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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第三十八節:魔王は光明の中を歩む

そらには陰雲いんうんかさなり、春雨はるさめがしとしととそそいでいた。うしのようにほそかい雨脚あまあし青茅山せいぼうざん全体ぜんたいおおい、薄靄うすもや山肌やまはだをぼんやりとかすませていた。


宿屋やどや一階いっかい食堂しょくどう相変あいかわらずきゃくりがすくなく、四組よんくみきゃくらばっているだけだった。窓際まどぎわすわ方源ほうげんかおに、かぜってはなかおり詩情しじょうんできた。


天街てんがい小雨こさめうるおごとく、草色そうしょくはるかにればちかしりぞいてし」

方源ほうげん窓外そうがいながめながら唐代とうだい詩句しくくちずさみ、ゆっくりと視線しせん食卓しょくたくもどした。


朱塗しゅぬりのぜんには山海さんかい珍味ちんみならび、なかでも青竹酒せいちくしゅ際立きわだっていた。竹筒たけづつがれた碧緑へきりょく酒液しゅえきは、まどから微光びこうけてはくのようにかがやいている。


三卓さんたくはなれたせきで、木綿もめん着物きもの姿すがた老爺ろうやまごかいっていた。米酒べいしゅさかずきかたむけながら、ちらりと方源ほうげん青竹酒せいちくしゅ羨望せんぼう眼差まなざしでぬする。まご滷汁ルージューひたした大豆だいず頬張ほおばり、咀嚼そしゃくたびに「カリカリ」とおとてていた。


「じいちゃん、人祖じんそはなししてよ! お菓子かしってやるって約束やくそくしたくせに!」

まご老爺ろうやひじきながら駄々(だだ)をこねる。老爺ろうや苦笑にがわらいをかべつつ、しわきざまれたまごあたまでた。


仕方しかたないのう。では人祖じんそ希望蠱きぼうここころあずけ、絶体絶命ぜったいぜつめい窮地きゅうちだっしたところからはなすかの」


人祖じんそ希望きぼうちから危機ききえたものの、いてちからおとろえ、ちて野草やそうさえくだけなくなっていた。気配けはい日増ひましに濃厚のうこうになるなか希望蠱きぼうこ耳元みみもとささやいた。


ひとよ、寿蠱じゅこらえよ。静止せいしときかげごとく、飛翔ひしょうときひかりしのはやさと申伝もうしつたわるが…」

人祖じんそなげいきらすと、希望蠱きぼうこ西北せいほく巨山きょざんむ「えん」と「ほう」の二蠱にこについてかたはじめた。


骨身ほねみけずたびすえ人祖じんそ山頂さんちょう洞窟どうくつ辿たどく。あしもとさだかならぬ暗闇くらやみなか岩壁がんぺきひたいけながらすすむこと幾日いくか――


「ああ、この暗黒あんこくからられぬのか」

途方とほうれた刹那せつな虚空こくうからふたつのこえひびいてきた。


ひとつのこえった:「ひとよ、我々(われわれ)をらえようというのか? ちからゆうしていようと、無駄むだなことよ」


べつこえつづく:「退しりぞきたまえ。知恵ちえ加護かごあろうと、我々(われわれ)をいだすことはかなわぬだろう」


人祖じんそ力尽ちからつきたからだせ、あえぎながらこたえた:「ちから知恵ちえすでれをり…のこされたいのち風前ふうぜんともしびだ。だが希望きぼう火種ひだねこころにあるかぎり、あきらめはせぬ!」


ふたつのこえ沈黙ちんもくした。


ときつにつれ、最初さいしょこえふたたひびいた:「理解りかいした。なんじこころ希望蠱きぼうこゆだねたのだ。最早もはや退しりぞなど毛頭もうとうあるまい」


第二だいにこえつづける:「ならば機会きかいあたえよう。我々(われわれ)の真名まなさけべ。ただしきたなら、なんじのものとなろう」


人祖じんそ呆然ぼうぜんとした。無数むすう言葉ことばなかからふたつのてるなど、大海たいかいはりさがすようなもの。まして字数じすうすららぬ。


希望蠱きぼうこたずねるも、かれらぬ。人祖じんそ覚悟かくごめ、次々(つぎつぎ)とさけはじめた。


てん!」

!」

陰陽いんよう!」


暗闇くらやみつめたい沈黙ちんもくこたえた。時間じかんぎるにつれ、人祖じんそこえれ、いたからだ夕陽せきようのようにおとろえていった。


たずさえた食糧しょくりょうき、思考しこうにぶり、声帯せいたいふるえるようになった。


ひとよ」暗闇くらやみこえ慈悲じひれるようにげる。「洞外どうがい最期さいごながめよう。ただし希望蠱きぼうこを我々(われわれ)へのあがないとせよ」


人祖じんそむねて、烈火れっかごと拒絶きょぜつした:「たとえすとも希望きぼう手放てばなさぬ!」


希望蠱きぼうこ人祖じんそ決意けついおうじ、かすかながらも潔白けっぱくかがやきをはなった。胸元むなもとかられるひかり暗闇くらやみらすほどではなかったが、あらたなちから全身ぜんしんめぐるのをかんじた。


乾坤けんこん!」

太極たいきょく!」


いによる記憶きおく混乱こんらんで、すでためしたかえすこともおおかった。いのち砂時計すなどけいきざおとが、洞窟どうくつおもひびく。


そのとき人祖じんそ無意識むいしきに「のり」とつぶやいた。


瞬時またたく間に暗闇くらやみ消散しょうさんし、眼前がんぜん二体にたいあらわれた。希望蠱きぼうこう通り、かたは「かね」、まるは「のり」。合わせて「規矩きく」と呼ばれる存在そんざいだ。


二蠱にこひとしくくちひらいた:「りしものにはしたがわねばならぬ。なんじ最初さいしょ降伏者こうふくしゃなり。ただし、ほか生霊せいれいわれらの真名まならしむるな。ものおおければ、服従ふくじゅうすべきあるじえゆく」


人祖じんそ狂喜きょうきしてめいじた:「寿蠱じゅこらえよ!」


規矩きく二蠱にこ協力きょうりょくし、八十年はちじゅうねんぶん寿蠱じゅこ捕獲ほかく百歳ひゃくさい人祖じんそがこれをうや、しわきざまれたかおなめらかになり、えだごと四肢ししわか々(わか)しい筋肉きんにくよみがえった。


「ぬうっ!」

こいねるごと地面じめんからおどがる人祖じんそ二十歳はたち若者わかものへともどったからだたしかめるようにてのひらひらき、指先ゆびさきから若葉色わかばいろかがやきがこぼれた。

……


今日きょうはここまでにしとくわ、かえるぞ、いい。」老人ろうじんはこのはなしえると、さけえていた。


「じいちゃん、まだつづきをはなしてよ、人祖じんそはそのあとどうなったの?」まごが駄々(だだ)をこね、老人ろうじんうですった。


「さあ、時間じかんあるときにしよ。」老人ろうじんんだかさかぶり、まごちいさなみのせた。


祖孫そそん二人ふたり宿屋やどやあめなかあるし、次第しだいとおくへえていった。


規矩きくか…」方源ほうげんほそめ、さかずきまわしながら青竹酒せいちくしゅ液面えきめん凝視ぎょうしした。人祖じんそ伝説でんせつ世間せけんひろられており、らぬものはほぼいない。方源ほうげん当然とうぜんむかしからいていた。


しかし伝説でんせつ物語ものがたりも、解釈かいしゃくひとぞれぞれだ。先程さきほど祖孫そそんたんなるはなしとしていていたが、方源ほうげんはそのなかひそ深意しんいっていた。


たとえば人祖じんそ規矩きくらなかったとき――暗闇くらやみなか手探てさぐりし、ころきずつき、ときには広大こうだい虚無きょむ途方とほうれた。


「この暗闇くらやみたんなる『くらさ』じゃない。ちから知恵ちえ希望きぼうつうじぬものだ。」


人祖じんそが「規矩きく」の看破かんぱした瞬間しゅんかん暗闇くらやみひかりした。暗闇くらやみひかりも、全て(すべて)規矩きくことわりだった。


方源ほうげんさかずきからはなし、窓外そうがいやった。


雨雲あまぐもそらしたみどりい山々(やまやま)がかすんでえる。ちかくには高床たかゆか竹楼ちくろうならび、みちあるく二、三人(に、さんにん)の行人こうじんが、みのあぶらがみかさあめしのいでいた。


天地てんち巨大きょだい碁盤ごばんのようだ。」方源ほうげんこころ整理せいりした。「万物ばんぶつは全て(すべて)こまで、それぞれの規矩きくしたがってうごく。四季しきめぐり、みずひくきへながれ、熱気ねっきたかのぼる。ひとにも当然とうぜん規矩きくがある。」


各人かくじんおの立場たちばつ。たとえば古月山寨こげつさんさいでは――奴僕どぼくいのちかるく、あるじとうとし。これが規矩きくだ。だから沈翠しんすい必死ひっし奴籍どせきだっし、高碗こうわん主君しゅくんびた。」


叔父夫婦おじふうふ欲深よくぶかく、両親りょうしん遺産いさんねらう。学堂家老がくどうかろうおの地位ちいまもるため蠱師こし育成いくせいする。」


各人かくじんおの規矩きく各業界かくぎょうかい業界ぎょうかい規矩きく各社会集団しゃかいしゅうだん集団しゅうだん規矩きくがある。この規矩きく看破かんぱすれば、渦中かちゅうにいながら冷静れいせい観察かんさつできる。暗闇くらやみだっひかり刃物はものうえあるくがごと自在じざい振舞ふるまえるのだ。」


方源ほうげんおの境遇きょうぐう連想れんそうし、すで胸中きょうちゅう策略さくりゃくっていた:「古月漠塵こげつ ばくじんにとっては、自派じは繁栄はんえい利益りえきまもることが規矩きくだ。漠顔ばくがんわたし因縁いんねんをつけたことはすで規矩破きくやぶり。家名かめいを守るため、かれわたしせない。むしろ賠償ばいしょうすらするだろう」


実際じっさい漠家ばくけ勢力せいりょくなら、名誉めいよきずつけてもわたしばつすることは可能かのうだ。だが漠塵ばくじんおそれている――みずからの規矩破きくやぶりではなく、他者たしゃ後追あとおいで規矩きくみだすことを。若輩じゃくはいあらそいにろういたるが干渉かんしょうすれば、事態じたい拡大かくだいし、一族いちぞく全体ぜんたい脅威きょういとなる。かれおそれるは、まご漠北ばくほく将来しょうらい他者たしゃねらわれることだ。後継こうけい男児だんじただ一人ひとり、もしなば――この恐怖きょうふかれ自身じしんづかぬ潜在せんざい意識いしきだろう。ただ規矩きくまも本能ほんのううごいている」


方源ほうげん双瞳そうどうとおっていた。高碗こうわん古月こげつせいたぬ外者よそもの奴僕どぼくである本質ほんしつ看破かんぱしていた。


主君しゅくん奴僕どぼく処刑しょけいするなど、なんとがめもけぬ。このでは当然とうぜんのことだ」


高碗こうわん自体じたい重要じゅうようではなく、背後はいご漠家ばくけとのかかわりがかぎだった。


「ただしわたしおくった肉片にくへんりのはこは、漠塵ばくじんに『妥協だきょう脅迫きょうはく』と解釈かいしゃくされるだろう。まさにねらどおりだ。漠家ばくけ高碗こうわんけん追及ついきゅうしない。わたし資質ししつ乙等おつとうなら、将来しょうらい脅威きょういとして弾圧だんあつされただろうが」方源ほうげん内心ないしん冷笑れいしょうした。


つよきはたよりとなり、よわきは利用りようされる。


方源ほうげん自身じしん現在げんざい局中きょくちゅうこまだが、規矩きく熟知じゅくち棋士きし視座しざ獲得かくとくしていた。


凡庸ぼんようもの漠塵ばくじん学堂家老がくどうかろうのように自派じは規矩きくしからず、他分野たぶんやにはくらい。方源ほうげんのように大局たいきょく洞察どうさつ規矩きくきわめる者はきわめてまれだ。


規矩きく会得えとくするには、人祖じんそ暗闇くらやみいずりまわ彷徨さまよったごとく、ちから知恵ちえ希望きぼう無力むりょく時間じかんついやし、をもって体得たいとくせねばならない。


人祖じんそが「規矩二蠱きくにこ」の看破かんぱしたのは、かげおびえながら無数むすう試行錯誤しこうさくごかさねた結果けっかだ。


方源ほうげん規矩きくつうじるのは、前世ぜんせ五百年ごひゃくねん経験けいけん賜物たまもの


転生てんせい以来いらい自信じしんは、春秋蝉しゅんじゅうせみ再現さいげんでも、秘境ひきょう財宝ざいほう知識ちしきでも、未来みらい大勢たいせい予知よちするちからでもない。


前世ぜんせ五百年ごひゃくねんげた処世術しょせいじゅつこそが根幹こんかんだ。


人祖じんそ規矩二蠱きくにこ掌握しょうあくすれば万虫ばんちゅう捕獲ほかくできるごとく、方源ほうげんのりかねきわめたいま世事せじいとほぐ核心かくしんつらぬく。たかみから冷笑れいしょうしながら、人々(ひとびと)がおの規矩きくしたがさだめられたみちあるくのを冷視れいしする。


やみひかりも全て(すべて)規矩きくしょうじたもの。


転生てんせい魔頭まとうすでひかりなかあるしている。


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