338.次なる夢を設定して
「では、詳しい資料は明日改めてご自宅へお持ちいたします」
「よろしくお願いします」
話を終えてマンションを出る頃にはすっかり日が暮れていた。
ダンジョンに潜ったわけじゃないのに潜ったときと同じ・・・いや、それ以上に疲れている気がする。
人生で一番大きな買い物になるはずなのにこんなに簡単に決めていいんだろうか、そんな不安がよぎるけれどもこういうのは勢いだからという女性陣のアドバイスもあり購入する流れで話が進んだ。
明日はローンであるとか支払い関係の細かな資料をもって再び説明に来てくれるんだとか。
いよいよ俺の夢が叶うときが来た、普通は大喜びするはずなのになんでこんな気分が落ち込んでいるのだろう。
「いよいよだね、和人君」
「ん?あぁ、そうだな」
「どうしたの?元気ないね、おっぱい揉む?」
「あー、そうだな」
「えぇ!?」
「自分からふっといてビビるなよ」
揉む胸もないだろうが、と言いたいところだが今日はその元気もないので大人しくしておこう。
俺のテンションがおかしいことに気づいてくれたようで、それ以上揶揄割れることもなくリムジンに乗り込みその日は終了。
翌朝、少し気分も晴れたので改めて話を聞いてから考えることにした。
「改めましてどうぞよろしくお願いいたします」
昨日以上にパリッとしたスーツを着てやってきたのは超絶イケメンこと数藤さん。
前回はアウェイだったけど今回はホームでの話し合いなので、前回ほど気負わずに話を聞けるはずだ。
「二日連続で悪いな」
「いえ、大事なお客様との商談ですから。今日はより話を進めるべくマンションの資料の他、購入するのに必要な諸経費を含めた資料を準備しております。また、あの後大道寺社長にも直接ご連絡をさせていただき弊社として出来る最大限の価格もうかがってまいりましたのでご期待ください」
「知り合いにそこまでしてもらったら断りにくいじゃないか」
「それはそれですから、気にしなくても大丈夫ですよ和人さん」
「社長からも売れなくてもかまわないと言われておりますので、どうぞご安心ください。正直こちらとしても売らなければならないというプレッシャーがないので、非常に楽なんです」
「なるほどなぁ」
「そういうわけですのでどうぞ気楽に話を聞いていただければと思います。それではまず、こちらの資料からご説明しますね」
向こうも高額なだけにかなりのプレッシャーを感じながら仕事しているんだろうけど、今回はそれがないので気が楽という事か。
お互いに緊張しなくていいだけに安心して話が出来そうだ。
もっとも、その後に聞かされた情報は全く気が楽にはならなかったけれども、これが夢を手に入れるという事なんだろう。
そうか、夢って叶うのか。
「以上が手続きになります、本来であれば探索者の方が10年以上のローンを組むのは難しいのですが、そこは大道寺社長のお知り合いという事もあり強引に突破できます。毎月340万、年間4080万円の10年払い、年利は1.4%で計算しております。本当は本体価格でお力になれればよかったのですが、なかなかそういうわけにもいかず代わりに管理費と修繕積立費用は免除とさせていただきますのでどうかそちらでお願いします」
「いやいや、それだけでも10年で6000万もの大きな値引きになる、大道寺社長にも無理をしてもらって申し訳ない」
「大丈夫ですよ、月50万円なんて父の小遣いにもなりませんから。私も色々と頑張ろうと思ったんですけど、下手に値引きしすぎて和人さんが白い目で見られるのも嫌だったのでこういう形で落ち着きました」
「如何でしょう、私共としても新明様に買っていただければ建物により箔が尽きますので是非お願いしたいのですが・・・」
10年で約四億。
いま買うというとこれだけの金が毎月懐から出ていくことになる。
頭金は今回なしで組んでくれているので、しばらくは大丈夫だろうけど怪我でもしようものなら一気に資金繰りに苦しくなるだろう。
まぁ、そうなったら装備を売るなりなんなりして金を工面すればいいわけだけどやっぱり緊張するよなぁ。
夢をかなえるためにお金をためてここまで頑張ってきたのに今後は夢を維持するのにお金がかかるのか、なんとも世知辛い世の中だが、ポンと買って終わりよりも目標があり続ける方がモチベにもつながるわけで。
天井を見上げ大きく息を吐いてから心を決める。
「・・・買うかぁ」
「よ!おっとこまえ~」
「ありがとうございます!今後も様々な面でサポートさせていただきますので、どうぞ末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ色々と迷惑をかけると思うがよろしく頼む。とはいえ買ってすぐ引っ越しってわけにもいかないだろ?ローンの審査とかあるし、どうすればいいんだ?」
買ったからと言ってすぐに引っ越しできるわけじゃない、色々と調べてみたら審査だなんだとそこそこの時間がかかるはず。
特に探索者は明日死んでもおかしくない職業だけにかなり審査が厳しかったはずだ。
だからこそ多額の頭金を支払うんだけど、今回はそれをしない分時間がかかってもおかしくない。
「それなんですけど、費用に関しては大道寺グループが一括でお支払いしますので明日にでも引っ越しできますよ?」
「は?」
「お金は毎月月末にでも振り込んでいただければいいので問題ありません」
「いやいや、何をそんなあっさりと。四億だぞ四億」
「それは一般販売価格であって原価となるとその半値といったところでしょうか。つまり和人さんは倍の金額を10年かけて支払ってくれるありがたいお客さんというわけなんです。あ!もちろん数藤さんには3.5億分の成績が付きますからご安心を。二億ぐらいでしたら父の口座だけでもどうにかなりますし、何の問題もないかと」
なんていうブルジョア発言、これが大手探索者製品メーカーの資金力というやつなんだろうか。
これにはさすがの数藤さんも苦笑い、そういう反応になるのも無理はない。
「さっすが桜ちゃん!」
「すごいのは私ではなく父ですけどね」
「という事は引っ越ししたらあの家はどうなるんですか?」
「和人さん用に手配した家ですけど、今後は私の家として使うことになっていますから今まで通りで大丈夫ですよ。とはいえ事務所は分けた方がいいですから、基本的にはそこで集まる感じになると思います」
七扇さんや須磨寺さんはうちに住む前提で引っ越してきたからあの家を手放すとなるとまた住まいを探す必要があったのだが、桜さんが住み続けるとなれば話は別だ。
なんだかんだ愛着も出てきた所なので残念ではあるけれど、久方の一人暮らしを満喫させてもらうとしよう。
「でも寂しくなるねぇ桜ちゃん、リルちゃんも向こうに行っちゃうわけだし」
「大丈夫です、いざとなったら横の部屋を父に買ってもらうので」
「タワマンを買ってもらうって、簡単に言うよなぁ」
「その折は是非私をご指名ください」
「もちろんです。今後ともよろしくお願いしますね、数藤さん」
このブルジョア娘が!と桜さん以外の全員が思っただろうけど、口に出す人は誰もいなかった。
どこの世界に億ションをねだる娘がいる・・・いや、ここにいるか。
最初に部屋を紹介された時、横が開いている方が騒音とかでうるさくないからかと思ったのだがそういう理由があったのか。
そこまで見越しているとは・・・さすが大道寺社長、娘の考えることはお見通しのようだ。
そんなわけで無事に念願のタワマンを手に入れたわけだけど、それを維持するために引き続きダンジョンに潜らなければならなくなってしまった。
夢をかなえたのに今度は維持することが夢になるとはなんとも変な感じだが、とりあえず10年死なないように戦い続けるとしよう。
10年、そう考えると長いよなぁ。




