人々(ひとびと)は八十八角真陽楼を退き、黒楼蘭は其の夜中に命令を発し、強き者を広く募った。
彼は今届の盟主であり、規則に従って全軍が其の指揮下にある。黒暴君の凶名は誰もが知るところであり、加えて先般、報酬を問わず楼内を全面開放した恩もあって、其の影響力は頂点に達していた。
此の命令一出、瞬く間に風雲湧起し、招きに応じずに来場しなかった者は殆どいなかった。
狼王常山陰、水魔浩激流、魔道双煞の高揚朱宰、小馬尊馬英傑、狐帥唐妙鳴、白仙子奚雪、影剣客辺絲軒、太白云生、呂爽、陶幽、古国龍、竇鰐、聶亜卿、耶律桑……
当代の英傑が一堂に会し、風雲此の時を待つこととなった。
「老先生、御前に御出で頂けば、天を支える大黒柱の如く、士気の低迷など最早憂いなし。ははは!」
黒楼蘭は大馬金刀の態で主座に座り、左右を見渡しては志を躍らせ、高笑いした。
場に在る中、太白云生の名声は第一であり、医者仁術を以て無数の人を救ってきた。
黒楼蘭や常山陰とて其れには及ばない。
然し黒楼蘭の右側第一席に座るのは、太白云生では無く、狼王常山陰であった。
名声は一つの事、戦闘力はまた別の事である。
王庭決戦の後、誰もが認める方源の戦闘力は最高位である。
二道兼修に飛行大師、奴道大師という輝きを一つに集めた其の存在は赫々(かくかく)たるものがあり、方源が首席に座ることに何の異論も無かった。
(権力序列の深層分析表)
序列要素 太白云生の位置付け 方源の位置付け 黒楼蘭の政治的意図
名声的権威 治病救人の道德的頂点 戦功に基づく実力的頂点 形式的敬意と実質的序列の分離
実戦序列 補助的立場での参加 最前線指揮官としての確立 戦力配分の現実主義的計算
政治的駆け引き 民心掌握の象徴的価値 勢力均衡の実質的要石 表向きの礼遇と内心の警戒心
「玉座の影に蠢く権力の力学」:
黒楼蘭が「大馬金刀」と形容される坐り様は、其れが単なる威風を示す姿勢でなく、「盟主としての絶対的な自信」の表現である。然し其の「右側第一席」を方源に与える判断は、「名声よりも実力を優先する」という、乱世の指導者としての冷徹な現実主義を物語る。特に「誰もが認める戦闘力最高位」という表現が、其れが単なる個人的評価でなく、「群雄暗黙の合意」であることを示唆する点が重要である。此の席次配置は、「道德的権威」と「軍事的実権」の微妙な住み分けを象徴しており、黒楼蘭が「表向きの礼儀」と「裏の勢力均衡」を両立させる政治力の冴えを感じさせる。方源が「何の異論も無かった」という描写は、其れが「圧倒的な実力の前では、一切の異議が封じられる」という、武力支配の本質を浮き彫りにしている。
「是して黒楼蘭は太白云生に挨拶を済ませると、即座に方源に向かって言った。
『山陰老弟、此度の大戦は君の腕前次第だ!
見事に関を破った暁には、褒賞の五割を君のものとしよう。』
彼は方源の性格を理解していた。利益が無けれ動かぬ性分故、厚き利益で誘うのである。
最終関卡の褒賞は、並みならぬ価値がある。
黒楼蘭は口を開くや、其の半分を方源に割り振った。
此れは、彼自身と其の他全員が残り半分を分け合うことを意味する。
自身の利益に直結する問題とあって、場内には微かな議論の声が湧き起こった。
此の様な分配に不満を抱く者も多かったが、黒暴君の決定を公然と問い質し、堂堂たる狼王を怒らせる勇気がある者は誰一人としていなかった。
「良し、其の様に分配せよ。」
方源は軽く肯き、冷傲たる眼差しで堂内を一瞥するや、騒めきは瞬くうちに収まった。
「何故潘平長老は未だ到场せぬのか?」
黑楼蘭は側近に問いた。
潘平は魔道の出身であり、今は黑家に帰依し、外姓家老となっている。
当代黑家の族長たる黑楼蘭の命令に潘平が応えぬとは、黑楼蘭の顔色に少し不満が浮かんだ。
実は潘平のみならず、常家の筆頭長老である常飚も到场していなかった。
然し常飚は常の姓、常家の者である。
黑楼蘭は方源に気兼ねし、目を瞑るふりを決め込んだのである。
方源は微動だにしない。
潘・常の両名の凶報は、未だ外に洩れていない。
其れは、八十八角真陽楼に闖入するには、通常数日から、場合によっては半月近くも要する為である。
関卡が難しければ難しい程、時間が長引く可能性が高い。
特に潘・常の如き外の者は、巨陽血脉を持たない為、真陽楼の出入りには毎回来客令が必ず必要で、莫大な費用が掛かる。
正に其の故に、此れら外の者は一つ一つの機会を殊更に大切にする。
可能であれば、住み込んで真陽楼内で生活することも珍らしくない。
黑楼蘭の声が落ちるや、側近の黒書が進み出でて申し上げた。
「族長様、潘平長老と常飚様は、此の間第七層へお入りに相成りました。
下の者を使わして通知いたしましたが、第七層の現関は迷宮と相成り、規模も膨大で御座います。
迷宮内では通信蛊御使用成らず、奥には野生の狼群が徘徊致して御座います。
下人どもが幾日も探し回りましたが、戦闘痕のみ発見し、潘・常の両様は見付かりませなんだ。」
黑楼蘭は冷ややかに鼻を鳴らし、手を振って言い放った。
「では已むを得ぬ。彼等を待つ必要は無い。
来客令の準備は整っている。明朝早く出発する!」
翌日、大勢の者が轟々(ごうごう)とし、第五層へと斬り込んで行った。
此れは八十八角真陽楼が開闢されて以来、蛊師たちが協力して闖关する規模とし ては最大となり、聖宮の上下無数の者の注目を集めた。
第五層の最終関は、一片の荒れ果てた山野であった。
褐色の山肌は鉄石の如く硬く、草木一本生えていなかった。
衆人が降臨するや否や、飛熊虚像は警戒し、頭を仰ぎて一聲咆哮を放った。
其の声は大気を炸裂させ、雷鳴の如く耳をつんざく轟音と化った。
さっ!
黄昏色の空を、白い旋風が一筋掠め、地面目掛けて押し寄せてきた。
群雄は一斉に散開して退いた。
飛熊虚像が大地に激突し、轟音と共に天地が揺るがされた。
驟風が巻き起こり、多勢の者が足を取られてふらついた。
「流石に凶猛極まりない!」
裴燕飛は顔色を険しくした。
此の一撃を真向かって受け止めれば、命が助かっても重傷は免れまい。
「黑楼蘭族長の警告が無ければ、最初の不意を衝かれてしまっていたところだ。」
古国龍は巨坑の中で咆哮する飛熊を眺め、胸を撫で下ろしながら言った。
「是れを『一塹を喰って一智を長ず』と云う。
前回我々(われわれ)が此処に来た時、飛熊の不意打ちに遭い、瞬時に五名の強者が斃れたのだ!」
黒繍衣は歯を食い縛り、悔恨の念を込めて応えた。
「山陰老弟、先ずは君たちの腕前を見せて貰おう。」
黒楼蘭は促すように言った。
予め立てられた戦闘計画に従い、最初の攻勢は奴道蛊師が担当し、飛熊虚像の戦力を削り落とす役目である。
彼が言わずとも、大群の狼たちが四方八方から、天上も地上も問わず、飛熊虚像を目掛けて突撃を開始した。
空を覆うのは天青狼の群れ、地上には白眼狼、狂狼、血森狼などが怒涛の如く殺め寄せる。
普通の野狼だけでも、方源は実に四十万匹も携えていた。
瞬時に、狼の群れは天地を覆い尽くし、恰かも大海に逆巻く大波の如く、孤島の如き飛熊虚像に襲い掛かった。
吼!
飛熊の咆哮は天地を震わした。
嗷呜――!
狼の遠吠えは、決して引け目を取らなかった。
激戦は爆発し、血の雨と狂瀾を巻き起こした。
飛熊虚像は四つの掌を狂い打ち、一撃ごとに少なくとも数十匹の野狼を葬った。
野狼は撹乱役しか果たせず、異獣狼群のみが辛うじて飛熊虚像に傷を負わせることができた。
しかし、奴道の真髄とは、元より下位の駒を駆使して上位の敵を駆逐することにこそある。
最大限に相手を消耗させることが肝要なのだ。
方源が指揮する狼群は、風の如く飄逸たり、雪の如く重なり積もる。
飛熊虚像は泥沼に嵌まった如く、狂乱の殺戮を繰り返すも、包囲網を突破できずにいる。
「此れこそ大師級の境地というものだ。」
「野獣は所詮野獣、人の知恵には及ばず、常山陰の掌中で翻弄されるのだ。」
「狼王の指揮を受ける獣群は、恰かも藝術の如き輝きを放つ!」
衆人は目を奪われ、奴道蛊師である唐妙鳴や黒旗勝は、特に其中の奥義を見て取り、思わず敬服と憧れの念を抱いた。
然し良き光景は長く続かず、飛熊虚像は突然動作を収め、口を膨らませたかと思うと、猛然と吐き出した。
此の一吐きで天地は色を変え、燦然たる星し光る河が現われた。
五転――星河蛊!
星河は呼嘯して奔り下る。龍の如く、蟒の如く、其の通り道の狼群を捲き込む。
狂狼であれ血森狼であれ、星河に巻き込まれた以上、絶え間なく消磨され洗い流される。
防御蛊を駆って堪える者も居れば、防御無きものは瞬く間に星屑と化る。
瞬時に、狼群は惨憺たる死傷を被った。
方源の目は沈み凝り、一切を視て見ぬ振りを通した。
更に片時耐え忍いだ。
場中の野狼が半数を切るに至って、彼は初めて順番に狼群を撤収させた。
唐妙鳴と黒旗勝は即座に各自の獣群を動かし、前線に立たせた。
此の両者の内、前者は「小狐帥」と称され準大師級で、奴道の造詣は聖宮において方源に次ぐ者である。
後者は超勢力である黒家が育成する奴道蛊師で、大師となる才は無いものの、基礎が堅実で実力は厚い。
唐妙鳴は狐群を、黒旗勝は雕群を操り、一地一天で二手から攻め立てる。
然し飛熊虚像は一層威猛を増し、星河を円く巡らせて防衛線を固める。
更に一聲咆哮して場中に狂風を巻き起こし、虚空に白き雲気が横たわる。
瞬時の内に、狂風は虎の形に凝結して風虎と化し、白雲は龍の姿に縮約して雲龍と成った。
五転――風虎雲龍蛊!
数千頭の風虎と雲龍が突撃を展開し、狐群や雕群と絡み合い斬り結ぶ。
瞬時く間に、戦場は喧騒に包まれ、腥風血雨の様相を呈した。
「最悪だ。此の様では……」
唐妙鳴は額に冷や汗を浮かべ、頭痛に喘ぎ、歯を食い縛った。
戦闘は激烈を極め、彼女は狐群を出来る限り温存しようと、過度に精密な操作を試みた為、魂魄が激烈に消耗し、限界に達していた。
一方、黒旗勝の状況は更に厳しかった。
狐群が尚も抵抗する中、彼が指揮する雕群は風虎雲龍に散々(さんざん)に打ち拉がれ、統制を失っていた。
其の他の蛊師たちは一歩また一歩と後退したが、顔に一片の驚きも無かった。
星河蛊も風虎雲龍蛊も、前回の偵察で既に探り出されており、衆人は心の準備が出来ていたのだ。
「探り出したか?」
黒楼蘭が傍の偵察蛊師に尋ねた。
偵察蛊師は非常に緊張して地面に坐り、全精神を集中して蛊虫を催動していた。
眉を八の字に寄せ、震える声で答えた。
「星河蛊の位置は探り当てました。飛熊の口内、左側の最長の牙に寄生しています。
其の他の蛊虫に就きましては、未だ偵察を続ける必要が御座います。」
猛獣に対処するのと、蛊師に対処するのとは異なる。
猛獣の体に宿る蛊虫は、すべて野生蛊であり、捕獲が可能だ。
一方、蛊師の蛊虫は、基本的に煉化済みである。
黑楼蘭が偵察を命じて野生蛊の位置を探らせているのは、其の為である。
飛熊の野生蛊を捕獲さえすれば、虚像を消滅させるのは、労力半ばで効果倍増となる。
仮令捕獲できなくとも、破壊するだけでも良い。
蛊虫自体は極めて脆弱であり、例え六転の春秋蝉と雖ども、方源が軽く握り潰せば粉微塵となる。
野獣には空窺が無く、野生蛊は悉く其の体に寄生している。
此れ又一つの巨大な弱点である。
黑楼蘭は冷ややかに鼻を鳴らし、喝した。
「続けて探れ!」
彼は此の結果に満足していない。
星河蛊が飛熊の口内に寄生している以上、捕獲は極めて困難だ。
問答を交わす内に、戦況は更に悪化した。
「唐妙鳴と黒旗勝は、最早持ち堪えられぬ様子だ!」
裴燕飛の顔には深刻な色が浮かぶ。
「飛熊の攻勢は猛烈過ぎる。
幸い獣群が盾と成って火力を吸収してくれている。
狐群も雕群も、死んでは補充が効く。
相手を消耗させるといふ目的は、既に達せられた。」
孫濕寒は鬚を撫でながら評した。
ps:「私の名前は楊間です。あなたがこの言葉を見たとき、私はもう死んで
皆さんに『神秘復蘇』という本をおすすめします。もし私がいつか更新を止めてしまったら、ぜひこの本を読んでみてください。作者は仏前献花です。