「私は幾つかの石を購入したい」目標を選定した方源は、女性蛊師に告げた。
(新米だわ!)女性蛊師の心に即座に言葉が浮かんだ。
普通の賭博者なら、まず石を掌に載せ、表面の質感や重量感を確かめるものだ。違和感があれば購入を止める。
この少年のように即決するのは、明らかな初心者の証だった。
「では、どちらをお選びになりますか?」女性蛊師は表面では笑顔を崩さず、優しい声で尋ねた。
方源が指先で櫃台を叩く:「この石」
女蛊師は素早く紫金色の化石を取り出した。掌大の石塊がカウンターに置かれる。
「それと、あの石も」方源が二点目を指差す。
(二個も買うとは…)女性蛊師の眉が微かに動いた。賭博癖の強いタイプだと内心で判断する。
更に方源の指が動いた:「ここと、向こうの角にある石も全部」
女性蛊師は一瞬硬直した。(まさか四つ(よっつ)も?)改めて少年の粗末な麻衣と洗い褪せた腰帯を見直す。
(外見は貧相だが…支族の隠し玉かしら?)
思考が巡るうちに、女性蛊師の笑みが柔らかくなった。指輪の無い手で髪をかき上げる仕草に、わずかに媚が混じる。
「お客様、あちらの紫金石二点もお忘れでは?」女性蛊師が意図的に胸元を前のめりにさせながら、最奥の石を指摘した。
方源が無表情で頷く:「それも追加だ」
(合計六個…十塊元石×六=六十塊元石!)
女性蛊師の頬が緩んだ。腰の金袋から丁寧に元石を数えながら、(今夜は大物を釣り上げたかも)と妄想が膨らむ。
六個の紫金石が方源の前に並べられた。
方源は躊躇なく腰の金袋から六十塊元石を取り出し、女性蛊師に手渡した。
この支払い行動が瞬く間に天幕内の注目を集める。
「おや? 賭石始めた者が」
「一時間以上見てても手が出なかったのに…見物させてもらおう」
「学員か? 六十塊も即座に払えるとは。呆れた青二才め、今日は骨までしゃぶられるがいいさ」
蛊師たちが囁き合いながら冷たい視線を投げかける中、女性蛊師が甘い声で提案する:「お客様、当場で解石なさいますか? 当店が無料でお手伝いしますわ」
方源が周囲を一瞥し、謎めいた笑みを浮かべて拒否する:「紫金は俺のラッキーカラーだ。初めての賭石、自分の手で刻みたい」
(さすが御曹司!)女性蛊師の目が輝く。彼女は知る由もない――この少年が孤高の身で、一切の後楯無くここまで来たことを。
「金があれば何でもできると思ってやがる」
「親の脛かじりが、恥ずかしげもなく」
「運だの色だの…まるで元石を池に投げて水跳ねを楽しむようなものよ」
天幕内の失望した溜息が混じる。半数の蛊師が興味を失ないように櫃台へ視線を戻した。
方源は無表情のまま元海の真元を月光蠱へ注ぐ。右手の掌に浮かぶ三日月の刻印が淡青の光を放ち始める。
その光を纏った手で紫金石を掴み、指先で丹念に揉み解していく。青白い輝きの中、石粉が雪のように舞い落ち、絨毯を薄紫に染めていく。
「公子、お見事です!」女蠱師が即座に称賛の声をかけた。
「この少年、まんざらでもないな。本物の腕前を持ってる」この光景を見た蠱師たちは複雑な眼差しを浮かべ、方源を見直し始めた。
方源が青い光で石の表面を研磨する――これは月光蠱の精密な操作だった。通常2~3年月光蠱を使い込んだ蠱師でなければ到達できない域。
この年齢で学員身分の者がここまでできるのは極めて稀だ。
「見ろ、彼が使ってるのは我々(われわれ)古月一族固有の月光蠱だ」ある蠱師が気付き、急に誇らしげな表情になった。
「だがこの手法、解石には荒すぎる」老練の蠱師たちは首を横に振った。
紫金石は徐々(じょじょ)に小型化し、最初は掌に収まらなかったが、やがて拳大になり、方源の指に包まれた。
青い光が更に強まり、石はビー玉大に。最終的には絨毯の上に小山を成す石粉だけが残った。
完全な中身無しの石だった。
「やはり当てにならん」蠱師たちが一斉に首を振る。「公子様、まだ五個残ってますわ」女蠱師が優しく励ました。
方源は表情を変えず、二個目の紫金石を掴み続けた。
結果は同様に中身無し。三個目も同じだった。
蠱師の中から呆れた声が上がる:「もう見るんじゃねえ。色で選んだ石に賭ける価値なんてねえ」
「当たったらこの粉食ってやるよ」嗤いながら茶化す者も現れた。
「公子様、諦めないで。まだ三つ残ってますもの」女蠱師が吐息を漏らしながら応援した。
方源が四個目を手に取り、掌大まで削った時、突然動作を止めた。
「おっと? 当たりか!?」
「材質が変わった! 紫金じゃなく漆黒だ」
「まさか本当に当たるなんて?」
周囲の蠱師たちが軽い驚きの声を上げた。
「公子様、以降は慎重に。休眠中の蠱は非常に脆いんです」女蠱師も予想外の展開に慌て、急いで注意した。
方源の動作は極めて遅くなり、指先から時折パラパラと粉が落ちるだけになった。最初のような連続した動きではなかった。
黒い石粉が降り注ぎ、石は徐々(じょじょ)に小型化。方源の動きは更に繊細になった。
絨毯の粉が積もる中、遂に黒い石核が消え去った。
「ああ、残念。ただの石中石か」
「空騒ぎさせやがって、本当に蠱が入ってると思ったのに」
「騙されやすいんだよ。賭石なんてそんなもんさ。当たるのは10個に1個も無いんだから」
「公子様の運は既に上々(じょうじょう)ですわ。初めてで石中石を引くなんて普通じゃできません」女蠱師は慰めつつ、次の結果への心構えを促した。
賭石で空振りするのは日常茶飯事。彼女の中では、方源が当てる可能性は最初から微々(びび)たるものだった。
方源は笑みだけを返し、五個目を取り出した。
丁寧に研磨を始めると、十呼吸ほどで紫金の表皮が剥がれ、凹凸だらけの黄色い泥玉が現れた。