくしゅ)な保管(ほかん)装置(そうち)だった。



「花酒行者(かしゅぎょうじゃ)が地蔵花蠱(じぞうかこ)を仕掛(しか)けたのなら、中(なか)の蠱(こ)は継承者(けいしょうしゃ)への贈(おく)り物(もの)だろう」方源(ほうげん)が残(のこ)った花弁(はなびら)を指先(ゆびさき)で摘(つま)み、慎重(しんちょう)に裂(さ)いた。


黄金液(おうごんえき)が豆油(まめあぶら)のように指(ゆび)を伝(つた)って流(なが)れ落(お)ちる。液体(えきたい)が減(へ)るにつれ花芯(かしん)は萎(しぼ)み、柔(やわ)らかい花弁(はなびら)を揉(も)み解(ほど)くと、中(なか)から眠(ねむ)る蠱虫(こちゅう)が現(あらわ)れた。


親指(おやゆび)の爪先(つまさき)ほどの白(しろ)い瓢虫(てんとうむし)。丸(まる)い背中(せなか)に小さな頭(あたま)、ぷっくりした腹(はら)の下(した)に乳白色(にゅうはくしょく)の脚(あし)が六本(ろっぽん)隠(かく)れている。


「白豕蠱(はくしこ)!」方源(ほうげん)の目(め)に喜(よろこ)びの色(いろ)が一瞬(いっしゅん)輝(かがや)いた。

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