五月、春と夏の狭間。
花の香が山に満ち、陽光が次第に熱さを増してくる。
紺碧の空に白い雲が綿のように浮かぶ。
青茅山では青竹が蒼穹へ槍の如く伸び、野草が生え狂い、無名の花々(はなばな)が彩りを添える。風が吹けば草叢が波打ち、花粉と草葉の匂いが鼻を衝く。
山腹には広大な棚田が広がる。
階層を成す田に植えられた新緑の苗は、遠目に海の如し。
農夫たちが水路の整備や田植えに勤しむ。
「外姓の凡人たちよ。古月一族はこのような賤業には手を出さぬ」
チリンチリン…
春風に乗って駝鈴の音が響く。
農夫たちが腰を伸ばし麓を見下ろすと――
彩り鮮やかな長蛇の列が山道を這い上がってきた。
「商隊だぞ!」
「そろそろ五月か。例年より遅いが来たわい」
大人たちは納得、悪童たちは水路遊びを放り出し泥だらけで駆け寄る。
十万の山々(やまやま)が連なる南疆。青茅山はその片隅の一峰に過ぎず、各山に築かれた山寨は血族で結ばれる。
山間は深幽な森と険しい岩場が続き、猛獣や蠱虫が棲む。
凡人の単独行は不可能で、三転蛊師の実力を持つ者でなければ突破できない。
商隊はこの地の経済動脈――多数の蛊師を伴ない、山を越え困難を分かち合う組織だ。
「例年四月に来る商隊が今年は五月…遅かったが来てくれた!」
宿屋の主人は安堵の息を吐いた。普段閑散の宿も、商隊絡みの収入が一年分を支える。
蔵に眠る青竹酒も売り払えるとほくそ笑む。
酒場も賑わいを見せ始めた。
商隊の先頭
宝気黄銅蟾が山門をくぐる。
体長2.5mの橙色の巨蛙――背中には銅鋲状の疣粒が並び、麻縄で固められた荷物を背負う様は、巨大な袱紗を抱えたようだ。
中年男が宝蟾の頭頂部に座る。丸いあばた面に、ぶくぶくの腹――目を細めて笑いながら、周囲の古月の住民に拱手して挨拶する。
「賈富と申す。四転蛊師で、今回の商隊の親方でございます」
宝気黄銅蟾がぽこぽこ跳ね進む。賈富の座高は二階の窓と並び、着地時でも竹楼の一階を凌ぐ。
広かった通りが急に狭く感じられる。宝蟾が林立する竹楼の間を怪獣の如く進む。
その後に続くは――
・大肥虫:15mの巨体に黒釉の甲殻。貨物の隙間に老若の蛊師たちが腰掛ける。
・武者たち:地上を甲虫と同調して歩く鍛えられた凡人。
・彩羽の駝鳥、毛玉のような山蜘蛛、双翼の翼蛇など。
但し主力は小型の蟾――牛馬大の体に貨物と人を乗せ、腹を膨らませながらぽこぽこと跳ねながら進む。
蜿蜿蜒蜒と山寨奥深く入る商隊を、子供たちは目を丸くして見守る。「わあっ!」「すごい!」と歓声が湧き上がる。
二階の窓が次々(つぎつぎ)に開かれ、住民が間近に観察。警戒の光を宿す目、手を振って熱烈に歓迎する者――表情は様々(さまざま)だ。
「賈さん、今年は遅かったですね、道中お疲れ様でした」古月博が族長として商隊の指導者を自ら迎えた。
賈富は四転蛊師であるため、三転の家老が対応すれば明らかな軽視となる。
賈富は拳を組み嘆いた:「今年は運が悪く、幽血蝙蝠の群れに遭って多くの者を失い、絶壁山では濃霧に阻まれて進めず、遅延してしまい…古月さんを長らく待たせて申し訳ありません」
言葉の端々(はしばし)に丁寧さが滲んでいた。古月山寨は商隊の交易を必要とし、商隊も和気を尊ぶ。
「ははは、来てくれただけで十分です。さあ、宴席の準備が整っております。賈さんの為に洗塵の宴を」古月博が手を差し伸べた。
「族長様、お気遣いなく…」賈富は恐縮した様子を見せた。
商隊は朝に青茅山に到着し、昼に古月山寨へ入った。夕暮れ時には山寨周辺に広大な仮設市場が出現――赤・青・黄・緑の巨大な天幕が立ち並び、隙間に無数の露店がひしめいていた。
夜になっても灯火が煌々(こうこう)と照らす中、絶え間なく人々(ひとびと)が山寨から流れ込んだ。子供は跳ね回わり、大人の顔には祭りのような喜びが浮かぶ。
方源は人混みに紛れ単身で市場に入った。
雑踏の中で人々(ひとびと)が露店を囲んだり天幕を出入りする中、あちこちから威勢の良い呼び声が響く:
「さあさあ見てくだされ!上等の藍海雲茶磚!一口で極楽気分!茶蠱の餌にも最適!五元石でどうぞ!」
「蛮力天牛蠱!牛の力を付与!見逃すな!」
「知心草の新物!色艶が最高!一斤二塊元石の安値!」
方源は最後の声で足を止め、視線を向けた。駝鳥が引く荷台に薄緑の草が積まれ――各々(おのおの)1m程の細長い草葉で、先端に赤いハート形の蕾を付けたものが混じっていた。
知心草は蠱虫の補助食として、餌の消費量を節約する効果を持つ。例えば月光蠱の場合、通常は月蘭花弁2枚必要だが、知心草1本を混ぜれば1枚で十分となる。知心草が一斤二塊元石、月蘭花弁が十枚一塊元石――計算すれば明らかに知心草を併用する方が得だ。
「半月前、俺は高碗を殺した。学堂で月光蠱を使った罰金三十塊元石。でも漠家が三十塊賠償してくれたから損はない。この間二回強奪して、合計百十八塊元石手に入れた。ただし最近空竅の壁を温養するため中階真元を毎日三塊元石消費。蠱虫の餌代や生活費、青竹酒購入に使って、今手元に九十八塊残ってる」
方源が人を殺して以来、凶悪で冷酷なイメージが生徒たちの心に刻まれ、当分の間挑戦者が現われなくなった。そのため強奪が非常に容易になり、抵抗する者も極々少数だった。
方源は暗算で計算を終えると視線を移し、仮設店舗エリアの奥深く歩き出した。
知心草の露店には人だかりができており、蠱師や生徒たちが元石を握り締めて争うように購入していた。
方源は金が無い訳ではなく時間が無い。「記憶が正しければ、あの瘡土蝦蟇はあの店にある。前世では最初の夜に賭けで手に入れた奴が大儲けした。俺も急がなきゃ、小さなことのために大きなものを失う羽目になる」