339.新しい生活をスタートしました
マンション購入から一週間。
引っ越しなんてそんなすぐにできるものじゃない、と思っていたはずなのにあれよあれよという間に荷物がまとまりわずか三日後にはマンションに荷物が運び込まれていた。
それでも細々としたものは買わないといけないので、あれもないこれもないと言っていたら五日が経過。
やっと落ち着いたのが昨日という感じだ。
「おはよう」
まだ慣れないベッドから体を起こしリビングへと向かう。
いるのなら桜さんの元気な返事が返ってくるのだが、一人暮らしになるとそれもないわけで。
「ワフ!」
「オハ、ヨウ」
代わりにリルの元気な返事とルナの柔らかい声が聞こえてくる。
そう、一人暮らしに戻ったとはいえもうあのオンボロアパートじゃない。
心なしか体の大きくなったリルの頭を撫でながら窓に近づくと眼下にはたくさんの家、奥には梅田ダンジョンが見える。
こちらもまだ慣れない景色だけど、俺が憧れて掴みとった夢の景色でもある。
まぁ景色のために買ったわけじゃないけれど、少なくとも夢を手に入れられたっていう実感はあるな。
「さて、飯にするか」
「グァゥ!」
「お、サラダは準備してくれたのか、ありがとな」
「は、い」
「んじゃまサクッとアングリーバードの卵でも焼いて、一緒にワイルドボアのハムとウィンナーで決まりだな」
今までは作ってもらってばっかりだったので料理の腕は多少鈍ってしまったけれど、何十年もやってきたことだけに体が覚えている。
まだキッチンの配置に慣れていないので少し戸惑いながらも朝食を作り上げ、三人揃って美味しくいただく。
ルナもダンジョンの外でもほぼほぼ実体化できるようになったので家で鎧を着ることはなく、こうやって一緒に食事とか楽しめるのが嬉しいらしい。
ニコニコと嬉しそうな顔をして食事を摂る西洋美人、まさかこんな美人と一つ屋根の下で暮らすなんて昔の自分は想像もしていなかったなぁ。
そんな感じでスタートした新生活、だがいつまでもこんなぬるま湯に浸かっているわけにもいかないわけで。
なんせ俺には約4億の借金がある、この生活も維持するためにもしっかり稼いでいかなければ。
身支度を済ませさぁ出発、と思ったその時だ。
エントランスの来客を知らせる音が聞こえてきた。
「ん?誰だ?」
モニターを確認するとそこには探索層部を身につけたお馴染みの顔が並んでいる。
あれ?
確か集合は事務所だったはずなのに・・・と思いながらも、とりあえず入り口を開けて上がってきてもらうことにした。
「おっはよー!和人君元気〜?」
「綾乃ちゃんもっと声を小さく」
「あはは、ごめんごめん」
「おはようございます、和人さん」
玄関を開けるなり元気一杯の挨拶が飛んでくる、相変わらず元気な須磨寺さんとその手綱を握る七扇さん、桜さんはちょっと元気がない感じだ。
「おはよう、どうした元気ないな」
「聞いてよ和人君。桜ちゃんったら和人くんがいなくて寂しいって毎晩毎晩ぶーたれてるんだよ。昨日なんてワイン片手にイジイジイジイジ、夜遅くまで飲んだくれてるんだから。」
「綾乃ちゃん!?それは言わない約束で・・・」
「このままだと本気で隣に引っ越ししそうだから、いっその事空き部屋にでも放り込んであげてよ。確か客間が空いてたよね?その代わり家賃を100万ぐらい取ったら支払いも楽になるしお得だと思うんだけど、どうかな?」
須磨寺さんの裏切りにより訪問10秒で状況を暴露され顔を真っ赤にする桜さん、相変わらず仲のいい三人だ。
「どうかなって言われてもなぁ」
せっかく手に入れた新生活、それを一週間でってのはちょっとなぁ。
別に桜さんが嫌いとかじゃないけれど、健全な男女が一つ屋根の下ってのは流石に・・・って今更か。
とはいえ前はみんな一緒だったけど、ここにきたらそういうわけにもいかないだろう。
ここは俺の城、当分は堪能させてもらうつもりだ
「うーん、桜ちゃんまだまだアピールが足りないみたいだよ」
「だって、和人さんがいなくなったらリルちゃんをもふもふできませんし、それにお二人がところ構わずイチャイチャするのを見せつけられたらなんだか虚しくなっちゃって」
「そ、そんなことないですよ!」
「あー、それに関しては同情するけどそれとこれとは話が別だ。今後はサポーターをふやすからその人に来てもらったらマシになるだろ」
二人っきりになるからそんな感じになるわけで、他人の目があればそこまで大胆にはしないはず。
まぁ今までもそんな感じはあったけど、その辺はもう大人なので節度は守ってくれていただきたい。
「それなんだけど、凛ちゃんのことを考えるとやっぱ女性だよねぇ」
「確かにそれはある。とはいえ女性ばっかりになるからなぁ」
「女の子が増えたら目移りしちゃうって?この贅沢者!でも凛ちゃん僕のだからね!」
「そういうことするから桜さんが落ち込むんだろうが」
勢いよく七扇さんに抱きつく須磨寺さん、見た目は完全に女性同士、でも実際はってな感じなので脳がバグってしまう。
しかし、マジでどんな人を採用するかでパーティーは大きく変わるんだよなぁ。
七扇さんの男性恐怖症的なのは現在も継続中なので、今の仕事ぶりを維持するためにも女性は必至。
須磨寺さんが何で大丈夫なのかについては見た目かはたまた惚れたからなのかさっぱりだけど、初めて会った時から大丈夫なのでやはり見た目なんだろうなぁ。
色恋はパーティーブレイカーとはよく言ったもので、これまでにも実力のあるパーティーがいくつも崩壊しているのをみている。
それ故に恋愛禁止を規律としているところもあるけれど、命を守り合う関係はどうしても吊り橋効果的なのが起こりやすいので色々と大変なんだとか。
うちはそこまで厳しくないっていうかある意味露骨なのでそういう心配はないけれど、この関係を考えると不用意に入れるってのが難しいんだよなぁ。
リルとかルナがかなり特殊なので人をどうやって増やせばいいのか、正直悩むところではある。
別に好んで女性を増やしたいわけじゃないけれど今のバランスを考えるとどうしてもそういう選択肢になってしまうわけで。
「ともかく、今後の探索を考えると人を増やした方がいいっていうのはパーティの共通認識なわけだからその辺は追々考えていくとしよう。でだ、いい加減出発しないか?っていうか勝手に中に入るな!」
「え~、折角の新居にもう見せられないものを入れてるの?まさか知らない女性を囲ってるとか!桜ちゃん、調査するよ!」
「はい!綾乃ちゃん!」
「はいじゃねぇ!」
いや、これからダンジョンに行くって言ってるのに何勝手に上がり込んでんだよ。
まぁ見られて困るようなものはないし、いつまでも玄関でっていうわけにもいかないから別にいいんだけどさぁ。
なんだかんだ今までと同じような感じになってしまうわけで。
いずれはあの客間も誰かの私室になっている可能性もゼロじゃない。
なんなら交代で泊まりに来るとか言いそうだし、最悪の場合追い出される可能性だってある。
過去に何度か女子会だなんだと言ってよそで寝たこともあったからなぁ、そうならないための我が家のはずなのに・・・。
「まったく、準備できたら事務所に行くから荒らしすぎるなよ」
「「は~い」」
「やれやれ、困ったもんだ」
何にせよダンジョンで稼がなければ俺は破産してしまうので、早々に準備を済ませて打ち合わせをするべく事務所へと向かうのだった。




