巨大な喜びも方源の冷静さを曇らせることはなく、彼は即座に思考を春秋蝉の影響へ転じた。
「春秋蝉の能力は転生だ。だが現状では使用即ち死を意味する。しかし六転蛊としての気配は利用可能で、本体に損害は及ばない」
「ふふふ…」思考を終えると、方源は意識を現実へ戻し目を開いた。
目前には、煙状の青銅真元に包まれた酒虫が震え上がっていた。
先程の孤軍奮闘で意志が春秋蝉の気に粉砕され、残存する意志は最盛期の1%以下にまで激減していた。
「春秋蝉」方源が念じると、微かな気配が放出された。
酒虫は猫に睨まれた鼠の如く硬直し、動きを封じられた。
方源は高笑いし、真元を怒涛の如く注ぎ込んだ。
煉化初期に比べ、青銅真元は何の抵抗も受けず一気に浸透。酒虫の白い体は瞬く間に青緑色に染まり、残存意志も最後の一撃で霧散した。
こうして酒虫の煉化は完遂された!
以前の山越えのような苦労と比べ、今の煉化は水を飲むほど簡単だった。
酒虫と方源の間に親密で神秘的な繋がりが生じた。煉化された酒虫は方源の手足の如く、命令通り(どお)に体を丸めたり湯円状になったりする。
真元を収めると酒虫は元の白く膨らんだ姿に戻り、空竅へ飛び込んだ。青銅元海の表面で伸び伸びと体をくねらせ、温泉に浸かるように寛いでいる。
「春秋蝉がある以上、計画を変更せねば」方源は月光蛊を取り出し、同様に春秋蝉の気配を浴びせた。
月光蛊の意志は瞬時に屈服し、青銅真元が翠玉色に染め上がる。最後の抵抗も軽く粉砕された。
煉化後の月光蛊は額中央に淡青色の三日月印を形成。全工程は五分も要しなかった。
従来の苦戦とは対照的な速さで、真元の消耗も極微量。酒虫煉化で六個の元石を費やしたのに比べ、今夜は空竅の真元を使い切っただけだ。
「春秋蝉は神の加護の如し! 今後は一転蛊など容易に煉化可能。丙等資質でも元石不要だ」
方源は心が晴れ渡った。春秋蝉が極度に衰弱していても、六転蛊の余威は修行の強力な推進力となる。死んだ虎も威厳を残すというが如くだ。
この時。
窓の外は月が明るく、方源の顔に月光が差していた。
「最下位だと覚悟していたが、まさかの逆転か。急ごう」方源の目が鋭く光った。
空竅の中で春秋蝉の姿を消し、酒虫を寝室の隅に隠した。学内検査を避けるためだ。
一刻後、家族の学堂。
学堂家老は寝床でうつらうつらしていたが、ドアを叩く音で目覚めた。「こんな夜中に、誰だ?」
扉の外から部下の声が響いた。「家老様、今年の首席が月光蛊を煉化しました。早速ご報告に参上しました」
「……確かにそう言っておいたな」家老は眉を顰めながら服を着た。「甲等の古月方正か?」
「支族の方と聞きました」
「ふむ、時期から言えば彼だろう」家老は独り言ちながら笑った。「乙等どもが元石を使おうが甲等には敵わん。これが資質の差というものさ」
部屋を出ると、部下が深々(ふかぶか)と頭を下げた。「ご明察でございます」
明るい広間で、事務員が方源を訝しげに見ていた。「え? 古月方源だと? 方正さんではないのか?」
ちょうど家老が入って来た。二人が同時に礼をすると、家老は方源の肩を叩いた。「よくやった! 甲等の実力は伊達ではないな!」
双子の兄弟のため、家老は完全に勘違いしていた。
方源は静かに後退し、微笑みながら言った。「家老様、私は方源です。弟の方正ではありません」
「……は?」家老は口を半ば開けたまま固まった。
数秒間の沈黙の後、ようやく声が出た。「お前が方源?」
「はい」
「月光蛊を煉化したと?」家老は方源の額の三日月印を凝視した。
「その通りです」
「つまり……今年の首席はお前だと?」家老の声は呆然としていた。数十年の教師人生で、丙等が甲等を逆転するなど初めての体験だ。
方源は鼻を触りながら答えた。「他に先駆けた方がいなければ……そういうことになりますね」
家老:「…………」