「方源今日ついに授業サボったぜ!見ろよ、席ずっと空きっぱなしだ」
「よくも家老様の授業を欠席できたもんだ!度胸ありすぎ!」
「ヤバいわ…家老の顔色最悪。方源詰みだなクスクス」
教室中で生徒たちが囁き合う。方源の空席と家老の険しい表情が交互に視界を行き交う。
強奪事件以来、方源は全員の敵だった。彼の失脚は誰もが待ち望む出来事だ。
「空竅の温養法はまず第一に…」
家老が青黒い顔で解説しながら、方源の席をチラリと睨む。(昨日まで弱みが掴めなかったが、自ら弱点を晒しやがった。さすが十五歳のガキ、やはり見込み過ぎていたか)
険しい表情の八割は演技だった。方源の増長を挫き、権威を示す絶好の機会だ。
日が経つごとに方源の存在感が増し、他の生徒を窒息させていた。家老が求めるのは「百花繚乱の競い」であって、一人勝ちではない。
「者ども」
家老が講壇をコツコツ叩く。
「はい!」扉外の護衛二人が入室。
「方源めが不届き極まりない。この老夫の面前で堂々(どうどう)と欠席とは!速やかに寮から引き摺り出して参れ!」
護衛の背中を見送りながら、教室がザワメキ立つ。
「今度こそ終わりだぜ」目を輝かせる者。
「面白いことになりそうだな」嗤う者。
古月方正が空席に目を落とす。(兄貴…家老の権威を舐め過ぎだ。どんな罰も自業自得だよ)
ドン!ドン!ドン!
学堂家老が冷厳な表情で教卓を三度叩きつけた:「静粛に!学舎で騒ぐでない!」
今や彼の気迫は爆発寸前の火山のようで、生徒たちは縮み上がった。瞬時に教室は針の落ちる音も聞こえるほどの静寂に包まれた。
表面上は姿勢を正したものの、生徒たちの心は既に事件に釘づけだった。授業が再開されても、窓際の者は度々(たびたび)外を窺い、皆上の空だった。
時が過ぎ、やがて廊下から足音が響いてきた。
「!」
数十の目が輝き、教室にざわめきが再び湧き起こる。
「来たか…」学堂家老も耳を澄ませた。既に決めていた――方源を三時間廊下に立たせるという処罰を。
(肉体的な苦痛はないが、面目を丸潰しにする)
授業中に出入りする者が罰を受ける姿を目撃すれば、方源の恐怖の仮面は剥がれる。学舎への畏敬も増し、従順さを植え付けるだろう。
単純な手段ながら、深遠な計算が潜んでいた。
足音が扉の前で止まった。
トントントン。
ノックの音が響く。
「はは、私が開けよう!」扉際の生徒が勢いよく席を立ち、ドアノブに手をかけた。
教室が水を打ったように静まり、無数の視線が扉に集中した。
きいっ。
扉が細い隙間から開かれる。陽の光が差し込むが、開けた生徒が突然体を震わせた。
「うわあっ!?」
悲鳴と共に後ずさりし、机に腰をぶつけて転倒。青白い顔で地べたを這い回る。
「何だ!?」全員が眉を吊り上げた。好奇心に駆られた視線が扉へ釘づけになる。
扉が外から静かに押し開かれる。
学堂家老も講義を中断。最初に目に飛び込んできたのは――扉を押さえる少年の左手。
血まみれの左手。
「きゃあっ!」女子生徒たちが唇を押さえる。
徐々(じょじょ)に全開する扉。白い陽光が差し込み、人影がシルエットとなって浮かび上がる。
(何かがおかしい…)学堂家老の背筋に寒気が走る。
「方源だ!!」誰かの叫び声が響く。
瞳が光に慣れた生徒たちは、血に染まった方源の姿を認識した。扉を押した左手を引き込むと、右手で護衛の髪を掴んで引きずっている。
左腕の根元から血を噴き出す護衛は意識不明だ。
「方源を連れにいった護衛じゃないか!」
「一体何があったんだ!?」
「護衛を殺したぞ!?」指差す手が震える。
教室は騒然となった。
多数の生徒が規律を忘れ、椅子から飛び上がった。驚愕と恐慌の混じった目で血まみれの方源を凝視する。
彼らの予想では、二人の護衛に挟まれて連行されるはずだった方源。しかし現実は――血泊に立つ悪鬼のごとき姿。片方の護衛は消え、残り一人は血溜まりに沈みかけている。
生臭い鉄の匂いが教室を満たした。
学堂家老は思考が停止した。まさかこの光景とは!
驚きが怒りに転じる。外姓の護衛など死んでも構わないが、問題はその立場だ。学舎の権威、自らの面目への挑戦だった。
「方源!何たる所業だ!釈明せよ!然もなくば家法に基づき牢獄送りだ!」逆上した家老の声が窓枠を震わせる。
生徒たちはシンと静まり返る中、方源は平然と護衛の髪を放した。ドスンと頭が血の海に沈み、ズボンの裾に飛沫がかかる。
「家老殿、申し上げるべき事柄がございます」
拱手の礼をしながら、方源の声は水晶のように冷たい。
「申してみよ」家老が背中で手を組み、氷の視線を投げかける。(愚か者め、墓穴を掘り続けやがって…)