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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第一節:たとえ体が滅びようと、魔心に後悔なんてさらさらない!

この作品は中国の作者・蛊真人によって翻訳されました。”

「方源、大人(だい)しく春秋蝉(しゅんじゅうせみ)を差(だ)し出(だ)せ。痛(いた)みを免(まぬが)れてやる」


「方老魔(ほうろうま)、無駄(むだ)な抵抗(ていこう)はよせ。今日(きょう)、我々正道(せいどう)の各派(かくは)が連合(れんごう)し、お前(まえ)の魔窟(まくつ)を踏み潰(つぶ)すのだ。ここはとっくに天羅地網(てんらもう)が張(は)り巡(めぐ)らされている。今回(こんかい)、お前(まえ)は必(かなら)ず首(くび)と胴(どう)が離(はな)れる身(み)となる」


「方源(ほうげん)この死(し)すべき魔頭(まとう)め、お前(まえ)は春秋蝉(しゅんじゅうせみ)を練成(れんせい)するため、千万(せんまん)の人(ひと)の命(いのち)を殺(ころ)した。お前(まえ)は滔天(とうてん)の罪(つみ)を犯(おか)し、赦(ゆる)すべからざる、その罪状(ざいじょう)は数(かぞ)えきれない」


「魔頭(まとう)、三百年前(さんびゃくねんまえ)にお前(まえ)は私(わたし)を辱(はずかし)め、私(わたし)の清白(せいはく)の身(み)を奪(うば)い、私(わたし)の家族(かぞく)を皆殺(みなごろ)しにし、私(わたし)の九族(きゅうぞく)を誅(ちゅう)した。あの時(とき)から、私(わたし)はお前(まえ)の肉(にく)を食(く)らい、お前(まえ)の血(ち)を飲(の)んでやりたいと願(ねが)ってきた!今日(きょう)は、お前(まえ)に死(し)ぬより苦(くる)しい目(め)に会(あ)わせてやる!!」


……


方源(ほうげん)はボロボロの碧绿(へきりょく)の大袍(だいほう)をまとい、髪(かみ)は乱(みだ)れ、全身(ぜんしん)血(ち)にまみれ、あたりを見回(みまわ)した。


山風(やまかぜ)が血(ち)に染(そ)まった大袍(だいほう)をはためかせ、戦旗(せんき)のようにひゅうひゅうと鳴(な)らしている。


真紅(しんく)の血(ち)が、体(からだ)中(じゅう)の数百(すうひゃく)もの傷口(きずぐち)から涌(わ)き出(で)ている。ただ立(た)っているだけで、方源(ほうげん)の足下(あしもと)にはすでに大量(たいりょう)の血(ち)が溜(た)まっていた。


敵(てき)に包囲(ほうい)され、とっくに逃(に)げ道(みち)はなかった。


大局(たいきょく)は既(すで)に定(さだ)まり、今日(きょう)こそ確実(かくじつ)に死(し)ぬだろう。


方源(ほうげん)は状況(じょうきょう)を明(あき)らかに看破(かんぱ)したが、死(し)が目前(もくぜん)に迫(せま)っていても、相変(あいか)わらず顔色(かおいろ)一(ひと)つ変(か)えず、淡々(たんたん)とした表情(ひょうじょう)をしていた。


彼(かれ)の眼差(まなざ)しは幽(かす)かに、古井戸(ふるいど)の深(ふか)い淵(ふち)のようで、いつもと変(か)わらず底(そこ)知(し)れなかった。


方源(ほうげん)を包囲(ほうい)する正道(せいどう)の群雄(ぐんゆう)たちは、堂堂(どうどう)たる一派(いっぱ)の長(おさ)たる尊貴(そんき)な者(もの)、あるいは四方(しほう)に名(な)を轟(とどろ)かせる若(わか)き英豪(えいごう)ばかりだった。彼(かれ)らは方源(ほうげん)を強固(きょうこ)に包囲(ほうい)し、咆哮(ほうこう)する者(もの)、冷笑(れいしょう)を浮(う)かべる者(もの)、警戒(けいかい)の光(ひかり)を宿(やど)せた細目(ほそめ)の者(もの)、傷口(きずぐち)を押(お)さえながら恐怖(きょうふ)に眺(なが)める者(もの)もいた。


彼(かれ)らは手(て)を出(だ)さず、皆(みな)方源(ほうげん)の死(し)に際(ぎわ)の反撃(はんげき)を恐(おそ)れていた。


そうして緊張(きんちょう)した対峙(たいじ)は三时辰(さんじこん)も続(つづ)き、夕陽(ゆうひ)は西(にし)に沈(し)み、落陽(らくよう)の残光(ざんこう)が山際(やまぎわ)の夕焼(ゆうや)けを燃(も)え立(た)たせ、一瞬(いっしゅん)にして火(ひ)の如(ごと)く絢爛(けんらん)と輝(かがや)いた。


ずっと静(しず)かに彫刻(ちょうこく)の如(ごと)く動(うご)かずにいた方源(ほうげん)が、ゆっくりと身(み)を翻(ひるがえ)した。


群雄(ぐんゆう)はたちまち騒然(そうぜん)となり、一斉(いっせい)に一歩(いっぽ)後(あと)ずさった。


今(いま)、方源(ほうげん)の足下(あしもと)にある灰白(かいはく)の山石(やまいし)は、とっくに血(ち)で暗(くろ)ずんだ赤(あか)に染(そ)まっていた。失血(しっけつ)過多(かた)で青白(あおじろ)く見(み)える顔(かお)が、夕焼(ゆうや)けに照(て)らされ、ふっと一(ひと)筋(すじ)の艶(えん)やかな光(ひかり)を添(そ)えた。


青(あお)い山(やま)と沈(しず)む陽(ひ)を見(み)つめて、方源(ほうげん)は軽(かる)く笑(わら)った。「「青山落日(せいざんらくじつ)、秋月春风(しゅうげつしゅんぷう)。まさに朝(あさ)には青絲(せいし)暮(くれ)には雪(ゆき)と成(なり)、是非成败(ぜひせいはい)転(てん)じて頭(とう)空(くう)し」」


ps:意味“(眼前(がんぜん)の永遠(えいえん)と続(つづ)く青(あお)い山(やま)と沈(しず)む陽(ひ)を見(み)つめ、年(とし)を重(かさ)ねるごとに巡(めぐ)り来(く)る秋(あき)の月(つき)と春(はる)の風(かぜ)を経(へ)て)

人生(じんせい)とは実(じつ)にあまりにも短(みじか)すぎるのだ。あたかも朝(あさ)には黒髪(くろかみ)の青年(せいねん)であったかと思(おも)えば、夕(ゆう)にはもう白髪(しらが)の老人(ろうじん)となっているかのように。

そしてこの一生(いっしょう)で必死(ひっし)に追(お)い求(もと)めた名誉(めいよ)と利益(りえき)、論(ろん)じ合(あ)った是非(ぜひ)、奮闘(ふんとう)した成功(せいこう)と失敗(しっぱい)は、最後(さいご)に振(ふ)り返(かえ)ってみれば、すべてが瞬(またた)く間(ま)に無(む)に帰(き)し、空(むな)しい夢(ゆめ)であったことに気(き)づくのである。”


そう言(い)うとき、眼前(がんぜん)にふと前世(ぜんせ)の地球(ちきゅう)での様々(さまざま)な光景(こうけい)が浮(う)かび上(あ)がった。


彼(かれ)は元々(もともと)地球(ちきゅう)の学(がく)徒(と)であり、縁(えん)有(あ)りてこの世界(せかい)に穿越(こえ)してきたのであった。紆余曲折(うよきょくせつ)を経(へ)て三百年(さんびゃくねん)、世(よ)を纵横(じゅうおう)すること二百余年(にひゃくよねん)、五百余年(ごひゃくよねん)の光陰(こういん)は悠々(ゆうゆう)として、あたかも瞬(またた)く間(ま)のように過(す)ぎ去(さ)っていた。


深(ふか)く心(こころ)の底(そこ)に埋(う)もれていた数多(あまた)の記憶(きおく)が、この時(とき)鮮(あざ)やかによみがえり、眼前(がんぜん)に栩々(くく)として蘇(よみがえ)った。


「つまるところ失敗(しっぱい)だったか」方源(ほうげん)は心中(しんちゅう)で嘆(なげ)き、少(すこ)し感慨(かんがい)にふけりながらも、後悔(こうかい)はしていなかった。


このような結末(けつまつ)も、彼(かれ)にはとっくに予見(よけん)できていた。最初(さいしょ)に選択(せんたく)した時(とき)、すでに心構(こころがま)えはできていたのだ。


いわゆる魔道(まとう)とは、善(ぜん)の果(は)たを修(おさ)めず、殺人放火(さつじんほうか)を犯(おか)すこと。天(てん)も地(ち)も容(い)れず、世(よ)の中(なか)全体(ぜんたい)が敵(てき)となり、それでもなお思(おも)う存分(ぞんぶん)に振(ふ)る舞(ま)うことだ。


「もしも完成(かんせい)したばかりの春秋蝉(しゅんじゅうせみ)が効(き)くなら、来世(らいせ)でも邪魔(じゃま)でいるぞ!」そう思(おも)うと、方源(ほうげん)は思(おも)わず声(こえ)を立(た)てて笑(わら)い出(だ)した。


「老魔(ろうま)、何(なに)を笑(わら)っている!」


「皆(みな)、気(き)をつけろ!魔頭(まとう)は死(し)を目前(もくぜん)に反撃(はんげき)を企(くわだ)てている!」


「早(はや)く春秋蝉(しゅんじゅうせみ)を差(だ)し出(だ)せ!!」


群雄(ぐんゆう)が迫(せま)り来(く)る中(なか)、ちょうどその時(とき)、ドーンと一声(いっせい)、方源(ほうげん)は敢然(かんぜん)と自爆(じばく)した。


……


春雨(はるさめ)がしとしとと、音(おと)もなく青茅山(せいぼうざん)を潤(うるお)していた。


夜(よる)は更(ふ)けて、細(ほそ)やかな涼(すず)しい風(かぜ)が細雨(さいう)を撫(な)でる。


しかし青茅山(せいぼうざん)は暗(くら)くなく、山腹(さんぷく)から山麓(さんろく)にかけて、無数(むすう)の蛍(ほたる)のような微(かす)かな光(ひかり)が輝(かがや)き、あたかも一条(いちじょう)の燦爛(さんらん)たる光(ひかり)の帯(おび)をまとっているようだった。


これらの光(ひかり)は一棟(ひとむね)一棟(ひとむね)の高床式(たかゆかしき)の吊(つ)り楼(ろう)から発(はっ)せられ、万家(ばんけ)の灯(ともしび)とは言(い)えないまでも、数千(すうせん)の規模(きぼ)には及(およ)んでいた。


まさに青茅山(せいぼうざん)に位置(いち)する古月山寨(こげつさんさい)が、広大(こうだい)で幽静(ゆうせい)な山峦(さんらん)に濃厚(のうこう)な人煙(じんえん)の気息(きそく)を添(そ)えていたのだ。


古月山寨(こげつさんさい)の最中央(さいちゅうおう)に、雄大(ゆうだい)で輝(かがや)かしい楼閣(ろうかく)が聳(そび)えている。此時(このとき)祭祀大典(さいしだいてん)が開催(かいさい)されている最中(さいちゅう)だったため、なおさら灯火(とうか)が輝(かがや)き赫(かが)やかで光(ひかり)が絢爛(けんらん)としていた。



「列祖列宗(れっそれっしゅう)のご加護(かご)がありますように。今回(こんかい)の開竅大典(かいきょうだいてん)で、多く(おおく)の優(すぐ)れた資質(ししつ)の少年(しょうねん)が現(あら)われ、家族(かぞく)に新(あたら)しい血(ち)と希望(きぼう)がもたらされますように!」古月族長(こげつぞくちょう)は中年(ちゅうねん)の風貌(ふうぼう)で、両鬢(りょうびん)にわずかに白髪(しらが)が混(ま)じり、真白(ましろ)の重(おも)ね着(ぎ)の祭祀(さいし)服装(ふくそう)に身(み)を包(つつ)み、棕黄色(しつおうしょく)の床(ゆか)に跪(ひざまず)いて、上体(じょうたい)を真直(まっす)ぐに伸(の)ばし、両手(りょうて)を合(あ)わせ、目(め)を緊(きつ)く閉(と)じて心(こころ)を込(こ)めて祈(いの)っていた。


彼(かれ)は高(たか)い黒漆塗(こくしつぬ)りの台案(だいあん)に向(む)かっており、台案(だいあん)は三層(さんそう)になっていて、先祖(せんぞ)の位牌(いはい)が祀(まつ)られていた。位牌(いはい)の両側(りょうがわ)には赤銅(しゃくどう)の香炉(こうろ)が置(お)かれ、線香(せんこう)の煙(けむり)が細(ほそ)く立(た)ち上(のぼ)っていた。


彼(かれ)の後(うし)ろにも同(おな)じように十数人(じゅうすうにん)が跪(ひざまず)いていた。彼(かれ)らは広(ひろ)びろとした白(しろ)い祭服(さいふく)を着(き)ており、皆(みな)家族(かぞく)の中(なか)の家老(かろう)、話事人(わじにん)で、各方面(かくほうめん)の権柄(けんぺい)を執(と)り行(おこな)っていた。


一通り(ひととおり)祈(いの)った後(あと)、古月族長(こげつぞくちょう)が率先(そっせん)して腰(こし)を折(お)り、両手(りょうて)を平(たい)らに広(ひろ)げ、掌(てのひら)を床(ゆか)にピタリと貼(は)り付(つ)け、額(ひたい)を叩(たた)き付(つ)けた。額(ひたい)が棕色(ちゃいろ)の床(ゆか)に触(ふ)れ、軽(かろ)やかなポコポコという音(おと)を立(た)てた。


後(うし)ろにいる家老(かろう)たちも、厳(おごそ)かな表情(ひょうじょう)で、それに倣(なら)い、黙(だま)って同(おな)じ動作(どうさ)をした。


しばらくの間(あいだ)、宗族(そうぞく)の祠堂(しどう)には額(ひたい)が床(ゆか)に触(ふ)れる軽(かろ)やかな音(おと)が響(ひび)き渡(わた)った。


大典(だいてん)が終(お)わり、人々(ひとびと)はゆっくりと床(ゆか)から起(お)き上(あ)がり、静(しず)かに厳(おごそ)かな祠堂(しどう)から出(で)て行(い)った。


廊下(ろうか)では、家老(かろう)たちはほっと一息(ひといき)つき、張(は)り詰(つ)めた空気(くうき)が和(やわ)らいだ。


議論(ぎろん)の声(こえ)が徐々(じょじょ)に聞(き)こえ始(はじ)めた。


「時間(じかん)の経(た)つのは実(じつ)に早(はや)いものだな。あっという間(ま)に、一年(いちねん)が過(す)ぎ去(さ)ってしまった。」


「前回(ぜんかい)の開竅大典(かいきょうだいてん)は、まるで昨日(きのう)の出来事(できごと)のように、今(いま)でもありありと覚(おぼ)えているよ。」


「明日(あした)は一年一度(いちねんいちど)の開竅大典(かいきょうだいてん)だ。今年(ことし)はどんな家族(かぞく)の新血(しんけつ)が現(あら)われるだろうか?」


「ああ、甲等(こうとう)の資質(ししつ)を持(も)つ少年(しょうねん)が現(あら)れてくれることを願(ねが)うよ。我々(われわれ)古月一族(こげついちぞく)は、もう三年(さんねん)もそんな天才(てんさい)が出(で)ていないのだから」


「その通(とお)りだ。白家寨(はっかさい)、熊家寨(ゆうかさい)はここ数年(すうねん)天才(てんさい)が現(あら)われている。特に白家(はっか)の白凝冰(はくぎょうひょう)の天資(てんし)は本当(ほんとう)に恐(おそ)ろしいほどだ」


誰(だれ)かが白凝冰(はくぎょうひょう)という名(な)を口(くち)にした時(とき)、家老(かろう)たちの顔(かお)に一様(いちよう)に憂色(ゆうしょく)が浮(う)かんだ。


この者(もの)の資質(ししつ)は極端(きょくたん)に優(すぐ)れており、わずか二年(にねん)の期間(きかん)で、三転蛊師(さんてんこし)まで修行(しゅぎょう)を進(すす)めていた。若(わか)い世代(せだい)の中(なか)では、まさに独走(どくそう)していると言(い)える。甚至(はなは)だ老(ろう)いた世代(せだい)でさえ、この新進(しんしん)の実力者(じつりょくしゃ)の圧力(あつりょく)を感(かん)じている。時(とき)が経(た)てば、彼(かれ)は必(かなら)ず白家寨(はっかさい)の大黒柱(だいこくばし)となるだろう。少(すく)なくとも一面(いちめん)で独(ひと)り立(だ)てる強者(きょうじゃ)には間違(まちが)いない。誰(だれ)ひとりとしてこの点(てん)を疑(うたが)う者(もの)はいなかった。


「しかし今年(ことし)の開竅大典(かいきょうだいてん)に参加(さんか)する少年(しょうねん)の中(なか)にも、希望(きぼう)が全(まった)くないわけではない」


「そうだ。方(ほう)の一脈(いちみゃく)に天才少年(てんさいしょうねん)が現(あら)われている。三ヶ月(さんかげつ)で言葉(ことば)を話(はな)し、四ヶ月(よんかげつ)で歩(ある)いた。五歳(ごさい)の時(とき)には既(すで)に詩(し)を作(つく)り詞(し)を誦(しょう)し、異常(いじょう)なまでに聡明(そうめい)で、才気(さいき)に溢(あふ)れている。残念(ざんねん)ながら両親(りょうしん)が早(はや)くに亡(な)くなり、今(いま)は叔父叔母(おじおば)に養育(よういく)されているそうだ」


「うむ、これは明(あき)らかに早熟(そうじゅく)の知恵(ちえ)であり、しかも大(きわ)なる志(こころざし)を持(も)つ。近年(きんねん)彼(かれ)が創作(そうさく)した『将敬酒(しょうけいしゅ)』、『咏梅(えいばい)』、そして『江城子(こうじょうし)』も私(わたし)は耳(みみ)にしたことがある。まこと天才(てんさい)というほかない!」


古月族長(こげつぞくちょう)は最後(さいご)に宗祖祠堂(そうししどう)から出(で)てきて、ゆっくりと扉(とびら)を閉(し)めた。その時(とき)、廊下(ろうか)から家老(かろう)たちの議論(ぎろん)の声(こえ)が聞(き)こえてきた。


たちまち、家老(かろう)たちが今(いま)議論(ぎろん)しているのが、古月方源(こげつほうげん)という名(な)の少年(しょうねん)であることが分(わ)かった。


一族(いちぞく)の長(おさ)として、優(すぐ)れて突出(とっしゅつ)した子弟(してい)には自然(しぜん)と関心(かんしん)が向(む)くものだ。そして古月方源(こげつほうげん)は、まさに若(わか)い世代(せだい)の中(なか)で、最も(もっととも)際立(きわだ)って輝(かがや)く一人(ひとり)であった。


経験(けいけん)が示(しめ)すように、幼(おさな)い頃(ころ)から一度見(いちどみ)たものを忘(わす)れない、あるいは大人(おとな)並(な)みの力(ちから)を持(も)つなど、天賦(てんぷ)の才(さい)に恵(めぐ)まれた者(もの)は、優(すぐ)れた修行資質(しゅぎょうししつ)を持(も)つ場合(ばあい)が多(おお)い。


「もしこの子(こ)が甲等(こうとう)の資質(ししつ)と測(はか)られれば、手(て)をかけて育(そだ)てれば、白凝冰(はくぎょうひょう)に対抗(たいこう)できなくもない。仮(たと)いに乙等(おつとう)の資質(ししつ)であっても、将来(しょうらい)必(かなら)ずや一面(いちめん)で独(ひと)り立(だ)てる存在(そんざい)となり、古月一族(こげついちぞく)の顔(かお)となるだろう。だが、彼(かれ)のように早(はや)くから才覚(さいかく)を見(み)せる者(もの)が乙等(おつとう)である可能性(かのうせい)は低(ひく)く、極(きわ)めて高(たか)い確率(かくりつ)で甲等(こうとう)であろう」この考えが頭(あたま)に浮(う)かんだ時(とき)、古月族長(こげつぞくちょう)の口元(くちもと)は思(おも)わず微(かす)かに緩(ゆる)み、一筋(ひとすじ)の微笑(びしょう)が浮(う)かんだ。


すぐに、咳払(せきばら)いを一声(いっせい)して、家老(かろう)たちに向(む)かって言(い)った。「諸君(しょくん)、時刻(じこく)も遅(おそ)くなった。明日(あした)の開竅大典(かいきょうだいてん)に備(そな)え、今夜(こんや)は必(かなら)ずよく休(やす)み、精神(せいしん)を養(やしな)ってほしい」


家老(かろう)たちはこれを聞(き)いて、少(すこ)し驚(おどろ)いた。互(たが)いを見交(みか)わす目(め)には、ほのかな警戒心(けいかいしん)が潜(ひそ)んでいた。


族長(ぞくちょう)の言葉(ことば)は控(ひか)えめだったが、誰(だれ)もがその意味(いみ)を深(ふか)く理解(りかい)していた。


毎年(まいとし)、これらの天才的(てんさいてき)な後輩(こうはい)を争(あらそ)うため、家老(かろう)たちは互(たが)いに顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にして争(あらそ)い、血(ち)流(なが)るる騒動(そうどう)を起(お)こしていたのだった。


しっかりと英気(えいき)を養(やしな)い、明日(あした)に備(そな)えて、あの争(あらそ)いに臨(のぞ)むべきである。


特にあの古月方源(こげつほうげん)は、甲等(こうとう)の資質(ししつ)の可能性(かのうせい)が非常(ひじょう)に高(たか)い。その上(うえ)両親(りょうしん)は既(すで)に他界(たかい)しており、方(ほう)の一脈(いちみゃく)に残(のこ)された二人(ふたり)の孤児(みなしご)の一人(ひとり)だ。もし自分(じぶん)の一脈(いちみゃく)に迎(むか)え入(い)れ、手(て)をかけて育(そだ)てれば、自分(じぶん)の这一支(このいっし)の百年(ひゃくねん)の繁栄(はんえい)を保証(ほしょう)できるだろう!


「ただし、あらかじめ醜(みにく)い話(はなし)をしておく。争(あらそ)いは堂堂(どうどう)と正(ただ)しく行(おこな)い、謀略(ぼうりゃく)手段(しゅだん)を用(もち)いて家族(かぞく)の団結(だんけつ)を損(そん)なってはならない。諸君(しょくん)、どうか心(こころ)に刻(きざ)んでおいてくれ!」族長(ぞくちょう)は厳(きび)しい口調(くちょう)で念(ね)を押(お)した。


「とんでもない。とんでもない」


「必(かなら)ず心(こころ)に刻(きざ)みます」


「これで失礼(しつれい)いたします。族長(ぞくちょう)様(さま)、どうぞお留(とど)まりください」


家老(かろう)たちはそれぞれ思(おも)いを抱(いだ)き、次々(つぎつぎ)と散(さん)って行(い)った。


やがて、長(なが)い廊下(ろうか)はひっそりと静(しず)まり返(かえ)った。春雨(はるさめ)と斜(なな)めの風(かぜ)が窓(まど)から吹(ふ)き込(こ)んでくる。族長(ぞくちょう)は軽(かる)く足(あし)を挙(あ)げ、窓辺(まどべ)に歩(ある)み寄(よ)った。


たちまち、清新(せいしん)で湿(しめ)った山間(さんかん)の空気(くうき)が満(み)ち渡(わた)り、心身(しんしん)に染(し)み渡(わた)る。


これは閣楼(かくろう)の三階(さんかい)であり、族長(ぞくちょう)が眺(なが)めやれば、古月山寨(こげつさんさい)の大半(たいはん)が一望(いちぼう)できた。


此刻(こっこく)深夜(しんや)であるにもかかわらず、寨(さい)の中(なか)の大多数(だいたすう)の家(いえ)にはまだ灯(ともしび)がともっており、平時(へいじ)とは大(おお)きく異(こと)なっていた。


明日(あした)は開竅大典(かいきょうだいてん)、それは一人一人(ひとりひとり)の切身(せっしん)の利益(りえき)に関(かか)わる。一種(いっしゅ)の興奮(こうふん)と緊張(きんちょう)した雰囲気(ふんいき)が、族人(ぞくじん)の心(こころ)を包(つつ)み、自然(しぜん)と多くの人(ひと)が安(やす)らかに眠(ねむ)れないでいる。


「これこそが家族(かぞく)の未来(みらい)の希望(きぼう)だ」と、瞳(ひとみ)に点々(てんてん)と灯(ひ)る光(ひかり)を映(うつ)しながら、族長(ぞくちょう)は長(なが)いため息(いき)をついた。


そしてこの時(とき)、同(おな)じように一対(いっつい)の澄(す)んだ瞳(ひとみ)が、静(しず)かにこれらの深(ふか)い夜(よる)の中(なか)できらめく灯(ひかり)を見(み)つめ、複雑(ふくざつ)な想(おも)いをいっぱいに抱(いだ)いていた。


「古月山寨(こげつさんさい)、これは五百年前(ごひゃくねんまえ)なのか?!春秋蝉(しゅんじゅうせみ)は果(は)たして効(き)いたのか…」方源(ほうげん)の瞳(ひとみ)は幽(かす)かに、窓辺(まどべ)に立(た)ち、風雨(ふうう)が体(からだ)に打(う)たれるに任(まか)せていた。


春秋蝉(しゅんじゅうせみ)の効果(こうか)は、時間(じかん)を逆(さか)らせることである。十大奇蛊(じゅうだいきこ)のランキングで第七位(だいなない)に列(れっ)せられるほど、当然(とうぜん)並(な)み並(な)みではない。


簡(かん)単(たん)に言(い)えば、それは再生(さいせい)である。


「春秋蝉(しゅんじゅうせみ)を利用(りよう)して再生(さいせい)し、五百年前(ごひゃくねんまえ)に戻(もど)ってきた!」方源(ほうげん)は手(て)を伸(の)ばし、若(わか)くて未熟(みじゅく)な少(すこ)し青白(あおじろ)い自分(じぶん)の手の平(てのひら)をじっと見(み)つめ、そしてゆっくりと握(にぎ)り締(し)め、力(ちから)を込(こ)めてこの現実(げんじつ)を感(かん)じ取(と)ろうとした。


耳元(みみもと)には細雨(さいう)が窓(まど)に打(う)つ微(かす)かな音(おと)。彼(かれ)はゆっくりと目(め)を閉(と)じ、しばらくしてから開(ひら)き、深(ふか)く嘆(なげ)いた。「五百年(ごひゃくねん)の経歴(けいれき)は、まさに夢(ゆめ)のようだったな」


しかし彼(かれ)ははっきりと知(し)っていた、これは決(けっ)して夢(ゆめ)ではないのだと。

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废物抄袭狗
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