314.視界が閉ざされてしまいました
セイレーン対策はばっちりはまり、難敵と言われていたものの特に問題なく対処できている。
見た目がアレなのであまりじっくり見ることはできていないが、桜さんよりかは小さいもののたわわな果実が二つ攻撃を繰り出すたびに上下に激しく揺れている。
人型の魔物は見た目があまりにも似すぎて倒すことができないという繊細な探索者もいるのだが、戦わなければこっちが殺されるとわかっているのでこの辺はしっかりと切り替えてぼっこぼこにするのが上位探索者。
今回の奴は若干恨みの籠った七扇さんのクロスボウがセイレーンの額を打ち抜いた。
戦闘終了、耳栓を外しながら打ち抜いた彼女のほうを振り返る。
「ナイスヘッドショット!」
「当然、だって凜ちゃんだよ?」
「何がだってなのかはわからないけど、頑張りました」
「スキュラはともかくセイレーンは特に問題ないな、歌さえ封じてしまえば特に怖い相手じゃないし」
「そういって油断してると痛い目見るから気を付けなよ、あとまだ向こうにもいるんだから手伝ってあげて」
泉のダンジョン九階層、階層主まであと一つという深いところまで潜ってきた俺達だが中々の快進撃を続けていた。
ここに出る二種類のうち、セイレーンのほうが厄介だと言われていたけれど俺達にかかればそうでもなく比較的サクサクと討伐している。
それよりも厄介なのはスキュラ、上半身はセイレーンと同じく人間の女性だが下半身はどす黒いタコの足を有している。
某映画に出てくるようなのがそのまま魔物になった感じ、でもスタイルはこっちのほうが断然上だ。
って、そうじゃなかった。
ともかく、スキュラのほうはその黒い足を素早く動かし攻撃を防いだり逆に攻撃を仕掛けてきたりと最低二人以上で戦いを挑まないと倒せない難敵、セイレーンのようなスキルを使ってくるわけではないけれどそういう実直な魔物のほうが案外強かったりするんだよなぁ。
それは俺達探索者にも言えることで、下手にスキルに頼りすぎてしまうと実力が伴わなくなってしまう。
やはり大事なのは基本、そして鍛錬。
収奪スキルがいかに優秀だとしてもストックをすべて使いつくしてしまったらただの人、鍛錬ができていなければ真っ先に死んでしまうのは間違いない。
それを間接的に教えてくれるのがこのスキュラ、ちなみに足攻撃だけでなくもう一つ厄介なスキルを持っていたりする。
離れたところでもう一体のスキュラと戦いっていたルナとリル、二人を助けるべく突進スキルで突っ込んだその時だ。
「うわ!」
突然目の前が真っ暗になり、視界が完全に塞がれる。
これがスキュラのスキル、まさかの墨吐き。
一瞬にして視界を奪いその隙に攻撃してくるという厄介な奴だけど、幸い突進スキルが発動してすぐなのでそのまま勢いに乗り前が見えないまま棍をフルスイング、すると絶妙なタイミングでクリーンヒットしたのかいい感じの衝撃が伝わってくる。
衝撃に負けないように振りぬくも、目の前が黒いことに変わりはない。
まぁ墨なのですぐに水で洗い流せば・・・って、水走スキルのせいで水を使えないんだが!?
「わふ!」
リルの声がするものの周りは見えず黒いまま、必死に自分の袖で顔を拭くもなかなか取れる感じがない。
うーむ、困ったぞ。
まぁ拭いていたらいずれ取れるんだろうけどすごい顔になってそうだ。
「セイレーンがきたよ!」
「なに!?」
「全員耳栓着用!はやく!」
須磨寺さんの声に慌ててポケットに手を突っ込むも、慌てていたせいか二つのうち一つを落としてしまった。
とりあえずもう一つを右耳に入れるも落としたもう一つが見当たらない。
おそらく落ちたのは水の中、予備がたしかあったはずと思い別のポケットを探すもそれもすぐには出てこない。
目の前は真っ暗、まさか墨吐き程度でこんなに大変な目に合うとは・・・。
一度慌てるとそれが波及してより焦りが強くなる。
何をやってもダメな気がしてきて何もかも嫌になって・・・って、こんなことで落ち込んでいる場合か!
こういう時は深呼吸、深呼吸をして心を落ち着かせる。
そうすればだんだんと心が落ち着いてくるし、何だったら優しい歌声が聞こえてくる。
なんていう美しい声なんだろう。
讃美歌というかゴスペルというか、幾重にも重なりあったその歌声を聞くだけでさっきまで慌てていた気持ちがスッと静まり、いつまでも聞いていたくなってくる。
なんて幸せな気持ちなんだろう。
戦いなんてくだらないことをやめて私の歌を聞きなさい、そんな風に言われているのかもしれない。
そう考えるとなんだか馬鹿らしくなってきて手に持っていた棍を二つに分けて腰に戻した。
そう、戦う必要なんてない。
この幸せな歌を聞いてさえいれば・・・。
夢見心地というのだろうか、多幸感に包まれていたその時だ。
突然横からタックルされたような強い衝撃を受け、そのまま吹き飛ばされてしまった。
更に上から誰かがのしかかり、羽交い絞めにされてしまう。
なんだよ、人が折角気持ちによくなっているのに邪魔する奴は。
一人じゃない、二人、いや、三人?
固い金属のような何かに背中から押さえつけられ、腕を柔らかな何かにつかまれ、もふもふとしたのが足の上に乗る感覚がある。
そいつらのせいであの歌がうまく聞こえない、目の前が真っ暗で何も見えない。
くそ、邪魔だ!
【恒常スキルを使用できませんでした。再使用まで後十分です】
突進スキルで突破しようと思ったけれどスキルは不発、それならば強引に振りほどくしかない。
【トイアーミーのスキルを使用しました。ストックは後五つ半です】
攻撃力がそのまま腕力になるわけではないけれど、少なくともプラスにはなるはず。
そう思ったのだが羽交い絞めにされてしまっているからかうまく手足を動かせない。
かくなる上はロケットスキルで無理やり脱出を・・・。
そう、考え次のスキルを使おうとした次の瞬間、左耳に何かを押し込まれた。
更に右ほほをものすごい力でひっぱたかれ、そのまま左ほほ、そして右と三回も連続で叩かれる。
「いってぇなぁ!?」
極めつけは顔中に強い風を吹きかけられ、目元を含め髪の毛やまつげまでがパキパキになっていくのがわかった。
顔を拭こうにも羽交い絞めにされているせいで袖で拭うこともできない、と思ったら何かが俺の目元をごしごしと強くこすってくれたことでさっきまで真っ黒だった視界に光が差した。
慌てて目を見開くとそこには桜さんの顔が目の前にある。
「うわ!」
余りに距離が近くキスされるんじゃないかとドキドキしてしまい、思わず体を動かそうとするも羽交い絞めにされているまま。
ってそれをしているのはルナ?っていうかなんで羽交い絞めにされているんだ?
「なんだなんだ!?どうなってるんだ!?」
答えを求めて桜さんのほうを見るも、安堵した表情で何かを話すが何も聞こえない。
「なんだって?何も聞こえないんだけど?」
答えを求めて左を見ると須磨寺さんが、右を見ると七扇さんが同じく安堵した顔をしている。
一体何がどうなってるんだ?
確かさっきまで俺はスキュラと戦ってて、そしたら墨吐きを受けて真っ暗になったところにセイレーンが出てきたって聞こえたから・・・。
そこで初めて自分の置かれている状況を察することができた。
強張っていた体の力が抜け、それと共に申し訳ない気持ちになる。
「そうか、俺はセイレーンに操られていたのか」
だからルナがおれを羽交い絞めにし、誰かが耳栓を突っ込んでくれたと。
なるほどなるほど。
「みんなごめん、でも助かった」
まだ何も聞こえないけれど、とりあえずお礼を言うとルナの力がスッと抜けていくのがわかる。
そのまま上半身を起こすと上に乗っていた桜さんと距離が近づき・・・ハッと何かを察した彼女は飛び跳ねるように慌てて俺から距離を取った。
とりあえず魔物がいないのを確認してから耳栓を取る。
「はぁ、やっと聞こえる」
「大丈夫和人君」
「あぁ、迷惑かけてすまなかった。あれだけ余裕だって言ってたのに、油断したとたんにこれだ。本当に申し訳ない」
情けない気持ちでいっぱいになりながらもとりあえず皆に感謝の気持ちを伝える。
深々と頭を下げてからゆっくりと顔を上げると、皆の安堵した顔が見えてきた。
が、何故か桜さんだけが顔を真っ赤にしたまま。
なんだかよくわからないけどとりあえず危機は脱したようだ。
次からは余裕だと思っても油断しないようにしないと。
そう強く感じた一戦だった。




